<森宮の一日>
朝。
まずは森宮のお腹をいっぱいにしてから、週末恒例の楽しい爪きり。
「麻貴ちゃんのおてて、小さくてかわいいでちゅねー」
もちろん楽しいのは樋渡だけで、森宮本人は本当にどうでもよさそうだった。
反対側の手に移る頃にはすっかりあくび状態で。
「あっち」
そう言って樋渡の手を蹴り飛ばしていた。
ちなみにこの場合の「あっち」は、「おまえなんかあっちに行け」の略だと思う。
それでも爪切りやシャンプーは大嫌いで大暴れする猫が多いことを考えたら、森宮の行儀は良い方なんだろう。
……もっとも森宮の場合は、面倒くさいから動かないだけなんだろうけど。
「すぐに終わるから。もうちょっと我慢しろよ?」
そしたらブラシをかけてやるからな、と言われて森宮は大人しくなった。
「森宮、ブラシをかけてもらうのは好きなんだ?」
さっきからじっとブラシを見つめてるからきっとそうなんだろう。
実際、爪切りが終わってブラシを持った瞬間から、どんなに撫で回されてもじっとしているようになった。
おかげで樋渡はひざに乗せた森宮を丹念にブラッシングしながら、30手前の男としてはどうかと思うほどゆるゆるに溶けていた。
そして、少しでも手が止まると。
「もっと」
森宮が「もっと」って言うのはごはんのおかわりとブラシの時だけ。
そんなわけで、これが樋渡には至福の時間。
はじめは森宮の「もっと」が聞きたいがためにわざとご飯を少なめにしていたんだけど、それだと森宮が顕著に不機嫌になって口を利いてくれなくなるから、すぐにやめた。
まあ、そんな卑怯な手を使う樋渡がいけないとは思うけど。
でも、これなら機嫌のいい森宮から好きなだけ「もっと」が聞けるし、しゃべってもらえる。
「しゃべる」って言っても、それはかなり一方的な感じで。
「こっち」
「あっち」
森宮はブラシをかけてもらいたいところを指示しながら、
「ちがう」
「へた」
ちゃっかり文句も言う。
もちろん、どんなに気持ちよくても褒め言葉はかけてあげない。
まあ、森宮は樋渡には世界の中心で愛しの王子様だから、それでもいいんだろう。
やっぱり緩んだ顔で、言われるままにせっせとブラシをかけ続けていた。
そして、5分後。
「……麻貴ちゃん、寝ちゃったのか?」
その声に振り返ってみたら、森宮は仰向けのまますぴすぴ眠っていた。
樋渡の膝の上で。
とても幸せそうだった。
でも、それ以上に。
「……可愛いよなぁ、俺の麻貴ちゃん」
ありえないほど溶けまくる樋渡はもっと幸せそうだった。
元遊び人の独身男とマイペースな子猫の、とてもとてもほんわかした休日の過ごし方は、うらやましいような、終わってるような。
とても微妙な感じだ。
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