<後編> Merry, merry Christmas
ようやく車に乗って、しばらくは撫でたりキスしたりして片嶋のご機嫌を取って。
「じゃあ、ちょっとMD買いに行くからな?」
ようやく承諾をもらって大きな電気屋に行った。
ペット禁止かどうかを聞こうと思って店員の近くに行ったが、俺の腕の中で大人しくしている片嶋を見ても店員は「何かお探しですか?」以外は何も言わなかった。
「パソコン売り場って何階ですか?」
その質問にも「3階の奥になります」という返事のみ。
ペットはOKなんだろうと思ってパソコン売り場に行ったが。
よく考えてみたら、まるっきり着ぐるみを着ているヌイグルミ状態だったから、俺が抱いていても本物だとは思われていなかっただけかもしれない。
まあ、今更だけど。
「片嶋、クリスマスプレゼントは何が欲しい?」
なんでもいいって言われたら、片嶋専用のパソコンを買おうって思って、見本としておいてある最新機種を少しいじってみたけど。
その時の片嶋の返事が。
「イカがいいです」
―――……イカ?
まあ、片嶋はネコだから、イカが好きでも別にいいとは思うんだけど。
それにしても何故イカなんだろう。
「小さいのがいいです」
真っ直ぐ俺を見上げる目もかなり真剣で、決して冗談ではなさそうだ。
「ああ、それでもいいけど」
スーパーに小さいイカなんて売ってたかなと思いながらも返事をしたが、売っていたとしても調理方法がわからない。
「どうやって食うんだ?」
片嶋なりにイメージがあるだろうと思って確認したら。
「水槽で飼うんです」
またしても、そんな返事が。
「飼うって……イカを??」
「そうです。光るんです」
って、真面目な顔で言うんだけど。
まさかイルミネーションの代わりにしようなんて思ってるんじゃ……
いや、それよりも。
「イカって飼えるのか?」
光るペットが欲しいのなら、せめて熱帯魚のようなメジャーかつ飼いやすいものにしてくれないかな、と思いながら聞いてみたが。
「飼えないんですか?」
逆に聞き返されてしまった。
しばらく二人で見詰め合ってしまったが、考えたところで分からないことに変わりはない。
仕方がないので、ネットで調べることにした。
ついでに新機種の使い勝手なんかも試しながら、20分くらいが経過して。
「―――……飼うのは無理っぽくないか?」
きりりと画面を見ている片嶋に同意を求めたら、ちょっとガッカリした顔で頷いた。
「光るのがいいなら、熱帯魚にもそういうのがあるし」
一応、代替案を出してみたんだけど。
片嶋はやっぱり真面目な顔で、
「……ダメなら桐野さんでいいです。……光らないけど」
そう答えた。
俺が光ったら怖いと思うんだが。
っていうか、俺は片嶋のペットだったのか……?
いろんなことが、相変わらず謎な片嶋だった。
でも、まあ。
どうせクリスマスプレゼントを買うつもりだったんだし。
面白そうなのでそのまま片嶋と大きなペットショップに直行した。
もちろん熱帯魚コーナーに行こうとしたんだけど。
「あの、お客様……」
ネコは抱っこのままでは熱帯魚コーナーには入れないと言われて。
「よろしかったら、お選びになる間、あちらでお預かりします」
店員が差し示したのは、犬ネコ売り場コーナーにある休憩所。仕切られたガラス張りの部屋に首輪をしたネコが1匹ずつ寝てた。
子猫とか大きいのとか、それに種類もいろいろで、可愛いもんだなとは思ったけれど。
「向こうで休んでるか? 光るヤツ、探してきてやるよ」
あの中に交じっていたとしても間違いなく片嶋が一番可愛いよな。
のん気にそんなことを考えている俺を見上げながら、片嶋はもう完全に拗ねてしまっていた。
いかにもその辺のペットと同じ扱いというのが気に入らなかったのだろう。
まあ、片嶋には「恋人」だと言ってあるから、無理もないとは思うんだけど。
「片嶋、機嫌直せって」
ご機嫌伺いにおでこにキスをしてみたけど。
片嶋はプイッと顔を背けてしまった。
ついでに。
「もう、いいです」
外ではしゃべるなと言っていたはずなのに、思いっきりはっきりとそう言い放った。
その瞬間、店員の視線が片嶋に釘付けになって。
同時に彼の手からはペットフードの缶が転げ落ちた。
カランカランという音。
それから、しばらくの沈黙。
店員がはっと我に返って、あたりをキョロキョロしたのは1分ほど後。
でも、「申し訳ありません」と詫びてから、何事もなかったかのように仕事に戻った。
どうやら彼の脳内では「幻聴」として処理されたらしい。
……よかった、よかった。
だが、ちっとも良くないって顔をしているのがここに1匹。
「あんまり俺を困らせるなよ、片嶋」
仕方がないのでイマイチご機嫌が麗しくない片嶋を抱いて速攻で家に帰った。
拗ねてる顔も可愛いんだけど、このままだとずっとふて腐れてクリスマスを過ごすに違いない。早めに宥めておかないと。
「イカがダメだった代わりに片嶋の欲しい物をなんでも買ってやるよ」
そんな提案をして片嶋のご機嫌を取ってみる。
「ほら、何がいい?」
なんだかんだと言っても片嶋はプレゼントが大好きだったりする。
「……おいしいシャンパンとケーキ」
やっぱり酒か。
まあ、そういうところが片嶋らしくて可愛いけど。
「ああ、それはもう買ってあるから大丈夫だって。シャンパンは3本あるし、あとはワインもある。他には?」
気軽に聞いたものの、その問いには予想だにしなかった答えが返って来た。
「桐野さんとおそろいの指輪」
……それは、えーっと……
指輪って指にはめるアレだよな??
それはそうだと思うんだが。
「片嶋、指輪なんてはめられるのか?」
片嶋の手はとても器用で、ペンも持てるし、パソコンのキーも打てるし、缶ビールのタブもちゃんと開けられるんだけど。
見た目は普通の猫の手だ。
念のために片嶋の手を持って確認してみた。
が。
やっぱり普通のネコの手だった。
「はめられなくてもいいんです」
まあ、そんなに欲しいんだったら首にかけてやればいいしな。
そう思う俺に至極真面目な面持ちで、きっぱりと告げた。
「もうすぐ大きくなるんです。そしたら填めるからいいんです」
その言葉を聞いて、誕生日に泣いていた片嶋を思い出した。
七夕のことでクリスマスツリーの話もなくなったのに、まだ諦めてなかったんだと思うと胸が詰まった。
こういう時、俺はなんて言ってやったらいいんだろう。
『早く大きくなるといいな』って?
それとも『そんなこと早く忘れろよ』って?
悩んでいる俺の目の前で片嶋が返事を待っていた。
キリリとした顔で。
でも、少しだけ心配そうに。
その顔を見て思った。
片嶋だって本当はもう大きくなるなんて話は信じていないんだろう。
だったら、このままずっと二人で楽しく過ごす方法を考えよう。
片嶋がそうしていたいなら、一緒に夢を見てやればいい。
「大きなダイヤがついてるのが婚約指輪ですよね?」
片嶋が真面目な顔で聞いて。
「ああ。そうだな。そういうのが一般的かな」
俺も真面目に答えて。
「でも、それは女の子がするんですよね?」
「そうだな」
あとは何を聞くのかなって思って待っていたんだけど。
片嶋は何も聞かなかった。
「……片嶋なら、どんなのが似合うかな」
そうでなくても片嶋は可愛いのに、ダイヤなんてつけていたら誘拐される確率が高くなる。
一人で好きな時に散歩もできなくなったりしたら可哀想だ。
そう思ったから。
「じゃあ、プラチナのシンプルなヤツにしような」
あんなことを言うくらいだから、本当はダイヤのついてるのが欲しいのかもしれないと思ったりもしたけど。
俺の言葉をじっと聞いていた片嶋は、やっぱり真剣な顔でコクンと頷いた。
それを確認してから、抱き上げてキスをして。
「片嶋、本当にそれでいい?」
そんな質問をしたら。
「おそろいのプラチナの指輪は死ぬまでずっとつけてていいんですよね?」
片嶋はまっすぐに俺の顔を見上げて、そう言った。
それから。
「すぐに大きくなりますから」
歯切れのいい声で、少しだけ笑ってそう付け足した。
「……じゃあ、それまでは首にかけておこうな?」
たとえそれが儚い期待でも、これは片嶋との約束だから。
あまり首輪っぽく見えない細いベルトを買ってきて、つけてやろうって思った。
「桐野さんもつけてくれるんですか?」
その時だけ、妙に片嶋らしくない遠慮がちな声で聞かれて、なんだか可哀想になった。
俺だって男のくせにネックレスってどうだろうと思わないわけじゃないが、それで片嶋の喜ぶ顔が見られるんだったら。
「……ああ。おそろいだからな」
たったそれだけの言葉。
でも。
微笑んで俺を見上げる。
今、この時の片嶋の顔を、この先ずっと忘れないだろう。
Merry, merry Christmas……―――
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