らいと・ぶらうん
- Light brown eyes -

番外2 (前編)



俺が颯の部屋で寝るのは、基本的に週2日。
次の日に昼のバイトがなくて午前中は勉強だけって時だ。
ただし、それに「颯が早く帰ってきたら」という条件が上乗せされる。
颯が早く帰ってくることなんて滅多にない。
俺も頑張って1時頃までは起きてるんだけど。
それでも30%くらいの確率。
それって……低過ぎるよな。
昨日の夜も俺が起きている間には帰ってこなかった。
「……また、会えなかったなぁ……」
忙しくなると、1週間まるまる会えないなんてことも珍しくない。
同じ家に住んでるのに。
今週はまだ一回も会ってなかった。
俺は携帯を持ってないから、淋しくなるとうちのパソコンからメールをするけど。
颯から返ってくるのは「ちゃんと勉強してるのか」とか、「あまり遅くならないうちに帰ってこい」とかの小言のような返事ばっかり。
そりゃあ、あの颯が、俺が喜ぶような浮かれたメールをくれるなんて思ってないけどさ。
「やっぱり、会って話がしたいよなぁ」
大声でぶちぶち言いながら、バスタオルと着替えを取り出した。
シャワーを浴びて、スッキリしてから勉強しようと思って。
リビングを突っ切ろうとしたら、よそ行きな格好の佐伯さんがコートを羽織ろうとしてた。
「あれ、佐伯さん、出かけるの?」
仕事のない日に朝から外出なんて。
佐伯さんにしたらすごく珍しい。
「マチちゃんとね、デートなの」
なぁんだ、そっか。
それじゃあ早起きして出掛けるよな。
「ふうん。いいなぁ。……気をつけてね。いってらっしゃい」
俺のバイトは夕方から。
しかも、佐伯さんが待島さんとデートってことは今日は俺一人だけだ。
当然、勉強も一人で黙々とやることになる。
最近、ダレてるから、一人で机になんて向かってたら寝ちゃいそうだよな。
「あーあ……」
なんて思ってバスルームに行ったら。


洗面台の前に颯がいた。
「……颯?」
顔を洗ってたみたいで、前髪が濡れていた。
「起きたのか」
「もうすぐ9時だよ? 仕事、どうしたんだよ?」
いつもは俺が起きる時間には会社に行った後だから。
明るい時間に颯がここに立っていることが不思議な感じだった。
「今日は休みだ」
俺が寝た時間より遅く帰ってきたはずなのに。
朝からキリッとしてるんだもんな。
「……あ、そう……」
なんだかドキッとして、手に持ってたタオルと着替えを落としそうになった。
それよりも。
「あのさ、佐伯さん、出掛けたよ」
「ああ」
颯は簡単に返事するんだけど。
「颯、今日、家でする仕事もないの?」
俺のドキドキなんて颯にはわかんないんだな。
「ああ」
どの返事もすごく素っ気ない。
「他に用事はないの?」
「別に」
ってことは、夕方俺がバイトに行くまで颯と二人っきりってことじゃん。
よく考えたら、そんなこと今までに一回もなかった。
「シャワーを浴び終わったら、朝飯だからな」
なんだかドキドキしたままの俺とは対照的に、颯は本当にいつもと全く変わりない口調でさらっとそう言って、キッチンへ行ってしまった。
バタンとドアが閉まって。
「……うん」
すっかり一人になってから返事をした。
俺。
なんとなく。
照れ臭いんだけど……



明るいダイニングテーブルに颯と二人。
妙に行儀良く腰掛けてしまう。
「ちゃんと食えよ」
二人っきりの時って、いつもベッドの中だから。
明るいうちから、こうやってテーブルに向かい合って座っているのが本当に恥ずかしい。
ドキドキするせいで頭も空白になってしまって、会話のネタも思い付かない。
颯があからさまに訝しそうな目で俺を見てるんだけど。
「具合悪いのか?」
きっと、俺、顔が赤いんだ。
けど、そう言われるとますます顔に血が上る。
「ううん。なんでもない」
具合が悪いんじゃない。
ちょっと居心地が……
二人っきりは嬉しいけど。
どうしていいかわからなくて。
味なんかわからないままにパンを飲み込んで。
颯の顔なんか見ないままにコーヒーを飲み干した。
「あ、片付け、俺がやるから」
あたふたと席を立って、キッチンへ逃げ込んだ。
ホッと一息ついて。
一人になって体勢を立て直そうとしていたら颯が来た。
「どうしたんだ?」
涼しい顔でそんなこと聞かないで欲しいよな。
そりゃあ、俺、挙動不審だと思うんだけど。
「な…んでも、ないよ」
こんな簡単な返事にも詰まってるし。
「はぁ……」
無意識でため息なんかつくし。
とにかく洗いモノをして、それでも落ち着かなかったらこのまま勉強部屋に行ってしまおうと思うあたり。
……俺ってダメかもしれない。
腕まくりをしようとしていた俺を颯が軽々と抱き上げた。
「うわっ……なに?」
まさか、朝から?
って思ったけど。
颯は寝室じゃなくてリビングに俺を連れていった。
そっとソファに下ろされて。
なんだろうと思って見上げてたら、颯も隣りに座った。
颯は俺の頬に手を当てて、しばらくジッとこっちを見てた。
「……おまえのこと、佐伯に任せ過ぎたんだな」
突然、それもちょっと淋しそうな顔でそんなことを言われて。
けど、俺にはナンのことかサッパリ分からなかった。
「な、何が?」
俺が挙動不審だから?
けど、佐伯さんとは関係ないよ?
そりゃあ、佐伯さんもたまに妙なことをするけど。
「……颯?」
よく分からなくて、颯の様子を窺ってたら。
少しの沈黙の後、溜め息と共に言葉を吐き出した。
「佐伯が一緒じゃないと、居辛いか?」
「え??」
実は、思いっきりバレてたらしい。
「居辛いって言うか……」
えーっと、えーっと。
「……そうじゃないけど、さ」
返事を考えてたら、颯がそっとおでこにキスをした。
「なら、どうして緊張してる?」
見上げたら、颯と目が合う。
やっぱり心配そうに俺を見てて、ちょっと申し訳なくなった。
「……だってさ、」
まだ妙なドキドキは収まってなくて。
そのまま目を合わせているのも恥ずかしくて、なんとなく颯の胸に顔を埋めた。
「こんなの初めてじゃん」
好きな人と二人で居たら、やっぱ緊張するよ。
そんなの、颯には分からないみたいだけど。
「……そうか」
それだけ言って。
もう一度、今度はほっぺにキスをしてくれた。
颯はいつもと同じような真面目な顔をしてたけど。
なんとなく、口もとだけ笑ってるように見えた。
それって、気のせい……じゃないよな。
「颯、俺のこと子供だと思ったんだろ?」
ふくれながら顔を顰めた。
けど、颯は曖昧に笑ったまま「いや」と言って首を振った。
「嘘ばっか」
俺の返事と共に抱き締めてた腕に力が入って、そのまま唇が重なった。
こんな風にキスだけするのも久しぶりだな……とか。
でも、キスだけじゃなくなるのかもしれないな……とか考えながら。
こんな風に今日は1日、二人きりでいられるんだなって思ったら、なんだかうきうきしてきた。
「な、颯。今日、何するの?」
仕事はないって言ってたし。
きっと一緒にいてくれるはずだって思って。
なのに。
「おまえは勉強があるんだろ?」
その言葉に思わず顔を上げた。
思いっきりショックを受けてたら、颯が笑った。
「……本気で言ってる?」
颯は何も言わずに笑ってた。
ってことは冗談なんだ。
「……ちぇ。ひどいよ」
安心したけど。
颯はやっぱり俺を子供扱いしてるんだ。
それは、あんまり嬉しくない。
「待島にはちゃんと許可をもらったよ」
それっていうのは、今日は勉強ナシで颯と遊んでられるってことだよな?
佐伯さんだって一日くらい許してくれるはず……って緩んでいたら。
「最近、勉強に飽きてきたらしいって待島が言ってたぞ」
待島さんってば、颯に告げ口?
そりゃあ、確かに緩んでたけど。
でも、颯に言うことないじゃんか。
……明日から、ちゃんとやろう。
そんな決心の途中で。
「それより、東騎。どこか行きたい所があるか?」
颯からのデートのお誘いがあった。
でも、俺は即座に首を振った。
外に出たら颯とは少し離れなくちゃならないから。
そうでなくてもヘンな組み合わせなんだ。
兄弟にしては年も離れてるし。顔も似てないし。
だからって友達っていう感じでもなくて。
「俺、家にいたいよ」
颯と二人っきりで。
誰の目も気にしないで。
ずっと、こうしている方がいい。
「けど、おまえ、佐伯のこと羨ましがってただろう」
……うわっ。
『いいなぁ』って言ったの、聞こえてたんだ。
「あ……うん、でも、颯とだったら家がいい」
せっかくの二人きり。
誰にも邪魔なんてされたくない。
そう思っただけなのに。
意外な言葉が返ってきた。
「俺と出かけても楽しくないか?」
颯がそんなことを言うなんて思っても見なかったから、すごく驚いた。
一緒にいる時間が長いから、佐伯さんとは出掛けることも多いけど、本当はそれが嫌だったのかもしれない。
だって、颯だけ仲間はずれみたいだもんな。
「だって……外、寒いしさ。風邪、流行ってるし。颯だってたまの休みくらいノンビリしたいかなぁって……」
颯のせいにするつもりはなかったんだけど、なぜかそんな返事になって。
「俺はおまえがどうしたいかを聞いているんだ」
颯も別に怒っているわけじゃなさそうだったけど。
俺は言うべき言葉を間違えたことに気付いた。
でも、やっぱり。
「俺、別に、えっと……」
颯と一緒に居られるならどこでもいいし、できれば一ミリでも近くにいたいなんて、ちょっと恥ずかしくて言えないんだけど。
「着替えてこい。出かけるぞ」
颯が立ち上がって自分の部屋に行ってしまうのを慌てて引き止めた。
「俺、外行きたくない」
「何故だ?」
さすがに颯もちょっと顔を顰めた。
「家がいいから」
もっと眉が寄った。
当然か。
これって理由になってないもんな。
「何故?」
颯がまた同じ質問をした。
「……颯と、」
二人きりでいたいから……って。
けど、やっぱ、言えなくて。
俯いてしまったら、颯が無理やり俺の顔を両手で押さえて上に向けた。
それから真面目な顔でキスをした。
「最後までちゃんと言えよ。俺は佐伯じゃないから、おまえの言いたいことはわからないんだ」
颯はちょっとだけ佐伯さんを気にしてるみたいだった。
そりゃあ、佐伯さんは俺だけじゃなくて待島さんや颯の気持ちまで読んでしまうツワモノだけど。
なにも颯がそれに張り合わなくたっていいのに。
「東騎、」
顔を押さえられたまま颯に催促されて、死ぬほど恥ずかしかったけどホントのことを言った。
「だってさ、外、出たら……キスだって、できないじゃん」
言っているうちに自分の顔が赤くなるのがわかった。
そしたら思った通り、颯が笑った。
それから、もう一度キスをした。
優しくて。
でも、深い深いキスだった。



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