パーフェクト・ダイヤモンド

番外(温泉旅行編*4)




0時になったら風呂に行くことにして、それまで部屋でテレビを見ながら明日のゴルフの話をした。
その間はどんなに誘ってもやらせてはくれなかった。
それどころか、ちゃんとしたキスも「ダメ」と言われた。
「だって、そんなことしたら、桐野さん、俺のこと押し倒すでしょう?」
真面目な顔で言われてしまった。
……まあ、確かにその通りなんだけど。
それでも片嶋が甲斐甲斐しくお茶を入れてくれたりするおかげで、俺の楽しい気分は維持されていた。
会社では常にペットボトルから水を飲んでいるという片嶋が、俺のためにお茶を入れる姿はやっぱり可愛くて、ちょっと感動的だ。
「どうぞ」
テーブルに茶碗を置く仕草は、「しっとり」などという形容詞からはものすごく遠くて、本当にヤロウっぽいんだけど。
「30分くらい休んだら酒を調達してきます。ワインでいいですよね?」
「風呂で飲もうなんて思ってないよな?」
「大丈夫ですよ。部屋に戻った後でゆっくり飲みますから。明日のゴルフはスタートも遅いですし、遅くまで飲んでても大丈夫ですよね」
片嶋が、わざと車での約束をはぐらかしているんじゃないかと思ったりもしたんだけど。
昨日は飲めなかったし、今日も夕飯の時に少しビールを飲んだだけだし。
きっとホントに酒が飲みたいんだろうな……と思う事にした。


23時50分。本日三度目の風呂となる片嶋と二人で脱衣所に立っていた。
さすがに深夜なので、あんまり人もいない。
「うわ、夕方よりも広く感じますね」
片嶋は俺を先に風呂場に追いやってからゆっくり服を脱いでこっそり湯船に入ってきた。
「気持ちいい〜」
白く濁った湯に肩まで浸かった片嶋は上機嫌で満面の笑みだった。
やってる時には「気持ちイイ」なんて言ってくれたことはないんだよな……
オアズケの反動で、ついつい余計な事を考える。
いくら人が少ないからと言って、こんなところでナニができるわけでもないんだが。
しかも、片嶋にはぜんぜんそんな気はなさそうで。
「桐野さん、背中流しましょうか?」
極めて無邪気に笑いやがった。
……片嶋って、性欲がないのかな?
「いや、もう少しあったまってからにするよ」
背中を流して欲しい気持ちはあったが、俺はしばらく湯から上がれそうになかった。
湯が透明じゃなくてよかったなとか。
片嶋の素肌が目に入るところに座っていて、ちゃんと収まるんだろうかとか。
コンペの下見は報告書を作った方がいいのかとか。
取り止めもなくいろいろ考えて気持ちを落ち着かせた。
いくらなんでも他の客には見られたくないもんな。
男湯で欲情してるのって、明らかに変だろ?


そして15分後。
俺よりも早くゆで上がった片嶋は、
「絶対、振り向かないでくださいね」
俺に何度も念を押してから先に出ていった。
しかも、俺が湯から上がった時にはすっかり浴衣を着込んでて。
気持ち良さそうに髪を乾かしていた。
浴衣の襟はピッタリ合わさっていて、一分の隙もない。
なんで今更、俺を相手にガードするんだろうな。
だいたい男同士で風呂に入るのに、ここまでカンペキに隠すか??
「こんなに何度も温泉に入っていたらふやけそうですよね」
温泉旅行は湯に浸かるのがメインって疑っていないところが。
まあ、ナンと言うか。
可愛い。
「明日も温泉なんですか?」
「そう」
「桐野さんって温泉好きなんですか?」
「まあな」
温泉そのものはどうでもいいんだが。
片嶋と一緒に風呂に入るのは大好きだ。
「じゃあ、また一緒に来ましょうね」
おまけに、こんな可愛い事まで言ってくれるんだから。
「ああ」
また、なんていつか分からない未来の話じゃなくて。できることなら毎週でも。
って言うか。
俺は別に家の風呂でもいいんだけど。
……次に引っ越す時は絶対、広い風呂がある部屋にしよう。
「今度は俺がやりますから。あ、今回、何もお手伝いできなくてすみませんでした」
「気にすんなよ。どうせ仕事のついでだし」
片嶋は文句なんて言わないし、全部俺の都合で決められるし。
当然、俺の下心が反映されるわけで。
こんなに楽しいことは無い。
「でも、」
「『でも』は禁止」
片嶋は素直に頷いてから、にっこり笑った。


その後は部屋に酒を持ち込んで二人で宴会。
これじゃあ、俺んちにいる時とあんまり変わらないよなと思っていたら。
……片嶋がぜんぜん違った。
長風呂で気持ちが緩んだせいなのか、昨日ゆっくり眠れなかったせいなのか。
今日に限って完全酔っ払いモード。
「ね、ワイン、もうないの?」
酔ってることを証明するこのタメ口は、なかなかに捨て難い。
普段が丁寧語だからこそギャップが大きいんだろうけど。
「ああ、持って来てもらうよ。赤? 白?」
「両方とも」
既に姫になりつつある片嶋の頬にキスをしてから、フロントに電話をした。
面倒だから赤白2本ずつ。残ったら持ち帰って明日飲めばいいと思ったんだが。
でも、あっという間に消えてなくなるんだろうな。
片嶋の腹の中に。
「ワイン、美味い?」
「う〜ん? グレープジュースとあんまり変わらないと思うけど」
それは絶対違うぞ、片嶋。
そんなこと言ってて悪酔いするなよ??
「おまえ、飲み過ぎだって」
部屋はシティホテルと同じようなツインルーム。
窓の外は海で、本当ならもう少しムードもあるはずなんだけど。
片嶋はワインにしか興味がなくて。
俺は、片嶋の浴衣姿にしか興味はなかった。
酔って体が熱くなったのか、片嶋が浴衣の襟元を少し緩めた。
「窓の側は冷えるから。湯冷めしたら勿体無いだろ?」
そう言いつつ窓際のテーブルからベッドに移動する。
「そうだね」
酔ってる時の片嶋は、こんな他愛もない理由でちゃんと納得してくれる。
これがシラフだったりすると、すぐに俺の下心に勘付いて警戒態勢を取るんだろうけど。
乾いた前髪がサラリと下りて来て、長い睫毛にかかる。
鬱陶しそうにそれを払い除けながらも、グラスからは唇を離さない。
「片嶋、俺にもワインくれよ」
片嶋はボトルをしっかりと自分の脇に置いていて、催促すれば注いでくれるんだけど。
何も言わないと一人で飲み続ける。
ついでに、
「口移しがいいんだけどな」
なんて言ってみても片嶋はキッパリと首を振る。
「なんで、ダメなんだ?」
「ワインなんだから、あったまったら美味しくないよ」
酔ってても酒の味には拘るらしい。
「じゃあ、キスだけでいいから」
っていうか、キスしたいだけなんだけど。
でも、片嶋はちゃんと赤ワインを含んでから唇を合わせてきた。
まだ若いワインのフルーティーな香りと酸味が口に広がる
「おいしい?」
「ああ」
続きをねだろうと思ったら。
「じゃあ、はい。自分で飲んで」
片嶋はあっという間に面倒くさくなって、手に持っていたグラスをそのまま俺に差し出した。
「なんで? もう飲ませてくれないのか?」
ちょっと駄々を捏ねてみたが。
「桐野さんに飲ませてたら、俺、飲めないよ」
なるほどな。明確な理由だ。
「でも、もう一回」
粘ってみたんだけど。
「やだ」
あっさり断わられた。
だから、作戦を変更した。
「なら、俺が飲ませてやるよ。赤と白、どっちがいい?」
「ん〜、じゃあ、赤」
片嶋の身体を抱き寄せて。
飲ませる前にちょっと考えた。
せっかく片嶋がここまで酔ってるんだからな。
「片嶋、浴衣の下にTシャツ着てるのか?」
「んん? 着てないよ」
本当に、こんなタメ口が可愛いったら。
「下着は?」
「はいてる」
「じゃあ脱いで」
俺はシラフだから。
遠慮なく、いただきます態勢。
素肌に浴衣一枚。押し倒して剥ぎ取るのが楽しいかなと思って。
片嶋はしばらく考えていたけど。
「なんで?」
結局、ストレートに質問してきた。
「ワインをこぼして洗うようなことになったら面倒だろ?」
それを聞いて片嶋がまたしばらく考えていた。
だが、何も言わない。
まだ酔いが足りないのかな。
「洗ったら朝までに乾かないぜ? 予備の着替え、持って来たか?」
追い込むように理由を並べると、真剣な表情で首を振った。
「ううん。日数分しか持って来てない」
もちろん持って着ていないことは承知の上で聞いている。
これがシラフの片嶋なら、「だったらコンビニで買えばいいですよ」とか、「じゃあ、自分で飲むからいいです」ってサラッと答えるんだろうけど。
酔っ払いの片嶋は素直に言うことを聞いた。
「じゃあ、桐野さん、あっち向いてて」
こんなに簡単に引っ掛かるとは。
横を向いた振りをして、ちらりと様子を伺う。
片嶋はベッドに座ったままで、スルリと足から下着を抜き取った。
浴衣から覗いた脚だけでも悩殺ものだっていうのに、内腿なんて見えた日には俺の我慢の限界はすぐそこまできてしまった。
「片嶋、」
「なに?」
「楽しいな、温泉」
「うん。今からもう一回行く?」
楽しいのは風呂じゃないんだが。
「片嶋、ワインと風呂とどっちがいい?」
「ワイン」
間髪入れず答えるあたりが片嶋らしいけど。
それにしても。
いつもに比べたら、まだそれほどの酒量じゃないのに、もうポワンとしていた。
「大丈夫か?」
「え? なにが? もっと?」
俺が言ってること、わかってんのかな。
「じゃあ、飲ませてやるよ」
片嶋をうまく丸め込みながらベッドに寝かせる。
「こぼさないようにね?」
「大丈夫だって。万一こぼれたら向こうのベッドで寝ればいいんだから」
けど。
俺が心配していた事と片嶋が気にかけていた事は違ってた。
「そうじゃなくて。こぼしたら、もったいないよ」
……そこまで酒に執着しなくてもいいと思うんだが。
グラスを片手に持ったまま、片嶋に覆い被さる。
ワインを飲ませてもらえると思っている片嶋は大人しく俺を見上げながら待っていた。
最初から騙すのも気が引けたので、とりあえず口に含んで飲ませてやった。
そのまま抱いてしまうつもりだったんだが、片嶋がそんなことを許すはずがない。
「ね、もっと」
延々とワインをねだられて苦笑い。
でも、生温くなったワインを俺の口から美味そうに飲む様子が微笑ましくて、ついつい続けてしまう。
っていうか……変かな、これ。
「桐野さんってば」
ちょっと休むとワインの催促。
「はいはい」
「その返事って、なんか面倒くさそうだよね」
「そんなことないけどな」
「イヤなら、別にいいよ」
もはや、姫まっしぐら。
「そんなことないって」
片嶋を抱き寄せて、キスだけしてみる。
ワインがないって怒るかなと思ったけど。
片嶋はワインを含んでいない俺の唇をペロペロ舐めていた。
「ワインの味がするのか?」
柔らかくて、温かい。
唇と舌先。
「ううん……桐野さんの味」
どんな味だよ??
「片嶋、カンペキに酔っ払ってんな」
頬はピンク。目も気だるそうだ。
なのに。
「酔ってないよ」
お姫様はやっぱり強気で。
「はいはい」
「その返事、なんか、やだ」
「わかったよ」
笑いを噛み殺して、キスを落とす。
「片嶋、約束、覚えてるか?」
唇を首筋に滑らせながら返事を待つ。
わずかな沈黙の後、言葉が返ってくる。
「覚えてないよ」
覚えてなかったら「何の?」って聞き返すよな?
まったく。
「そういう見え透いた嘘をつくなよ」
「だって、」
「『だって』は禁止だろ?」
「……うん」
胸元を開きながら、片嶋の喉に舌を這わせる。
「……ん…っ、桐野さ……ん、くすぐったいよ」
片嶋が身体を捩らせて、顔を背ける。
浴衣の裾から手を滑り込ませると、「あっ」と短い声が漏れた。



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