-なんの代わり映えもしない日々-



-5-

ベッドはシングルで、並んで座っている時でさえ狭苦しいと思ったほどなのに、今はもうそれも気にならなくなっていた。
めくり上げられたTシャツの下を滑る手に身体はすぐ反応した。
硬く立ち上がった乳首をころがす舌先。舐め上げられるたびに、手では触れられない身体の奥が疼く気がした。
「……ん、っ……」
吐き出す呼吸さえどんどん熱を帯びて、声がかすれていく。
「……樋渡、手……外せ」
変に動かない限り痛くはない。わかっていても、身体は無意識に動き、そのたびに手首にシャツが食い込んだ。
「悪い。痛かったか?」
樋渡は酷く真面目な顔で謝ってから俺の手を自由にした。
それから、縛られていた手首にそっと唇を当てた。
「……痛くは……ねーけど」
俺の返事なんて聞いているのか、いないのか。
肌に当てられた唇は手首から腕、肩、首と身体のあちこちを移動する。
「……ん……」
深夜の帰宅。疲れて眠るだけの毎日に慣れてしまった身体にはその全てが強過ぎる刺激に思えた。
「樋……渡……」
「何だ?」
「あんま……り、しなくていいから」
焦らされているようで。
そう思うといっそう我慢ができない気がしたから。
「先に一度達かせてやろうか?」
それも真面目な顔で聞かれたけど。
首を振ったら、樋渡の手が脚の間に滑り込んだ。
「なら、すぐにしてやるよ。……膝立てて、脚開いて」
そう言いながら、両脚を割って入ってくる。
もうこれ以上はしなくていいと言ったはずなのに、指で後を慣らす間だけだからと、濡れた先端を口に含んだ。
「樋渡……っ、ダメって……ん……っく」
温かいものが絡みつき、身体が仰け反る。
同時に身体の中に二本の指が埋め込まれて、グジュグジュと蠢いていた。
「……う……んっ、あぁっ」
奥深く入れられた指先がギリギリ届くその場所を探り当てる。
けれど、欲しいと思う刺激には足りず、じれったさがまた身体の奥を疼かせた。
「樋渡――――」
「止めろ」と言うことも、「早く」と言うこともできないまま、ただ名前を呼ぶ。
「待てよ、もうすぐだから」
何度かそんな言葉で流されたけど。
指が増やされ、理性が鈍く麻痺した頃になって、ようやく。
「いいよ、麻貴。身体を楽にして、俺に預けて」
足首を持ち上げられて、解された部分に熱く硬いものが当てられた。
閉ざされた場所を押し開きながら入り込んでくる、ぬるりとした感触。そして、熱とわずかな痛み。その瞬間に肌が粟立った。
入れられているにもかかわらず、ヒクヒクと収縮する場所を指でなぞり、樋渡がわずかに笑いを浮かべた。
「いいよ、このままゆっくりな」
焦らすように少しずつ埋め込まれていく。
受け入れている場所の苦しさは時間と共に増すけれど、同時に頭の中が空白になるほどの快感が全身に走り抜ける。
「……んん……っ」
「いい子だ、麻貴。すぐに達かせてやるから」
冷静な時に聞いたら、ムカつくようなセリフを並べて。
けれど、言葉通り、すぐに欲しいものを与えた。
「ん……っ……」
他人の手。しかも、何度も肌を重ねて弱い部分を知り尽くしている相手。
クチュクチュという淫らな音が樋渡の手の中から聞こえるたびに、また熱が上がっていく。
次第に激しくなる愛撫。はじめはゆるりと抜き差しされていたものも、今は容赦なく身体を突き上げていた。
「……樋渡……っ」
その先はただ粗い呼吸と声とも言えないような切れ切れの音だけ。
「いいよ、麻貴。俺の手の中に出せよ」
肌がぶつかる音と互いの呼吸、それから。
「あ……っ――――」
その瞬間、絶頂に震える身体をギュッと抱き締めながら、樋渡も俺の中で吐精した。



気だるい時間。
ぼんやり天井を見上げていると意識は簡単に薄くなる。
「麻貴、もしかしてまた眠くなったのか?」
もともと疲れているせいなのか。
それとも、妙な安堵感のせいなのか。
いずれにしても。
「……んー……」
無理矢理抱き寄せられて、嫌々させられる腕枕はマジで鬱陶しいと思うけど。
「麻貴、あんまり可愛い顔して寝るなよ。また襲うぞ?」
「おまえ……わけわかんねーよ……」
なのに、コイツの腕は意外と寝心地が悪くない。
遠くなる意識の中でそう思った。




翌朝早く。
「じゃあな、麻貴。あんまり無理するなよ」
そう言い残して樋渡は東京に戻った。
ホッとしたような、部屋が広く見えるような妙な気持ちでスーツに着替えて支店に出向くと朝っぱらから本社経営管理室から連絡が入っていた。
それは本当に予想通りの通知で。
「森宮さーん、開設日を変更して年度計画書き直しらしいですぅ……」
多田が引きつった笑いを浮かべ、桑山も脱力していたけど。
「……まあ、そんなもんだな」
支店開設の日付は当然のように三ヵ月延長され、開設までに取引先を現在の倍にして華々しくスタートという見栄っ張りな本社案になっていた。
「水面下で三ヶ月も営業してからなんて、いくらなんでも温め過ぎだろ」
呆れすぎてそれ以上何も言えなかったが。
その時、支店の今後を考えていたのは俺だけで、多田と桑山はぜんぜん別の心配をしていた。
「樋渡さん、何て言いますかねー」
「あと一ヶ月で元の生活に戻れるって思っていたでしょうしね」
二人の言葉に突然自分の現実を思い出してしまい、身体の重さにプラスして気分までダルくなった。
「……それを言うな」
俺の悩みを増やしているのは、結局、樋渡なんじゃないかと思うこの頃。


けど。
いつものように昼休みに電話をかけてきた樋渡は、それについての不満は一言も口にしなかった。
そりゃあ、もう、本当に気持ち悪いほど大人な態度で。
『まあ、頑張れよ』
そんなことまで言って切った。
「……大丈夫みたいだけどな」
よかったですね、と二人に言われても素直に喜べなかったのはやっぱり背中に悪寒が走ったからだった。

そして、やっぱり。
その後、進藤からかかってきた電話で、樋渡がこっちへ異動希望を出そうと企んでいることを知った。
昨日、いつまで待てるかを聞いたら「何年でも」って言ったくせに、そんなことはもうすっかり忘れたらしい。
「……本気でバカだな」
電話越しに悪態をついたら、進藤からはこんな返事が。
『うーん、でも樋渡だからね』
その言葉に悪意がないってところが、進藤だなとは思うけど。
「とりあえず、その申請書を出すことは思いとどまらせてくれよ。俺は今の状態でも全然困ってないから、とにかくそこで大人しく待ってろって言っておいてくれ」
たとえ異動希望を出したところで、同期二人を小さな支店に配置するようなことはないと思うものの、万が一ってこともないとは限らない。
それ以上に、もし希望通りに異動できなかった場合、樋渡がいきなり「支店の近くの会社に転職する」とか言い出したらどうするよ、という不安もあり。
『そうだね。じゃあ、樋渡にはこっちにいるように言っておくから』
電話から明るい声が響いて、ホッと胸をなでおろした後。
『でも、樋渡って<待て>とか<おあずけ>はできなかったよね?』
進藤が天然に俺の不安を増幅させるもので、また落ち着かなくなった。
そのため、微妙にそわそわしながら、一日過ごすハメになってしまったのだが。


夕方になっても進藤からは何の連絡もなく。
「こっちからかけ直したほうがいいのか??」
そう思った矢先、
『じゃあ、俺の可愛い麻貴ちゃん。また今週末に(はぁと)』
いきなり樋渡から謎のメールが届いて首を傾げた。
しばらく悩んだ挙句、進藤にメールして樋渡になんて言ったのかを聞いたんだが。
『別に。森宮は「今の状態でも十分楽しいから」って伝えただけだよ』
……微妙に違うだろ?
とは思ったが。まあ、それは百歩譲って許すとしよう。
けど、いきなり「また今週末に」ってのはどういうことだ。
帰ったばっかだろ?
一つのカップでコーヒーを飲む光景を思い出したら、また急に鬱陶しい気分になった。
で。
『進藤の言うことなんて真に受けるんじゃねーよ』
速攻でそう返信したら、樋渡からは『愛してるよ』といういつものヤツが。
「……もう絶対に返事しねーからな」
俺がしなくても、勝手に送ってくるんだろうけど。
そう思った瞬間に、

―――――遠距離恋愛って不安じゃないですか?

多田の言葉が、脳内を走り抜けていった。
「……この状況で、どうやって不安になれって言うんだよな」
携帯のウィンドウに踊る脳天気なハートマーク。
『今度は皿も箸も二人で一個にしてみようか?』
樋渡言語満載なメールを眺めながら、ダルさが全開した。
「……ってか、コイツ、マジで大丈夫なのか?」

本当のところ、離れたら不安になるくらいの人間関係のほうが正しいのかもしれない……と、真剣に思った別居三ヶ月目の穏やかな午後。
樋渡言語なメールは5時を過ぎた後から俺が帰宅するまでの間にさらに30通ほど送りつけられた。
「あのバカ……」

っつーか。
……たまにはマジメに仕事しろ。


                                      end


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