パーフェクト・ダイヤモンド

〜・本日の片嶋2・ネコ(前編)〜




溝口との同行の帰り、片嶋のいる企画部に顔を出した。
片嶋は先輩数人とオープンスペースでミーティング中だった。
様子を見に行こうかと思った時、片嶋のキツイ一言がフロアに響いた。
「岸田さん、この企画の主旨、お分かりですか?」
久しぶりに仕事中の片嶋を見たけど、ホントに相変わらずだよな。
苦笑いしていたら、事務の女の子が話しかけてきた。
「いいんですよ。岸田さん、いつもボーッとし過ぎなんですから」
周りの女の子も頷いた。
「ほんと、いっつも書類の提出を忘れるし、『あれ?そうだっけ?』とか言って頼んだこともすぐに違う指示に変えるし。『もっと言って〜片嶋さん』って感じです」
まあ、他のヤツがそう見てるならいいんだけど。
「桐野さん、片嶋君とお約束ですか?」
「ん? 約束はしてないけど。営業部に用があったから、ついでに寄ってみたんだ」
企画はピリピリしがちなセクションなんだけど、女の子たちはわりとほんわかした感じの子が多くて本当に和む。
まあ、彼女たちだって企画のアシストをするくらいだから中身は相当しっかりしてるはずだけど。
「お二人ともお忙しいでしょうから、こんな時でもないとなかなか飲みに行けないですよね」
そんな心配までしてくれるんだけど。
……朝から一緒にメシ食ってるなんて言えないよな。
「ん、まあな」
適当にゴマかしつつ、会話を流す。
「仲いいんですね。いいなぁ。片嶋さんって優しいんですけど、いかにもクールビューティーって感じでちょっと誘いにくいんですよね」
一緒に住むようになってから、片嶋はあまり会社の連中と飲みに行かなくなった。
家で飲んでる方が落ち着くというのがその理由なんだけど。
……単に深酒したいだけなんじゃないかと俺は思ってる。
だから、会社のヤツに誘われても95%以上の確率で断ってるはずだった。
「疲れるから早く帰るだけなんじゃないのか?」
そっとフォローを入れてみる。
「そうですよね。でも、片嶋さんってどこでストレス発散してるんでしょうね? 全部任されちゃって大変そうなのに」
ミーティングはまだ続いているらしく、片嶋は涼しい顔で何かの説明をしているけど。
一度注意されたはずの岸田は、なんとなくボーッとしてた。
「ほら、岸田さん、話聞いてなさそうだし。全部片嶋君任せよ」
「ホントだ。片嶋さんの半分でもキリッとして欲しいですよね」
片嶋だって家では結構ぼんやりしてるんだけど。
クッションと同化してソファに丸まってるところなんて見たら、みんな驚くだろうな。
顔が緩みそうになるのを必死で堪えて、遠巻きにミーティングを見守った。
「今日はあのミーティングで終わりですし、会議続きで片嶋さんもすっごく疲れてると思いますから、きっと一緒に帰れますよ」
女の子たちは何だか随分と協力的で、そんなことまで教えてくれた。
もしかして俺たちの関係がバレてるのかと思ったが、そういうことでもないらしい。
「うちの部の人って、私たちが誘っても飲みに行ってくれないんですよね」
「そうそう。溝口さんに無理やり連れていかれる時くらいですよー」
女の子が誘っても行かないってどんなヤツなんだろ??
うちなら全員がホイホイついて行くと思うけどな。
「なら、直接溝口を誘ったらどうだ? 100%オッケーすると思うけど」
飲みに行くだけなら、企画の連中より営業部の方が面白いだろうし。
「え、でも、部署も違うのにいいのかなぁ?」
「いいだろ、別に」
飲み好きの集まりだから、口実があればいつでもどこでも行くだろうし。
「じゃあ、今度桐野さんもご一緒してくださいね」
「あ、できれば片嶋さんも」
もしかして、最終目的はそこなのか?
……いや、それは考え過ぎか。
「あ、でもそしたら岸田さんが一緒に行きたがりますね、きっと」
「そうそう。片嶋さんに怒られてばっかりのくせに『彰ちゃん、彰ちゃん』ってベッタリなんですよー」
それは面白い話じゃないけど、相手が岸田じゃ妬く気にもなれない。
俺はさらっと聞き流した。
第一、相手は片嶋だ。たとえ寝ぼけていたとしても岸田の誘いにOKするはずはない。
「でも、岸田さん、あっさり振られて終わりなんですよ」
「いつもそうですもんね」
片嶋って、そういうところは本当に遠慮がないんだよなぁ……


そんな話をしている間にミーティングは終わったらしい。
「彰ちゃん、一緒に夕飯食べて帰らない?」
やっぱり岸田が誘ってて。
「俺、資料まとめてから帰りますから」
片嶋が速攻で断わってた。
「じゃあ、手伝おうか? 資料ってあの……」
岸田が食い下がっても。
「お手伝い頂くほどのことでもないですから。お疲れさまでした。お気をつけて」
片嶋がキツい一言でシャットアウトしてた。
……なにも追い払わなくてもいいんじゃないかと思うんだが。
「片嶋」
見かねて呼び止めたら、片嶋が振り返った。
「桐野さん、いらしてたんですか?」
人目があるから会社モードだったけど。
顔はパッと輝いて、すぐに俺の前まで走ってきた。
岸田はすでに片嶋の記憶から抹消されている雰囲気だった。
「ああ、溝口のところに行った帰り。ついでだから寄ってみたんだ」
片嶋の顔を見に来ただけなんて言えないけど。
にっこり笑ったら、片嶋も微笑み返して。
少しだけ見つめ合ってしまった。
……いかん。会社だった。
二人の世界を普通の会話に無理やり戻したのは片嶋だった。
「もう、仕事は終わりなんですか?」
「ああ。今日はこのまま直帰」
まだ7時。今から帰ればゆっくりできる。
できれば片嶋と帰りたいけど、資料をまとめるって言ってたもんな。
……と思ったんだけど。
「じゃあ、夕飯食べて帰りませんか?」
あのな、片嶋。
さっき岸田を振ったばっかりなのに、それはいいのか??
「……ああ、俺はいいけど」
周囲を見回したら、みんな下を向いて笑ってた。
「5分待ってください。片付けてきますから」
片嶋は嬉々として自分の席に戻って片付けを始めた。
どうでもいいけど、この態度ってロコツ過ぎるよな。
俺がそんなことを心配しても仕方ないんだけど。
岸田は硬直してた。
……まあ、無理もないが。
「お待たせしました」
片嶋はさっさと片付けを終えて、本当に5分後に俺の前に立った。
「マジでいいのか?」
俺の質問など片嶋の耳には入らなかったらしく。
「何食べたいですか? たまには俺が奢りますよ」
にっこり笑う片嶋に悪意はないと思うんだけど。
さすがの俺も苦笑する。
まあ、いいか。
あんまり八方美人でも困るしな。
自分だけ特別扱いっていうのは悪くない。
「どうせ酒がメインなんだろ?」
「そんなことないですけど。……やっぱりワインがいいかな?」
周囲の忍び笑いの中、俺と片嶋は企画のフロアを後にした。
「な、ホントに良かったのか?」
「何がです?」
「岸田、固まってたぞ?」
俺らがフロアを出る時もフリーズしたままだったもんな。
相当ショックだったんだろう。
なのに片嶋ときたら。
「いいんですよ。岸田さん、いつも変ですから」
……そういう問題じゃないだろ。



軽く食事を済ませて部屋に戻った。なのに、その後も二人でまた飲み直し。
週末だから夜更かしもOKだし、夜はまだまだ長いしで。
片嶋はワインを開けてご機嫌だった。
「シャツ、気を付けろよ?」
よそ見をしながら赤ワインを飲んでいる片嶋に注意する。
「大丈夫ですよ」
白いシャツは、上から3つボタンが外れてて。
鎖骨も胸元も見える。
それって、誘ってるとしか思えないんだけど。
……片嶋に限ってそれはないよな。
俺の視線にも気付かずに、片嶋はニュースに見入っていた。
「あんまりいい流れじゃないですね。このまま持ち直さないと業界全体で落ち込みそうですし。うち、対応どうするんでしょうか?」
この状況で仕事の話。
「とりあえず仕掛り中は一旦引き上げて様子見になるんじゃないか?」
真面目に返事をしながらも、視線は片嶋の鎖骨に釘付け。
「該当しそうな先に大掛かりな提案はしてないんですか?」
片嶋がこっちに向き直る。
「ああ、最初のがコケた時点で引き上げ済み」
「手回しいいんですね」
動くとさらにシャツの胸元が開く。
「親会社と違って分母が小さいから、数字にはナーバスなだけだろ」
ここまで胸元に気を取られていながら、普通に返事ができる俺って偉くないか?
「まあ、そうですけどね」
片嶋が空いたグラスにワインを注ごうとして、テーブルに手を伸ばした。
気がついたら、その手を掴んで引き寄せていた。
もはや条件反射。
「……桐野さん?」
「動くなよ。ボタンが取れたら困るだろ?」
先に言い渡してから、首筋に唇を押し当てた。
赤い痕を残しながらシャツのボタンを外していく。
「……っ、桐……野さ……」
胸の突起はすぐに硬く立ち上がって舌先に当たった。
「一回だけだから、な?」
そんなことを言っても片嶋が「はい」って言ってくれるわけじゃないんだけど。
とりあえず、返事はなかった。
でも、それはOKってことだから遠慮なく頂くことにした。


一回だけ抱いた後、片嶋はすっかり寝入ってしまった。
「片嶋、まだ11時だぞ??」
話しかけても起きないので、顔を指で突ついてみた。
会議続きで疲れてるとは聞いてたけど。
それにしても起きる気配なし。
「もうちょっと遊んでから寝ろよなぁ……」
一緒に寝てしまおうかと思ったものの、まだ眠くない。
かと言って、一人でテレビを見ていても面白くない。
とりあえず片嶋をベッドに寝かせてから、少し考えた。
それから、細い油性マジックを取ってきた。
「片嶋、」
念のため呼んでみる。
俺の目論見など気付くはずもなく、片嶋は可愛い寝顔を晒してぐっすりと眠っていた。
ついでに2、3回頬を突ついて、それでも起きないことを確認してから、そっとマジックのキャップを外す。
それから、そろっと片嶋の頬に線を引いた。
右に3本。左にも3本。
ついでに鼻を三角に塗ろうと思ったが、鼻先に近づけたら油性ペンの匂いがするらしく、うっすらと目を開けてしまった。
焦ってペンを隠したら、なんとか片嶋はまた寝てくれた。
……危ない、危ない。
「じゃ、おやすみ、片嶋」
少し眺めて満足してから俺も寝た。
明日の朝が楽しみだ。



翌朝、ネコひげ付きの寝顔を見て一人でニコニコと和んだ後、片嶋を起こした。
もちろん、ヤルためだ。
「……ん、んん……眠いよ……」
ネコひげのままでグズグズ言う片嶋がやっぱり可愛くて。
「じゃあ、『にゃあ』って言ったら、もう1時間寝かせてやるよ」
「……なんで『にゃあ』なんですか?」
寝ボケたままでも不思議には思うらしい。
「いいから、言ってみろって」
「……にゃあ」
まさか素直に言うとは思わなかったが。
約束だから寝かせてやった。


ビデオがあれば撮っておいたんだけどな。
その時、ふと、片嶋の持ってるデジカメのことを思い出した。
「バレたら、怒られそうだけどな」
笑いを堪えながら、すやすやと眠っている片嶋の顔をそっとカメラに収めた。
それから、片嶋に見つかる前にこっそり自分のパソコンに落とした。
これでいつでもネコ片嶋が見られる。
ついでだから、あとで耳でも書き足して遊んでみようかと思ったが。
「片嶋にはちゃんと可愛い耳がついてるからな」
そう思って耳たぶをそっと触ったら、くすぐったそうにもぞもぞと動いた。
「早く目ェ覚まさないかな」
なんだか笑いが止まらなかった。



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