Halloweenの悪魔
図書室でゴコウム



-4-

自己紹介をする間、マクマーリーさんはやっぱりちょっと緊張しているように見えた。
でも、本のことを聞かれたあとはすっかりいつもの調子に戻って、グランさんやエンデールさんにいろんな説明をしていた。
僕やアルにはちょっとむずかしい内容だったから、少し離れたところから見ていることにしたんだけど、マクマーリーさんとグランさんは特に話が合うみたいで、あっという間に友達みたいになっていた。
「では、ニーマ殿、私はこれから奥の書架をご案内してまいりますので」
「はい。お茶の時間になったら声をかけさせていただきます。それまでよろしくお願いします、マクマーリーさん」
「お任せください」
グランさんもマクマーリーさんも人間にしたら二人ともおじさんかおじいさんだと思うんだけど、並んで歩いている後ろ姿がふかふかしていてぜんぜんそんな感じがしない。
見送るニーマさんの口元がなんとなくふにふにしているのも、同じことを考えているからなのかもしれないって思った。
エンデールさんは図書室に残り、分厚い図鑑を読みながらメモを取っていた。
なんだか険しい表情でページをめくって、たまにふうっとため息をついていたけど。
「お探し物は白いお花なんですよね。よかったら何かお手伝いいたしましょうか?」
ニーマさんが話しかけると、急にちょっともじもじしはじめた。
「いや、そうだな、できるだけ白いものが良いのだが、でも、まあ、今のところは、これだけあれば」
そう言って、ふかふかの手で図鑑を指さした。
前に開いてあった大きな本には、いろんな種類の白い花が載っている。
「ご希望に近いものがあるといいんですけど……本当の白というのはめったになくて、普通の花に交じってたまに一つか二つ咲くことがある程度で……」
ニーマさんがちょっと「ごめんなさい」っていう感じのしょんぼり顔になると、エンデールさんも困った眉毛になった。
「いや、まあ、どこもそんなものだ」
今日もやっぱりニーマさんには弱いらしい。
それよりも。
「『本当の白』ってどんな?」
図鑑に並んでいる花は僕から見たらみんな白なんだけどなって思ってこっそりアルに聞いてみたら、「レンの羽みたいな色だ」って言われた。
「ふうん」
僕の羽は確かに白いけれど、図鑑の花との違いはよくわからなかった。
人間には聞き取れない音があるみたいに、見えない色もあるのかもしれない。


エンデールさんの邪魔をしないように僕らはいったん図書室を出ることになった。
隣にくっつけた小さな部屋で手紙のつづきをすることにしたのだ。
僕は、「さあ、頑張ろう」って気持ちだったんだけど。
ドアを閉めたとたん、アルが不満そうにニーマさんを見上げた。
「さっき大賢者殿がニーマにだけこっそり何か話していたな。俺たちにはないしょなのか?」
そんなことあったかなと考えてみたら、自己紹介の少し後でマクマーリーさんとエンデールさんが図鑑を取りにいったときのことを思い出した。
二人を見送ったあと、グランさんがサササッとニーマさんのところに来たのだ。
仲間外れみたいでいやだったのか、アルの目はいつもよりさらにちょっとつり上がっている。
ニーマさんは一瞬「え?」っていう顔をしたけど。
「ああ! あれですか。いいえ、そんな大げさなことではないんです。ちょっとしたお願い事というか、そんな感じで」
グランさんが言うには、エンデールさんは騎士としては十分な腕前なのだけれど、ずっと森の中だけにいたせいでよその人と話すのがあまり得意じゃない。
だから、もうちょっと社交的になってほしいと思っている。
「それで、ときどき話しかけてあげてくださいって頼まれたんです」
「なんでニーマにだけ言うんだ?」
「マクマーリーさんにもお願いしたっておっしゃっていました」
それでもまだアルはちょっと不満そうな顔だったけど。
「エンデールさん、僕やエネルなら大丈夫なのにな」
「俺も大丈夫だぞ」
「あー……そうだね」
いつも殿下のお世話をしているから、子供と話すのは得意なんだろう。
きっと、よその大人の人が苦手なんだって思ったんだけど。
「さっき、マクマーリーと話してたときもぜんぜん普通だったぞ」
「そういえばそうだったかな」
声は聞こえなかったけど、少なくとも困った顔はしていなかったし、もじもじもしていなかった。
「マクマーリーさんはあんまり大きくないから平気なのかな?」
見た目もふわふわなミミズクだし、ぬいぐるみっぽいし。
羽はフェルトじゃないけど、それ以外はエンデの人とおんなじ感じだ。
「エンデには女性は一人もいらっしゃらないので、そのせいかもしれませんよ」
ニーマさんの意見には僕も「そっか!」って納得したけど。
「僕、今までビスさんは女の子だと思ってた」
ビスさんというのは双子のフェレットの灰色っぽいほうの人だ。
茶色っぽいララさんのほうがお兄さんだっていうのは知ってたけど、ビスさんが弟なのか妹なのかは聞いたことがなかった。
「そういえば、声と話し方がお可愛らしいですものね」
「そうなのか?」
アルが僕の顔を見て尋ねた。
「うん。『もうお茶にしますの?』みたいな感じなんだ」
ちなみにララさんのほうは声も話し方も女の子っぽくはない。
といっても、特別男の人らしいわけでもないんだけど。
「エネルも今のところどっちかわからないな」
出窓のところでお昼寝しているエネルを見ながらアルがつぶやいた。
「そうだね」
ひよこっぽいけど種族がわからないので、男の子か女の子かをどうやって調べるのかもわからない。
なんとなく男の子かなって思ってるけど、ほんとは女の子だよって言われてもきっとぜんぜんびっくりしないだろう。
「僕も小さい頃は女の子と間違われたことたくさんあるよ」
「レンさまはお可愛らしいですから」
今はもうそんなこともないけど、「母さんに似ているからだろうね」っていつも父さんが笑ってた。
「俺はないな」
「アルデュラ様のことはみなさんご存じですから」
「まあな」
たとえばアルが王子さまだって知らない人でも、そして、アルが王様の作ったひらひら服を着ていても、絶対に男の子だって思うだろう。
だって、アルは小さい頃からものすごくやんちゃそうだったから。
「でも、女の人がぜんぜんいないって、なんか不思議だね」
「そうだな」
学校やお城が全部男の人ばっかりだったらどんなだろうって思ったけど、あんまり想像できなかった。
「ル・ルーク殿下がいつも『お姉さんか妹がいたらいいなぁ』っておっしゃるのもそのせいかもしれませんね」
殿下の言葉は今でもほとんど「くう」とか「ぷう」とかなんだけど、話している相手のほっぺとか手とかにふかふかの手のひらをピタッとくっつけると気持ちが伝えられるようになったらしい。
「じゃあ、エンデの誰かが結婚すればお姉さんみたいな人ができるからいいかもね」
そう言いながらアルの顔を見たら。
「……アル、もしかしておなかすいた?」
つりあがった目の上の方をまったいらにして、「もうちょっと大丈夫だ」ってぜんぜん大丈夫じゃなさそうな声で返事をした。



お茶の時間までまだ少しあるので、今のうちに手紙を書いてしまおうと思ったんだけど。
エンデールさんがときどきこっちに来て、このあたりの花についていろいろ質問をするので、結局もう一回図書室に戻った。
「今の時期でしたら、お城の庭にも少し―――」
エンデールさんの調べ物のお手伝いはニーマさんに任せて、僕らは少し離れた机で手紙を書いた。
アルも珍しく静かにしていた。
今日は「城主の代わり」なので、お客様がいるところではちゃんとすることにしたんだろう。
まっすぐ机に向かい、背中を伸ばしてペンを走らせるアルはどこから見ても「王子様のお手本」っていう感じだ。
「アル、アル」
小さな声で呼んだとき、アルの目はまだちょっと平らだったけど。
「なんだ?」
「今日、かっこいいね。すごく王子様っぽい」
そう言ったら、急にきげんがなおったみたいで、顔いっぱいにぱあっと笑った。


しばらくするとマクマーリーさんとグランさんが奥の部屋から戻ってきた。
図鑑一冊と図鑑じゃない本3冊をエンデールさんのいる机に置いてから、僕らのほうにやってきた。
「まことに素晴らしい書架でした。これほど多くの書をいつでも手に取れるとは、まったく羨ましい限りです」
グランさんがいつもの2倍くらいに耳を長くしながらアルにお礼を言う。
どのくらいまで伸びるのかわからないけど、さらに2倍になってたれ下がったら、たぶん地面につくだろう。
「お褒めいただき光栄です。お気に召したのならいつでもお越しください。普段は城に出入りする者も使っておりますが、前もってご連絡をいただければ人払いをいたしますので」
王子様のアルがすらすらと丁寧な返事をする。
ニーマさんはまだ慣れないみたいで、ちょっと信じられないっていう顔をしていた。
「エンデにもこのような施設があれば、殿下ももっと読み書きに興味を持ってくれるかもしれないのですが」
グランさんのためいきは本当に深くて、とても困っているようすだった。
アルもそう思ったんだろう。
「それでしたら、ぜひ何冊かお持ち帰りください。殿下くらいのお年の方にもにも楽しんでいただけるような絵のついた本もありますので」
アルがそういうと、マクマーリーさんが付け足した。
「表記はこちらのものばかりなので恐縮ですが、翻訳をおつけすることもできますので」
エンデはエーネと同じ文字だから、ル・ルーク殿下はそのままでは読めないんだけど。
でも、グランさんは首を振った。
「少しずつこちらの世界にも慣れていただきたいと思っていたところです。文字を覚える良い機会になりましょう」
絵本なら殿下も自分でめくりたがるだろうとグランさんが笑うと、エンデールさんもメモの手を止めてうなずいた。
すごく心のこもったうなずきだったから、いつもはエンデールさんがめくってあげているのかもしれない。
「じゃあ、僕らで選ぼうよ。ル・ルーク殿下、どんなのが好きかな?」
ニーマさんはエンデに行くたびに殿下が何を好きで何が嫌いなのかを聞いているので、本についても詳しく知っていた。
「色がきれいで、いろんな方がたくさん登場するにぎやかなものがお好みのようです」
「じゃあ、明るくて楽しいのがいいね」
「そうだな」
ためしにアルが好きだった絵本のことを聞いてみたら、「お菓子の本だ」って答えた。
「お菓子がたくさん出てくる絵本?」
そういうのが僕の家にもあったなって思いながら聞いてみたけど。
「違う。いろんなところのお菓子の本だ」
ジアードのお菓子、エルクハートのお菓子、コーヴィリアンのお菓子。いろんな場所の名物の食べ物が載っているらしい。
「ああ、あれですね。絵本というよりはお料理の本に近い感じです」
「ふうん。そういうのも楽しそうだね。でも、読んでるあいだにおなか空きそう」
グランさんはしばらく本をめくる手を止めて僕らの話を聞いていたけど。
「そういえば、ここのところ殿下は森の外に興味をお持ちのようだ」
絵本選びの参考になればって言って、最近の殿下の話をしてくれた。
エンデールさんみたいにお城にニーマさんを迎えにいきたいみたいで、ときどき丘の上のドアからこっそり出ようとしていること。
丘から見える町の様子も気になっていて、エンデのみんなに「どんなとこ?」って聞いていること。
「そのうちに一人で森を抜け出しそうなほどでしてな……どうしたものか」
外へ通じるドアには鍵がかかっているので、殿下には開けられないのだけれど、どこで覚えたのか森の「ほころび」からなら出られるのを知ったらしく、毎日のように森のすみっこで迷子になっているという。
穴は前に全部ふさいだはずだけど、殿下ならすごく小さいところからでも出られそうだから油断はできないんだって話してくれた。
「短い時間ならどこかへ外出させようかと考えているのですが」
真面目な顔で「どう思われますか?」とこちらを向いた。
「こちら」と言っても、もちろん聞いた相手は「城主の代わり」であるアルだ。
アルもそれをわかっていて、大きくうなずいてから返事をした。
「城へお越しいただけるという話ならもちろん大歓迎です。だが、町はやめたほうがいい。ぜったい大丈夫とは言えないからな」
話し方は最初だけ王子様で、残りがいつものアルって感じだった。
「危険があるとお思いですかな?」
グランさんの追加の質問にアルは少し難しい顔をした。
「いつも必ず危険ということではない。たまには何かあるかもしれないということだ」
王子様成分が切れてしまったのか、アルの言葉遣いはすっかり戻ってしまっていた。
「ですが、城下の町ならすぐそこ。城を守るほどの術師殿なら、たやすく目が行き届くのでは?」
グランさんの質問にアルは軽く「うん」って感じでうなずいた。
でも、答えはちょっと違っていた。
「目は届く。だが、エンデの森と同じで、『ほころび』がないとは言い切れない、ということだ」
まっすぐにグランさんを見て、ゆっくりと答える。
本当にいつものアル。
だけど、どうしてか、さっきまでのアルよりもずっと王子様らしく見えた。
「なるほど」
短い返事をしたグランさんはふむふむという感じでエンデールさんを見た。
エンデールさんも小さくコクンと頭を動かした。
「もう少し詳しくお話しいただけますかな?」
そのあともアルは一生懸命に説明した。
町は住んでる人それぞれが自分の術を使って生活しているから、お城から強い呪文をかけすぎるのはみんなが困るってこと。
警備の兵隊さんや魔術師をたくさん置けば、町の人が不安になってしまうし、なにより殿下がお忍びで歩くことができなくなること。
「その点、城の中や周りなら心配は不要だ。前もって念入りな準備をしない限り警備の呪文を解くことはできないからな」
万が一、敵に守護呪文を解くことができたとしても長くはもたないだろうというのがアルの意見だった。
「つまり、何日も前に殿下が遊びに来る具体的な日にちと時間がわからなければどうすることもできない」
アルが話す間、グランさんもエンデールさんもうなずきながら聞いていた。
本当に感心しているようすだった。
「まことご立派な皇子殿だ。そのお年で外交面までご配慮なさっているとは」
やっぱりル・ルーク殿下と比べているだろうなって感じだったけど。
せっかくほめてもらったのに、アルは「ぜんぜん違うぞ」っていう表情で首を振った。
「外交なんて考えてない。殿下はエネルのはじめての友達だからな。ケガでもしたらエネルが悲しむ。もちろんレンやニーマもだ」
みんなが泣いたら困るだろって、今日一番かもしれないくらい真剣な顔で言う。
僕の隣りにいたニーマさんと斜め前にいたマクマーリーさんは「あーあ」って感じだったけど、グランさんとエンデールさんはニコニコしていて。
だから、僕もいっしょににっこり笑っておいた。
だって、「アルはそういうところがいいんだよ」って思ったから。


最終的には、あとで王様と相談してからル・ルーク殿下をお城に招待することになった。
もちろんお忍びなのでパーティーみたいなことはできないけど、図書室で絵本を読むだけでもとても喜ぶだろうってエンデールさんは言っていた。
「いつか殿下とお会いする機会をいただけたらと、私もずっと心待ちにしておりましたので、今からとても楽しみです」
またすっかり王子様に戻ったアルがびっくりするくらいきれいなお辞儀をして。
そのとき僕は―――たぶんニーマさんもマクマーリーさんも―――わかってしまった。
今日の王子様ぶりは前もって練習した成果なのだ。
教えてくれた人はフェイさんで、だから、お辞儀までそっくりなんだけど、「こういう話をするだろう」って予想したことしか練習していないから、それ以外は全部いつものアルになってしまったんだって。
でも、予想したことだけでもみんな覚えたのはとてもすごい。
僕がニコニコしていたからなのか、アルが「どうかしたのか?」って顔をのぞきこんできた。
「ううん。今日は特別王子様だなって思って」
「かっこいいか?」
「うん」
すごくすごく小さい声で話していたから、ニーマさんとマクマーリーさんにはぜんぜん聞こえていなかったけど。
エンデの人はとても耳がいいのだ。
グランさんとエンデールさんの口は、同じタイミングでふにふにっと動いていた。


そのあと、アルと二人で絵本を選んだ。
最初の一冊はジアードの国についての本。
国のしくみとか、どんな領があってそれぞれどんな特徴があって……みたいなことが書いてある。
小さい子用なので絵を見たらだいたいわかるようになっているし、殿下が気になっている町の様子なんかも載っていていいと思った。
2冊目は歌の本。こちらの童謡が覚えられる。
説明役としていろんな人が出てきて、頭を指で押すと歌ったり踊ったりしてくれるので、いっしょに遊べるのがいい。
3冊目はカラフルな絵本。
森の中に住む大家族がみんなでたくさんお弁当をつくってピクニックに行く話だ。
お料理がおいしそうなのと、にぎやかなで楽しそうなところが選んだポイントだ。
「どれか気に入ってくれるといいな」
「ダメならまたほかのを貸せばいい」
「そうだね」
お城に来たらみんなでいっしょに読もうねってアルに言ったんだけど。
「俺の予想では、殿下がエネルに読むために練習してくるな」
「え、ほんとに?」
だったらすごいねって言いながら、本をきれいな布に包んで手提げ袋に入れた。
それから二人で相談して、「殿下の名誉のために」貸した本の内容についてはエネルにないしょにすることにした。
だって、もしも練習しなかった本を「読んで」と言われたら、殿下が困ってしまうだろうって思ったから。

 fin〜


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