Sweetish Days 
〜Halloween〜





ハロウィン関連の仕事はもうずいぶん前に終わっていて、今はクリスマスがメイン。
だから、俺の頭の中ではまるっきり遠い過去のことになっていた。
そんな事情で明日が10月31日だなんてことも言われるまで思い出さなかったんだが。
「で、ボクちゃん、何をしてくれるって?」
「何が?」
「ハロウィンと言えば仮装だろ?」
松浦のニッカリ笑いに嫌な予感がした。
……そうだ。10月31日といえば、間違いなくそれ。
しかも今夜はツカサが泊まりにくる。
「まだ一日早い」なんて気の緩みは許されないはず。

時計を見ると5時を少し回ったところ。
仕事を抜け出し、慌ててメールを打つ。
内容は『何時に来る?』という簡単なものだったが、携帯をポケットにしまった途端、着信音が鳴り響いた。
ツカサから電話で返事が来たのだ。
『幹彦さん、今、大丈夫?』
耳に流れ込む声は弾んでいる。
こんなふうに嬉しくて仕方ない素振り全開だとこっちもつい気が緩んでしまう。
「大丈夫だよ。電話してくれるとは思わなかった」
『今まで友達とファミレスにいたけどさっき別れたところだったから、幹彦さんの声聞きたいなって』
楽しそうに話すツカサの顔を思い浮かべながら、今日一日の報告をかなり暢気な気分で聞いていたのだが。
『それでね、明日はハロウィンだよね?』
それは不意に訪れた。
しかも今までの話の中で一番声が弾んでいる。
「ツカサ、お菓子はたくさん用意して帰るから、制服のまま出迎えてくれよ?」
松浦の口車に乗せられた挙句、エプロンだけとかソックスだけで「おかえりなさい」と言われても困る。
そう思って先に予防したつもりだったのに。
『じゃあ、部屋の飾りつけしておくね。6時過ぎには幹彦さんちにつくと思うから』
衣装についてのコメントは得られないまま電話は切られた。


仕事を6時半に無理矢理終わらせてデパートに駆け込み、見ただけで腹が一杯になるほど菓子を買い込んで帰宅。
早く会いたい気持ちはあったが、ドアを開ける前に深呼吸することは忘れなかった。
ツカサは今時の高校生とは思えないほど素直だから、俺の言ったことはわりとちゃんと聞いてくれる。
だが、少しズレているのも事実で。
「……どんな格好で出迎えられたとしても平静を保たないとな」
ゆっくりと自分に言い聞かせた後、若干ドキドキしながらドアを開けた。
だが。
「お帰りなさい」
笑顔で俺を迎えたツカサは高校の制服を着ていた。
「……ただいま」
心底ホッとしながら抱き寄せて、出迎えのキスを受ける。
部屋は綺麗に掃除され、あちこちがハロウィンらしいオレンジ色のかぼちゃで装飾されていたが、それ以外はいたって普通だった。
「どうしたの?」
不思議そうな瞳が低い位置から俺の顔を覗き込む。
「いや。ツカサはやっぱり制服が可愛いなと思って」
人には見せられないような仮装をしていることを覚悟して足を踏み入れたので、この光景には本当に和んだ。
だが、それも束の間の平穏だった。
「じゃあね、幹彦さん」
にっこり笑って。
「脱がせてみる?」
無邪気に聞かれた。
「今日、パンツも可愛いよ?」
可愛いというからにはかぼちゃの絵柄だったりするんだろうと思ったが。
「前から見ると普通だけど、後ろがないの」
やっぱりニコニコ笑っているんだけど。
……そんなパンツが世の中に存在するのか?
もちろん軽い冗談ってことも―――ツカサに限ってそれはないか。
「えっと、ツカサ」
何から確認すべきなのか分からない。
「もっと控えめなのがよかった? ハート型に穴が開いてるのもあったよ」
どこに、と尋ねた日にはものすごく詳細な説明が待っているに違いない。
その疑問は心の中に押し込んでおくことにした。
まあ、「後ろがない」というそれを目にするのはベッドに入った後の数分間だけだ。
そのときにはもう部屋は暗いはずだから、多少過激でもそれほど気にはならないだろう。
素肌にエプロン、あるいはソックスだけで明るいリビングを歩かれるよりはずっといい。
「それでね、幹彦さん」
「なに?」
「明日とあさっての服、見てみる?」
やっぱりか……と思ったが、しっかり覚悟を決めて帰ってきた成果を発揮し、なんとか平静を保って返事をする。
「ああ、そうだな。でも、明日は俺も休みだから一緒にどこかへ出かけよう」
外を歩くなら周囲が振り返るような服は着ないだろうと思ったのに。
「じゃあ、外出用のを見てみる?」
さらに無邪気に聞かれてしまって、さすがの俺も返事に詰まった。
「え……と、ツカサ。それはツカサが選んだ服? それとも松浦が?」
ツカサのセレクションなら、まだ俺の趣味を優先させてくれているだろうという期待もできる。
だが、松浦の場合は俺が困るような服をあえて選んでいるに違いないわけで、事前のチェックと心の準備は必須だ。
「外出用は僕。部屋着は二人で。夜用は松浦さんが。念のため、汚れた場合の着替えも用意してきたよ」
そのわりにツカサのバッグは小さいんだが。『かさばらない=布の面積が少ない』ってことなんじゃ……
なんだかものすごい週末の予感に眩暈がした。
気を取り直して、ふうと小さく息を吐く。
明日は一年に一回、ツカサが大好きなコスプレを堂々とできる日なのだから、恋人としては寛大な気持ちで受け止めてやらなければ。
外出時はともかく、部屋の中だけなら多少目のやり場に困るくらいはどうってことないはずだ。
「外出用はドラキュラ風だよ。ほら」
部屋の隅から持ってきたのはガーメントバッグ。どうやら衣装はこっちに入れてきたらしい。
広げられたのは黒が基調のスーツっぽい服と、控えめなフリルつきでスタンドカラーのシャツ。
結婚式かパーティーかという感じだが、それを除けばわりと普通の……と思ったが。
「でも、ポイントはこれなの」
ツカサが軽やかに羽織ったのは、いかにもなマント。
こんなものをどこで手に入れてきたのだろうという疑問はすぐに解けた。
「お母さんが作ってくれたんだ」
「……そう」
理解のある母親で結構なことだ。
というか、俺と同じでこの程度のことなら大目に見ているだけなんだろう。
まあ、いい。
どうしてもそれを着て歩きたいというなら、カオルの店に連れていこう。
どうせ明日は一日パーティーさながらの内装で、ついでに仮装してきた客はワンドリンクサービスだ。ツカサを連れていっても違和感はないだろう。
……もちろん夜は立ち入り禁止だけど。
「ツカサのお母さん、器用なんだな」
丁寧な縫製だし、形もキレイだ。ツカサに合わせて作っているのだからサイズもピッタリ。
まさにオーダーメイド。
「うん。子供の頃はもっといろいろ作ってもらった。羽根付きの服とか、きぐるみとか」
もしかしてツカサの仮装好きは母親の影響なのでは……。
そういえば見た目も性格も母親に似ていると言っていたような。
「ええっと……じゃあ、部屋着はどんなヤツ?」
ドキドキしながら尋ねてみたが、バッグから取り出されたのはハロウィンカボチャがモチーフのパジャマだった。
松浦が一緒に選んだにしては普通すぎる。
いったいどういう意図があるんだろうと訝しく思っていたら、ツカサが明るい声で説明してくれた。
「松浦さんがね、『油断させておいてベッドでドッキリ』がいいんじゃないかって」
いかにもアイツの考えそうなことだ。
それで後から俺に「どうだった?」と感想を求めるつもりなんだろう。
種明かしをしてくれるあたりは、俺の性格を考慮してくれた結果なんだろうけど。
「それで……夜用は?」
恐る恐る尋ねると、待ってましたとばかりにものすごく弾んだ声が。
「やだなぁ、幹彦さん。やっぱり夜が気になる?」
俺が気にしてるのはツカサが思ってるのとは違う方向なんだけど。
「黒いツノとベルベットのチョーカーと悪魔のシッポだよ」
小悪魔バージョンなんだと屈託のない声が返ってきた。
だが、ツッコミどころはそれが何の仮装かということじゃない。
「それって、悪魔っぽい衣装の他にアクセサリーの角とチョーカーとシッポってことじゃないんだよな?」
「そう。アクセサリーじゃなくて、それがメインなの」
つまり、ほとんど何も身につけていない状態ってことか……。
むしろ服をまったく着ていない状態の方が潔い分いやらしくないんじゃないだろうかとも思ったが、ツカサの場合、「色っぽい」というのともちょっと違うし。
うーん……まあ、仕方ない。
「楽しみ?」
現に目の前でこちらを見上げている瞳は無邪気そのもの。
「ああ……でも、その話は夜になってからゆっくりしような」
「幹彦さんのエッチ」
だから、そういうんじゃなくて。
俺の困惑などツカサには永久に伝わらないらしい。
まあ、『ベッドの中ならそれくらい構わないんじゃないか?』と思ってる時点で俺ももうすっかり毒されてるような気がするけど。
「じゃあ、まずはお菓子だね」
「少しだけにしておけよ。夕飯前なんだから」
「はーい」
まるっきり親子のような会話をした矢先。
「あ、制服だけシワにならないうちに着替えとく」
おもむろに下着姿になったツカサの後ろ姿を見てふき出しそうになった。
まさに尻部分の布が存在しなかったからだ。
「ツカサ……今日はまだハロウィンじゃないから」
普通の服にしてくれという俺の要望にツカサは少々残念そうな顔を見せたが、むき出しだったそこは間もなくシンプルなワークパンツに隠された。
いや、本当にそんな下着が存在するとは思わなかったけど。
家庭内においてこれは問題にならないんだろうか。
洗濯はツカサが自分でするにしても、万が一発見してしまったら母親が驚くんじゃないかとか、そんな余計な心配をしてしまう俺。
小遣いで買うんだろうかとか、こういうものを売ってるのはいったいどんな店なんだとか、気になることはいろいろあったけど。
それを尋ねると、ツカサがまた違う方向で誤解しそうな気がしたので深く突っ込むのはやめておいた。


夕食を終えた後もツカサはちょっとそわそわしていた。
「カオルさんのところは何時になったら行っていいのかな?」
明日のことを考えると楽しくてしかたないのだろう。
遠足前の小学生のようだ。
そんなところはまだまだ子供だなと笑いながら、店の営業時間を教える。
「開店は朝11時。通常営業は7時まで。そこで一旦閉店にして、夜10時からは大人の部。もちろん高校生は立ち入り禁止」
その説明にツカサはやっぱり少し口を尖らせた。
「えー。どっちかっていうと夜のほうに行ってみたいのに」
……そう言うと思ったけど。
「それはツカサが二十歳を過ぎたら」
またさっきの「えー」を繰り返すと予想したのだが、ツカサの顔には笑みが浮かんだ。
「じゃあ、その時は一緒に行って?」
「もちろん」
頼まれなくてもあんな危険な場所へツカサ一人をやるつもりはなかった。
そんなの当然だろうと一人で頷いていると、ゆるく結ばれていた唇はその瞬間にパッとほころんだ。
笑うようなことだっただろうか。
先ほどの会話を脳内で再生してみたが、特におかしなことはない。
でも、ツカサはやっぱりニコニコしていた。
「なんで笑ってるんだ?」
率直に疑問を投げかけると、いっそう顔をほころばせた。
「そんなに先まで一緒にいられるんだなって思って」
「『そんなに』って言うほど先のことでもないんじゃないか?」
「そうかなぁ」
俺にとってはあっという間でも、現役高校生のツカサにはずいぶん遠いものに感じるのかもしれない。
いや、そんなことより。
「ツカサが二十歳の時、俺は32なんだな……」
うっかり口に出してしまったら、また笑われた。
「大丈夫。幹彦さんはおじいちゃんになってもずっとカッコイイままだから」
僕が保証するよ、という元気な声に釣られるように俺も微笑んだ。
何年か先の自分を一度だって思い描いたことがあっただろうか。
いつだって目先のことだけで一杯で、そんな余裕はなかったことを思い知る。
年が離れているせいか、ツカサと付き合うようになってからいろんなことを考えるようになった。
高校生の頃の自分はどんなだっただろう、とか。
ツカサの目に今の自分はちゃんとした大人として映っているんだろうか、とか。
「……幹彦さん?」
あれこれ思い巡らせてしばらく言葉を返さなかったら、気遣うように下から視線が飛んできた。
「ああ、ごめんごめん。いや、毎日楽しいってすごいことだなって思っただけだよ」
その返事を聞くとツカサは首をかしげたまま、でも意味ありげにニッコリ笑った。
「じゃあね」
「うん?」
「今夜の服から見てみる?」
「……えっ」
もっと楽しくなるよと言いながら着替えの入ったバッグを抱えてベッドルームに向かう。
「ツカサ、それはもうちょっと後でいいから!」
弾んだ背中を見ながら後を追い、途中で笑いがこみ上げた。

無邪気な笑顔がいつかすっかり大人びても、この先にあるものはきっと変わらない。
ふんわり甘くて時々スリリング。
退屈とは無縁の、そんな日々。


                                     end


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