パーフェクト・ダイヤモンド

〜・本日の片嶋2・ネコ(前編)〜




ようやく片嶋が起きて。土曜日恒例、朝の一回。
「……っ、あ、」
喘いでいても片嶋の頬には猫ヒゲが3本。
油性だから舐めても落ちないし、いい感じだ。
「んん、桐野さ……ん、っっ……」
「我慢しなくていいからな?」
そんなことを言いつつ。
やってる時は意外と笑わないもんだなと自分で感心した。
ただ、あまりに可愛くて途中で何度もギュッと抱き締めてしまって、片嶋にはちょっと不審がられた。
「片嶋、こっち向いて」
終わった後、ベッドの中でゴロゴロしながら何度も片嶋の顔を眺めた。
「どうしたんですか? 今日、桐野さん、なんだか変です」
変なのは俺じゃなくて、片嶋なんだけど。
「んー……片嶋が可愛いから、かな」
そこまで言っても気付かないもんなんだな。
何度も頬にキスをして、ついでに舐めてみたりして。
「……なんですか?」
また不審がられた。
「寝てていいぞ?」
ずっと見ててもきっと飽きないだろうと思いつつ、片嶋を寝かし付けようとした。
片嶋はしばらく眠そうにしていたが、一時間くらい俺に構われた後でモゴモゴと起き上がった。
「こっち見ないでくださいね」
そう言って、俺を壁の方に向けてからパジャマを羽織って洗面所に消えた。
付き合い始めてもう何ヶ月も経つって言うのに、未だに俺に素っ裸を見られるのがダメらしい。
まあ、半分は、見てるうちにまたヤリたくなってしまう俺に責任があるんだけど。
「あ、それよりも……」
今頃は片嶋もラクガキに気付いているだろう。
どんな顔で洗面所の鏡を見ているのか知りたくて急いでパジャマのズボンだけはいて後を追った。
ドアから中を覗き込んだ時、片嶋はまだ固まっていた。
「普通のフェイスソープじゃ落ちないから、台所用の洗剤を持って来てやるよ。一応、油汚れだし」
俺の話なんて聞いているのかいないのか。
とにかく、片嶋がどれだけ呆然としていたかなんて口では説明できない。
思い出したら道の真ん中でも笑えそうだった。
「片嶋、聞いてるのか?」
後ろから抱き締めた時、初めて俺の存在に気付いたみたいに驚いて振り返った。
「………」
でも、無言だ。
「油性だから、落ちにくいとは思うけどな」
付け足したら、やっと現実に戻ったような顔になった。
「……俺、桐野さんが何考えてるか、分からなくなりました」
俺は最初からおまえが何考えてるか分かんないよ。
「なんで……」
片嶋が赤くなって言い淀んだので、俺が補足した。
「その顔を見ながら笑えずにヤレるかって?」
頷きもしなかったけど、顔は赤くなった。
「昨日、書いてる時にしっかり笑ったからな。朝には見慣れた」
「けど……」
その顔で真面目に話し続けてる自分の現在は考えていないらしい。
「大丈夫だって。可愛い、可愛い」
笑いながら頬を撫でたら、ムッとしながら俯いた。
「洗剤持って来てやるから待ってろよ」
キッチンから食器洗い用の洗剤を持って来て、顔洗い用のスポンジにつけて泡立てた。
「いいです、俺、自分でやりますから」
「メガネしてないと、ちゃんとキレイになったかわかんないだろ?」
「そうですけど」
片方ずつ、頬をくりくりと擦っていく。
ちょっと心配していたが、油性ペンのインクは思っていたより簡単に落ちた。
でも、泡を流した後、片嶋のほっぺは仄かに赤くなっていた。
ちょっと漫画チックだけど、ほんのりピンクで可愛らしい。
そんなことを考えたせいで俺はまた笑っていた。
片嶋は何を思ったか、メガネを取って来て鏡を覗き込んだ。
「ちゃんと落ちてるのに何で笑ってるんですか?」
「ん〜、別に。なんでもないけどな」
ピンクのほっぺが可愛いなんて正直に言ったら、色が引くまで顔を見せてくれなくなりそうだもんな。


朝食の後も俺は何度か思い出し笑いをしてしまって。
「わりい、つい……な」
おかげで片嶋はイマイチご機嫌斜めだった。
まあ、恥ずかしいっていうのも分かるんだけど。
今朝のことを思い出すと落ち着かないらしくて、片嶋は勝手に俺の持ち物を引っ掻き回し始めた。
いつもはボーッとテレビを見て、クッションと戯れているんだけど。
「片嶋、何をいじってもいいけど、あんまり散らかすなよ?」
こんな風に遠慮なく俺の部屋にあるものを触るようになったのも最近だ。
それまでは衣類の入った引き出し以外は触りもしなかったんだけど。
「ちゃんと片付けますから」
別に見られてマズイものがあるわけじゃないから、黙って見てた。
だって、ここは俺と片嶋の部屋なんだから。
片嶋もどこに何があるかくらいは知っておいた方がいいと思って。
で。
本日の片嶋の興味は俺のアルバム。
「これ、彼女ですか? 前に見た人と違いますよね?」
そう言えば、そんなこともあったっけ。
まだ片嶋と付き合い始めの頃だ。
「ああ。それはその前の彼女」
俺の写真じゃなくて、昔の彼女に興味津々らしいけど。
「これは?」
「その前の」
「これは?」
「大学の時の」
「これも?」
「それは……その前の彼女かな」
たかだか7〜8年前のことなのに、あまりよく覚えてないのもどうかと思うが。
「……たくさんいるんですね」
そりゃあ、な。
10年同じ相手と付き合ってた片嶋と違って、俺の過去はたくさんある。
……全然、自慢にならないが。
「つっても、重なってた時期はないぜ?」
二股なんてことはさすがになかった。
まあ、二人と同時に付き合えるほど器用じゃないだけとも言うが。
「ふうん。みんな綺麗な方ですね」
それでも全部並べたら片嶋が一番美人だと思ってるけど。
……もちろん、それが猫ヒゲつきだったとしてもだ。
「本当に女性ばっかりなんですね」
「ああ。今まではな」
他になんて答えればいいのか分からなかった。
だって、な。
普通はあえて男と付き合おうなんて思わないだろ。
「気になるのか?」
ちょっと心配になったから聞いてみたんだけど。
片嶋の興味はそんなことではないらしかった。
「じゃあ、男と付き合うのは初めてだったんですよね?」
「ああ」
「よく、やり方わかりましたね」
……まさかそういう所を突いてくるとは。
「まあな」
どこに挿れるかくらいは分かってたけど。
普通に挿れても簡単には入りそうにないってことくらい俺にも想像できたからな。
……詳細は調べたんだよ。
けど、突然押し倒した事になってるから、それは言っちゃ駄目だろうな。
計画的犯行と思われたくないし。
俺はちゃんと口説くつもりだったし、その上でそういう事態になった時に備えて準備してただけで、押し倒すつもりで調べたわけじゃない。
でも、今更そんな言い訳してもなぁ……と考え込んでいたが。
「そうですか」
片嶋はあっさりと引いて、他の写真をめくり始めた。
俺の手元には大学に入って一人暮しをしてからのものしかなかったけれど、そんな写真を片嶋は「可愛い」と言って随分長い時間眺めていた。
「そんなに変わってねーだろ?」
たかだか10年。
俺の感覚ではつい最近のことなんだけど。
「やっぱり違いますよ」
そりゃあ、18の時と比べたら多少は違うと思うけどな。
「でも、今の桐野さんが一番いいです」
ニッコリ笑って俺を見上げる。
どうやらご機嫌は直りつつあるらしい。
俺も片嶋の隣りに座って一緒にアルバムをめくった。
「二人で写真撮ることなんて、ないですよね」
ちょっと淋しそうに片嶋が言うから。
「片嶋の写真なら持ってるけどな」
ついうっかり喋ってしまった。
「え?」
そこまで言っても全く何のことだか分かってない片嶋の頬をそろっと撫でて、笑いを堪えながらデジカメを持って来た。
「写真なんて撮ったことありましたっけ?」
不思議そうにデジカメのウィンドウを覗き込む片嶋の真剣な横顔が可愛くて、また笑ってしまう。
「なんで笑うんですか?」
「なんでだろうな?」
眉を寄せた片嶋にデジカメを渡して背中からギュッと抱き締めた。
片嶋の細い指先が小さなボタンを指先で押して行く。
「あ、こんなのいつ撮ったんですか?」
クッションと戯れる片嶋の後姿とか。持ち帰った仕事をしてるところとか。
以前、試し撮りした何枚かの写真の後で、問題のブツが小さな画面に映し出された。
「うわっっ……!」
思った通り、片嶋は一瞬で耳まで真っ赤になった。
笑いを堪えながら、片嶋に忠告。
「それ消したら、来週もう一回ネコひげ書くからな?」
素早く予防線を張ったつもりだったが、言い終わった時にはすでに消されていた。
「そっか。じゃ、来週は耳もつけような?」
クックッと笑いながら片嶋の耳を噛む。
「怒りますよ。もう、こんな写真……」
真面目に返事をしながらも、くすぐったいらしくて体がピクンと跳ねた。
「その写真、俺はメチャクチャ気に入ってたんだけどなぁ」
わざと残念そうに言ったら、片嶋が困ったように俺を見上げた。
「じゃあ、来週、一緒に撮りましょう。ね?」
「なんで明日じゃなくて来週なんだ?」
「……えっと……なんとなく」
まだ今朝のショックが抜けてないからか?
「まあ、それでもいいけど」
ちょっと不機嫌そうに返したら片嶋が一生懸命機嫌を取ってくれた。
「外の方がよければどこかに行ってもいいですし」
そんな提案までしてくれるのが可愛くて、つい悪乗りしてしまう。
「ネコひげ書いてもいいか?」
でも、さすがにそれはキッパリ断わられた。
「嫌です」
キツイ口調なんだけど、しっかり赤くなってる。
しばらくは、このネタで楽しめそうだ。
「じゃあ、キスしてるところがいいかなぁ。撮ったらプリントアウトして部屋に飾ろうな?」
「……本気で言ってます?」
「もちろん。なんで?」
いいって言うはずはないことばっかり、わざと聞いてしまうんだよな。
片嶋の反応が面白くて。
「だって、」
おかげで俺は笑わないようにするので精一杯。
「片嶋が俺のほっぺにしてくれてるところでもいいけど……だったら、部屋の方が人目を気にしなくていいよな?」
それだけでも、片嶋はきっと赤くなるだろう。そう思うと口元が緩む。
「何を想像して笑ってるんですか?」
多分、片嶋が疑ってるほどはエロいことじゃないんだけど。
「……まあ、いろいろ」
そんな返事にムクれる片嶋も、また可愛い。
「俺、桐野さんのこと、だんだん分からなくなりました」
「別に分からなくても困らないだろ?」
俺、ぜんぜん困ってないもんな。
「困ります。桐野さん、すぐ俺のことからかうし、それに……」
ムキになる片嶋に笑いながらご機嫌伺いのキスを繰り返す。
片嶋も最初は眉を寄せていたけど、三回目になったらちゃんと応えてくれた。
くすぐったそうに、ほんの少しだけ笑って。
「来週、一緒に写真撮ろうな?」
ためらいながらも頷く片嶋が可愛くて、もう一度キスをする。

二人で過ごす休日。深くて甘いキス。
それから、初めての隠し事。
少し後ろめたい気もしなくはないが。
それでも、ネコ写真が俺のパソコンの中に残ってることは、絶対に秘密にしておこうと思った。

「桐野さん、また笑ってますけど」
「そうか?」
眉を寄せる片嶋を宥めながら抱き締めて。
「嫌だな。変なこと考えないで下さいね?」
笑いながら片嶋のおでこにキスをした。
「変なことなんて全然考えてないけどな?」
笑えるほど楽しい事には違いないけど。
「……嘘ばっかり」
片嶋は全然俺の事を信じてないみたいだけど。
まあ、それはそれとして。

……来週は何をしようかな……?


                                           end

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