Halloweenの悪魔
願い事-1




母さんが亡くなったことを聞いたその日、悪魔の子はようやくちゃんと自己紹介をした。
名前は多分「アルデュラ」。
僕の耳には確かにそう聞こえるのに、何度呼んでも「ちょっと違う」と言われてしまう。
何度も呼び直してみたけれどどうしてもダメみたいで、最終的には「アル」と呼ぶことで落ち着いた。
年齢だけは「どこから数えればいいのか分からない」という理由で不確かなままだったけど、お互い自分のことをたくさん話して、別れ際には「来年は一緒にマドレーヌを焼こう」と約束して手を振った。


そして、翌年。
「アル、ちょっと待って。先に買い物に行かなくちゃ」
アルはハロウィンの前の日に訪ねてきて、約束どおり二人でマドレーヌを焼くことになった。
でも、準備に取り掛かった時、小麦粉があと少ししかないことに気付いた。
「父さんにお小遣いもらっておけばよかったな」
自分の財布の中を覗き込んでちょっと心配になったけど、余計なものを買わなければ足りるはず。
それでもダメなら、今夜父さんに小遣いをもらって明日もう一度買いにいけばいい。
けれど、そう思っていたのを見透かしたように、アルは「ふふん」って笑った。
「金なんていらないよ。ちょっと力を使えばタダで手に入る」
すごく得意気にそう言っていたけど、きっとそれは悪魔のやり方なんだろう。
それではダメだって僕は思ってきっぱりと断った。
「ここではお店でお金を払って品物をもらうんだよ」
こっちにいる時はこっちのやり方で生活してねと頼んだら、アルは仕方なさそうに頷いた。
見た目はまだ7、8歳くらいのアルは、どんなに生意気な口を利いてもまだ少し子供っぽい。
気に入らない時は顔に出るし、楽しい時は大きな口を開けて笑う。
かわいいって言うと怒るけど、でもやっぱりとてもかわいかった。
「そういえばアルって前は耳や歯が尖ってなかった?」
それだけじゃなくて、羽根や尻尾がついてることもあったんだけど、今年はそんなこともない。
「あれだと目立つから、すっかり人間のかっこでいるようにした」
もう長い時間化けることだって簡単にできるんだ、と偉そうに言う様子もなんだか微笑ましくて、こらえたつもりなのにちょっと笑ってしまった。
そうしたら、アルはほんの少しムッとして。
「ずっと年上のヤツと比べても俺の方が魔力は強いんだからな」
そんな自慢を付け足したけど、口を尖らせているのがやっぱりかわいくて、また笑ってしまう。
「へえ、すごいんだね」
大きくなるにつれて、アルはいろんな力が使えるようになっていく。それは毎年アルの様子を見ている僕にはよく分かった。
本当は僕の部屋にだって直接入ってこられるみたいだけど、それだけは今でも玄関でチャイムを押してくる。
「だって、ニーマがそうしろって言うんだ」
アルの世話係の女の子が悪魔と人間のハーフかなにかで、こっちの作法をたくさん教えてくれたらしい。
「こっちのルールは細かくて面倒だけど、仲良くしたい相手には約束事を守って接するほうがいいんだってさ」
アルの世話係はきっといい悪魔なんだと思う。
でも。
「あのね、アル。仲良くしたい相手以外にもルールは適用しないとダメなんだよ?」
「なんでだよ。ニーマはそんなこと言ってなかったぞ」
悪魔とのハーフだからなのか、ちょっとだけ何かが抜け落ちている気がしてならない。
「僕の言うこと信じてよ。僕の世界のことなんだから」
価値観や文化が違う相手を納得させるのは難しい。
実際、こんな時は一度もアルにうまく説明できたことがなくて、いつも本当に困ってしまう。
でも、僕はアルがなんでも「うん」って言ってしまう魔法の言葉を知っていた。
「母さんが生きていたら、きっと同じことを言ったと思うよ」
ちょっとズルイかなって思うけど。
「……じゃあ、それでもいい」
「わかってもらえてよかった」
魔力なんて使わなくても十分楽しくやっていかれるんだってことをアルが覚えてくれたら、母さんだってきっと喜んでくれるはず。
それにアルは本当にいい子だから、必要のない力を使うことで誤解されたり嫌われたりしたら可哀想だ。
「アル」
「なんだよ?」
「大好きだよ」
そう言うと、今でも幼稚園くらいだった頃と変わりない顔でにっこり笑う。
それが可愛くて、「母さんの代わり」と言っておでこにキスをするとちょっと照れたようにまた笑う。
それから、ちょっとだけ背伸びをして僕の頬にキスを返してくれる。
まだ僕よりも頭半分くらい小さなアル。
本当にすごく可愛くて、みんなに紹介したいくらいだけど、いろいろ聞かれるとアルが悪魔だってばれてしまうから、それは我慢していた。
「じゃあ、買い物に行こうぜ!」
「そんなに慌てなくても大丈夫だよ」
『悪魔の外見は魅力的にできているんだ』と前にアルが言っていた。
今まではそんなこと信じてなかったけど。
コインを握り締めて、反対側の手で僕を引っ張る。
その笑顔を眺めながら、それは本当かもしれないな……って少し思うようになった。
「あっち?」
「そう。ほら、そこの大きな看板のところだよ」
アルは多分どこの国の人から見ても少し異国的で、なのに違和感なくいつの間にかスルリと心の中に入ってきてしまう。
アルが悪魔だからなのか。
それともアルがそういう子なのか。
それだって、母さんならきっと分かったんだろうけど。
僕には分からないことばっかりで、ちょっと残念に思う。
「なぁ、ホントに車が走ってなくても信号が赤だったら渡っちゃいけないのか?」
「あー、うん。一応そういうことになってるけど……こういう見通しのいい道路で絶対安全だったらこっそり渡っちゃうこともあるかな」
「そうだよな。ちょっと安心した。な、あっち行ってみよう」
「今日は買い物。散歩はまた今度ね」
でも、アルが悪魔じゃなかったとしても、僕らはきっと同じように仲良くなったはず。
それだけは絶対に間違いないって思う。



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