パーフェクト・ダイヤモンド

〜・本日の片嶋1・犬(後編)・〜




俺の部屋の掃除が終わると、今度は片嶋の部屋。
「お互い自分の部屋を掃除すればいいんじゃないか?」
最初に俺はそう言ったんだけど。
「それじゃ、桐野さんの方が大変じゃないですか。俺の部屋なんて全然散らからないですから。掃除機かけて終わりですし」
まあ、そうだけど。
確かに片嶋の部屋は単なる物置と化してした。
俺んちにあるシーズンオフのものとかも一緒に置かれていて、もはやどれが誰の物なのかも良く判らないような状態で。
「それに、掃除だって一緒にやったら楽しいですよ」
会社の片嶋からは想像できないような可愛いセリフを言うもんで。
「じゃあ、さっさと終わらせてゆっくりしような」
ムギュッと片嶋を抱き締めてから、俺も楽しく掃除にとりかかった。
隅々までキレイに片付けた後で問題の絵の前に立つ。
「これ?」
「そうです」
2枚の絵をしげしげと眺めた。
いい絵なのかどうか、俺にはわからない。
まあ、色が派手だから部屋は明るくなるかもな。
「でも、誰もいない部屋に置いておくの、もったいないですよね」
片嶋がそう言うので、結局2枚とも俺の部屋に飾ることになった。
一つはチェストの上に。
もう一つは無理やり壁に掛けて。
「で、リジィはどっちなんだ?」
「ビルの方です」
壁にかけられた絵を指差した。
高層ビルに顔が描いてある鮮やかな色合いの絵。
落書きだらけの電車が走り、UFOまで飛んでいる。良く見ると妙だ。
しかも、絵のくせに立体になっている。
これでも「版画」って言うのか。
「こっちの窓の絵は?」
どこかで見たような感じだけど。
何かのパンフレットだったか。それとも……。
日頃から絵に関心などないから、考えたところで分かるはずはないんだが。
「それはトーマス・マックナイトです」
片嶋の口調からすると有名な奴なんだろうけど。
俺は相変わらず「???」の嵐。
「これも留学中に買ったのか?」
それにしてもそこそこの値段だろう。
学生の身でよくそんな金があるよな。
「これは友人が持ってたのを譲り受けたんです。簡単に言うと賭けの戦利品」
賭け?
「何の?」
片嶋のことだから、わき目も振らずに勉強していたのかと思えば。
学生同士で絵画を賭けるようなことをしていたとは。
まあ、賭けてる物が絵画なんて、優雅と言えば優雅だけど。
「単純な賭けですよ。カジノで1000ドル先に稼いだ方が勝ち。それだけ」
しかも、カジノだと。
そんなところで賭け事なんて絶対しないタイプだと思ってた。
「で、これを奪ったんだな」
「ええ。実はリジィもルーレットで勝った金で買いました」
カジノのような華やかな場所はコイツには似合いそうだが。
「で、おまえが負けたら、何をやるつもりだったんだ?」
祖父母からのプレゼントが多いと言う片嶋の持ち物は上品で高価なものばかりで、十分賭けの賞品にもなりそうだった。
そう思って、何気なく尋ねたら。
「彼と一晩付き合うことになってました」
「……は?」
それって??
いや、もしかしたら深い意味はないのかも……と一瞬だけ思ったけど。
『一日』とかじゃなくて、『一晩』って言うからには、そんな甘い展開じゃないだろう。
まあ、今更心配しても仕方ないんだけど。
「おまえさ、」
もう二度とそういう賭けはダメだって言うつもりで口を開いたが。
片嶋に遮られた。
「俺、ルーレット得意なんですよ」
片嶋は呑気にそう言って無邪気に笑うんだけど。
負けてたら、どうなったかとか考えなかったのかな。
それよりも。
「賭け事に得意不得意ってあんのか??」
俺は運・不運の問題だと思ってるんだが。
「ありますよ」
妙に、きっぱり。
この口ぶりだと、ルーレット以外にもいろいろやったんだろうけど。
「そりゃあ、競馬とかパチンコなら、データを集めるとか、コツを掴むとかありそうだけどな」
ルーレットが得意ってどういう状況なんだろうな。
「日本じゃあんまり出来ないですよね」
そんなもん、あんまりどころか一度もやったことねーよ。
「カードゲームも得意なんですけど」
片嶋って、意外と賭け事も好きなんだろうか?
まあ、そんな物にのめりこんだりはしないタイプだとは思うが。
片嶋の性格は未だによく分からなくて、俺はまだまだ楽しめそうだった。
「でも、『一晩』を賭けるようなことは今後は絶対ダメだからな?」
俺の真面目な心配にも動じない。
「やだな。大丈夫ですよ。なんなら必ず桐野さんの許可を取るって約束してもいいですよ」
そんなことを言うんだけど。
「そんなもん、俺が許可するわけねーだろ??」
つい、ムキになってしまった。
片嶋が華やかに笑って、派手な絵なんかよりもずっとずっと部屋の中が明るくなったような気がした。
ついでに俺は眩暈がして。
更に、忘れていた欲求が沸き上がった。
「そんでさ、」
このままベッドに行くつもりで片嶋の身体を無理やり自分に向けた時、チェストに積み上げていたファイルが崩れ落ちた。
まったく、これからって時に面倒臭いったら。
まとめて拾い上げたら、今度は手紙やら写真やらがバラけてしまった。
どうでもいい物ばっかりだったから、ガサッと拾い上げてチェストの上に置き去りにした。
「……これ……」
片嶋が拾い集めた写真を俺に手渡した。
「ああ、サンキュ」
一番上に前の彼女と二人で撮ったものが乗っていた。
俺はそれも無造作に投げ出したんだけど。
片嶋はそれをじっと見つめていた。
「彼女、ですよね」
別れた相手のことなんて、気になるんだろうか。
「ああ。前のな」
「……可愛い人ですね」
「そうだな」
見た目も性格もふんわりした子だった。
転勤が決まった時に別れて、それっきりだ。
明るい子だったけど、あの時ばかりは散々泣かれた。
気が咎めたけれど、東京に連れてくる気にはなれなかったんだよな。
今頃、どうしているんだろう。
元気だろうか。
さっさと他のヤツを好きになって、楽しく過ごしているといいけれど。
「やっぱり、思い出したりしますよね」
自分だってそうなのに。
随分と淋しそうな顔で言うんだから、参る。
「……そうだな」
俺は、どっちかって言うと過ぎたことはあっという間に忘れる方なんだけど。
片嶋が溜息なんてつくから、彼女がどうしているかなんてどうでも良くなってしまった。
やっぱり、今、目の前にいるコイツが一番大事だから。
「片嶋って、ヤキモチ焼きなのか?」
付き合ってた男の浮気は許したくせに。
前の彼女の写真が気になるって言うのもどうなんだろうと思うけど。
「前は、気にしないようにしてたんですけど」
「俺だと信用できないってことか?」
「そうじゃないんですけど……」
じゃあ、なんだ?
妙に歯切れも悪いし。
「桐野さん、俺、」
片嶋が真っ直ぐ俺の顔を見た。
会社とあまり変わらないキリッとした表情で。
「桐野さんを誰かに取られるの、悔しいです」
……それはヤキモチじゃなくて、単なる負けず嫌いのような気もするが。
こんなところで発揮されてもな。
ぜんぜん色っぽくないんだけど。
それを可愛いと思う俺も、どうかしている。
笑いながら片嶋を抱き寄せて、ベッドに誘う。
もちろん片嶋はいつもと同じように抵抗した。
「なんで今なんですか?」
毎回毎回きっちり文句を言う片嶋にも、もう慣れた。
「じゃあさ、片嶋」
「はい」
「『何があっても昼間は絶対イヤだ』と『どうしてもって言うなら仕方ない』の二択だったら?」
俺のふざけた質問に、片嶋は眉を寄せながら口に中で小さく呟いた。
「……それって、狡いです」
片嶋が「絶対、嫌だ」なんて言わないってことは分かって聞いてるんだけど。
「じゃあ、オッケーってことで」
なんだか無理やり「うん」って言わせたみたいで、少しだけ気が咎めるけど。
「ごめんな、片嶋」
「……なんで…謝るんですか…?」
不思議そうに見上げている片嶋に微笑んで、カーテンを閉める。
エアコンを強くして。
できるだけ、そっとキスをして。抱き締めて。
「いつになったら慣れるんだろうな」
あまり積極的でないキスも、困ったような顔も。
見慣れたはずなのに。
「……な…んですか?」
なんでこんなに俺を煽るんだろう。
「いや、別に」
抵抗することを諦めた片嶋は、表情も身体と同じくらい素直に反応する。
さすがに声が出てしまうのは恥ずかしいのか、唇を噛み締めて耐えていたけど。
それがまた妙に艶めいていて。あっけなく気持ちを高めてしまう。
唇を塞いだまま、片嶋の中に指を挿し入れる。
「……ん……っ」
くぐもった声が絡めた舌先から伝わってくる。
ピッタリと合わせた身体の中心で触れ合う互いのものがすでに濡れていることを感じながら、中で指を蠢かせる。
俺の指先がその場所に触れる。
「……あ……っ」
短く声が漏れて、身体が跳ねる。
どんなに拒んでも感じてしまう場所。
それを知っているから、無理にでも抱いてしまいたくなるんだろう。
攻め続ければ落ちる、片嶋の唯一の弱み。
だからこそ、他の誰にも触れさせたくない。
「……いいか?」
聞いても答えが返ってくるはずのないことは十分承知の上で何度も尋ねる。
そのたびにキュッと唇を結ぶ片嶋の横顔に口付けて、少しずつ身体を開く。
指で馴染まされた入り口に滑る先端を押し当て、ゆっくりと。
「う……ん…っ、」
十分に解されたはずの身体は、それでもまだ俺を押し戻そうとして収縮する。
その快感と、このまま一気に突き上げたいという衝動を抑えながら。
「……片嶋、」
そっと名前を呼ぶと繋がっている場所がピクンと反応した。
片嶋はまだ固く目を瞑ったままで、言葉は返してくれないけど。
無理な姿勢とわかっていても抱き締めたくて、繋がったまま片嶋の身体を抱き上げて膝に乗せる。
自分の重みで更に奥まで犯される。
結んでいる事ができなくなって、色づいた唇が開かれた。
同時に苦しそうな喘ぎ声が零れ落ちる。
「ん、あぁっ、」
突き上げられるたびに震える身体を深く穿ちながら、解放を押し留める。
もう少し、いや、出来ることならずっと。
このままでいたいから。
「いや……っ、あ、ああっ……!!」
目の前に晒される滑らかな喉元に柔らかく歯を立てながら、果てる瞬間まで抱き締めていた。



ベッドの中で俺に抱かれたまま、片嶋はぼんやりとしていた。
片嶋の視線の先に、彼女の写真。
「どうしたんだ?」
髪を梳きながら、キスを落とす。
「……後悔してないですか?」
片嶋の唐突な質問にもそろそろ慣れてもよさそうなものだけど。
「何を?」
俺は毎回、戸惑ってしまう。
「あの時、俺に『好きだ』って言ったこと」
返事を待つ間、片嶋の瞳が不安そうに瞬いていた。
そんなことで不安になる必要なんてないのにな。
「だって、桐野さんなら、いくらでも……」
言い淀む片嶋の前髪をクチャっと掴むと柔らかい感触が指の間をくすぐった。
「ばーか」
俺はただ笑いを堪える。
片嶋が、あんまり可愛くて。
「後悔してたら、こんなに何回も好きだって言わねーよ」
それでもまだ、片嶋の唇は何か言いたそうに動いたけれど。
そのまま唇で塞いでしまった。
「……ん、……っ」
ほんの少し、抵抗の仕草。
でも、本気じゃない。
長いキスからやっと解放された後も、片嶋はまだ困ったような顔をしていたけど。
「桐野さん、」
「ん?」
「俺、明日はちゃんと早起きしますから」
片嶋が目を伏せたまま少しだけ微笑んで。
俺はその頬にもう一度キスを落とす。


片嶋がカンペキなお姫様になる日は、まだまだ遠いらしい。

                                        end


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