<お中元>
まだ梅雨は明けないけれど、久しぶりに晴れ間の見えた週末。
仕事で帰りは深夜になるという樋渡に留守番を頼まれたが、中西が来るのは夕方だし、森宮は普通の猫と違って遊び相手にはならないので、暇を持て余してしまった。
「なんか楽しいことしたいね、森宮」
もちろん返事なんてなかったけど。
あれこれ考えた挙句、樋渡には内緒で森宮を連れ出した。
バッグの中に森宮を入れ、向かった先はデパート。
動く気配さえない森宮はどう見てもヌイグルミなので、誰も止めたりはしなかった。
特設会場にはズラリと並んだお中元の見本。
たまには樋渡を喜ばせてやろうと思って、森宮にお中元の意味合いを説明してから、「森宮がお世話になっている人にあげるとしたらどれがいい?」と聞いてみた。
けど。
「ささみ。かに。ふぐ。まぐろ。いせえび。まよねーず」
「……森宮、それは自分の欲しい物だよね?」
森宮のことだから、そんなものだろうとは思っていたので、
「日頃の感謝の気持ちとして樋渡に贈ってあげようよ」
……というようなことを簡単な言葉で言い含めた。
そしたら。
「あっち」
森宮が指し示したのはおもちゃ売り場。
「……だから、森宮のものを買いにきたわけじゃ――――」
そこまで言ってはたと思い直した。
森宮がおもちゃで遊んでいたら、樋渡は喜ぶかもしれない。
なんと言っても今まで一度だってそんな可愛げのあることをしたことがないんだから。
……そんな理由だったんだけど。
「これ」
森宮が指定したのは、ふわふわのぬいぐるみ。
しかも。
「……子猫だね」
こんなので遊んでいたら絶対に樋渡がヤキモチを焼くからダメだと説得しようとしている最中に。
「ごはんの」
どうやら森宮は自分のおもちゃとしてではなく、樋渡にあげようとしているらしいと分かって俺は「おお!」と思った。
「そっか。樋渡もきっと喜ぶよ」
森宮にちょっと似た子猫のぬいぐるみ。
自分と似たのをあげようなんて可愛いことを……と微笑ましい気持ちになったんだけど。
森宮はおもむろにぬいぐるみを俺に押し付けた。
それから。
「わたす」
「俺が? でも、森宮から贈らないと……だって、森宮からの感謝の気持ちなんだよ?」
言いながらハッとした。
嫌なことに気付いてしまったからだ。
「……森宮、もしかして――」
そう。
それはまさしく。
……いつものヤツだ。
「あたらしい飼いぬし」
森宮はぬいぐるみを樋渡に渡して、自分は別の飼い主探しに行こうとしていたのだった。
まあ、代わりを置いていこうという気持ちは、森宮にしては上出来だと思うけど。
いや、あるいは少しでも樋渡の目をごまかして、その間に遠くに逃げるつもりだったりしたら笑えない。
「森宮、それはやめようよ。樋渡が可哀想すぎるよ」
お中元なんて飼い猫からはもらえなくて当たり前。
でも、森宮のいない生活は樋渡にはありえない。
一瞬で抜け殻と化すだろう。
「……もう帰ろうか。樋渡がおいしいものをたくさん作って冷蔵庫に入れてくれたからね」
お中元なんて発想はなかったことにして慌ててデパートを出ると、「ちっ」と文句を言う森宮をなだめながら慌てて家に帰った。
「ただいま」
……なんて言ったところで、樋渡はまだ仕事の真っ最中のはず。
すぐにクーラーをつけ、森宮を専用の王子様席に寝かせた。
このまま夜中に樋渡が帰ってきても何もなかったような顔をしていよう。
どうせ森宮は「今日、こんなことがあってね」なんて樋渡に話すわけないんだから、俺が黙っていればスルッと通り過ぎていくはず。
……と思ったのに。
その瞬間、携帯が鳴って。
『こんな暑い日に麻貴ちゃんを外に連れていったら駄目だろ!?』
ありえないくらい焦りまくった樋渡の声が聞こえた。
「あー、ごめんごめん。ほら、セミも鳴いてるし、たまには季節感とかも味わいたいかなって……」
こんなにぐーたらしてる森宮が『季節感』なんて食べられないものに興味を示すはずはない。分かってるだけにウソ臭さ倍増だけど。
言い訳を並べている間に勢いよくドアが開く音がして樋渡が駆け込んできた。
「俺の麻貴ちゃんを勝手に連れ出すな」
「ごめん、ごめん。ちょっと退屈で……」
そんな謝罪など聞きもせず、
「麻貴ちゃん、暑かったよな? 今、おいしいご飯作ってやるから待ってろよ?」
さっきまで怒っていたのに、森宮を見るなりゆるゆるになる。
そして、何気なく部屋の一角に目を遣ると、そこに置かれていたのは大量の夏物。
もちろん全部森宮用だ。
ひんやり素材のマットとか、あごを乗せるための冷却枕とか、籐素材のハウスとか。
森宮へのお土産を買い込んで帰ったら、誰もいなくて焦って探しに出たんだろう。
悪いことをしたとは思ったけど。
「それより、樋渡。仕事はどうしたの?」
「もちろん麻貴ちゃんが心配でさっさと終わらせてきた」
「……で、走って帰ってきて、急いで探しにいったんだ?」
「当たり前だろ?」
涼しい顔で寝ている森宮とは対照的に、暑苦しいサラリーマンが目の前に一人。
そんな樋渡に溜め息をつきつつ。
「……シャワー浴びてきたら? 汗なんて一滴でも森宮の上に落ちたら嫌がられるよ」
森宮がそんなどうでもいいことを気にするわけないんだけど。
とりあえず樋渡をクールダウンさせなければと思ってそう言ってみた。
「じゃあ、待ってろよ、麻貴ちゃん。すぐ戻ってくるからな。それから冷たいデザートだぞ」
ピューっと音がしそうな勢いでバスルームに消える樋渡。
その背後では、俺たちの会話など少しも聞いてはいない森宮の寝息が。
「すぴー」
本当に、なんというか。
……暑中お見舞い申し上げます。
end
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