『Tomorrow is Anoter Day』 香芝&まもネコ
(見つけた方だけのお楽しみ♪)






            +クリスマスまであと少し+
                  (香芝視点)


その日、遊びにきた患者さんがクッキーを持ってきてくれたので、いつものようにテーブルにお茶を並べた。
「すごくおいしいかもー」
小さな両手でクッキーを持ってはしゃぐマモル君をそこにいるみんなが微笑んで見つめていた。
「マモルちゃん、お茶こぼさないようにな」
「うん。気をつけるー」
クッキーの箱には綺麗な色のリボンがかかっていて、頼りなげな尻尾に絡まっているのがとても愛らしかったから、
「マモル君、リボンつけてあげようか?」
一つ目のクッキーを食べ終えた小さな手を拭いてから、膝に抱き上げてそう聞いた。
「わー、いいの?」
わくわくしてるのが傍から見てもよくわかって、またみんなが目を細めた。
柔らかい毛にブラシをかけて、首に緩くリボンを結んで。
「はい、できあがり」
ブラッシングのおかげで少しふっくらした首筋をなでながら笑いかけると、本当に嬉しそうな笑顔が返ってきた。
「ありがと、闇医者。にあうかな?」
「よく似合うよ」
素直で人懐こい子だから、診療所でもとても可愛がられていて、マモル君がいる日は患者さんも多い。
もっとも「ちょっと調子が悪くて」なんて言われるだけで、本当に治療を必要とする人は一人もいないのだけれど。
「マモルちゃん、リボンなかなか似合うなあ」
囲まれて褒められている間は尻尾を振ってにこにこしていたけれど、急に何かを思い出したようにがっくりとうなだれた。
「……でも、中野はリボンきらいみたいなんだー」
言いながら、少し寂しそうな顔をしたけれど。
「どうして嫌いだって思うの?」
がっかりしているマモル君には悪いけれど、それだって本当は呆れるほど微笑ましい理由に違いない。そんな確信とともに聞き返す。
「あのねー」
真面目な顔でこちらを見上げて、以前自分で苦労して結んだリボンを捨てられてしまったことを話してくれた。
「だからね、キライなんだと思うんだー。……それとも似合わなかったからなのかなぁ。どっちだと思う?」
どっちでもないと思うよ……とすぐに答えてやればいいのだけれど、あまりに真剣な様子がかわいらしくて、ついつい会話を引き延ばしてしまう。
「どんなリボンだったの?」
「えっとねー」
手振りまでつけて説明するその仕草に、居合わせた人たちはみんなニコニコしながら頷いていたけれど、マモル君本人はたぶん深刻なんだろう。
「今と同じくらいかわいいリボンだったんだけどなぁ」
そう言いながら小さな溜め息をついた。
お茶を飲みながら見守る人たちはほとんどが僕よりもずっと年上。
その人生経験をもって考えれば、彼が何故そんなことをしたのかなんて笑える話以外の何ものでもない。
「ヨシ君、かわいいところあるんだねえ」
そうだね、なんて相槌を打ち合う人の中でマモル君だけはその言葉の意味がわからなくて、
「また俺だけわかんないのー?」
少し不満そうに大人たちの顔を見回していた。
「リボンをつけたマモル君があんまり可愛かったから、誰かにさらわれちゃうって思ったんじゃないのかな」
外れてはいないはずの答えをこの子にも解るように説明したつもりだったけど、
「でもさー」
彼の日頃の態度が冷たすぎるせいでどうにも納得できなかったのか、もう一度首を傾げた。
「マモルちゃんにはちょっと難しいかなあ」
小宮さんにそう言われて、少し頬をふくらませたのがかわいらしくて、辺りはまた笑いに包まれた。



母親が亡くなってから一人で公園暮らしをするこの子をここへ連れてきたのは彼。
当時は今よりもずっとやせていて、ほこりまみれのモップの先みたいに薄汚れていたけれど、彼はとても大事なもののようにそっと僕に差し出した。
『そこで拾った』
添えられた言葉はそれだけだったけれど。
『怪我してるんですね。すぐに手当てを―――』
答えながら、その小さな身体に触れた時、不思議なほどやわらかな温度が伝わってきて、とても愛しく感じた。
それだけは今でも鮮やかに覚えている。



「ねー、闇医者。クリスマスの日もリボンむすんでくれる?」
ティーカップの隣で真面目な顔でこちらを見上げている。
拾われた当時よりは少し大きくなったものの、今でもまだ子猫くらいの大きさしかない。
そのせいかどこか頼りなく見えて、放っておけなくなるのはきっと僕だけじゃないだろう。
「いいけど。どうして?」
そんな会話の間にも何にもないところでつまずいたりして、周囲には思い切り心配をかけているのだけれど、本人はそれに気付くことさえなく、ただ楽しそうに日々を送っている。
「見なれたら、中野もかわいいって言ってくれるかもしれないよね?」
真剣な面持ちがなんだか少しおかしくて、またふっと頬が緩んだ。
中野さんの気持ちなど少しもわかってはいないだろうに、それでも口から出るのは彼のことばかり。
「そうだね。じゃあ、汚さないように大事に取っておかないとね」
その言葉を聞いて小さな手がリボンを外そうとしたけれど、そっとそれを押しとどめた。
「あとで中野さんが来るから、一度見せてからにしようね?」
「え? 中野が来るの?」
彼の名前が出ただけでパッと顔が輝いて声が弾む。
どうして彼なのだろう……なんてこともときどき話題に上るけれど、本当の理由はきっと本人にもわからない。
でも、この子の心のどこか奥深い所にはしっかりと彼から伝わってくるものがあるのだろう。
そんな気がした。
「そうだよ。仕事が終わったら来るって言ってたから、お茶を入れてあげようね」
「うん。俺も手伝うー」
はしゃぎながら時計の見える位置に移動すると、少しそわそわしながら患者さんの話し相手をはじめた。
「何時にくるかなぁ」
楽しそうな様子を見ているとこちらまで明るい気持ちになる。
患者さんたちの間では「孫よりかわいい」なんて冗談さえ出るほど。
「あ、それでね、今日の朝はねー」
一生懸命朝の公園の様子を話すマモル君の後ろ姿を見ていたら、小宮さんが笑いながら声をかけてきた。
「ヨシ君が来たら、またリボンを捨てるんじゃないのかあ?」
マモル君がガッカリしたら可哀想だと先々の心配までしている小宮さんがなんだかおかしくて。
「そうですね。でも、もし捨ててしまったら、『勝手に捨てたんですから新しいのを買ってください』って言おうかなって思ってるんですけど。もうすぐクリスマスですし、いい案だと思いませんか?」
その時の彼の顔を想像するとなんだか笑いがこみ上げてしまって、
「先生も相変わらずだねえ」
小宮さんには少し微妙な顔で笑われてしまった。


クリスマスのプレゼントは、このリボンのかわり。
世界で一番好きな人が贈ってくれる宝物。
「ヨシ君、高いの買ってきそうだなあ」
「ブランドものだったらどうします?」
「オーダーメイドだったりしてなあ」
勝手な想像に花が咲く。
お茶の時間にはもってこいの楽しい話題。
「マモルちゃんに自分でつけてあげたりはしないだろうけどねえ」
小宮さんの言葉に他の患者さんまで笑い出した。
「つけてあげたら笑っちゃうよな」
「んなこと天地がひっくり返ってもありえないって」
「だなぁ」
年上の友人たちに囲まれながら、真剣な瞳がくるくると動く。
「なんの話なのー? 俺だけ仲間はずれなの、やだなぁ」
そんな呟きが聞こえると午後のお茶席はまた微笑が溢れた。
「クリスマスのお楽しみだよ。一緒にツリーを飾ろうね?」
「うん。楽しみー」


買ってきたとしても、彼はたぶん何一つ言わずに僕に渡すだけだろうけど。
「いいクリスマスになるといいねえ」
「そうですね」
迷子札には彼の名前と電話番号を書いて。
それから、彼の代わりに『メリークリスマス』を言ってあげよう。
『ありがとー』
そう言って笑いこぼれるあの子の顔が彼にも見えるように―――


                                      end




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