パーフェクト・ダイヤモンド

--内緒の約束--


-1-


それはよくある会社帰りの飲み会。
とは言っても、メンツは親会社のヤツらのみ。
事の起こりはやっぱり溝口で。
「今こっちに提案してる案件って事務系女子の協力が必須だし、まとまった時のことを考えて今のうちに親睦を深めておいたほうがいいぞ」
などと言いくるめられて無理矢理連れて行かれたのだ。
仕事については確かにそうなんだが、それを口実に飲み会をするのもどうかと思うので、いつもならさらりと断るんだが。
「彰ちゃんも来るぞ」
その一言を聞き流せるほど俺も大人ではなく。
「……わかったよ。行けばいんだろ」
そんな事情で現在に至る。


「わぁ、桐野さん、本当にいらしたんですね」
「……どうも」
女の子たちには笑顔で迎えられたけど。
片嶋はペコリと会釈をしただけ。
「じゃ、桐野はそっち座って。彰ちゃんは向こう」
俺だって片嶋が来るところならどこでも顔を出そうと思ってるわけじゃないけど。
ここのところ片嶋はなんとなく元気がなかったのに、なんでいつもは断るような飲み会に出席しているのか非常に謎だったから、気になってしまったのだ。
だから。
「片嶋が来るなんて珍しいよな」
よそよそしい挨拶の後で、白々しい会話に紛れて聞いてみたんだけど。
「溝口さんから、桐野さんが来るって聞いて……」
どうやら片嶋も嵌められたらしいということがわかって苦笑した。
「じゃ、カンパーイ!」
まだ一口も飲んでないのにハイテンションな溝口と。
「桐野さんも飲んでくださいね」
華やかな女の子たちに囲まれながら。
片嶋が楽しそうにしているのかってことばかりが気になる俺。
「彰ちゃんはワインだよね?」
「別になんでもいいです」
「赤と白どっちがいい?」
「どっちでも」
「あ、でも、どっちかって言ったら……」
「どっちでもいいです」
っていうか、ぜんぜん楽しそうじゃないんだけど。
何にしても俺は会話にまったく身が入らない。
「でも、付き合い始めの女の子にシモネタばっかりって、下心を感じて怖いでしょ?」
しかも、隣で繰り広げられているのはシモネタについての考察で。
「そっかなぁ? ノリのいい子ならOKだと思うけど」
案外真面目に話しているのが笑えるような、笑えないような。
「別にそれそのものがイヤってこともないんですけど。そればっかりって、ちょっとねぇ……?」
「そうかなぁ? どうよ、桐野」
「そりゃあ、言われた方は反応に困るだろ」
いや、シモネタ好きなヤツだって相手の反応は覚悟の上で言ってると思うけど。
「片嶋君なら絶対そういう話はしないでしょう?」
彼女の質問に。
「俺はしませんけどね」
少し離れた席から片嶋がなんとなく微妙な返事をした。
っていうか。
『俺は』の『は』に、思いっきり含みを感じるんだけど。
「ああ、そっか。片嶋君にそういう話をする人がいるんだ?」
それについては何も答えなかったものの、片嶋は少しだけ困ったような笑みを浮かべた。
そうじゃないかと思ってたけど。
やっぱり俺のことを言ってるらしい。
まあ、いいけど……なんて開き直っていたら、今度は俺に同じ質問が。
「桐野さんは彼女にシモネタな話なんてします?」
「……普通に言うけど」
俺としては『ネタ』のつもりはない。
片嶋が本気にしてくれないだけで。
「彼女、なんて言います?」
聞かれるたびに「彼女じゃない」と訂正したくなるが、それは堪えるしかない。
「別に。ちょっと嫌がってるかな」
そんな返事をしながらも、困った顔でうつむく片嶋が視界に入って、ついつい頬が緩んでしまう。
われながら末期的症状だ。
「やだ、桐野さん、なんでそこで笑うんですかぁ?」
「うわ、思い出し笑いってやつですよ〜」
思い出し笑いっていうか、現在俺の目の前でそういう顔をしてるのが見えるんだけど。
「彼女が嫌がるのって楽しいですか?」
嫌そうな顔を見るのが楽しいわけじゃないけど。
「変に照れたりするのが可愛くねーか?」
答えた後で、どうせオヤジくさいとか言われるんだろうなって思ったが。
「もう、桐野さんったら、彼女の話になると顔が緩んだままになるんですから」
「いいなぁ、楽しそうで」
どう言われようが、この際いいんだが。
やっぱり気になってチラッと片嶋の方を見たら、まだ少し笑ったまま俯いていた。
「……まあ、俺は楽しいけどな」
そんな片嶋は本当に可愛くて、また気が緩みそうになる。
もっとも、他のヤツらの視線まで釘付けにしているのはちょっといただけないが。
「どんな彼女なんですか? 写真とかないんですか?」
部屋に帰ればあるんだけど。
クッションと戯れてるのとか、ネコひげつきのヤツとか。他にもいろいろ。
……絶対人目には晒せない。
仮に片嶋が他の会社で、この中の誰のことも知らなくて、たとえば女の子だったとしても、やっぱり俺は誰にも写真を見せなかっただろう。
「とりあえず、写真はダメだな」
「なんでですかぁ? 普通、可愛かったら自慢したくなりますよね?」
そんな挑発に乗ると思うのが間違いだ。
それに片嶋なら、わざわざ俺が自慢する必要もない。
「別にたいした理由はないんだけど。まあ、強いて言うなら、俺のものだからって感じかな」
あくまでも「強いて言うなら」だけど。
「うっわ……すごい。桐野さんって独占欲強かったりします?」
「かもな」
独占欲なんて言われても。
「きゃああああ」
「叫ぶなよ」
「でもっ」
今までは一度もそう思ったことはなかったけど。
「じゃあ、もう俺には話を振るなよ。返事に困る」
片嶋はやっぱり特別で。
何よりもちょっと目を離したら他のヤツにちょっかい出されそうで心配だから。
……って思ってるそばから、
「ショウちゃん、ワインもっと頼んであげようか?」
岸田が片嶋にすり寄ってるし。
まったく油断も隙もない。
別に岸田が危険だとかそんなことは少しも思ってないし、片嶋なら岸田ごとき簡単にあしらえるのも分かっているけど。
なんと言うか、そういうことじゃないんだよな。
他の連中にどう思われてもいいから俺の隣りに座れよと言って連れてきてしまおうかと思っていたら、片嶋の方から逃げてきた。
「あら、片嶋君、どうしたの?」
そう聞かれて、片嶋はニッコリ笑って。
「岸田さんがうるさいんです」
そういうことは相変わらずはっきり答えていた。
よく職場の人間関係に支障を来たさないものだと思うけど、なぜか片嶋に関しては周囲が甘い。
……単に岸田が誰からもそういう扱いを受けているだけって気もするが。
「だからって、なんで桐野さんの隣なの? せっかく女子社員一同でおもてなししてるのに」
本気なのか冗談なのかわからない抗議の声にも、片嶋はやっぱり笑顔を見せて。
「俺も手伝いますよ、おもてなし」
開けていないワインのボトルを二本もテーブルに並べた。
おもてなしと言うよりは挑戦状だ。
「うわぁ、二人で空ける気?」
「桐野さんと片嶋君ってどっちが強いんですか?」
周りの連中が面白半分でそんなことを聞くけど。
「……片嶋に決まってるだろ」
比べる方が間違ってる。
「そんなことないですよ。俺は桐野さんが潰れたのを見たことないですし」
そうは言いつつ、片嶋はやる気満々なんだけど。
どっちか片方ならともかく、二人とも潰れたらどうするんだよ?
そういう気持ちで視線を投げてみたが、当の片嶋は極上の笑顔を向けただけだった。
「あーあ、彰ちゃん、本気だなぁ。けど、おまえらに飲ませるとムダなんだよなあ」
そう言いながら溝口が入ってきて、会話はますます怪しい方向へ。
最初は真面目に彼氏のシモネタ対応に悩んでいた女の子の相談も、どんどん話が逸れていき、
「男の人ってHな子の方が好きですかぁぁ?」
すでにこんな感じになってた。
というか、酒が入り過ぎだ。
「俺は好き。大好きだー」
と既に酔っ払いの溝口。
まあ、コイツは置いておくとして。
「片嶋君は?」
片嶋は女の子を口説く気なんて少しもないんだから、そんなことは聞かなくていいぞと言いたかったが。
片嶋はそんな質問にもそこそこ真面目に答えていた。
「別にどっちでも構いませんけど」
いや、いつもの反応からすると、本当はそういうヤツは苦手なんだと思うんだけど。
俺と付き合ってるだけに、それは言えなかったんだろう。
「桐野さんは? 彼女から積極的に来てもOKですか?」
不意に飛んできた質問に俺の脳内は一瞬積極的な片嶋一色になりかけた。
もちろんそんなことは絶対にありえないけど。
「もちろん歓迎。素直に喜ぶ」
そう答えた瞬間、片嶋の呆れ果てた顔が見えた。
本当に正直なヤツだ。
ついでに。
「桐野さん、もういいですから、俺らは静かに飲みましょう」
さらっと話を流して、俺と周囲に座ってるヤツのグラスになみなみとワインを注いだ。
もちろん、みんなでワイン数本程度じゃ俺も片嶋も潰れなかったけど。
その他のヤツらは全部出来上がってしまった。



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