パーフェクト・ダイヤモンド

番外(温泉旅行編*1)




溝口は毎回必ず俺に余計なことを吹き込む。
そして今日も例外ではなかった。
「そう言えば岸田が彰ちゃんをドライブに誘ってたぞ」
しかも、片嶋と付き合ってることがバレてからというもの、片嶋のネタばっかりだ。
「あ、そう」
溝口のたわ言を俺はカンペキに聞き流していた。
だって、片嶋が岸田なんかの誘いに乗るはずはないだろ?
「桐野、そんな呑気な返事してるけどさ、彰ちゃん、岸田が持ってた温泉特集のパンフレットを随分真剣に見てたぞ。ホントに大丈夫なのか?」
「へ?」
予想外の忠告に俺は少々慌ててしまった。
「結構、具体的な話だったけど。朝6時に彰ちゃんを迎えに行ったら向こうに着くのが何時くらいとか。彰ちゃんは彰ちゃんで、金曜の夜から泊まりがけにすればゆっくり飲めるのにとか言って」
マジかよ??
「企画は二ヶ月に一日は有休消化が義務だから、彰ちゃんも休まなきゃならないって言ってたもんなぁ。いいなぁ、二人で温泉旅行」
溝口が俺を煽るから。
「けど、片嶋が岸田と二人で行くはずないだろ?」
自分に言い聞かせながらも、心中は穏やかじゃなかった。
「そうかぁ? 岸田、ああ見えてマメだし。優しいから女には意外とモテるんだぞ?」
「片嶋は男だ」
岸田のこと、あんなに冷たくあしらってたんだから、心配なんてする必要はないよな?
「そうだけどなぁ。彰ちゃん、まんざらでもなさそうに岸田にいろいろ聞いてたぞ?」
「例えば?」
仕事以外にはあんまり関心を示さない片嶋が?
温泉?
「ついでに遊べそうな場所はないのかとか、できれば静かなところがいいとか。しかも、岸田に向かって可愛く笑っちゃったりして。岸田なんてそれ見てもう顔全体が緩くなってて。彰ちゃんに好きな車の種類まで聞いてたぞ」
「車??」
「車、買い替えるらしい」
バカだな。
片嶋は車なんて走ればいいと思ってるぞ、きっと。
そういうところは物凄く合理的な性格なんだ。


昼間、散々溝口に煽られて、なんとなく落ち着かないまま一日を過ごした。
接待で少し遅くなって、部屋に戻ると片嶋がソファでうたた寝をしていた。
「片嶋、そんなとこで寝てたら風邪引くぜ?」
声を掛けても起きる気配ナシ。
テーブルには旅行会社のパンフレットが散らかっている。
それも全部温泉特集だった。
……片嶋、温泉が好きなのかな。
まあ、シーズンだからっていうのもあるだろうけど。
そういえば、最近は一日中パソコンの前に座りっぱなしだから肩が凝るって言ってたような……
だからって、岸田と行くつもりはないと思うけど。
パンフレットには何ヶ所か付箋が貼ってあって、書き込みがされていた。
『片道2時間くらい。休前日は1000円UP』
丸くて小さい文字。
だが、汚い。
間違いなくヤロウの字だ。
しかも、片嶋の流麗だが右上がりの文字とはまったく違う。
ってことは、岸田が書いたのか?

とりあえず、片嶋をベッドに運んで、パンフレットを片付けた。
家じゃ、バスタブに湯を張ったこともないくせに。
なのに、温泉?
しかも、岸田?
……まあ、詳細は明日、片嶋に聞けばいいか。



俺もそのままぐっすり眠った。
だから、結構早い時間に目が覚めた。
「片嶋、」
まだ気持ち良さそうにスヤスヤ眠っている片嶋を起こし、にっこりと微笑みかける。
もちろん、下心全開。
「……ん……おは…ようございます…」
片嶋は目をこすりながら、相変わらず丁寧な挨拶をして時計を見る。
「……んん……まだ、こんな時間なのに……?」
「あんまり焦ってしたくないし」
片嶋も「何を?」なんて聞かなかったけれど。
「……なんで、いっつも朝とか昼間なんですか??」
いきなり抵抗された。
俺だって、される方は辛いのかもしれないと思わないわけじゃないんだが。
「起きた時って、したいだろ?」
そう言ったら、片嶋が眉を寄せたんだけど。
昨日の夜、すーすー寝てたのは誰だよ??
「夜の方がいいってことなのか? 言っとくけど、朝だから一回で終わるんだぜ?」
その言葉に対する片嶋からの返事はなかった。
コイツって本当にそういう話がダメなんだよな。
まあ、それも可愛いんだけど。
「そういうことで。な?」
「『な?』じゃないですよ。これから会社に行くんですよ?」
「休みの日なら、朝でもいいってことか?」
「そういうことじゃありません」
四の五の言ってても仕方ないので、この際、手っ取り早く押し倒した。
とは言っても既に寝ているんだから、後は簡単だ。
片嶋は起き抜けがあまり得意ではない。
抵抗も少なくて済む。
しかも、素肌にパジャマだから、脱がせるのもあっという間。
「痛かったら言えよ?」
念のため、確認は入れるけど。言葉は選んでる。
嫌だったら言えよ…なんて言ったら、即座に「嫌です」って言われそうだもんな。
片嶋の傾向と対策。
一緒にいると少しずついろんなことが分かって楽しい。
「……や、です……桐野さんっ」
そんな仕草も可愛く思えて、俺を押し戻そうとする片嶋の手を掴んで、指先にそっとキスをする。
そしたら、片嶋は少し困ったような顔をして。
「……そういうの、狡いです……」
「なんで?」
プイッと顔を背けたきり、返事をしてくれなかったけど。
その後は抵抗しなかった。



することをした後、懸案事項の確認をした。
「おまえ、岸田と温泉行くのか?」
片嶋はまだ半分ボンヤリした状態だったが、なんとか返事をした。
「行くわけないじゃないですか。課内旅行の打ち合わせです。みんな、温泉がいいって言うから」
「……だよな」
まあ、そんなところだろうとは思ってたけど。
「また、溝口さんですね」
「そう」
「俺のこと、信用してないんですか」
「してるよ」
相手が岸田じゃな。妬く気にもなれない。
岸田と真剣に温泉の話っていうのは、かなり謎だったけど。
そういうことなら本題に入ろう。
「親会社って有休取りにくいか?」
唐突だったのか、片嶋が怪訝そうな顔をした。
「いえ、そんなことないですよ。部署にもよるとは思いますけど」
「おまえの所は?」
「課長の方針で最低二月に一日は有休消化しないといけないんです」
それは溝口の言ってた通りだ。
たまには本当のことも言うんだな。
「おまえ、ちゃんと休んでるのか?」
「休みましたよ。最初の月に引っ越しでいろいろ手続きがあって」
「それから休んでないだろ?」
「そうですね。まあ、休んでもやることないですし」
片嶋が仕事好きなのは知ってるけど。
「普通は休めって言われたら喜んで休むよな」
俺だって仕事は好きだけど、休みは休みで嬉しいけどな。
「そうですね。女の子は一ヶ月に一日、必ず休んでます。でも、俺、一人でぼんやりするの苦手で」
俺と一緒の時はいつもぼんやりしてるのに。
変な奴だ。
「なら、来週か再来週の月曜に休め。俺も一緒に休むから。な、決まり」
「え?」
朝だからか、抱かれた後だからなのか、片嶋の脳は会話について来ていなかった。
「一緒にどっか行こうぜ。泊りがけで」
「どこかって……?」
「ゴルフ」
オフシーズンは安いせいもあって、俺は冬でも結構よく行く。
片嶋も父親に連れて行かれるって言ってから、相当やってると思うんだけど。
「できるんだろ?」
「ええ、多少は。でも、寒くないですか?」
「天気によるだろうけどな」
片嶋は寒がりなんだよな。
まあ、その後は温泉だし。許してもらえるだろう。
「嫌か?」
「いえ。楽しみです」
そう答えながらも少しだけ怪訝そうな顔をしたのは、多分、俺が異常に楽しそうだったからだろう。
「場所はどこでもいいよな?」
こういう時に片嶋が自分の意見なんて言わないって事はわかってる。
「はい」
返事は俺の予想通り。
よしよし。
「実は次回の代理店コンペの下見をしないといけないんだ。悪いけど付き合ってくれよ」
「大変ですね。何かあったら言ってください。手伝いますから」
いや、それは単なる口実だから。
気にしなくていいぞ、片嶋。
「とにかく休みをもらったらすぐにメールしろよ?」
「分かりました」
順調、順調。
後は休みの申請だけだ。



昼過ぎ、片嶋から来週の月曜に休みが取れたというメールが来た。
俺はすぐに宿の手配に取りかかる。
遊び好きな代理店イチオシの宿。
「部屋も広いんだけどさ、各部屋にジャグジーが付いてるんだよ。家族風呂っていう名目だから、彼女と二人でゆったり入れるよ。まあ、普通の宿よりもちょっと高いけどね」
それを聞いた時、いいな…と思ったんだ。
俺んちじゃ狭くて一緒に風呂なんて入れないからな。
まあ、広かったとしても片嶋が一緒に入ってくれるかは疑問だけど。
「人気があるから、なかなか取れないけど。どうしてもって事なら俺に言ってよ。桐野君にはいつも世話になってるから、それくらいどうにでもするよ?」
ちょっとエロいオヤジ笑いでそう言われたことを思い出しながらも、遠慮なく電話した。
そういう話が大好きなヤツだから、ホイホイ承知してくれた。
『いいよ、聞いてみる。折り返すから待ってて』
電話は10分後にかかってきた。
『日曜だけなら離れが一室空いてるって。優待価格を更に値切ってみたんだけど、それでもちょっと高いよ? 一人2万5千円。朝食と夕食付き。どう?』
「構いません。助かります」
『いいなぁ、桐野君、彼女と行くんだ? ね、どんな子なの?』
オヤジが笑ってるのが分かったから、その話は無理やり終わらせた。
「どうもありがとうございました。次回のゴルフコンペ、お誘いしますから」
メンツに入れることは最初から決まってるんだけど。
『うん、よろしくね。じゃあ、練習に行っておかないとなぁ』
遊び好きだけあって、本気で遊ぶんだよな。
まあ、仕事もしてくれるからいいんだけど。
それよりも。
コンペの後の飲み会で、この旅行のことを根掘り葉掘り聞かれるんだろうな。
まあ、適当に答えて流せばいいか……。
「じゃあ、コンペの詳細が決まりましたら、ご案内します」
さっさと電話を切って、次の手配。
休暇申請だ。
万が一、ダメって言われてもズル休みすればいいだけだが。
「来週の月曜?」
聞き返しながらも部長は既にハンコを取り出していた。
「はい。ゴルフコンペの下見を兼ねて。早い方がいいと思いまして」
「ああ、そうだったな。悪いが頼むよ」
そう言ってゴルフにかかる費用と往復の交通費、それに一泊1万円までの宿泊費まで承認してくれた。
経費を使うからには真面目にコースとかレストハウスなんかの下見をしないとならないんだが。
まあ、そんなのは適当でいいだろう。
「ありがとうございます。火曜にご報告致しますので」
部長から承認済み書類を返してもらって、これで終了…と思ったら。
課長に呼び止められた。
心なしか顔が引き攣っている。
「桐野君、休みは他の日にならないのかな?」
課長がこんなに情けない顔で俺を思い留まらせようとするのには理由があった。
「なりませんね。来週は火曜から忙しいので」
火曜日に今月の一発ネタを取り込むことになっていた。
これ一本で数字が終わるようなデカイ案件だ。
その後は契約書の受付とかフォローとか調整とかに追われるはずだから、ヒマなんてない。
課長だってそれは知っている。
だが。
「いや、それは分かっているんだけどね、それにしても、ほら、月曜は宮野君の……」
こんなに言い淀むほどのことでもないと思うんだが。
平たく言うとトラブル先への謝罪の日だった。
管理部がミスって振り替え金額を間違えたとかで、おととい客からクレームが来た。
で、月曜に詫び状と菓子折りを持って謝りに行くことになった。
しかも、うちの課の客。もっと詳しく言うと宮野の担当先だった。
そんなわけで。
「ええ〜っ!? 桐野さん、お、お休みなんですかっ? 一人でなんて行けませんよ〜〜…」
宮野が泣き言を言うんだけど。
そんなことを言ってたら、俺は永久に休みなんて取れない。
「課長に同行してもらえ」
普通は担当と課長で行くもんだろう?
俺が同行するってこと自体どうかしてる。
だから、冷たく言い放って席に戻った。
休暇申請には既に部長印を貰ったんだ。課長に文句が言えるはずはない。
「き、桐野君、」
「頑張ってくださいね。うるさい先らしいですから」
だいたい、ナンでもかんでも俺に頼り過ぎなんだ。
たまには自力で問題解決をしてみろって。
「桐野さ〜〜ん……見捨てないでください〜〜っ!」
……そりゃあ、課長に失礼だろ、宮野。
まあ、コレを機に相手にすんなり許してもらえるようなトークの練習でもするんだな。
こういうのは切羽詰った時が一番効果があるんだ。
「せいぜい頑張れよ」
休み明けにそれ以上のトラブルになってなきゃいいけど。
まあ、そん時はそん時だしな。



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