俺としてはこのまましばらくイチャイチャしてるつもりだったんだけど。
本当に数分のキスの後、片嶋はさっさと俺の膝から降りてしまった。
「じゃ、ワイン開けますね。桐野さん、どれがいいですか?」
なんでこう切り替えが早いんだろう。
もう少し余韻とかあってもいいんじゃないか??
「片嶋、俺よりワインがいい?」
俺だって拗ねることもあるんだぞという意思表示。
「そんなことないですけど」
でも、ちょっと振り向いただけで、すぐにワインを開けることに集中する。
「片嶋、もう1回、ここ座って」
ちょっと強引かと思ったけど、ワインを取り上げて腕を掴んだ。
片嶋はニッコリ笑ってから、
「嫌です」
妙にキッパリ拒否を申し出た。
「なんで? 俺、おまえに何かしたか?」
どう考えても、まだ、ナンにもしてないよな。
待ち合わせをしてから後のことを振り返ってみたが、全く何にも思い当たらなかった。
……が。
「桐野さん、」
「ん??」
片嶋の横顔がマジになった。
嫌な予感。
「帰り際に、運用部の富田さんから電話がかかってきました」
やっぱり、それか。
今頃、後悔しても遅いけど。
でも、片嶋なら笑って許してくれるんじゃないかと思ってたんだよな。
「桐野さん、あれ、ホントに義理チョコだと思います?」
どうやら本気で俺を追い詰める気らしい。
「え? うん、まあ、でも、彼女がそう言ってたけどな」
俺、メチャクチャ歯切れが悪い。
別に後ろ暗いところなんてないんだが。
「正直に答えてください」
真顔。しかも、会社口調。
さっきまでの甘いキスが一気に吹っ飛んだ。
もうこうなったら覚悟を決めるしかない。
「いいや。思わなかったけど、断わるのも悪いと思って受け取った」
覚悟っていうか……開き直ってしまった。
ダメだろ、それ。
「わかりました。じゃあ、そういうことで」
片嶋がそれだけをサラリと言い放ってワインに向き直る。
次の言葉を考えて沈黙していると、ポンと軽い音が部屋に響いた。
「そういうことって言うのはさ、」
妬いて欲しいなんて思ったのが間違いだったな。
マジに妬かれると思ってなかったから……いや、嬉しいんだけど。
「はい、桐野さん」
片嶋が笑顔のままワイングラスを差し出す。
顔が怒ってないってところに奥深さを感じるんだよな。
「ああ……で、片嶋、そういうことって……」
楽しいバレンタインはどうも良くない方向に進んでいた。
「『そういうこと』は『そういうこと』です」
ぜんぜん分からない。
どっちにしても『しばらくオアズケ』とか、そういうことなんだろうな。
……がっかり。
俺の溜め息を無視して、片嶋はチョコの包みを片っ端から開けていった。
「片嶋、食うヤツだけ開けろよ」
「いいんです。全部食べますから」
片嶋……ちょっとヤケになってないか??
「どうしたんだよ、おまえ??」
「別にどうもしません」
顔は普通に笑ってるんだけど。
明らかにご機嫌はナナメだ。
さらにワインも3本全ての栓を開けて、挙句の果てにキッチンに置いてあった酒を全部持って来た。
「朝まで付き合ってくださいね?」
笑顔で言うのが、ちょっと怖い。
「それはいいけど。体、壊すなよ??」
「酒くらいで壊しませんよ」
そりゃあ、片嶋だから。そうだとは思うけど。
……ホントに大丈夫かな。
そんなわけで。
バレンタインだというのに、ヤケ酒大会になってしまった。
俺の見通しがちょっと甘かったせいなんだが。
まさか、ここまで妬くとは思わなかったんだよな。
「片嶋、でも、俺、ホントにおまえに対してやましいことなんて……」
しかも、俺がキスをねだった時は機嫌なんて悪くなかったのに。
「別に、怒ってません」
って言うんだけど、取りつくシマはなさそうだ。
コイツって、ときどき全然わかんないんだよな。
「片嶋、あのな、俺は、彼女がどうとか……」
言い訳しても俺の話なんてぜんぜん聞いてないし。
「桐野さん、あんまり飲んでないですよね?」
そんなことないだろうと思っても、逆らえずにグラスを空ける。
「はい。どうぞ」
ご機嫌ナナメなのかと思えば、妙に楽しそうにワインを注いで。
俺がちょっと安心すると急に黙り込んだりするから。
「大丈夫か?」
顔を覗き込んだら、
「富田さんって可愛いですよね」
と不意打ちで返された。
「片嶋の方が可愛いよ」
本当に俺の膝を降りるまで普通だったのにな。
「取って付けたようなこと言わなくてもいいですよ」
何を言っても機嫌回復の兆しは見られない。
しかも、何の脈絡もなくキツイ一言が飛んでくる。
「俺、桐野さん、嫌いです」
……しばらくこれで片嶋に虐められるのかな。
片嶋を宥めつつ、飲み続けて3時間後。
不意にワイングラスを手放して、片嶋が床に倒れた。
「片嶋っ??」
「んー……」
倒れたというか、『寝転んだ』が正解だな。
「ちゃんとベッドで寝ろよ?」
「んー……」
カンペキに酔っ払ってる。
目がトロンとしてて、頬が少し染まってて。
肌蹴た胸元は見るからにスベスベしてて。
「ピッチ、早すぎだって」
気がつくとワインはもちろん、キッチンから持って来た酒もほとんどカラになった。
「片嶋、ほら、」
手を差し出して抱き起こそうとすると、片嶋の身体の熱が伝わってくる。
……酔ってる時なんて卑怯だよなって思ったけど。
分かってても、どうにもならない。
「片嶋、」
そのまま覆い被さろうとして片嶋の肩を掴んだ時、眠そうな目がぱちくりと瞬きをした。
「桐野さん、」
掠れた声も色っぽくて。
さっきまで怒られていたことなんてあっという間に忘れてしまった。
「なんだ?」
返事をした時にはもう片嶋の体の上にいた。
「好きって言ってくれないんですか?」
片嶋はどう見ても酔ってるんだけど。
見上げてる顔は真剣だった。
「こういう時じゃなかったら、いくらでも言うけどな」
「なんで今はダメなんですか?」
「だからヤラせろって言ってるみたいで嫌だろ?」
「そうなのかな……」
片嶋は少し浮かない表情を見せた。
「どうしても言って欲しい?」
色気ってものが足りないなと自分でも思ったけど。
片嶋は素直に頷いた。
「でも、抱きたいからじゃないって思わせてくださいね」
難しい注文だな。
俺にそんな器用なことができると思ってるんだろうか。
「片嶋が俺を信用してくれれば済む話だと思うんだけどな」
「そうだけど……でも、」
片嶋の心配そうな顔と、少し混じるタメぐちに、俺は弱い。
いつも同じで芸がないんだけど。
「おまえが好きだよ」
心配そうに俺の顔を見上げている片嶋を宥めるようにそう告げた。
片嶋は眉を寄せたまま目を伏せて、一度だけ頷いた。
「まったく、おまえは何回言われれば気が済むんだよ?」
冗談めかしてそう尋ねたら。
「1日1回」
大真面目な顔で返事をした。
「本気でそう思ってる?」
「思ってます」
とか言って。
絶対、明日になったら、「俺、そんなこと言ってません」とか言うんだよな、コイツは。
「なら、1日10回、言ってやるよ」
10回でも20回でも。
片嶋が好きなだけ。
そう思ったんだけど。
「そんなに言わなくていいよ」
すっかりお姫様な返事だったけど。
さっきまでワインにしか興味を示していなかった片嶋の手が、甘えるみたいに俺の服を掴んだ。
どうやら機嫌は少しだけ直ったらしい。
さすがにホッとして気が緩んだ。
「じゃあ、片嶋、」
いただきます……って思ったのに。
「じゃあ、とか言ったら、ダメだよ」
いきなりダメ出し。
「はいはい」
「その返事も、やだ」
片嶋の酔い加減はまあ、なんというかちょうどいいくらいだ。
顔は、頬が少し赤いくらいで後はいつもと何の変わりもないけど。
「桐野さんってば、聞いてる?」
この口調。
何度聞いても、かなり可愛い。
「聞いてるよ」
「もっと飲む?」
「どっちでもいいよ」
「じゃあ、他のことする?」
自分が俺に押し倒されてる格好だってことは気付いてないらしい。
しかも。
「片嶋は何したい?」
って聞いたら。
「桐野さんがしたいこと」
そういうことを俺に言っていいのか??
本当にいいんだな?
……酔ってる片嶋に確認しても仕方ないけど。
「じゃあ、しようか?」
「何? キス?」
「キスも。セックスも」
「……うん、いいよ」
酔ってる片嶋は、そんなに照れたりもしない。
っていうか、本当に言われてることが分かってるのか疑わしい。
「でも、普通のにしてよね」
そんなことも言ったりする。
「俺、そんな変わったコトなんてしてないと思うんだけどな?」
「うん……よく、わかんないけど」
寝転んだまま、片嶋の手が俺の髪に触れる。
「片嶋、口でされるの嫌いなんだよな?」
せっかくだから、正直に答えてくれそうな時にいろいろ聞いておこう。
「だって……恥ずかしいよね?」
「いいや、ぜんぜん」
俺、してもらうのもしてやるのも結構好きだけど。
まあ、キスくらいであんなに照れる片嶋にはちょっとキツイとは思うが。
「どうしても嫌か?」
片嶋は嫌なんて一言も言ってないんだけど。
一応、本人の口から聞いておかないとな。
「嫌じゃないよ」
カーペットの上に寝転んでる片嶋を抱き寄せたら、俺の胸に顔を埋めた。
酔ってるって言っても恥ずかしいものは恥ずかしいんだろう。
あんまり困らせるのも可哀想だと思って、抱き上げてベッドに連れて行こうとしたら、ぼんやりと顔を上げた。
「桐野さん、」
「ん?」
「俺、桐野さんにだったら、何されてもいいです」
週末、ずっと片嶋に口を聞いてもらえなくなるかもしれないから、切れたりはしないつもりだったんだけど。
「片嶋、あのな……」
自分が何を言ってるのかわかってんのか??
って聞くつもりが。
「……ホントにするぞ??」
口を出る時、違う質問に摩り替わってた。
「いいよ」
なんでそんなに強気な口調なのかわかんないんだけど。
ここまで言われて笑って流せるほど、俺は人間できてないんだよな。
その場で片嶋の服を脱がそうとしたら。
「ベッドじゃなきゃ、嫌です」
抗議の声が飛んできた。
「はいはい」
一人で歩けるという片嶋の主張を無視してベッドに運ぶ。
寝かされた後はされるままになっていた。
「ね、桐野さん、明日、なにする?」
俺に服を脱がされてる途中でもニコニコ笑いながら話をするんだよな。
あまりに無防備で、それはそれで食っちまいたいくらい可愛いんだけど。
やっぱり真っ赤な顔でグズグズ言う片嶋を宥めながら無理やりするのがいいなぁ、と思う俺はやっぱりオヤジなんだろうか。
「片嶋、キスして」
にっこり笑ったままの唇がふわりと重なる。
今なら、絶対、なんでもしてくれそうだ。
俺だって、『酔ってるから』っていうのは本当にダメだと思うんだけど。
「じゃ、ちょっとだけ我慢しろよ?」
結局、欲望に負けて、普段させてもらえないことは一通りしておくことにしてしまった。
キスの後、いきなり片嶋のものを口に含んだら、頭を叩かれた。
「恥ずかしいからダメだって言ったよね?」
怒ってないけど、困った顔はしていた。
片嶋はやっぱりそういうところが可愛いんだよな。
「我慢しろって。すぐ終わるから」
そんな分かりやすい嘘を信じてしまうのも酔ってる時だけなんだけど。
「う、あ……っ、や、ね、桐野さん…ダメって」
ずっと文句は言い続けてた。
まあ、俺には喘いでるようにしか聞こえなくて、気分はどんどん盛り上がってしまったんだけど。
「このまま達きたい? それとも、ちゃんとする?」
いったん、口を離して、少し涙目の片嶋の顔を見上げた。
「……ちゃんと、する」
その答えも俺の予想通り。でも。
「うん。わかったけど、それは後でな」
「え?」
自分でも性格悪いと思ったけど。
もう一度、口に含んで舌を絡めた。
「桐野さん……っっ、ダメっ、あ、んんっ!!」
油断していたからなのか、堪えることもできなかったみたいで。
吐き出しながら震える体を押さえつけて、最後まで出させてから舐め取った。
萎えてやわらかくなったものが、またナンというか、妙に可愛く感じられる。
「イヤだっ、もう離してっ、」
片嶋、ちょっとパニック。
それでも後ろを弄りながらピチャピチャ舐めていたら、また起ち上がってきた。
「桐野さん……っ、んんっ」
やっぱり喘いでいるようにしか聞こえなかったけど、片嶋は抵抗してるつもりらしいから。
泣くと可哀想なので言う通りにした。
「じゃあ、今度はちゃんとしようか?」
涙目で頷く片嶋の瞼にキスをしてから、足を開かせた。
もうグチュグチュになったそこに、ゆっくりと張り詰めたモノを埋め込んでいく。
少し進むだけで片嶋の体がピクンと反応する。
「んん……っ」
苦しそうだからこそ艶めかしく見えて、俺も深呼吸をして自分を落ち着かせる。
「片嶋、力抜いてろよ」
すっかり全部が中に埋まった後、繋がったままの状態で静かに片嶋を抱き上げた。
本当は、これの体勢って俺も片嶋もちょっと苦しいんだけど。
イク時に、片嶋がギュッと抱き付いてくるのが快感で、どうしても止められない。
ただし、シラフの時はあんまりやってくれないから。
「あ、ぅっ…んんっ、」
嫌でも擦れ合う肌の熱。
目の前で喘ぐ唇。
ヤバイのは俺がすぐにイってしまいそうになるってことなんだけど。
「桐……野、さ……」
どうやら片嶋もダメらしくて、体が緊張し始めていた。
「いいよ、我慢しなくて」
少し顔を歪めて、苦しげに掠れた呼吸を吐き出す唇を無理やり塞いで突き上げる。
「んんう、……っ、」
俺を受け入れてた場所が収縮して、背中に回されてた片嶋の腕に力がこもった。
「あ、あっ…」
擦れた腹の間に吐き出された熱を感じながら、まだ時々ビクンと跳ねる身体を思いきり抱き締めて俺も達った。
翌日、やっぱり片嶋は昨夜のことなんて半分も覚えてなくて。
「1日1回好きって言えって言われたんだけど」
「俺、絶対そんなこと言ってません」
まったくもって、俺の予想通りの返事をした。
「じゃあ、ホントだったら、毎日一緒に風呂に入ってくれる?」
「だから、そんなこと言ってませんって」
ムキになって否定する。子供っぽくてちょっと微笑ましい。
「じゃあ、言ってたらOKってことなんだな?」
「いいですよ」
強気な返事があったんだけど。
片嶋の酔いはいつでも昼頃にすっかり醒めて、たいてい記憶も一緒に戻る。
つまり、夕べのことを思い出す確率は結構高い。
「じゃあ、そういうことで」
俺のニッカリ笑いを片嶋は怪訝そうな目で見てたけど。
そんなことは気にするまい。
悪いけど、思い出させる努力は惜しまないからな。
その時、片嶋がどんな顔をするのか。
考えたら楽しすぎて落ち着いて過ごせそうになかった。
「なんで笑ってるんですか?」
「ん〜、別に」
そんな楽しいこと、片嶋には内緒だ。
「桐野さん、感じ悪いです」
「まあ、気にするな」
への字に曲がった唇にそっとキスをしたら、片嶋はムクれながらもちゃんと目を閉じた。
……なんでこんなに可愛いんだろうな、コイツ。
そして、昼過ぎ。
俺はめでたく片嶋と風呂に入る権利を獲得した。
end
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