パーフェクト・ダイヤモンド

本日の片嶋3:権利行使?




「片嶋、一緒に風呂入ろう?」
このセリフも何度目だろう。
片嶋の返事もいつも同じ。
『お先にどうぞ』とか、まあ、そんな感じだ。
けど。
今日は少し違う展開だった。
「いつまで誘うつもりですか?」
落ち着いた声で、スーツをかけながら振り返った。
「片嶋が一緒に風呂に入ってくれるまで」
当然だ。
それが目的なんだから。
「一度、一緒に入ったら、もう言わなくなるんですか?」
……そんなわけないだろ。
「俺、片嶋と一緒に風呂に入る権利を持ってるはずなんだけど?」
そう言ったら、片嶋がちょっと困った顔で笑った。
でも。
「仕方ないですね」
そう言った後で。
「いいですよ」
あっさりとそう返した。
当然、どえらくびっくりしたが。
「いいのか?」
「はい。その代わり、今日だけって約束にしてください」
今後は「一緒に風呂に入ろう」って言うなって??
「それってさ、この先二度と一緒に入れないってことなのか?」
念のため確認したら。
「当分は……ってことでもいいですけど」
そんな返事があった。
当分ってどれくらいだろう、という疑問はあったが、とりあえずこの機会を逃す手はない。
片嶋の気が変わらないうちに一緒に脱衣所に入った。
その段階で既に狭苦しくて。
「これじゃ服を脱いでる時にぶつかりそうですね」
片嶋は眉を寄せてたけど。
「まあ、いいんじゃないか?」
なんか、俺。
……妙にわくわくするんだけど。
「桐野さん、」
「ん?」
狭いせいで体も結構くっついていて。
にっこりと笑う顔も本当に目の前って感じだった。
ちょっと気を抜いたら、ここでヤリたくなるほど俺の気分は盛り上がってるって言うのに。
「脱がせてあげましょうか?」
片嶋がさらにそれを煽る。
「おまえさ……」
悪戯っぽく笑う片嶋の意図が何なのか俺に分かるはずもない。
「それとも、自分で脱ぎますか?」
どちらでもいいですけど、と付け足されて。
「いや」
おもむろに首を振った。
せっかくのチャンスだから。
どこかで不意に止められるんだろうなと思いながらも、片嶋に任せることにした。
片嶋の長い指がワイシャツのボタンを外して。袖を抜き取って。ズボンを脱がせて。
それをポイッとクリーニングのカゴに入れた。
俺は黙って見てたけど。
下着だけになった時、片嶋が笑った。
「やだな、桐野さん。変な期待はしないでくださいね」
そんなことを言われたところで、やっぱり期待はするよな。
何の遠慮もなく、そこはしっかり起ち上がってた。
片嶋はちょっと困ったように笑いながら、俺をくるりとバスルームのドアに向けた。
「下着は脱がせてくれないわけ?」
ちょっと期待もしてたんだけど。
「それはご自分で」
あっさり拒否。
脱ぎ終えたら、そのまま背中を押されてバスルームに入れられてしまった。
「片嶋、入らないのか?」
振り返ろうとしたら、ドアを閉められた。
まあ、片嶋だから、そんなもんだろう。
かなり残念だが、文句を言っても仕方ない。服を脱がせてくれただけでも片嶋にしたら大サービスだもんな。
自分を宥めつつ、湯加減を見ていたら。
「桐野さん、そのまま後ろを向いていてくださいね」
って、片嶋が言うんだけど。
それって。
「ああ、いいけど」
……期待していいってことか??


待ってた時間はほんの一分くらいだったけど、妙に長く思えた。
体の細部まで血が巡るのを感じながら、ふうっと息を吐いた時、
「絶対、振り向かないでくださいね」
片嶋の声がして、背後でカチャッとドアが開いた。
振り向きたかったけど、それはダメだよな。
ここで出ていかれたら元も子もない。
なんとか思い留まって突っ立っていたら、目の前に布切れが見えて。
いきなり目隠しをされてしまった。
「なんだ??」
片嶋はクスッと笑ってから勢い良くシャワーを出した。
「体、洗ってあげますね」
妙にサービスしてくれるし。
もしかして、片嶋は服を着てるんじゃないかと思って抱き寄せてみたけど、そんなことはなかった。
背中もその下も、ちゃんと素肌だ。
……どうしたって言うんだ??
おっかなびっくりで。
でも、ちゃんと片嶋に体を洗ってもらった。
「で。俺には洗わせてくれないわけ?」
一応聞いてみたけど。
「目隠しを外さないなら洗ってくれてもいいですけど」
そんなのは全然構わないけど。
「でも、タオルで洗ってくださいね」
……やっぱ、手はダメなのか。
とりあえずタオルを泡立てて片嶋の体を洗う。
目隠しをしているせいで変なところを触ってしまうらしく、片嶋から時々笑い声が漏れる。
「くすぐったい?」
「ちょっと」
どんな顔で笑ってるんだろう。
ちょっと頬が赤くなったりしてるんだろうか。
これでも十分楽しいけど。
……微妙に生殺しだな。
「片嶋、」
「なんですか?」
言ったら怒られるかな、と思う間もなく口にしていた。
「……ヤリたいんだけど」
片嶋は怒ったりはしなかったけど。
「ダメです」
やっぱり、きっぱりと断わられた。
結局、目隠しをしたまま湯に入り、その間に片嶋は自分の髪を洗って。
後からそっと足だけ湯につけた。
「やっぱり、二人は無理ですよ」
そんなことを言うから。
俺は手探りで片嶋の体を無理やり引き寄せて湯船に落とした。
「うわっ……?!」
ジャブン、という音と共に波が立って、目隠しも俺の髪も濡れたけど。
片嶋は俺に背中を向けて狭苦しい湯船に収まった。
しかも、抱き締めるとちょうど片嶋の尻のあたりに俺のものが当たって、かなりいい感じだった。
「な、目隠し外させてくれよ?」
「……ダメです」
なんか、俺、実は虐められてるような気がしてきた。
片嶋は俺に背中から抱き締められたままで、しばらくは大人しくしていたけど。
しばらくしたら、上せそうだからと言って俺の腕を剥がした。
まあ、これでも一緒に入ってくれたことには変わりないもんな。
今までよりは格段に進歩してるんだから、いいってことにしておこう。
でも、俺は最初からずっと我慢させられたままだったから、いい加減出すものを出さないと切れるぞって言う頃に、片嶋が俺の手を取って風呂から上げた。
目隠しはまだ外してもらえない。
「桐野さん、ここに座ってください。」
いきなり風呂の縁に座らされて。
「動かないで下さいね」
その後。
「……っっ??」
俺のモノを包み込んだのは、たぶん片嶋の口。
「片嶋??」
すでに気持ちはギリギリ一杯だったから、止めようなんて少しも思わなかったけど、片嶋の頬に手を当てたら、口の動きが分かった。
ついでに、狭い浴室にクチュクチュという音が響いた。
「な、片嶋、」
こんなことも滅多にしてもらわないのに、その上。
ときどき片嶋の咽喉から、
「ん……」
なんて声が漏れる。
そんなわけで。
「……ちょい、ヤバイんだけど」
弱音を吐くのは結構早かった。
目隠しを外して片嶋の顔を見たいと思いながらも、まだ余裕を見せて話しかける。
「片嶋、あのな、」
俺の言葉を制して、クチュッと奥まで含んだ後で片嶋が口を離した。
「……いいですよ」
その時の片嶋の声がちょっと掠れていて。
しかも、その後すぐにまた割れ目を舌先でなぞったりするから。
「……っ……!!」
慌てて片嶋の頬を押さえて、そこから顔を離そうとしたけど。
ちょっと遅かった。
その時、口を離した片嶋の顔には思いっきりかかったと思われ。
「……わりい」
勢いで目隠しを外してしまおうと思ったけど。
「外さないで下さいね」
それは片嶋に止められた。
しかも、かなり色っぽい声で。
……う〜ん……
外したらここでおしまいだったとしても、片嶋の顔を見たいような……

俺がほんの数秒間葛藤してる間にシャワーの音がして。
おいしい光景は流れてしまったようだった。

……もったいないことをした。


そのあと、片嶋にシャワーで体を流してもらったけど。
目隠しされているせいで先ほどまでのことをイロイロと妄想してしまい、俺はまたしても欲求不満状態に陥った。
シャワシャワとその個所のみを念入りに流してから、片嶋は俺の手を引いてバスルームを出た。
風呂場から出たんだし、目隠しはもう外してもいいだろうって思ったんだけど。
「パジャマを着るまではこのままです」
片嶋のお許しが出ず、体の拭き合いっこも目隠し状態。
でも、手探りっていうのは結構楽しいものなんだよな。
「桐野さん、くすぐったいですって」
別にわざとくすぐってるわけじゃなかったんだが。
片嶋の声も少し弾んでいて、なんだか楽しさ倍増。
「けど、片嶋、これじゃキスもできないだろ?」
顔がどの辺にあるかくらいは見当もつくけど。
それって、ちょっとな……って思っていたら。
「大丈夫ですよ」
片嶋はそう言った後で、自分から唇を合わせてくれた。
そんなことも滅多にないから。
「桐野さん、なんで笑ってるんですか?」
「わりい。なんかさ、」
受身なのもたまにはいいかもしれない。
思われているってことを違う角度で実感できる。
「毎日、楽しくていいよなって思って」
片嶋は何も答えなかったけれど、笑ったままの俺にもう一度キスをしてくれた。

パジャマを着せられて、ベッドに連れて行かれて。
やっと目隠しを外してもらった。
片嶋は少し照れ臭そうにしてたけど、「おまけ」だと言って、もう一度自分からキスをしてくれた。

片嶋のペースであれこれしてると結構じれったくて体には毒だけど、たまにはこんなのもいいかもしれないな……と、しみじみ思った。
片嶋はベッドに腰掛けたまま濡れた髪を乾かしていたけど。
「気は済みましたか?」
突然、真面目な顔で聞いてきた。
「……ああ……まあな」
少し考えてから、そんな返事をしたけれど。
本当のところは今日のでかなり味をしめてしまっていた。
だから。
「な、片嶋、」
ちょっとだけ、調子に乗って。
「はい?」
「風呂場の電気消してもいいから、次回は目隠しナシにしてくれよ?」
そんなことを聞いてみたけど。
「怒りますよ」
片嶋にあっさりと却下された。
「別に怒ってもいいけど」
そう簡単に諦める俺ではない。
「最初に『当分はダメ』って約束しましたよね?」
したかもしれない。
けど。
「当分っていつまでだ?」
俺としては一週間くらいのつもりだったから。
それくらいならって思ったのに。
「……一年くらいかな」
ちなみに。
片嶋は真面目に答えている。
この辺が俺と片嶋のギャップなんだよな……
「な、片嶋、」
「なんですか?」
抱き寄せたら、少しくすぐったそうに俺を見上げた。
片嶋の涼しげな瞳。
「……すっげー、よかった」
頬にキスをしてそう告げたら、片嶋はキュッと目を閉じてしまった。
片嶋は相変わらず、そういうのは全然ダメで、何も言い返さずにうつむいてしまう。
「風呂では絶対やらないって約束するから。な?」
耳元で目一杯優しく頼んだつもりだった。
「……でも、ダメです」
やっぱり、ちゃんと断わるあたりが片嶋って感じだけど。
「んー、まあ、じゃあ、それはいいから。……とりあえず、パジャマ脱がしてもいいか?」
片嶋から、それについての返事はなかった。
でも、そんな質問に「はい」と答える片嶋じゃないから、遠慮なくボタンに手をかけさせてもらった。
片嶋は、もちろん「嫌です」なんてことも言わなくて。

だから、風呂のことだって本当はOKなんじゃないかって。
期待してしまう俺は、甘いのかな……





                                      end

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