Only to You
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B型番外 Side:Hiwatari



「おはよう、麻貴」
懲りずに麻貴の部屋に戻ったのが、朝8時。
麻貴が疲れているってことも、まだ眠いということも、ちゃんと分かってるけど。
「この時間なら起こしても怒られないだろ?」
……俺って、やっぱり駄目かもな。
「麻貴、もう8時だぞ。朝飯にするから起きろよ」
そんなことを言ったところで、昼を過ぎないと麻貴の食い気は睡魔には勝てないだろう。
「……ん……」
かすかな返事をしたけれど、そのあとすぐに毛布を被り直してしまった。
「麻貴ちゃん、朝だって」
笑いながら。
でも、我慢できなくてその隣りに滑り込んだ。
「んー…?」
なんだか分からないままの麻貴をギュッと抱き締めたら、息苦しかったのかグズグズと腕の中でもがいた。
そんな様子さえ愛しくて、ためらうことなく唇を重ねる。
「んん……んだ……よ?」
麻貴はまだ完全には目覚めていなかったけれど、それでもわずかに非難を飛ばした。
せっかくの休日なのに朝っぱらから起こされたら、誰だって不機嫌になる。
俺だってそう思うけど。その不機嫌な顔さえ愛しくて、身体に回していた腕に力がこもってしまう。
「……バカ、樋渡……っ」
ここで思い止まる理性があれば、もしかしたらもっとすんなり恋人の位置付けにしてもらえたのかもしれないけれど。
「止めろ……って……っ」
困ったことに、こんな本気とは思えない麻貴の抵抗も大好きだったりする。
「いい子にしてろよ?」
呼吸を奪うほどの深いキスの合間。
「……んっ……やめ……っ」
麻貴だってわざとやってるわけじゃないんだろうけど、こんなセリフを喘ぎながら言う方にも問題はあると思う。
煽られて当然だ。
「抵抗するなって」
抗われると余計に熱くなる。
そんな俺の気持ちなど知るはずもなく。
「……止めろっ……マジで怒るぞ?!」
麻貴の腕に力が入って俺の体を撥ね除けようとした。
普段なら、さほど力の差など感じないけれど、こういう時は別だ。
「ムリだぜ、麻貴。頑張っても勝てないって」
そうでなくても俺の方が少し体格もいい。鍛えてもいる。休みの日に思いきり朝寝坊をして、ぐうたらしている麻貴とは違うのだ。
「ちゃんと気持ちよくしてやるから。な?」
俺の体の下から、ムッとした顔が見上げていた。
「イヤだ。それ以上なんかしたら、即行で同居解消だからな」
そう言われると俺の立場は弱い。所詮、惚れてる相手に勝てるわけはないという分かりやすい図式だ。
「じゃあ、キスだけ。な?」
言い終わらないうちに唇を塞いだ。
「……ん……っ」
最大の危険が回避できて安心したせいなのか、麻貴はそれほど抵抗することもなく目を閉じた。
キスの合間に漏れる艶めいた声が耳から身体に沁み込んでいく。
目の前でまつげが震えている。
呼吸とともに吐き出される熱さえ、苦しいほどに扇情的で簡単に俺を狂わせてしまう。
「麻貴……」


もっと深く、もっと激しく。
ただ、欲しいと思う。
この声も、身体も。
そして、できることなら、未だに素直に許してはくれないその気持ちまで。
全部……―――


「……ん……っ、やめ……樋……渡っ……苦し……」
いつか俺が醒めるのだろうか。
「いいから、黙って」
それとも、麻貴が俺と同じ気持ちで見つめてくれる日が来るのだろうか。
この涼やかな瞳が俺だけを見てくれる日を得られるなら、何に替えても惜しくない。
狂っていると思う。
けれど。
「……んっ……っ」
艶めいたこの時間にだけ見せる痴態まで、自分だけのものだと思うこの瞬間が何よりも俺を高める。
「バカ、ヘンタイ、やめろ、離せ、触るなっ!」
「まあ、そういうなよ。麻貴が泣いて『もっと』って頼むくらい、気持ちよくしてやるから」
その一言の後、パジャマの下に手を滑り込ませたら、間髪入れずに腹を殴られた。
本気でやられたら呼吸が出来ないくらい苦しいと思うが、さすがに麻貴だってそこまではしない。ちゃんと手加減しているし、十分、恋人同士のイチャイチャの範囲だ。
……単に寝起きで力が入らないだけかもしれないのだが。
「麻貴ちゃん、愛しの彼氏にそれはないんじゃないか?」
ふざけ半分でそう言いながら、抱きすくめて唇を塞ぐ。
柔らかい感触が広がって、その心地よさにまた深く舌を差し入れる。
目を閉じた麻貴の整った顔が苦しげに歪むのを見ながら、理性はあっという間に削り取られていった。
「麻貴、欲しい時はちゃんと『もっと』って言えよ。な?」
「んっ……わけわかんねーこと、言ってんなよ」
どんなに素っ気ない言葉を返しても、抱きすくめられたままでさしたる抵抗もしない。
「麻貴ちゃん、恥ずかしがり屋だから」
「……アホかっ」
それでも、時々俺の顔色を見ながらもぞもぞっと動くのが、くすぐったいような、可愛くて仕方ないような。
「『もっと』は『もっと』だろ。そのまんまの意味。麻貴がもっと欲しいって思ったら、そう言えばいいだけ。わかった?」
そう告げて。
もう一度口付ける。
「んんっ……わかんねーよっ!!」
そう言いながらも触れた肌の熱は上がって行く。
「大丈夫。後で分かるから。な?」
身動きができないほど強く抱き締めて。


そして、そのまま身体を重ねた。






陽射しが降り注ぐ部屋で、麻貴はぼんやりと瞳を開けた。
「……だる……」
とりあえずちゃんと目覚めたものの、そう言うのがやっとという有様。当分は動けそうにない状態だった。
それもいつものことだから、本人も諦めているようだけれど。
「あのな、麻貴ちゃん。1回しかしてないのに、そこまで疲れるなよな?」
もっとも麻貴の場合は回数など関係なくて、1回だろうが途中だろうが、酷い時は俺が引いた体勢のまま眠り込んで、起きた後もそのままの姿勢で動けないことがある。
視線を動かすのさえダルそうで、それがまた俺を煽るのだが、本人はそんなことにも気付いていない。
「麻貴、」
それでも今日はいくらかマシで、すぐに手足が動かせるようになった。それを確認した麻貴は上半身だけ起こそうとしたが、どうにも怠かったらしく、途中であっさりと諦めた。
そのまま、また突っ伏してぼんやりとする。
物憂げな様子は、およそ口が悪そうにも手が早そうにも見えない王子様顔。
「……なんだよ」
顔だけに惚れたわけじゃないけれど、何度見ても綺麗だと思う。
「愛してる」
「んなこと聞いてねーんだよ」
この顔で、この口調。アンマッチもいいところなんだが、それがまた愛しさに変わる。
自分でも笑ってしまうほどバカらしいと思うけれど―――


背中からギュッと抱き締める。
「やめろって言ってんだろ??」
抵抗する体がビクンと跳ねて、その瞬間に俺の背中がゾクリとする。
自分よりも少し細いだけの男の身体に欲情することがあるなんて、麻貴に会うまでは思いもしなかった。
「ホントに、愛してる」
誰かにこんなに激しい感情を持ったこともなかった。
恋愛なんて楽しんだら終わるもの。
『ずっと』なんて言葉を持ち出されるのは鬱陶しいこと以外の何物でもなかったはずなのに。


「おとなしくしてろよ?」
首筋に顔を埋めて、肌を吸う。
「バカ、止めろ!! 何度ヤレば気が済むんだっ!!」
「まだ1回しかやってないだろ。本当に冷たいな、俺の麻貴ちゃん」
麻貴にはわからないんだろうけれど。
「……愛してる」
呟いたその唇で耳朶を噛む。
抱かれていた身体がまたピクンと跳ねる。
頬を包み、唇を重ねる。
戸惑いは見せても抵抗はしない。
何か言いたげな視線が俺の奥深くに入り込む。


「麻貴」
いつかこんな関係に少しの疑問も持たなくなるように。
全部を俺に預けてしまえるように。
他の誰よりも大事にしてやるから。
戸惑っても躊躇っても。
何度でも。
どんなことでも。
ちゃんと受け止めてやるから。
「ん……っ、」
塞いだ唇から漏れる声。
気だるそうな視線が瞼に遮られる。
この強引な行為をようやく受け入れた柔らかい唇が、少しだけ開かれて、舌が絡みつく。
甘くて苦しい時間が流れる。
どんなに吐き出しても溜まって行くだけの熱を持て余して、何度でもその身体が欲しくなる。
耳に残る熱い吐息。
耐え切れなくて、また、呼吸さえ止まってしまいそうなほど深く入り込む。
けれど、
「……んっ……マジで、やめろよ」
俺の体を押し戻す腕。
見上げている瞳が困惑しているのを知って、ため息をつく。
身体への負担は麻貴の方が大きいのだから、仕方ないとは思うけれど。
「……ああ。じゃあ、夜になったらな?」
諦めきれずに約束を欲しがる俺に冷めた声が飛んできた。
「ふざけんなよ。ったく……」
本気で呆れたのか俺の腕を抜け出そうとする麻貴をまた無理矢理抱き直しながら、ご機嫌伺いをしたけれど。
「真面目に話してるぜ? じゃあ、いつだったらいいんだ?」
麻貴は眉を寄せたまましばらく固まっていたけど。
「……とにかく、今はやめろ」
そんな言葉を返した。
「だから、夜でいいんだろ?」
もちろんそんな確認はサラリと無視されてしまったのだが、麻貴にだってちゃんと聞こえているのだから、きっと大丈夫だろう。
「麻貴、」
「なんだよ」
ムッとしていても瞳は真っ直ぐに向けられる。
「幸せになろうな?」
愛しくて。
苦しくて。
どうすることもできない気持ちを持て余す。
「……わけわかんねーこと言ってんじゃねーよ」
腕の中、呼吸が掛かるほどの至近距離で眉を寄せる。
「可愛いな、麻貴ちゃん。照れちゃって」
麻貴自身にも、多分、分かっていない本当の気持ち。
あるいは今でも迷っているだけなのかもしれないけれど。
「おまえ、絶対、伝達回路がやられてるぞ。まともにコミュニケーション取れてねーよ」
「そうか?」
それでも、きっと。
「そうだろ」
俺たちは幸せになれると思うから。
「麻貴、」
もう一度、耳元に唇を寄せる。
「うわ、バカ。その先は言うなよ??」
慌てて俺の口を押さえようとしているその細い指に軽くキスを落として。
それから。その向こうにある柔らかい唇に深く口づけた。



遠い記憶の中。
端正な横顔と、窓に降る桜。
5年前のあの日が、俺の目にどう映ったかなんて、どんなに説明しても分かってはくれないだろうけれど。


「ほら、麻貴、そんな面倒くさそうな顔するなって。こっち向いて、ちゃんと俺の目を見て」
今でも、こうしている間に、どんどん気持ちは深くなっていく。
何度抱いても、もっと欲しいと思う。
「だから、その先は言うなって言っただろ??」
呆れたような、困ったような表情で俺をじっと見上げている。
真っ直ぐに見つめられることがこんなにも嬉しくて。
「麻貴ちゃん、俺の考えてることがちゃんと分かるようになったんだな。んー、愛を感じる」
バタバタともがく体を何度も抱き締める。
「離せって……ったく、いい加減にしろよ?? おまえのせいで俺は家にいる方が疲れるん……んんっ」
もう一度、唇を塞いで。
また抱き締めて。
何度も何度も繰り返して。
「麻貴、」

―――……愛してる

言葉にはしなかったけれど。
多分、麻貴はちゃんと分かっているから。
笑いながら。
ふざけながら。
そして、たまには悩みながら。
ずっと二人で過ごして行かれたらいい。


「あー、もう。うるせーよ、おまえ。俺、このまま昼まで寝るからな。絶対に起こすなよ??」
可愛い顔は相変わらず不機嫌そうだったけれど。
「はいはい。俺の麻貴ちゃん」
少し微笑んで額に唇を当てる。
「樋渡も寝ろよ。起きてて俺に話しかけたり、寝顔見たり、くすぐったりキスマークつけたりするなよ??」
思いつく限りの注意事項を並べてから、ふわりと欠伸をした。
「……ねみー……」
深い呼吸の後で腕の中の身体から力が抜けて行く。
「おやすみ、麻貴」
そう告げた時、麻貴の手が面倒くさそうに俺の背中に回されて。
でも、すぐにその腕からも力が抜けていった。
「……麻貴ちゃん、本当に罪作りだよなぁ……」
あっという間に眠り落ちた麻貴の頬にキスを落として、またその横顔を見つめる。

やわらかな陽射しと背中に回された手から伝わる麻貴の体温。
甘い期待が広がって。
結局、俺はその後も眠れなかった。



                                       end

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