夏休みのおまけ
 by 中西


-3-

そんなヨコシマな会話をBGMに、当の森宮はくーくー寝てた。
それもいつの間にやら普通の枕と摩り替わった樋渡の膝の上で。
でも、けっこう気持ちよさそうに。
「森宮って実はこの生活になんの疑問も持ってないんじゃないか?」
じゃなかったら、こんなにスヤスヤと寝られるはずはない。
「そうかもね」
進藤も珍しく賛同してくれた。
そんで、樋渡が。
「当たり前だろ。麻貴だって幸せなはずだ」
と緩んだ顔で力強く言うので、俺と進藤はちょっとだけ顔を見合わせた。
「まあ、それは……いいんだけど。でも、樋渡、森宮のことかまい過ぎじゃない?」
進藤の言うことはいちいちもっともなんだけど。樋渡がそんなことを聞いているはずはない。
「ゆっくり休めなくて具合悪くなっても知らないよ?」
森宮は体が弱いわけじゃない。不摂生なわりにはいつも同じテンションを保っているし、面倒くさがりなだけで不器用なわけでもない。
放っておいても一人で全然平気だと思うのだ。
でも、樋渡にもそれなりに理由があるらしくて。
「けど、なんか心配でさ。放っておいて酷くなって一週間寝込んだこともあるんだぜ?」
その「一週間」はもちろん、樋渡が森宮のお初をいただいた時のことなんだけど。
あの日のことは樋渡の華麗な人生の中で唯一の後悔らしい。
だから。
「けど、それって、樋渡のせいだし〜」
遠慮なくエグっておいた。
「まあ、それは樋渡だって反省したんだから。ね?」
なのに進藤はちゃんと樋渡のフォローをしようとする。
持つなら、進藤みたいな友達がいいよな、やっぱ。
「あん時、面白かったよなぁ、樋渡。マジ悩んでて」
あのあと三年間悩んでたことはもちろん俺だって知ってるけど。やっぱりソコは突っ込みどころだし。
進藤君ったら甘いわね、そんなことじゃ世間の荒波を乗り越えていけないわよ〜って言ってやろうかと思ったんだけど。
進藤はもう話を元に戻していた。
「樋渡、それでね。さっきの話だけど、技術を磨くよりも、まずは基本の『待て』とか『おあずけ』ができるようにならないと。ね?」
……樋渡君は犬ですか?



うだうだと飲みながら、あれこれ話して。
その間、一度も目を覚まさなかった森宮だったけど、樋渡が明日のために葡萄のゼリーを作りにキッチンへ行った後でムックリと起き上がった。
「森宮、大丈夫? ベッドで寝たら?」
進藤に言われて返した言葉が。
「……樋渡、ここに繋いでおいてくれ」
それから、寝ぼけたままで自分の部屋にフェイドアウトした。
さっきまで樋渡に膝枕をされていたことも、ふわふわタオルケットを掛けてもらっていたことも、絶対に気づいてない。
「かわいそ、樋渡」
どこまでも報われない人生を歩むんだね。
まあ、森宮なんかを好きになったキミがいけないんだから仕方ないけど。
「あれ、麻貴は?」
ゼリーを作り終えて戻ってきた樋渡は、抜け殻状態のタオルケットを見つけてあせってた。
リビングから消えたからといって遠くに行くわけはないんだから、あせる必要なんて皆無なのに。
わが親友ながら、バカなヤツだ。
「森宮なら、もう寝たよ〜ん」
俺が答えている間に、樋渡をここに留めるべく、進藤がグラスに酒を注いだりしたんだけど。
「じゃあな」
樋渡は世界の中心が森宮なので、賓客である俺たちのことはどうでもよかった。
その「じゃあな」が「さっさと帰れ」の意味であることは明らかだったが、
「うん、俺たちもうちょっと飲んでるから、樋渡も先に寝て。おやすみ」
マジぼけの進藤に軽くかわされた。
最初に言い渡された部屋割りによれば、森宮は樋渡の部屋で寝ることになっているはずなのに、樋渡はまっすぐに森宮の部屋に行った。
「なんで森宮が自分の部屋に行ったってわかるんだろうな?」
樋渡の部屋にいく可能性だってあると思うんだけど。
マジですげ〜っ……て思ってたら。
「森宮の匂いがするんだよ、きっと」
それをハートマーク付きの笑顔で言う進藤君。
キミもスゴイです。



それから、少しして。
進藤が酔っ払って眠ったので、俺は眠い目をこすりつつ森宮の部屋をのぞきに行った。
「楽しい楽しいこっそり観察日記〜」
ドアの隙間から真っ暗な廊下にほのかな光が漏れていた。
「音を立てないように、こ〜っそりと……」
って思ったんだけど。
ドアはなんの引っかかりもなくソロッと開いた。
それはそれで「おおっ?」と思ったけど。
「そう言えば、ドア、樋渡が壊したんだっけ」
夏休み前にそれでケンカしたんだよなとかそんなことを思い出す前に「らっき〜」と言う言葉が頭を占領した。
んで、2センチほどの隙間をキープ。
少ししか見えない方がやらしげでいいんだよな。
実際、その光景はものすご〜くやらしく見えた。
「……もしかして、もうイロイロやっちゃってんのかぁ??」
俺の位置からは、樋渡が森宮に覆いかぶさっているように見えた。
しかも、ぴちゃぴちゃ、とか、くちゅっ、といういかにもな音まで聞こえた。
ついでに「……ん……あっ」って言うのは、森宮の声。
うわわわわ〜。
ちゃんと可愛い声出すんだな。
「み、見てみたい〜」
その場を目の当たりにするのは初めてだったから、ドキドキばくばくした。
初観戦だっ!!
と思ったが。
(あれ……)
暗闇に目が慣れて、ついでに落ち着いてよく見たら、少なくとも樋渡は服を着てた。
「なんだ〜……」
森宮はどうだろう。
目を凝らしてみると布団から出ている手足には何もまとっていない。
でも、飲んでる時から半そで&短パンだったんだから、それも当然だ。
判断が難しい。
そうこうしているうちに樋渡の体が少しだけ退いた。
露わになった森宮の体はTシャツが胸までめくり上げられていて、ここからでもはっきりと分かるくらいに赤い斑点がっ……
けど、森宮はまたしてもくーくー寝てた。
しかも、樋渡はうっとりしてて、明らかに遠くまで行ってる感じだった。
俺が森宮なら、どんなに酔っててもああなる前に起きると思うし、樋渡だったとしても無反応かつ無邪気にくーくー寝てるヤツを見てうっとりするなんてこともない。
絶対にない。
「しかも、樋渡、服脱ぐし」
パパッとTシャツを脱いで、パンツ1枚になってまた森宮にぺたぺた触って。
ついでに布団を剥がして森宮のパンツの中に手を入れて。
俺の心臓は思いっきりバクバクしてたけど。
……でも、森宮は寝てた。
もぞもぞと動く手に森宮が反応したのはそれから少したってから。
いきなり引っ叩いたりするのかと思ったけど。
「……ん、やめ……樋渡」
かすれた声がぞくぞくするほど色っぽくて、森宮だと思わなければその声だけでオカズになりそうだった。
樋渡の手は動き続けていて、途切れ途切れの森宮の声も聞こえていて。
パンツの上からでも樋渡の状態がはっきりとわかった。
「どーでもいいけど、もう限界だろ、樋渡」
それに関しては樋渡に「我慢」なんてものがあるはずもなく。
思った通り、樋渡の手が森宮の下着を下ろして行く。
でも。
「……樋渡が邪魔で見えねぇよ〜」
思わずつぶやいた時。
「いないと思ったら、やっぱり……そういうことするなら中西とはもう付き合わないよ?」
いつの間にか進藤が来ていた。
そして、いつもと同じようにズルズルとリビングに逆戻り。
「まってよ、進藤。あと一分〜〜〜」
ねだってみても「ダメ」の一言。
「羨ましいならカノジョでもカレシでも作ればいいんだよ。そんなことしてると性格悪くなって本当の本当に一生恋人できなくなるよ? 誕生日もクリスマスもお正月もバレンタインもホワイトデーも死ぬまでずっと一人だよ?」
それはさすがに寂しいけど。でも。
「大丈夫だって〜!」
自信満々で返事をした。
「性格悪くても森宮には恋人がいるし〜。樋渡だって変態だし〜。だから、俺も平気なはずさ〜」
マジでそう思ってたんだけど。
「森宮は口が悪いだけで、性格は悪くないよ。面倒くさがりで手がかかるけど、樋渡にはそこが可愛いんだから、ちょうどいいんだよ」
それは言えているかも。
ぐーたらしてる森宮は俺から見ても未知の動物のようで結構可愛い。
ただし、うかつに手を出すと足蹴にされるし。
いや、樋渡ならそれも快感なのかもしれないけど。
……つくづく屈折してるよな。
「それに、森宮は裏表もないから付き合いやすいし。女の子にも人気あるんだよ」
ふうん。
進藤がそういうんだから、きっとそうなんだろうけど。
俺には森宮は謎の生物なんだけどなあ……
マイペースなのは別に気にならないけど、どんなに吸い付かれても起きない神経とか、あんなに嫌そうなのに今でも樋渡と一緒に住んでるところとか。
あ、でも、ちょっと待て。
見方を変えればそれがいいところなんだよな?
「起きないってことは、ぐへへなことがやり放題ってことだもんなぁ……」
それはちょっとオイシイかも。
「あー、今ごろ二人で汗かいてるんだろうなぁ」
あ〜んなこととか、こ〜んなこととかはもう終わって、一心同体でぐちゃぐちゃに……
ちょっと思い描いただけでものすっご〜くヤラシかった。
森宮は淡白そうだけど、相手は樋渡だからな。
しかも、アレだけ森宮にご執心なんだから相当なもんだろう。
なんてエロエロで不健全なんだ〜……と思ってた俺とは対照的に進藤はさわやかに言い切った。
「いいよね、仲良くて」
仲は……あんまりよくないような気がするんだけど。
「でもね、中西」
「なんですかぁ?」
「森宮だって樋渡のことは特別だと思ってるよ?」
んー。
そりゃあ、森宮の樋渡に対しての扱いは間違いなく最悪だし、そういう意味では非常に特別だと思うけど。
「……マイナス方向に特別でも仕方ないよね、進藤君?」
俺ならぜんぜん嬉しくないんだけど。
「でもね、それって樋渡に甘えてるだけだと思わない?」
進藤に言わせるととってももっともらしく聞こえるのはどうしてだろう?
でも、本当にそうなのか?
進藤にはそう見えるのか?
どうなんだろう。
う〜ん、う〜ん……
「中西も自分なりの幸せをみつけてみるといいと思うよ」
……あ、結局、それなのね。



翌朝、森宮は起きてこなくて。
「寝てるだけだ。具合が悪いわけじゃない」
樋渡はそう言い張るんだけど。
信用できなくて進藤と二人で確認に行った。
「森宮〜」
こそっと寝室に行ったら、森宮はまだくーくー寝てた。
ヤリ過ぎで疲れてるのか、ただ単に寝てるだけなのかは全く分からなかったけど。
「う〜ん、う〜ん……」
考え込んでいる俺の隣で樋渡はまたゆるくなっていた。
「ん〜……麻貴ちゃん、今日も可愛いな」
樋渡の目に森宮がどう見えているのか、俺も知りたいと思うけど。
「ちゃんと俺の夢見て寝ろよ?」
樋渡ヴィジョンを知ってしまったら、いきなり人生踏み外しそうだもんな。
「そんなに話しかけたら、イヤでも樋渡の夢見るんじゃない?」
進藤は一応笑ってたけど、明らかに呆れてた。
「メシできたら起こしてやるからな」
俺らが普通に話している横で、樋渡は撫でたりキスしたり。
でも、やっぱり森宮はくーくー寝てるんだけど。
信じられないほど爆睡している姿は、まあ、それなりに可愛くも見えた。
それにしてもよく寝るヤツだよ、森宮……。


「じゃあな。進藤、中西。もう二度と邪魔しに来るな」
樋渡に冷たく見送られて。
「んー……まったな〜」
愛の巣をあとにした。
「あれってさぁ、結局、ラブラブなわけ?」
帰り道で進藤に聞いたら。
「そりゃあ、そうだよ。中西が心配なんてしなくても大丈夫だから」
……心配なんて全然してないんだけどさ。
「中西も早くカノジョ作ればいいんだよ」
「あ、そう」
そうさ、そうだよねー。
最終的にはそこに落ち着く進藤の言葉にちょっとやさぐれながら、
「じゃあね、中西」
彼女と会いに行く進藤と別れて。
「いいもんなー。俺も夏休みの間に彼女を作ってやる」
その辺のコーヒー屋で可愛い女の子でも探しながら、この先一週間の予定を立て直すことにしたのだった。
けど。

……俺、こんなんでホントに彼女ができるんだろうか……


                                      end

Home    ■Novels    ■B型のMenu     << Back