愛しの麻貴ちゃん


B型番外
(これは進藤視点じゃないよ)



<猫に七夕>


ここは狭苦しくて暑苦しい独身男のマンションの一室。
そして、平日だと言うのに、つまらないことで盛り上がる男が二人。
「これで準備はいいな。あとは飾りつけだけだ」
部屋に固定されたちょうどいい高さの笹を眺め、手にした短冊を麻貴ちゃんの前に一枚置くと、『恋人(自称)』という名の下僕その1が満足そうに呟きました。
「それって森宮の分? すごいな。森宮って字も書けるんだ?」
『飼い主の友達(自称)』という名の下僕その2が驚いたように尋ねても、麻貴ちゃんは知らん顔でした。
だって、「猫に七夕は関係ない」と思っていたからです。

それなのに。

「じゃあ、麻貴ちゃんも短冊にお願ごと書こうな?」
下僕だけはありえないほど楽しそうでした。
普通のネコだったら、飼い主が楽しそうなのは悪いことではないのかもしれません。
飼い主の機嫌がよければ、自分にも何かいいことがありそうだからです。
でも、やっぱり麻貴ちゃんにはどうでもいいことでした。
下僕はご飯とタオルが欲しい時以外は居なくていい、いや、むしろ居ない方がいい。
心の底からそう思っていたからです。

そんなわけで。
「どんな願い事がいいかなぁ」
一人でやけに楽しそうにしている下僕に視線を投げることさえなく、麻貴ちゃんは小さく「けっ」と呟いて、ソファの真ん中でダレてしまいました。
もちろん下僕はその1もその2もソファの下、つまり床の上が定位置です。
ちょっとでも上に座ろうとしようものなら、
「じゃま」
麻貴ちゃんから容赦のない一言が飛んでくるのでした。
もっともすっかり眠ってしまった後なら、隣に座ろうが、膝に乗っけようが絶対に気付かないのが麻貴ちゃんの良いところなのですが。


「俺の可愛い麻貴ちゃんは平仮名なら全部書けるんだぞ。すごいだろ」
下僕その1がそう言い張って持って来たのは、ペンでもクレヨンでもなく、デパ地下購入のおいしいササミをゆでたものと手作りマヨネーズでした。
「ササミとマヨネーズで短冊書くの?」
下僕その2は天然なので、本気でそう思ったようでしたが、もちろんそんなことはありません。
「はい、麻貴ちゃん。上手に書けたらおいしいササミだぞ」
ただ単にご馳走で子猫を釣ろうとしただけだったのです。
下僕その1は目先のことだけなんとかなればそれでいい主義。
そして、どんなにしっかりとマイペースでも麻貴ちゃんはやっぱり子猫。
ズルイ大人の世界のことなどわかりません。
目の前に置かれたササミに目がくらんで、小さな手でペンを握ったのです。
「あー」
そう言いながら、ゆっくりと大きな文字で短冊を書いていきます。
「ほら、ちゃんと書けるだろ?」
下僕その1はとても得意気でしたが。
「……森宮、それってもしかして―――」
その時すでに下僕その2は嫌な予感に襲われていました。
そうです。
短冊に書かれた次の文字は「た」だったのです。
「あ、あのね、森宮、こう言う時は『大きくなったら何になりたい』とか、『こんなことができるようになりたい』っていうのを書くものでね……」
下僕2はこの状況がまずいことを素早く察知しました。
「たとえば、『宇宙飛行士になりたい』とか、そういうのだよ?」
その必死の説得により、『あたらしいかいぬし』と書かれるはずの短冊は下僕その1の目に触れることなく無事この世から抹消されたのでした。
めでたし、めでたし。



……と思っていたのですが。
続きがありました。



「じゃあ、森宮、大きくなったら何になりたい? 一番好きなものでいいよ」
そう言われて麻貴ちゃんが書いた文字は「まよねーず」。
「……それは無理じゃないかな」
でも、下僕その2はその答えを「子供らしくて可愛い」と思いました。
自分も子供の頃は特撮モノのヒーローになりたいと言っていたし、クラスには「ロケットになりたい」とか「恐竜になりたい」と書いた子もいました。
はるか昔のことを回想しながら、子猫も同じなんだなと笑う下僕その2は、なんだか微笑ましい気持ちになりました。
今日はきっと正しく普通の七夕になりそうだ。
そして、今日までちっとも気付かなかったけれど、マイペースな子猫にも意外と可愛いところがある。
そんなことに喜びながら、
「じゃあ、森宮、今、一番できるようになりたいことは何?」
それを書いてみようか、と誘導してみましたが。
「あのさ、森宮、それって……」
小さな手が書いた文字は平仮名で3つ。
『ささみ』
下僕その2はそこでようやく『子猫はお腹が空いているだけだ』ということに気付きました。
「……樋渡、可哀想だから食べさせてあげたら?」
育ち盛りだから、食べ物に一番関心があるのは不思議なことではありません。
下僕その2とて、子猫が空腹を我慢している姿は可哀想だと思いました。
「でも、さっき食ったばっかりなんだけどな。麻貴ちゃん、本当にお腹空いたのか?」
それに対しての麻貴ちゃんのお返事もいつものとおりでした。
「まよねーず」

結局、麻貴ちゃんはそのあとすぐに大好きなササミマヨネーズ――しかもハート型にくり抜いたものをもらい、短冊は食べるだけ食べてお昼寝をしてしまった麻貴ちゃんの代わりに下僕二人が書くことになったのでした。


『麻貴ちゃんが元気ですくすく大きくなりますように』
『麻貴ちゃんがおいしい物をたくさん食べられますように』
『麻貴ちゃんが世界で一番幸せになりますように』
『麻貴ちゃんが――――』



幸せなネコに七夕は関係ない。
これはそんなお話でした。








え?
下僕その2のお願い事ですか?
だって、彼はとても友達思いですから。

『ほんの少しでいいから森宮が樋渡を好きになってくれますように』


無駄なこととは知りつつも、一応、そう書いてあげましたとさ。

めでたし、めでたし。




                                  end



Home    ■Novels   ◆ネコ麻貴部屋