パーフェクト・ダイヤモンド

April Fools' Day.(後編)




「思ってたよりも早く帰れてよかったな」
やっぱり家はいいよな……と、隣りでスーツを掛けている片嶋を見ながら思った。
「そうですね。なんだか落ち着かなくて。酒の味もわかりませんでした」
そう言えば、彼女たちに勧められた一杯以外はほとんど口をつけてなかったもんな。
まだそんなに遅い時間じゃないし、少し飲んでから寝ようか。
最近、酔った片嶋も見てないし、たまにはいいよなぁ……なんて思ってるところに不意の質問。
「桐野さん、電話番号聞かれませんでしたか?」
これで聞かれたことを白状したら、ヤキモチなんかも焼いてくれるかもしれない。
それを利用して上手くコトを運べば、今日こそは一緒に風呂もOKしてくれるかも……という邪念も過ったけれど。
「片嶋こそ随分と構われてたよな?」
結局、妬いてるのは俺の方だったりする。
返事を待っていると、片嶋は嬉しそうにニッコリ笑って首を振った。
「桐野さんは? 誰かに教えました?」
「いや」
とりあえずそう答えた。
聞かれたことは聞かれたけど、教えなかったんだから別にいいよな?
「よかった」
ホッとする片嶋を抱き寄せて、頬にキスをする。
家に帰ってくるのが楽しいのはこういうことが出来るからだよな。
「片嶋、もうちょっと顔上げて」
当たり前の事だけど、片嶋の唇は柔らかかった。
酔ってもないのにポワンとしている片嶋に俺もしばらく見とれてしまった。
が、そんなことよりも。
俺には懸案事項があったんだ。
バレンタインの翌日に獲得した『片嶋と風呂に入る権利』は、その後ずっと行使されていなかった。
もちろん片嶋が何だかんだと言って断わり続けているせいなんだけど。
それも俺が言い出さなければすっかり忘れているくらいで。
しかも、ときどき「は?」というマジボケな返事をする。
そして、今日現在もそれは変わらずで。
さっきまでポワワンとしていた片嶋は、俺が溝口からの電話を受けている間にさっさとシャワーを浴びてきてしまった。
「片嶋、なんで一人で風呂に行くんだよ?」
髪を拭きながら出て来た片嶋を咎めたけど。
「え……っと……桐野さん、電話してましたし」
確認するまでもなく、それは100%言い訳だよな。
「まあ、別にいいんだけどな」
全然良くないくせにそんな返事をしてみた。
……こんなことばっかりしてると、俺、また切れそうなんだけど。


渋々一人でシャワーを浴びた後、飲み足りなかったらしい片嶋に付き合ってワインを開けた。
「やっぱり、桐野さんと二人で飲む方がいいです」
片嶋が俺に寄りかかったままそんなことをつぶやく。
「じゃあ、片嶋」
呼ばれて条件反射で顔を上げた片嶋に思いっきりキスをした。
「……んん、」
たかがキスでも突然だとすぐには対応できないところも相変わらずで。
「急にしないでください」
ちょっと怒られてしまったが。
「なんで? いちいち『するよ』って言われたら、かなり鬱陶しいと思うけどな」
そうでなくても1日何回もするのに。
「だって、ワインが口に入ってたらどうするんですか?」
「別に。俺が飲むけど」
言った瞬間に赤くなった。
そんな片嶋はつくづく可愛い。
……やっぱり、一緒に風呂に入りたいよなぁ。
あまりに可愛くて笑えるような反応をしてくれるに違いないんだけど。
なんか良い方法がないかとあれこれ考えてみる。
で。
「な、片嶋。せっかくエイプリルフールなんだから嘘つき大会しよう」
片嶋は「え?」って顔をしたけど。
俺の下心にも気付かずに真面目に返事をしてくれた。
「いいですけど。俺、嘘なんて思いつきません」
それはいいんだ。
嘘をついて楽しむのが目的じゃないんだから。
「いいよ、片嶋はとにかく俺が言ったことに『うん』って言ってくれれば」
片嶋はワイングラスに唇を当てたまま、少し微笑んだ。
外では絶対に酔わない片嶋の頬が家ではあっという間にほんのりと色づく。
時折触れる頬や手も、酔いのせいで少し熱があって。
体もきっとそうなんだろうなって、ついつい余計なことを考えて切れそうになった。
それでも何とか無邪気な話に徹するのも、全ては片嶋と風呂に入るため。
「じゃあ、片嶋。明日一緒に会社休んで遊びに行こう」
いきなりウソツキ話を振ってみたが、片嶋はちゃんと答えてくれた。
「どこに行きます?」
外では見せないような笑顔で楽しそうに俺を見上げて。
「ゴルフでもドライブでも。片嶋、どこに行きたい?」
「じゃあ、花見とか?」
天気予報では明日は晴れ。絶好の花見日和だ。
「なら、桜並木を散歩するか?」
そしたら片嶋はパッと華やかに笑って。
「手、繋いでもいいですよ」
そんなことを言うから。
「じゃあ、二人でズル休みな?」
俺、会社も仕事も決して嫌いじゃないんだけど。
「いいですよ。平日に出かけるのなんて久しぶりですよね」
なんだかマジに休みたくなってしまった。


そんな感じでウソツキ大会は延々と続いて、俺は片嶋に一時間以上も嘘の約束をさせまくった。
「俺、来月誕生日なんだけど、一緒にどこか行かないか?」
「いいですよ。桐野さんの行きたい所、どこでもついて行きますから」
あっという間にワインも3本空いていた。
片嶋の酔い加減もいい感じだった。
「ホントにどこでもいいのか?」
「いいですよ」
片嶋が眠そうな顔をしはじめた時、俺は心の中でニッカリ笑った。
これからが本番。
「じゃあ、片嶋。今から一緒に風呂入ろうか?」
こんな問い掛けにも、
「いいですよ」
もちろん、あっさりとOKの返事をする。
「ちゃんと湯船に一緒に入るんだからな?」
「はい」
にこにこ笑いながら、俺を見上げてる顔が無邪気で可愛い。
見ていると和むんだけど。
のんびり見惚れてる場合じゃない。
今が大事なんだから。
「俺が体洗ってやるから、大人しくしてろよ?」
「ええ」
「その後、ベッドに行って朝までゆっくりな?」
「はい」
笑顔で答えてるけど。
「約束だからな? 後で文句言うなよ?」
「言いませんよ」
そこまで言わせておいてから、本題に入った。
「片嶋、」
しっかりしているようで、プライベートタイムの片嶋は結構抜けてる。
「はい?」
「日付、変わってるからな?」
そう言い放って、満面の笑みで片嶋のほっぺにキスをした。
「え??」
テーブルに置いてあった腕時計を見せたら、片嶋は見て分かるほどにピキッと固まった。
そう、時刻はすでに0時06分。
もちろん4月2日だ。
「じゃ、風呂行くぞ?」
ニッカリ笑って片嶋の腕を掴んだが。
片嶋はふるふると首を振って、ソファにしがみついた。
「さっき入りました」
「ダメ。約束しただろ?」
さすがの片嶋も「してません」とは言わなかったけど。
「……12時過ぎてるって、知ってて聞いてたんですか?」
「当然」
「性格悪過ぎます」
なんとでも言ってくれ。
「でも、元々は片嶋が約束を守ってくれないのが悪いんだろ?」
「そうですけど」
まったく往生際の悪いヤツだ。
一緒に風呂に入るだけなのに、何がそんなに嫌なんだ?
散々ヤルことやってんだから、今更、服を脱ぐのが恥ずかしいなんてこともあるまい。
「何でそんなに嫌がるわけ?」
セックスよりもずっと日常的なことだと思うんだけど。
「だって、」
片嶋の「だって」は可愛いが。
「一緒に風呂入るのって、やるより恥ずかしいか? 普通に湯船に入るだけだぞ?」
真面目に聞いたんだけど。
片嶋はもっと固まってしまった。
「片嶋、なんか言ってみろって?」
上目で見上げたまま、ポツッと呟いた。
「……桐野さん、嘘つきですから」
それは、もしかしなくても温泉の時のことを言ってるんだよな。
そりゃあ、エイプリルフールでもない時に素で嘘ついた俺が悪いけど。
「俺、そんなに信用ない?」
あれから、もう随分経つんだけど。
まだ許してもらえないのか、俺。
「その点に関しては全くないです」
……正直なヤツだ。


結局、今日も『一緒にお風呂』はお預けになったらしい。
俺としては片嶋がすんなり約束を果たせるようにいろいろ考えてるつもりなんだけど。
この分だとそんな努力が実る日は来そうにない。
まあ、無理にするようなことでもないし。仕方がないので方向転換。
「じゃ、片嶋。風呂以外のことについてはOK?」
それっていつもとヤルことは一緒なんだけど。
なのに片嶋はグズってた。
「……どの辺で12時過ぎたのか分からないんですけど……」
そんなの、俺だってわからないが。
「とりあえず今から一発……」
言った瞬間に片嶋が眉を寄せた。
「ああ、分かったって。言い直せばいいんだろ?」
こう言うところも相変わらず。
なので、さっきのセリフはなかったことにして言い直す。
「とりあえずベッドに行こうな?」
けど、言い直したところで答えはNOだ。
「俺、まだ飲んでますから」
眠そうなくせに、何で我慢するかな?
「なんにもしないって」
片嶋の反感を買いそうだから「一回だけだったらいいだろ?」と言いたい気持ちはぐっと堪えた。
「桐野さん、でもね、」
「ん?」
タメ口だ。
ってことは、酔ってるのか??
「そう言って、ホントに何もしなかったことなんて一回もないよ」
……酔ってるらしい。
本当にシラフとの境目が分からないヤツだな。
「じゃあ、ちょっとだけ。なら、いいだろ?」
少しイチャイチャして、サクッと挿れてすぐ終わらせるから……なんてことは片嶋には言えないが。
「『ちょっと』って具体的にはどのくらい?」
この返事はまだイマイチ冷静だ。酔いが甘いらしい。
「じゃ、もう少し一緒に飲んで、それからにするか?」
片嶋は何も考えてなさそうなタイミングでコクンと頷いた。
もう一度乾杯をして、ワインを一杯飲んで。
でも、その段階で早くも俺は切れてしまった。
「片嶋、」
「なに?」
酔ってる時は意思の確認が取れないからダメだって思うんだけど。
「ごめんな」
「何が?」
「ちょっとだけだから」
「何?」
そのやり取りの間に片嶋のパジャマを脱がせて。
ローションを手に取り。
片方の足首を持ち上げたら。
……反対側の足で蹴飛ばされた。
片嶋もついにそういうことをするようになったか。
「なんで蹴飛ばすんだ?」
「だって、何してるの?」
「まだ何にもしてないだろ?」
服を脱がせておいて、それは白々しいと思うけど。
「そうなのかな?」
片嶋がそんな返事をした。
これって、本当に分かってないのか??
その辺の境目も俺にはよく分からない。
「俺とするの、嫌か?」
一瞬、不安に駆られたが。
「そんなことないよ」
それは即答だった。
なら、まあ、いいか。
「じゃあ、もう蹴飛ばすなよ?」
「……うん」
本当に分かってるのかはかなり疑わしいが、まあ、そんなこと言ってたら週末までお預けだから。
何度もキスをして、舌を絡め合って。
片嶋の手が俺の身体に触れた。
「終わったら、一緒にシャワー浴びような?」
片嶋は首を傾げてちょっと考えていたけど。
結局、「うん」とは言わなかった。


片嶋が眠そうだったこともあるけど、『ちょっとだけ』と言った手前、本当にサクッと終わらせた。
やってた時間なんてほんの15分。
でも、片嶋はダメだったらしい。
もうちょっと我慢して欲しいと思う俺の気持ちなど知る由も無く。
「あ……、んん……っっ、」
ギュッと俺にしがみついて、身体を震わせた。
「片嶋、」
喘ぐ唇を塞いで、抱き締め返して。
片嶋のイク顔を見ながら俺も気持ちよく出した。
その後、シャワーを浴びに行こうと思っていたんだけど。
「……片嶋、風邪引くからベッドで寝ろって」
やっぱり、というか。
呼吸が整うまでと思って抱き締めている間に、片嶋はすっかり眠ってしまった。
まだほんのりピンク色の頬を眺めながら、ちょっと溜息。
なんでセックスはOKなのに風呂はダメなんだろうな?
そんなに警戒しなくてもよさそうなもんだけど。
……まあ、そこまでこだわる俺もどうかとは思うが。
一度失った信用を取り戻すのは本当に難しい。
「おやすみ、片嶋」
身体を拭いて、ベッドまで運んで。
サラリとした前髪にキスをした。
「……続きは週末な?」
毎日毎日、少しずつしか進行しないやり取りがあって。
でも、それが楽しくて仕方ないから。
「言っておくけど、俺はぜんぜん諦めてないからな」
すっかり夢の中にいる片嶋にこっそり宣告して、幸せそうな寝顔にもう一度口づけた。

                                        end

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