<森宮のお城>
キャットタワーというのを買った。
もちろん、買ったのは樋渡だけど。
狭苦しい独身男の部屋にそびえ立つ不自然なタワー。
天井と床を突っ張り棒のようなもので支えているだけなのに、まるで柱を増設したかのような存在感がある。
「ほら、麻貴ちゃん、高い高い」
設置し終えて満足そうに森宮を連れてきた樋渡だったけど。
森宮はやっぱり知らん顔してた。
「麻貴ちゃん、高いところは楽しいぞ。どうしても俺の近くがいいのはよくわかるけど少しは遊ばないとな」
それは絶対に誤解だと思うけど。
樋渡がうるさかったせいなのか、森宮は面倒くさそうに目を開けると「仕方ないから少しだけ遊んでやろう」という顔でおもむろに口を開いた。
「いちばんうえ」
森宮、これは自力で登って遊ぶものなんだよ。
……だけど、ここにはそれを言う人間はいなかった。
たとえ本来の趣旨から外れた使い方をしたとしても、用途は購入者の自由。
樋渡は嬉々として森宮を一番上のスペースに乗せてやっていた。
「どうだ、麻貴ちゃん、気持ちいいだろ?」
声をかけられた森宮は少なくとも怖がったりはしていなかった。
そう、森宮にだって一応ネコの血が流れているんだから。
上からの見晴らしには満足したのかもしれない。
そう思っていたのに。
「たおる」
森宮は俺の顔を見てただそう言って。
そのままコロンと仰向けになった。
「……もしかして、そこで寝るんだね」
本当に。
太らないのが不思議だと思う。
それでも、森宮は樋渡の顔の見えないタワー最上部で一時間ほど心地よい眠りを楽しんだ。
おやつの時間になった時、伸びをして、むっくり起き上がって。
その後。
どうするつもりなのか見守っていたけど、森宮は樋渡を見下ろしただけ。
だけど、樋渡とはちゃんと目が合った。
常に森宮を見つめているんだから当然だけど。
そして、その瞬間。
「あきた」
森宮はなんの遠慮もなくそう呟いた。
「……せめて『降りたい』って言ってあげなよ」
まあ、それは予想してた通りの結末なんだけど。
せっかく買ってやったネコタワーも、この先活用されるのかは疑わしい。
それでも樋渡はご満悦で、
「よかったな、麻貴ちゃん。楽しかったか?」
うきうきしながら、森宮を抱き下ろしていた。
どんな理由であっても、自分の手を頼ってくれる森宮が可愛くて仕方ないんだろう。
もちろんこの場合は「頼ってる」わけではなくて、「使ってやってる」が正しいんだろうけど。
「タワー、楽しいな。また遊ぼうな?」
樋渡の世界は100枚くらいの妄想で隙間なく包まれているので、愛しの麻貴ちゃんは樋渡が飼い与えたものを喜んで受け取ってることになっている。
「麻貴ちゃん、なんでこんなに可愛いんだろうな?」
……もしかすると森宮も実物とはまったく別の生き物になっているのかもしれないけど。
樋渡もそろそろ現実を直視した方がいいと思う。
でも、何度そう思っても友達の幸せを壊す勇気はない俺だった。
「中西に頼んだら言ってくれるかな。……でも、このままにしてあげたほうがいいのかな」
確実に森宮専用のお城と化していく独身男の部屋の片隅で、そんなことをしみじみと考えてしまった。
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