夏の猫リクエスト






<海!>  -前編-


もうすぐ診療所も夏休みっていうある日。
新聞ばっかり読んでいる中野に聞いてみた。
「ねー、中野はおやすみないのー?」
普通の人は大人でもみんな夏休みあるんだよね、って顔をのぞきこんでみたけど。
やっぱり返事はなくて。
「それって、ないってことなのかなぁ……」
よく分からなかったけど、きっとそうだって思ったから。
「そっかぁ。海、行きたかったのになぁ……」
残念だけど仕方ないやって思って、そのままあきらめた。


「だから、どこも行けないかも」
せっかくの夏休みなのにって。
次の日、闇医者に話したら。
「じゃあ、診療所のお休みの間にみんなで海に行こうかな」
マモル君も一緒だよって言われて。
「行くー!!」
海ももちろん行きたかったけど。
それよりも、誘ってもらえたのがうれしくて。
大きな声で返事をしたら、たまたま用事があって来ていた中野にいやな顔をされてしまった。
「あー、でも。中野はおやすみないからいっしょに行けないかも」
そう思ったら、なんだかすごくがっかりして。
でも。
そのとき、闇医者がにっこり笑った。
「心配しなくてもいいよ。中野さんがお休みなるように社長さんに頼んでおいたから」
だから、絶対大丈夫なんだよって闇医者が言って。
そしたら、中野はもっと嫌そうな顔になったけど。
「闇医者って、中野の会社の社長さんと友達なの?」
すごいなって思ったけど、闇医者は「そういうわけじゃないけどね」って笑っただけだった。


でも、そのおかげで中野は休みがもらえて。
「よかったな、マモルちゃん」
「うん! 闇医者の魔法ってすごいねー」
「なんだ、マモちゃん。それも魔法なんか?」
「だって、友達じゃないのにお願い聞いてくれるんだよ?」
いつもは長い休みなんてぜんぜんない中野が。
こんな簡単に夏休みになるなんて。
「だから、絶対に魔法だよ!」
そう言ったら、やっぱり笑われた。


こんな感じで。
とにかく次の日には診療所のみんなで海に行くことができた。
車は4つ。
俺と中野チーム。
それから、ぐれちゃんとおねえさんチーム。
あとは闇医者と患者もどき3人チーム。
残りは小宮のオヤジの大きな車チーム。
みんな別々の場所からスタートだったから、近くにいなくてちょっと残念だったけど。
「ぜんぶが乗れる車ってないのかなぁ……大きなバスは運転が難しいのかなぁ?」
そんなことも考えてみたけど。
隣を見ると中野が面倒くさそうにタバコをくわえたまま運転してて。
だから、二人でドライブなのもちょっといいかもって思った。
「ねー、おやつ食べていい?」
やっぱりなんにも答えてもらえないんだけど。
「中野も食べる? あ、タバコ吸ってたらダメかも。じゃあねー、あっ」
袋をあけたとき、勢いがあまって中味が飛び散ってしまって。
「ちょっとこぼれたかも」
落っこちたやつを拾って食べようとしたら、なぜか取り上げられて。
「中野のうちに来る前は拾ったものしか食べなかったけど、おなかなんてこわさなかったよ?」
一生けんめい説明してみたけど、それは捨てられてしまった。
「もったいないなぁ」
そう言ったら、「だったらこぼさずに食え」って怒られたけど。
「うん。気をつけるー」
でも、それはそれでけっこう楽しいかもって思った。


待ち合わせたのは海の近くの駐車場。
着いたときにはもう闇医者とぐれちゃんとおねえさんが待ってた。
「おはよー!」
元気に挨拶をしたら、ぐれちゃんが車の上から手を振ってくれた。
「小宮のおじさんたちは先に浜に行ってパラソルを立ててくれてるんだよ」
ぐれちゃんが「あっちのほう」って場所の説明をしてくれて。
その間、おねえさんが俺をだっこしてなでてくれた。
楽しそうだなって思いながら隣を向いたら。
「中野さん、真昼間の海でそのヤクザなスーツはやめてもらえませんか。不自然すぎますよ」
闇医者はなんだかちょっと冷たい目で黒っぽいスーツを見てた。
でも、中野はそんなことぜんぜん気にしてないみたいで、相変わらずもくもくと煙を吐いてた。



その後、駐車場を出て、ぐれちゃんと一緒にかけっこで浜辺に下りていこうとしたけど。
「わー、たくさん人がいるなぁ」
踏まれそうだな、って思っていたら、ぐれちゃんはお姉さんにだっこしてもらって。
いいなって思っていたら、俺も中野につまみあげられて。
そのまま小宮のオヤジのところまで連れていってもらった。
ついたら中野はいつも公園でするみたいにポイって俺を投げたけど。
砂の上だから足はぜんぜん痛くなかった。
「おはよー!」
ちょっとよろけながら挨拶をしたら、小宮のオヤジが笑ってて。
「おー、まもるちゃんか。なんだ、みんな何をよけてるのかと思ったら、ヨシ君だったんかあ」
でも、それを聞いてた他の患者もどきはなんとなく引きつってた。


ぐれちゃんと二人で麦茶をもらって。
前に見える海を眺めた。
「すごいなー。泳ぐのはじめてかも」
海は真っ青じゃなかったけど。
両手を広げてもすっごくはみ出すくらい大きくて、とてもいい感じだった。
そのまま走っていこうとしたんだけど。
途中でちょっとだけ気がついてしまった。
「あ……熱いかも……」
ビルの間の日向の道路も昼間は熱くて歩きにくいけど、公園は土があるからそうでもない。
だから、砂の上なら公園とそんなに変わらないはずって思ってたのに。
「なんでかなぁ……」
なぜか思ってたよりもずっと熱くて。
みゃーみゃー言いながらあせって避難した。
「……うわー、熱かった。やけどするかと思ったー」
とりあえず、ほっとしながら顔を上げたら。
そこはタバコを吸いながら突っ立っていた中野の右足の靴の上で。
目があったら嫌な顔をされて。
ついでに、体をぜんぶ乗せるにはちょっと狭かったんだけど。
それよりも。
「うーん……水のあるところまでずっと日が当たってるかも」
公園から診療所までなら、日陰だけ通っていけるのに。
海は全部が日向だった。
「困ったなぁ……」
中野はそれ以上海の近くには行ってくれそうもなかったし。
だからって、熱いのはガマンできそうもなかったし。
どうしようかなって悩んでいたら、闇医者が来てくれた。
「マモル君、海まで連れて行ってあげるよ」
向こうでは小宮のオヤジがボートをふくらませてて。
おねえさんに抱っこされたまま、ぐれちゃんが手を振っていた。
「中野は泳がないのかなぁ……」
ちょっとだけそう思って、もう一回見上げてみたけど。
中野はまた俺をつまみ上げて闇医者に押し付けただけで。
そのあとは、すぐにどこかに行ってしまった。
「みんなで一緒のほうが楽しいのになぁ」
ちょっとガッカリしたけど。
でも、もしかしたら中野は泳げないのかもしれないって思って、そのままあきらめることにした。





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