パーフェクト・ダイヤモンド

番外(温泉旅行編*5)




「片嶋、」
抱き締めた身体に強張りを感じて、そっと耳元でつぶやいた。
「力、抜いて」
片嶋はまだ少し心配そうな顔をしていたけど、ふっと息をついて俺に身体を預けた。
「大丈夫だから」
本当は、そんな言葉に自信が持てなかったけれど。
「……う…ん」
薄暗い部屋でじっと見上げている片嶋の瞳は艶めいて潤んでいた。
「舌、出して」
キスを落しながら、浴衣に差し入れた手を少しずつ滑らせる。
なめらかな内腿は既に熱を帯びていて、奥へ行けば行くほど、触れている手にそれを感じさせた。
その感触は眩暈を起しそうなほど心地よくて。
一気に高まってしまうのが怖くて、気を静めるために一度手を引いた。
浴衣の帯をもてあそびながら少しずつ緩めて、はだけた胸元に唇を押し当てる。
焦らすように一番感じる場所を避けて肌を吸った。
「……ん…っ」
ピクンと身体が跳ねて、顎が上がる。
肌に紅く散る痕が艶めかしく目に映った。
それを結ぶように舌でなぞり上げる。
「………ぁっ」
耐えかねて身体を捩るとさらに浴衣が緩み、肩が剥き出しになる。
目の前に投げ出された身体は既に覆われている部分の方が少なくなっていた。
紅い痕を指で辿りながら、その肩先に口付ける。
そのまま首へのラインに沿って、耳朶まで痕を付けて行った。
柔らかいその場所を甘噛みしながら、片嶋が答えるはずのない質問を落した。
「……いい?」
行儀の悪い右手は我慢できずに片嶋の胸もとを滑って、小指の先で突起を弄ぶ。
「……っん、あ……っ」
半開きの唇から喘ぎ声が漏れる。
片嶋はギュッと目を瞑って、その感覚をやり過ごそうとしていたけれど。
他の指とは違って思い通りに動かない指先が変な強弱で刺激を与えるらしくて、身体も妙な間を置いてピクンと反応した。
それに煽られて切れそうになるのを辛うじて押さえて、いったん手を止めて呼吸を落ち着かせた後、ワインを含んでから唇を合わせた。
目を瞑っていて状況が良く分からないながらも、片嶋は流し込まれたワインを少しずつ飲み下す。
クチュクチュと動く口元から、含み切れなかった紅い液体が溢れて落ちた。
首筋に伝った雫を片嶋の頬を押さえて、舐め上げる。
産毛を逆撫でされる感覚に肌を粟立てながら、息を漏らす。
「……ふ、ぁ……っぅ、」
まだ序の口だって言うのに、身体の熱は増すばかりで。
もう、何を聞いてもまともな返事なんて返してくれそうになかった。
頬だけでなく、身体も薄く色づいていた。
それを視界に捕らえながら、片嶋の動きを封じるように覆い被さった。
「……桐…野さ……ん」
熱に浮かされたように、切れ切れに俺の名前を呼ぶ。
擦れ合う下腹部。薄い布越しに高まりを感じた。
その部分にわざと腰を押し付けながらキスを繰り返す。
酔った時くらい「欲しい」と言ってくれるんじゃないかと、少しだけ期待しながら。
「片嶋、」
身体を合わせると心音が伝わってきた。
かなり酔っているんだろう。鼓動は驚くほど早かった。
喘ぐように口を開けて呼吸をしている。
その唇を塞いで、深く舌を差し入れた。
「ん……っく……」
苦しそうに眉根を寄せる表情が溜まらなく扇情的で。
酔っている時にとか、苦しそうなのにとか、そんな事実が俺を引き止めることはなかった。
着ていた物を脱ぎ捨て、露わになった場所に肌を合わせる。
お互いの腹を濡らしながら舌を絡め合う。
片嶋の身体を片手で抱き締めながら、後ろに指を這わせた。
「……あ、ん…っっ」
指を当てると、入り口にギュッと力がはいる。
宙をさまよう視線はもう正確には俺を捉えられなくて、虚ろなまま固く閉じられた。
酒と湯で弛緩した身体が柔らかく解れるまでにそれほど時間はかからなかった。
クチュッという濡れた音が響くと、羞恥のせいかその場所がヒクヒクと動き、目を閉じたまま身体だけを摺り寄せる様子に、俺も堪え切れなくなる。
「……後ろから?…それともこのままがいい?」
耳に舌を差し入れながら、片嶋に最後の確認をしたが、片嶋の唇は呼吸をするために動くだけだった。
耳から受ける刺激が強過ぎるのか、身体だけがピクピクと反応した。
艶やかな肌がわずかに粟立つ。
「片嶋、返事、して」
俺自身にも余裕などなかったけれど。
どうしても片嶋から返事が欲しくて。
「……っん、」
薄っすらと開いた瞳は濡れていた。
「な、返事、して」
ついばむようにキスを落すと、やっと、その唇が動いた。
「……この……まま……して…」
一度だけギュッと抱き締めてから、片嶋の腰を上げた。
指がスムーズに出入りしていたはずのその場所は、俺のものを受け入れる時だけ抵抗を見せた。
気持ちはギリギリ一杯だったけど、明日のこともあるからとなんとか堪えて、そっと話しかける。
「片嶋……大丈夫だから、力、抜いて」
髪を梳いて、頬を撫でて。
宥めすかしながら腰を沈めた。
「あ…っっ、ぅ」
開いたままの唇から掠れた声がこぼれる。
なんとか根元まで埋めたものの、わずかでも動くと締めつけられた。
喘ぐと覗く紅い舌先を吸い取りながら、手のひらで宥めるように愛撫する。
片嶋の身体の熱は尋常じゃなくて、このまま無理をさせると風邪を引かせてしまいそうだった。
「動くぜ?」
萎えそうになっている片嶋の中心をこすり上げると、またギュッと締め付けられた。
覚えのある感覚。
片嶋の身体も、どうやら限界らしくて。
「片嶋、あと10分我慢しろよ?」
瞳を覗き込んだら、首を振った。
「我慢、できない?」
わずかに首が縦に動いた。
その仕草が可愛くて。
「……いいよ。すぐに達かせてやるから」
俺の方が持ちそうになかった。
痛いほど締め付けられたままで少しずつ腰を動かす。
そうしているうちに快感を思い出した身体が馴染んでくる。
けど、馴染めば馴染むほど片嶋の表情は苦しそうになって。
「……ん、い…やっ……ああっ」
何度もいい場所を抉られて、声は途切れることがなかった。
俺を受け入れている部分の収縮が激しくなり、片嶋の目から涙がこぼれた。
「達けよ……」
華奢な身体をギュッと抱き締めると、俺の耳元で喘ぎながら達った。
その声に煽られるように、俺も片嶋の中で果てた。



翌日、目が覚めた時、既に片嶋はどんよりしてた。
「大丈夫か?」
「……あんまり……」
どうやら思いっきり二日酔いらしい。
顔色が悪かった。
「今日は寝てた方がいいな」
フロントに言えば2時までは部屋にいられる。
ゴルフ場はキャンセルして、俺だけ下見に行けばいい。
そんなことを考えていたら、片嶋が起き上がった。
「でも、下見に行かないといけないんでしょう?」
また、余計な心配を。
そんなのオマケだって言ってんのに。
「一人で行って来るから、おまえは寝てろよ」
プレーをしなければ2時間くらいで戻ってこられるはずだ。
でも、片嶋は「大丈夫ですから」と言ってベッドの中で着替え始めた。
それもあまりにダルそうだったので、手伝ってやろうとしたら、
「余計に具合が悪くなりそうだから、やめてください」
キッパリと拒否されてしまった。



車で移動中、片嶋の顔色は最悪で。
ゴルフ場に着くなりトイレに篭もった。
それから一時間ほど、片嶋はカンペキに死んでいた。
仕方なくスタートを遅らせ、医務室で休ませてもらった。
「すみません」
片嶋が謝るんだけど。
これって、間違いなく俺のせいだよな。
「わりい。おまえが酔ってんの分かってたんだけど。ちょっと飲ませ過ぎたな」
楽しかったからな。
片嶋、可愛かったし。
けど、片嶋がまだ青い顔をしてるのを見て、さすがに俺も反省した。
俺はきっと沈んだ顔をしていたんだろう。
片嶋が布団の中から俺を見上げながら、無理して笑った。
「桐野さんのせいじゃないですから。……本当にすみません」
誰もいないことを確認してから、そっと頬にキスをして。
俺もにっこり微笑んだ。
「いいよ。おかげでキチンと対応してくれるってこともわかったし」
他にもいろいろしてもらった。
連れの俺にまでお茶は出るわ、問診はしてくれるわ……
部長への報告書のネタにしよう。
……なんか、ホントに真面目に仕事してたみたいだな、俺。


片嶋を医務室に置いて、俺はせっせと今日の宿に電話を入れた。
「ちょっと体調が悪くて。ええ。できれば」
テラスに付いている浴室の床にバスマットを敷いてもらおうと思って。
片嶋はきっとこんな体調でも風呂には入るだろうから。
でも、入ったらすぐに上せそうだし、倒れたりしたら危ないし。
疲れたり苦しかったりしたら、もう2度と温泉なんて来なくなりそうだし。
……っていうか、それでさらに具合が悪くなったら、今日はヤラせてくれないだろうし。
結局、俺の都合なんだけど。
せっかく来たんだから。何にもナシっていうのも、なんだかな。
そんな俺の余計な気遣いなど知る由もなく、片嶋は一時間後にきっちり復活した。
「足手まといにならない程度にはできると思いますから」
キッパリとそう言って。
なんと言うか、どこまでも勝気なヤツだ。
「酔いはともかく、身体は大丈夫なのか?」
片嶋にだけ聞こえるようにこっそりと尋ねた。
「……大丈夫です」
片嶋が妙なタイミングで赤くなる。
それを見たキャディーさんが、てっきりまだ具合が悪いと思ったらしく、最初から最後まで何かと世話を焼いてくれた。
まさに至れり尽せり。
「ホントに大丈夫です」
片嶋の照れたような笑顔はおばちゃん世代の目には殊の外可愛らしく映るようで、キャディーさんは何度も、
「うちにも息子がいたらねぇ」
なんて言ってたけど。
「うちのはまだ大学生なんだけど、全然可愛くないけどねえ」
一緒に回ってたオヤジたちが苦笑いしてた。
そうだよ。世間の男はこんなに可愛くないんだって。
「あら、じゃあ、お客さんの会社だけなのかしらね?」
「は?」
間抜けな返事をしてると片嶋が笑いながら言った。
「桐野さんも可愛いらしいですよ」
「だって、可愛いわよね? ちょっと背丈は大きいけど」
オヤジに同意を求めたら、笑って頷いてた。
どうでもいいけど。
俺、「可愛い」とだけは言われたことないよ。
「……それは、どうも」
まあ、おばちゃんだからな。
そんなもんなんだろ。


片嶋の体調はゴルフにはまったく影響がなくて、本日も85。
俺は81。
キャディーさんとオヤジに褒められながらホールアウト。
でも片嶋は不本意らしかった。
「調子、良かったんですけど」
「ベストスコアなんだろ??」
「でも、桐野さんに勝てませんでした」
どうりで真剣にやってると思ったら、俺に勝つ気でいたのか。
「当たり前だろ? 俺だって調子良かったのに」
気分も体調も絶好調だもんな。
……片嶋には悪いけど。
「勝てると思ったのにな……」
「おまえって、ホント、負けず嫌いなんだな」
なんか、可愛くて。
頭を撫でたら怒られた。
「そうやって、すぐ……」
別にバカにしてるわけじゃないんだけどな。
「おまえな、俺が何年異動先で遊んでたと思ってんだよ」
「けど、ゴルフばっかりしていたわけじゃないでしょう?」
「してたよ。ゴルフばっかり」
ゴルフ焼けして真っ黒だった頃を知ってるくせに。
「でも、」
「なんだよ?」
「彼女がいたら、そんな……」
ああ、そういうことなのか。
相変わらず妙なところに引っ掛かるヤツだな。
「だいたいは土曜か日曜の一日だけゴルフして、彼女がいなかったときは土日ともゴルフで。ついでに、代理店接待という名目で平日にもゴルフしてたんだぞ?」
片嶋はそれについては返事をしなかったけど。
「また、来ような」
そう言ったらニッコリ笑った。
「俺、冬はゴルフしなかったんですけど、天気がいいと思ったより寒くないんですね」
すっかりご機嫌は直ったらしく、
「いいコースでしたね」
そう言って俺を見上げる笑顔は一段と可愛かった。
「そうだな」
その時、俺の頭の中は既に違う方向を見ていた。
代理店コンペの下見も十分。片嶋の体調もすっかり良くなって。
さて、これからが俺の本番。
……やっぱ、楽しいな。温泉。



昨日のホテルとは打って変わって、今日の宿泊先は閑静な温泉宿。
宿の前に車をつけると片嶋が驚いてた。
「高そうですね」
第一声がそれって、どうだ?
片嶋って現実的。
離れに続く渡り廊下を歩く時も周囲と俺の顔を見比べていた。
部屋に通されてもそれは同じで。
宿の人がいなくなってから、真面目な顔で尋ねた。
「なんか、すごくないですか??」
そりゃあ、そうだよ。俺の気合が入ってるんだから。
でも、それは言わない。
「代理店のイチオシなんだ。一回泊まってみたくてさ」
それは嘘じゃないけど。
片嶋はすぐに広い部屋の隅々を確認して、テラスに出た。
いや、正確にはこの部屋専用の庭だよな。
庭が眺められるサンルームにジャグジー付きの風呂。
「庭に風呂があるとは聞いてたけど。ホントにすごいな」
俺も思わず呟いた。
ここに彼女と来るって、どうなんだろ。
下心ミエミエじゃないか?
まあ、下心がないと温泉になんて誘わないだろうけど。
ジャグジーには湯が張られていて、俺のリクエスト通り、淡い色のバスマットが敷き詰められていた。
外はいい感じに日が傾きかけていて。
夕飯まではまだたっぷり時間があった。
「片嶋、」
興味津々で風呂場を覗いてる片嶋の背中に声をかけた。
「風呂、入ろ」
もちろん、片嶋は驚いてた。
「一緒にってことですか??」
当然だ。
俺の下心くらい察知してくれよ。
「昨日も一緒に入っただろ?」
「そうですけど。でも、あれは他の人も……」
二人だけだと嫌なのか。
っていうか、危険を感じたんだな。
「……俺、後でいいです」
片嶋はさっさと部屋に戻って行ってしまった。
「なら、一人でゆっくり入れよ」と言ってやりたい気持ちもあったが、俺はすっかりやる気で来てるんだから、今更収まらない。
ニッカリ笑って、片嶋を抱き寄せ、無理やり風呂場に連れて行った。
「ちょっ……桐野さん??」
既に少しパニック状態なのか、まだ湯にも浸かってないと言うのに薄らと肌が色づいた。
「せっかく二人でゆっくり風呂に入ろうと思って来たのに」
俺って、正直なヤツ。
片嶋はそれから10分ぐらい固まってた。
「なんにもしないから」
明かに嘘だけど。
片嶋は俺の言葉を信用したみたいだった。
ってことは……俺、後で怒られるだろうな。
まあ、対策を考えるのは全てが終わってからにしよう。
宥めつつ、片嶋の服を脱がしにかかる。
「いいです、自分でやりますから」
けど、その後もなんとなくもじもじしていて一向に服を脱ごうとしない。
俺はすぐに焦れったくなって、手を出した。
「だから……自分でやりますって」
「遅いもんな、おまえ」
「桐野さんは自分の服を脱いでください」
「俺はすぐ脱ぎ終わるから大丈夫」
有無を言わさず片嶋の服に手を掛けた。



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