<えいぷりるふーる>
診療所のお茶会。今日のテーマは「エイプリルフール」だった。
「でも、あんまり関係ないよね?」
クリスマスとかお正月とか、そういうのなら診療所も飾りつけされて楽しい感じになるけど。
「じゃあ、マモルちゃんも今から誰かに嘘ついてみるかあ?」
「でも、楽しい嘘じゃないとダメだよ」
みんなにそう言われて考えたけど。
「えーっと……うーんっと……なんにも思いつかないなぁ」
どんなに考えても浮かんでこなくて。
その代わりにピカってひらめいたことがあった。
「あのねー、それよりも、うそでいいから、中野が『ひざの上にあがってもいい』って言ってくれるのがいいなぁ」
そしたら、すごく楽しい気持ちになれると思うんだけどって言ってみたけど。
「……それは、ちょっと難しいんじゃないかな」
闇医者の意見に全員が賛成して。
だから、結論は「中野だとムリっぽい」になった。
「そうだよね……」
本当はちょっとだけ「もしかしたら」って期待してたけど。
でも、ダメなのは仕方ないので諦めることにした。
そのあともみんなで『楽しいうそ』を考えてみたけど。
結局、一個も思いつかなくて、うそつきごっこはできなかった。
6時ごろになって、中野が何かの書類を持って診療所に来て。
それで仕事は終わりみたいだったから。
「じゃあね、マモル君。気をつけて帰るんだよ」
「うん。ばいばい、またね」
俺もあとをくっついて一緒にうちに帰ることにした。
もう4月だから、外もそんなに寒くなくていいなって思ったから。
今日は俺もポケットの中じゃなくて、自分で中野の足元を歩くことにしたんだけど。
「あのねー、今日ねー、みんなでエイプリルフールのねー……中野、歩くの早いかもー……」
すごく一生懸命がんばったんだけど。
それじゃ間に合わなくて、途中から走ってみて。
でも、やっぱりついていけなくて、あっさり置いていかれた。
でも、最後の信号のところでやっと追いついて。
そこから先は一緒に帰れて俺もホッとした。
「よかったー」
中野が鍵を開けて。
ドアの前で少しだけもたもたしたら、足で押しこまれて。
それはちょっとショックだったけど。
でも、先に部屋に入れてもらって。
玄関のマットで足を拭いて。
キレイになったのを確認してからリビングに入った。
その時、中野はもうソファに座って新聞を読んでいて。
だから、こっちを見ていないうちに少しずつ近くに行くことにした。
ゴミ箱の陰から、テーブルの下に入って、一人用のソファの後ろを通って、中野が座ってるすぐ近くまで行って。こっそり上にあがって。
そこまでは順調だったんだけど。
でも、新聞の陰から、そっと中野の膝に手をかけたらジロッとにらまれてしまった。
「えっとー」
ごまかすために何か話さなくちゃって思って。
「あのねー、『だるまさんがころんだ』って知ってる?」
鬼がこっち見てる時は動いちゃいけないんだよって言ってみたけど。
そのとき、中野はもうぜんぜん俺の顔なんて見てなかった。
っていうか。
ホントは俺がどこにいても、ぜんぜんどうでもいいみたいで。
「……そういえばそうかも」
ソファの上でも、テーブルの上でも、ゴミ箱の中でも洗濯機の上でも、洗面所でも玄関でも。
俺がどこで何をしてても見向きもしないことが多くなった。
「……最初の頃は、どこにいても見てくれたのになぁ」
それって、俺なんていてもいなくてもどうでもいいってことだよなって。
そう思ったら、だーっと涙が出た。
早く拭かないと怒られるってわかってたけど。
でも、中野のひざにかけた手はどうしても離したくなかったから、そのままの姿勢で泣いてみた。
今から泣き止んでもどうせ怒られるんだから、だったら、ずっとこうしていようって思って。
でも。
「……ったく」
頭の上から中野の呆れた声が降ってきて、そのあと、ずるっと膝の上に引きずり上げられた。
「……いいの?」
嬉しいのに、なんでかわからないけどもっとたくさん涙が出て。
でも、やっぱりすごく嬉しくてしっぽだけピコピコ動かしていたら、すごく変な顔をされてしまった。
でも、よく考えたら今日はエイプリルフールだから。
「……そっか。本当はうそなんだ」
明日になったらもうこんなこともないんだよなって思って。
そしたら、やっぱりちょっとがっかりしたけど。
「でも、今日だけだったとしても嬉しいからいいや」
涙が乾いてごわごわになったほっぺの毛を自分でほぐしながら、脚を組んだままの中野のひざの上でクルンと丸くなった。
最初に拾ってもらった日と同じで、今日も頭にはタバコの灰が降ってきたし、もちろん払ってもらえなかったし、しかも中野が新聞をめくるたびに耳とかヒゲにバサバサ当たったりしたんだけど。
でも、あったかくてとても気持ちよかった。
「……ずっとここにいたいなぁ」
小さな声でそっとひとりごとを言ってるうちに眠くなって。
「エイプリルフールってすごくいい日かも……」
嘘でもいいから、来年も中野のひざに乗れたらいいなって。
こっそり神様にお願いして。
それから、中野に「おやすみ」を言った。
そのまま夢の中でも新聞をめくる音とタバコの匂いがして。
中野と二人のエイプリルフールは、次の朝までずっとずっと楽しかった。
end
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