別にいいけれど…

+ おまけ +



とりあえず意思の疎通がはかれてめでたしめでたしという感じだったのだが、実は続きがあった。
「ね、頼みがあるんだけど」
げっ。
声にはならなかったが、顔にはしっかりと出ていただろう。
敏感にそれを読み取ったらしく、ヤツはわずかに視線を外したが、願い事を引っ込める気はないようだった。
一度ふうっと息を吐いてから、チラリと俺を見る。
「なんだよ?」
ああ、もう今さら驚かないから、さっさと言えよ。
そんな気分だったのだが。
「一緒に住んでいい?」
「えっ」
予想外すぎて、むせ返りそうになった。
「うちからここへ来るのに一時間かかるんだよね」
「なんでそんな遠いところでバイトしてるんだよ?」
「実はそれも嘘なんだ。だって、一時間かかる場所にライター返しにくるのって不自然だろ?」
いや、もう、なんというか。
返す言葉がない。
「ダメ?」
もしかして、「付き合ってくれ」って言ったのも住まいを提供してもらう代償なんだろうか。
おまえホントに俺のこと好きなのか、と訊かずにはいられなかった。
「なんだよ、疑ってるわけ? っていうか、普通そういうこと聞くかな。キライなヤツに会うために一時間かけて来ると思ってんの?」
そりゃあ、まあ、そうだけど。
「にしても、1Kのマンションに二人は狭いだろ?」
「いいよ、俺、ロフトの隅の空いてるスペースで生活するから。それとも、俺がいるとジャマってこと?」
そういうことではない。
別に嫌なわけでも。
うーん。
う〜〜〜〜〜ん。
「……仕方ねえなあ」
結局、断れない俺。
意志が弱いのか、コイツに甘いだけなのか。
まあ、一人増えたところで家賃が変わるわけでもない。
どうせ帰って寝るだけの部屋だ。多少生活スペースが減ったところでどうってこともない。
「じゃあ、明日引っ越してくる。スペアキーある?」
「え、明日?」
「うん」
満面の笑みであっさりと返事をした。
引越しといっても着替えと、あとは大学で使う本を運ぶくらいだからそんなにたいしたことはないと言う。
大学生だという事実も今初めて知った。
「荷物は全部でスーツケース一つ分くらいかな。必要になったら家に取りに帰ればいいし、いらなくなったら送り返せばいいし」
ってことは、家族と同居してるのか。
家から通えるならその方がよほど便利だと思うのだが。
「親、心配しないのか?」
「男だしね。もうハタチだし。用があれば携帯にかけてくるだろうし」
まあ、そうだな。
それよりも。
……二十歳だったのか。
それも初めて聞いたような。
「ロフトで寝るにしても布団がいるんじゃないか?」
ぽつりとつぶやくと「家から送ってもらうからいいよ」と答えた。
そんな受け答えのすべてから「普通の家庭で育った」という当たり前のことが溢れていて、なんだかやけにおかしかった。
いきなり押しかけてきて、勝手に服を脱ぎ、強引に人の体に跨っても、普段は平凡な大学生なのだ。
「それならいいが……同居するとなんでもおまえのペースになりそうでやなんだよな」
「同居じゃなくて同棲じゃないの? 付き合ってるんだし」
そこにこだわられても困るが。
というか、「同棲」ってのは何だかなぁ……って感じなんだが。
「とりあえずその言い方はいかがわしいから止めてくれ。それと、平日の夜更かしとか土曜日の早起きも駄目。あとは……」
とにかく思いつく限りの条件を並べておく。
それでもヤツはニコニコしながら最後まで聞いていた。
そして。
「俺は一緒にいられれば何でもいいよ」
しおらしい態度に出られると、なんだか悪いことをした気分になる。
俺だって嫌なわけじゃない。
口に出しては言えないだけで、ちょっと楽しそうじゃないかと思っているのも事実だ。
「じゃあ、そういうことで。鍵、ちょうだい?」
大袈裟に両手を広げて催促され、俺はまた「しかたないな」とつぶやいた。
チェストの引き出しからスペアキーを取り出し、わざとらしいため息とともにヤツの手の上に落す。
「どうも」
キーを一度握り締めてから、にっこり笑った。
それから、おもむろにぎゅっと俺に抱きついた。
パッと見はツンツンした印象なのに、本当は案外自分の気持ちに正直なんだろう。
こんなヤツと暮らしたら、振り回されるのは見えている。
けれど。
「すっげー、うれしい」
惜しみない笑顔を愛しく思わずにはいられなかった。
結局、俺はコイツに甘いだけらしい。


そして、次の日には本当に越してきて、「お世話になります」と言ったその瞬間から、ヤツはもうすっかりこの部屋に馴染んでいた。
その後もあまりに何の違和感もなく過ごすものだから、こっちがびっくりしたほどだ。
気が付くともう五日が経過し、今日が最初の土曜日。
まだ熟睡中の俺を見下ろし、ジーンズおよび素肌にシャツという格好で遠慮なく話しかける。
「どっか行こうって。せっかくの休みなんだから」
薄目を開けて時計を見たら、きっかり7時。
同居する前に、『土曜の早起きは嫌だ』と言っておいたはずだが、コイツはすっかり忘れてしまったようだ。
いや、最初から聞いていなかったのかもしれないし、あるいは7時は早起きのうちに入らないと思っているのかもしれない。
家から送ってもらった布団にだって滅多に寝ないで当然のように俺のベッドに入ってくるのも場合によっては問題だ。
……まあ、それは別に嫌なわけじゃないんだけど。
とにかく今は土曜日の朝。
俺は無視して眠りつづける。
「何時に起きる? 午後ならいい?」
ヤツもそんな俺を無視して話しつづける。
すぐには諦めそうにないので、返事の代わりに頭まで毛布をかぶってシャットアウトした。
だいたい今これほど眠いのだって、コイツが昨日の夜、「明日は休みなんだからいいじゃん」と言い張ったせいなのに。
帰ってきたのは11時過ぎ。寝たのは3時前。
なのに、何でコイツだけ元気なんだろう。
年の差か?
って、4つしか違わないだろ。
「じゃあさ」
明るい声のあと、なにやらバサバサという音がして、それから隣にスルリと滑り込んできた。
「俺も一緒に寝る」
よかった、これで昼まで安眠だ。
そう思ったのも一瞬だけ。
朝からシャワーを浴びたのか、やけにいい匂いが。
しかも。
「……ん?」
肩も腰も背中も、どこを触れても素肌だったのだ。
あの「バサバサ」と言う音は服を脱ぐ音だったのか。
なんたる不覚。
俺のまどろみはこうしてすっかり奪われてしまったのだった。
「あのなー……」
「いいじゃん、別に」
口調はものすごく能天気なのに、声がやけに艶を含んでたりするものだから、身体が思いっきり反応してしまった。
おかげで自ら二度寝を放棄するはめに。
「よかった。もう勃ってるじゃん」
手のひらでやんわり包み込まれるとあっというまに硬く頭をもたげる。
それを何の躊躇いもなく口に含むヤツの上目遣いが色っぽい。
この強引な性格に反して、茶色い瞳は素直そうに見える。
まあ、素直と言えば素直なんだろう。
……自分の欲求に。

ピチャピチャという淫猥な響きが耳に流れ込み、次第にそれ以上何かを考えることができなくなる。
「もういいから。おい、こら」
でも、口から放そうとしない。
起き抜けでただでさえ制御が利かないというのに。
「ちょっと待てって」
止めろとか、駄目だとか、そんな言葉に耳を貸すヤツではない。
俺もすぐに諦めた。
「ああ、もう分かったから。後ろ向いて、そこに手ついて」
思ったとおり、「え?」と言う顔で口を放した。
濡れた唇を半開きにしたまま、少し困ったように視線を上げた。
「バックからってこと? 明るいし……ちょっと、恥ずかしいような」
言ってるうちに頬が染まる。
珍しく純情な反応に、このまま無理やり突っ込んでしまいたい衝動に駆られる。
心の中で「理性」の文字を思い浮かべてみるが、そんな呪文は全くムダで、気がついた時には無言のままヤツの体をひっくり返し、腰を支えてスタンバイしていた。
「あ、ちょ……っと、待っ……」
うろたえる声を無視し、右手の指を入口に押し当ててからはたと我に返った。
いきなりは痛いだろ?
ローションは……と思いながら、手はベッドの下を探りつつ、固く閉じたその場所に舌先を這わせた。
「う、あ……何して……ん……っ」
ここまで慌ててるのを見たのは初めてかもしれない。
「ちゃんとシャワー浴びたんだな。隅々まで念入りに洗ったって感じだ」
「そういうこと言わなくても……うっ、んんっ」
後ろから見ても耳や頬が染まっているのが分かり、嫌でも気持ちが高まる。
ピチャピチャとわざと音を立てて舐め、ヒクヒクと収縮するそこに、舌先を尖らせてねじ込んだ。
ビクン、と身体が跳ね、逃れるように腰を引く。
だが、俺の手のほうが勝っていた。
「……恥ず……かしいって……」
すぐに諦めて余計な力を抜いたが、舌で解された部分はまだ収縮している。
「もう、して……いいから」
尻を上げたまま涙目で振り返る仕草が俺を煽る。握り締めたヤツのモノもすっかり濡れていた。
「無理すんなよ」
返事もそこそこに入り口にローションを垂らし、丁寧に塗り込む。
「……あ……っ、ん……」
指を出し入れするたびに漏れる苦しそうな喘ぎ声が俺の全身を痺れさせた。
寝惚けた頭では自制心もゆるい。
あっという間に快楽に流されてしまうのが俺のダメなところだ。
「入れるぞ」
うん、と掠れた声で返事があったが、それが俺の耳に届いたのは、熱を持ったそこに昂ぶったものを押し当てた後だった。
「……あ……っ」
力の抜けたタイミングを見計らったつもりだったが、入口を押し開いた瞬間、ヤツの体は目に見えて強張った。
押し殺した声に煽られて、いっそう抑制が効かなくなる。
ぐぐっと押し込むと、ほどよく筋肉のついた背中がビクビクと震え、仰け反った咽喉から艶めいた声が漏れた。
「んんっ、ふっ、……ん」
息を吐くことさえままならないのか、不規則な呼吸が静かな部屋に響き、淫靡な空気を充満させる。
俺の手の中でヤツのものも熱を増し、先端からはとめどなく快感の証が溢れていた。
「指の間までグチャグチャだな」
シーツに滴り落ちそうなほどの量をわざと手に絡めて見える位置に差し出した。
「だっ……て……うしろから、は、ダメ……だって……」
吐き出す言葉はところどころ掠れ、俺を飲み込んでいた場所がきついほどの収縮を繰り返す。
羞恥心に染まった肌が陽射しの下で艶かしく光る。
うっすらと汗を滲ませ、絶えず嬌声を上げて、それでもいっそう激しい行為をねだる。
「あ……あっ、もっ……と」
ぎゅっと瞼を閉じ、絶頂が近いことを知らせる。
こすれる肌の感触さえ強い快感に飲まれて消えていく。
体を折り、背中に口付けたその時、俺の手の中でヤツの熱が散った。
同時に、最も深く差し入れたその場所で、高まったものをすべて吐き出した。


カーテン越しに差し込む光をぼんやりと眺めていると不意に名前を呼ばれた。
隣りに視線を移すと、俺を起こした時の元気が嘘のように眠そうな目が見上げていた。
「なんだ? 疲れたか?」
別に、と返すような気がしていたが、ヤツはしばらく考えたあとで、会話の流れとは無関係な質問を投げて寄越した。
「自分のテリトリーに他人を入れるの、抵抗なかった?」
さっさと転居を済ませ、もうすっかりここに馴染んだこのタイミングでそれを聞くのかという気持ちもなくはなかったが。
「他人つっても、おまえだからな。そこを気にするより先に、まずは一方的に俺を押し倒す癖をなんとか―――」
説教じみた返事は途中で止まってしまった。
ヤツが俺の首筋にぎゅううと抱きついてきたからだ。
視線だけを下に向けると、いつもより少しだけ色付いた唇が「すげー好き」と動くのがわかった。
それと同時に、ようやく戻った体温がまた上がっていく。
「おまえ……そういう危険なことすんなよ。体こわすぞ」
ヤツから返ってきた答えは、「いいよ」。
「……ったく」
そうつぶやいたくせに、俺にはもう自分が本当に呆れているのかさえ分からなくなっていた。
さっそく振り回されてるなと苦笑しながら、その腰を抱き寄せる。
こんな土曜の朝は、悪くない。


                                          - fin -


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