Halloweenの悪魔
-Prologue-





何年前からなのかは覚えていない。
でも、うちにはハロウィンの日に決まって本物の悪魔の子がお菓子をもらいにくる。
去年も一昨年もその前の年も、小さな悪魔は一人で僕の家に来てドアをノックした。
最初の年はやり方が分からなかったんだろう。
ドアの前でなんだかもじもじしたまま母さんを見上げていた。
『まあ、小さな悪魔さんね。お菓子は何がいいかしら?』
なぜだか母さんにはすぐに人間の子じゃないと分かったらしい。
それでも、大きな籠一杯に入れられたお菓子を差し出した。
悪魔の子はしばらく黙ってそれを見つめていたけど、やがて小さな手を伸ばして母親手作りのマドレーヌを取り、本当に嬉しそうににっこりと笑った。
『本物の悪魔だって気づかれたってわかったから、お菓子はもらえないと思った』
そんな話をしてくれたのはずいぶん後のことだった。


それから毎年、この日になると顔を出す。
そして、母さんのマドレーヌをおなか一杯になるまで食べて帰っていく。
悪魔だから見た目の年とは違うのかと思っていたけど、その子は人間と同じ速度で成長しているようで、いつまで経っても僕より2つくらい下という感じだった。
一番古い記憶の中では幼稚園の子より小さいくらいだったのに、今は小学校にあがった子くらいの背丈はある。
話し方も仕草もちょうどそれくらいって感じだった。
「こんな子なら、もう一人男の子がいてもよかったわ」
母さんはとても嬉しそうにそう言って、僕もそれに頷いた。
父さんは僕の話のうち、「本物の悪魔」という部分は信じていないみたいだったけど、その子が来るとすごく歓迎してくれた。
兄弟のいなかった僕は、その子が来るのが楽しみだった。
けれど、悪魔の子が楽しみにしていたのは、母さんが焼いたマドレーヌと、母さんの膝に乗せてもらうことで、僕自身ではなかった。
それに気付いたときは少し寂しかったけれど、自分の母親を好きになってもらうのは嬉しいことだから、と自分を納得させていた。
でも、悪魔の子には父親しか家族がいないと知ってからは、そんなことで拗ねていたことが少し恥ずかしくなった。


そして、またハロウィンの夜。
嬉しいはずのその日は、僕の気持ちを沈ませた。
きっとがっかりするだろう。
でも、泣かないように。
ちゃんと言わないといけないから。

「遊びに来たよ」
息を弾ませてドアの前に立ったその子を悲しい気持ちで見下ろした。
「君に言わなければならないことがあるんだ」
「なに?」
「今年はマドレーヌ作れなかった」
「どうして?」
まるくて黒目がちの瞳がパチパチと瞬きをしながら見上げていて。
だから、なかなかそれを言い出すことができなかった。
しばらく立ち尽くして、振り絞るようにその言葉を吐き出した。
「……6月に、母さん、死んじゃったから」
その後「ごめんね」と謝ったけれど、悪魔の子は意味が判らないみたいに首をかしげただけだった。
でも、それ以上何の説明もしないでいたら、途方に暮れたみたいで、
「うちに帰って、ばあやに聞いてみる」
そう言い残してパッと僕の目の前で姿を消した。


三十分ほど経っただろうか。
またノックが響いて、悪魔の子が顔を出した。
「……さっきの、わかった」
そう言って僕の顔を見上げた瞳には涙がいっぱい溜まっていた。
「……そう。よかった。どうやって説明していいか分からなかったんだ。楽しみにしてたのに、ごめんね」
もう一度謝った時、悪魔の子は泣きながら首を振った。
「生き返るようにおとうさんに頼んであげる」
そう言ってくれたけど、今度は僕が首を振った。
「仕方ないんだ。だから、もういいんだよ」
死ぬ前の何ヶ月かの間、母さんはとても苦しそうだった。
今はきっとゆっくり休んでいる最中だろうって父さんに言われたとき、ホッとした。
けれど、もしも元気な頃のまま生き返れるなら……って。
そう思わないわけじゃない。
でも、母さんはそれを望まないって思った。
「マドレーヌは来年までに練習して、僕が焼いてあげるから」
今年は我慢してねと言って買ってきたお菓子を渡した。
小さな悪魔の子は涙をいっぱい浮かべたまま、両手でそれを受け取って。
それから、
「来年も、来て、いい、の?」
しゃくりあげながらそう尋ねた。
「いいよ。でも、マドレーヌはすぐにはうまく焼けないかもしれないから、あんまり期待しないでね」
「……うん」
母さんが生きていた頃、小さな悪魔の子は母さんにばかり懐いていて、僕とは滅多に話なんてしなかった。
でも、今年は父さんが返ってくるまでの間に二人でいろんな話をした。
かあさんが居なくなった寂しさを埋めたくて。
たくさん、たくさん話すことがあって。
話しながら、二人して何度も泣いた。




幼い日のハロウィンの思い出は、今でも少し悲しいものだけれど。
あの後、小さな悪魔の子は僕がマドレーヌを焼く練習をしていると不意に玄関のチャイムを鳴らすようになって、もうしばらくするとマドレーヌなんて焼いてなくても訪ねてくるようになった。
今でも、僕より2つか3つくらい年下みたいで。
でも、なんだか少し生意気になって。
「今年は俺がマドレーヌ焼いてやるから楽しみにしてろよ?」
そう言いながら、僕の隣で楽しそうに笑ったりしている。



                                     

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