パーフェクト・ダイヤモンド

ネコを拾いました。

Merry Christmas!





<前編>  憧れのクリスマス・イルミネーション  


11月最初の金曜日。
テレビからはクリスマスツリーお披露目の式典のニュースが流れていた。
「13mってどれくらいですか?」
片嶋が真面目な顔で俺を見上げた。
「んー、どれくらいって言われてもな」
説明のしようがなかったので、メジャーを持って来て片嶋に渡した。
「ほら」
片嶋は嬉しそうにそれを受け取ってせっせと家の中を測り始めたが、玄関の隅まで行ってから残念そうに戻ってきた。
「……ぜんぜん足りませんでした」
俺の部屋の直線距離は端から端まで10メートルもなかったらしい。
「まあ、デカければいいってもんじゃないしな」
そんな慰めをしながら片嶋を見たら、
「キラキラしてました」
そう言ってちょっとガッカリした顔になった。
どうやらイルミネーションが気に入ったらしい。
「部屋に飾るか? 1mくらいのなら置けるだろ」
もちろん13mはムリだけど。
ためしにそう言ってみたら、片嶋がパッと顔を上げた。
「いろいろな色があると子供っぽいから、一色だけのがいいです」
顔はキリリとしたままだったが、やっぱり嬉しそうだ。
そんなに喜ぶなら多少邪魔になっても大きめのを買ってやろうと思ったのだが。
「じゃあ、明日オーナメントを一緒に買いに行こう。七夕の時みたいにいろいろ飾りつけしないとな」
何気なく言った言葉に片嶋がピクッと固まった。
それから。
「……やっぱり、いいです」
そんなことを言い出して。ついでに。
「なんでだよ?」
何度理由を聞いても「いらないです」を繰り返した。
「片嶋、もしかしてまだ七夕のこと気にしてるのか?」
どうやらそれは図星で、片嶋は俯いたきり何も言わなくなってしまった。
「もう、そんなこと気にするなって」
まさかこんなに引きずるとは。
俺が変な願い事さえしなければ、片嶋が落ち込むこともなかったんだろう。そう思うと可哀想でならなかった。
本当はツリーだって欲しいくせに、いらないと言い張って。
でも、こんな状態でツリーを買っても片嶋は喜ばないだろう。
「じゃあ、リースだけ玄関に飾るか?」
それは片嶋も頷いたけど。

そんなわけで、クリスマスツリーを部屋に飾る話は消えてなくなった。



そして、12月20日。土曜日。
朝っぱらから片嶋と2人。
クリスマスにはとびきりのワインで乾杯して、ケーキにはたくさんろうそくを立てて二人で消そうなんて、他人が聞いたら呆れるほど甘い相談をしていたら、悪魔の呼ぶ声……じゃなくて、溝口からの電話。
『もうすぐそっちに着くから。あ、俺、あったかいカフェオレな』
約束も予告もなしにいきなり押しかけて、コーヒーを入れろというその神経は相変わらずだ。
「何の用だよ」
迷惑だという意思表示全開の質問にも溝口は怯むことなく、
『片嶋にクリスマスプレゼント持っていくから。じゃ、よろしく』
そう言い残して電話は切れた。
「……溝口から片嶋にプレゼントがあるってさ」
その瞬間、片嶋の眉間に深い縦ジワが走った。
溝口は片嶋を可愛がっているけれど、それはどう考えても片嶋で遊んでいるとしか思えないような構い方で。
片嶋は本当に嫌がっていた。
「なら、今散歩に行ってていないって言ってください」
居留守宣言をしてクロゼットの奥に隠れようとした時、インターホンが。
ピンポーン……
脳天気に鳴り響いた。
とりあえず片嶋お気に入りのクッションを一緒に入れてやって、クロゼットを半分だけ閉めた。
「あれ? 片嶋は? せっかくプレゼント持ってきてやったのに」
そう言って溝口が袋から取り出したのは、なにやら茶色のフワフワしたものだった、
「なんだよ、それ」
小さなフードつきのパーカー。
しかも、猫サイズ。
「お袋がうちの猫用に作ったんだけどさ、採寸した時より太ってて着れなかったんだよ」
捨てるのも勿体ないからと言って持ってきたらしい。
「ほら。よくできてるだろ?」
広げてみたら、ちゃんとポケットもついていて、まずまず可愛い。
「片嶋、どこ? せっかく作ったんだから着せた写真撮ってこいって言われてるんだけど」
さすがに他人の迷惑とかそういうことを考えなさそうなところが溝口の母親って感じだな。
まあ、とりあえず変なものじゃないんだからいいとしよう。
そう思って片嶋を呼んだ。
「片嶋、ちょっとだけ出てこいよ」
呼ばれてクロゼットからしぶしぶ顔を出した片嶋は、ちょこんと俺の隣に座ってテーブルの上に広げられたパーカーを見た。
「サイズは大丈夫そうだから。ちょっとだけ着てやってくれよ。な?」
なぜか俺が片嶋のご機嫌を取りつつ、パーカーを着せた。
「お、ちょうどいいな」
ご機嫌な口調でそう言いながら溝口が携帯を取り出して。
「フードかぶせて。片嶋、こっち見て」
無理矢理フードもかぶせて片嶋の写真を撮った。
「以上で終了」
溝口の用事はそれで終わりみたいなんだけど。
「これ、なんだよ?」
片嶋の被ってたフードには、なぜか布で作った棒がついていた。
「角。トナカイなんだと」
と言っても複雑な枝別れはしてなくて、「F」を丸文字にしたようなものがちょこんとついているだけだ。
「まあ、トナカイにも見えなくはないけどな」
片嶋はネコだから。
なんとなく、着ぐるみを着ているヌイグルミみたいな雰囲気なんだけど。
「意外と可愛いだろ。な?」
浮かれた溝口をこれ以上調子に乗せてはいけないと思って。
「着てるのが片嶋だからな」
可愛くて当たり前だという気持ちを込めてみた。
服そのものも柔らかい素材で暖かいせいなのか、片嶋も嫌そうな顔はしていなくて。
だから、そのまま着せておくことにした。
「それからさ」
そう言って溝口が取り出したのは赤と白の服。
「コートもやるよ。これも帽子付き」
そう言われて赤い布を広げてみたがどう考えてもサンタクロースの衣装だった。
「出かける時、寒くないようにな?」
片嶋はネコだからとても寒がりなんだけど。
トナカイパーカーの上にサンタクロースコート。
……もっとも、コートというよりはケープとかマントというような形態だが。
「いくらなんでも着込みすぎじゃないか?」
暖かい部屋でこんな格好をしていたら、フワフワの冬毛になった片嶋がハゲてしまうんじゃないかと心配だったが。
片嶋は別の心配をしていた。
「……これって、変じゃないですか?」
サンタの衣装を着たトナカイのコスプレをした猫の片嶋。
確かに変なんだけど。
どうしても腑に落ちないといった表情の片嶋がやっぱり可愛くて。
「俺は可愛いと思うけどな」
それも溝口が持ってきた衣装のせいじゃなくて、単に片嶋が可愛いだけなんだけど。
キリっとした顔でその言葉を聞いていた片嶋はちょっとだけ首をかしげた。
でも、そのあと鏡の前で少し考え込んでいたが、結局、サンタ&トナカイの衣装を脱ぐとは言わなかった。
「片嶋、ちょっとこっち来て」
せっかくだから、小さなサンタ帽子もなんとかかぶせてみようと思ったが。
「……角が邪魔でどの角度でかぶせようとしてもムリだな」
トナカイを着ていなければ被れると思うんだが。
「俺んちのオフクロ、そういうことは考えないからな」
さすがに溝口の母親だ。
そんな遣り取りを片嶋はキリッとした顔で見ていたけど。
「じゃあ、これは桐野さんにあげます」
そう言ってテーブルの上にあがると俺の頭に帽子を置いた。

飾りつけもなにもない殺風景な部屋にサンタクロースの服を着たトナカイ姿の片嶋とサンタ帽子の自分。
「おまえら、変だよ」
溝口には呆れられたんだけど。
「溝口さんになんて言われても全然気になりません」
片嶋が真面目な顔でそう言うから、2人だけでクリスマス気分を楽しむことにした。



その日から、片嶋は毎日トナカイサンタクロース姿だった。
その翌日も、さらにその翌日も。
しかも、イブの日にはその格好で一緒に買い物に行くと言い出した。
もちろん、クリスマスの準備だ。
「荷物が多くなると思うから車で行こうな?」
そうは言っても外も歩く。トナカイ&サンタコスチュームはこういうときは結構役に立つ。
なんなら冬中着せておこうかと思った俺の気持ちを見透かしたように片嶋がチラリと視線を投げた。
「でも、これ、クリスマスにしか着られませんよね?」
……まあ、そうなんだけどな。


2人で車に乗り込み、近くのスーパーへ。まずは食料を調達。
その間、片嶋は車で留守番をしていた。
買い込んだものは、クリスマスらしいセレクションというよりもワインのつまみにちょうどいいものばかりで、我ながらこの選択はいただけないと思ったが。
「クリスマスって楽しいですね」
スーパーの袋をカサカサと覗き込んだ片嶋がえらく喜んだので、まあいいかと思うことにした。
「あとはケーキだな」
車はスーパーの駐車場に停めたまま、向かいのケーキ屋へ行った。
「俺も行きます」
「ケーキ屋だって中には入れないぞ?」
「いいんです」
妙にきっぱりと言い返すから、トナカイ&サンタ衣装のまま連れて行くことにした。
片嶋のご所望はちょっとビターなチョコレートケーキ。
飾りはほんの少しだけ。ココアパウダーがかかったシンプルなやつだ。
「ここで待ってろよ?」
少し寒かったので可哀想だとは思ったが、さすがにケーキ屋には連れて入れない。
でも、今日は受け取りだけだからすぐに済むだろうと思って、片嶋を外に待たせておくことにした。
「……犬がいます」
片嶋の目線の先に犬が2匹、鉄柱に繋がれた状態で主人を待っていた。
とても行儀良くて大人しそうな犬なんだけど、片嶋から見たらやっぱり怖いんだろう。
「そうだな、じゃあ……」
犬からは少し離れた場所にワインか何かが入っていたと思われる箱が3段積み重なっているのを発見して、その上に片嶋を座らせた。
すぐ右隣にはキラキラのクリスマスツリー。
左には『本日のおすすめケーキ』が書かれた黒板。
その間にトナカイ着ぐるみ&サンタケープ姿の片嶋が佇んでいる。
なんだかとてもいい感じだった。
「じゃあな。すぐに戻るから大人しくしてろよ」
片嶋はなんとなく心細そうだったけど、精一杯キリリとした顔で頷いて俺を見送った。
店に入って振り返ったら、片嶋はもう犬のことなんて忘れてクリスマスツリーに見入っていた。
少しだけ首をかしげて楽しそうに見つめている片嶋の後姿が本当に可愛くて、ついつい何度も振り返ってしまった。


無事ケーキの受け取りを済ませて店を出た時、片嶋の周りに何故か人だかりができていた。
「片嶋、大丈夫か??」
まさか外でしゃべったのか?
そんな心配もしたが、どうやらそういうことではなかったらしい。
通りすがりの人や店に来た客がみんなで片嶋を撫でまくっていた。
もちろん、片嶋は思いっきり不機嫌で、眉間には縦ジワ、口もへの字になっていた。
「そんな顔するなよ。片嶋が可愛いから構ってくれるんだから」
すっかりゴキゲン斜めになった片嶋を片手で抱き上げて宥めていたら、おばちゃんや女の子たちに羨ましがられた。
「可愛いですね。片嶋ちゃん、一人でサンタさんとトナカイさんなんですね」
片嶋の名前を知っているということは、公園で会ったことがあるんだろう。
「ええ、知り合いが作ってくれたので」
そんな説明をしつつ車へ向かおうとするが、なかなか解放してもらえない。
「片嶋ちゃんってお名前なの? 上品で可愛らしいネコちゃんね」
「よく公園を一人でお散歩してるんですよ。どこにいてもすぐに分かりますよねえ」
「あら、そうなの」
すっかりご近所同士の会話に巻き込まれ、なぜかまたこんなところで有名になってしまう片嶋だった。
これも俺が親バカで着ぐるみヌイグルミ状態の片嶋の可愛さを自慢しようなんて気持ちがあったからいけないんだが。
「じゃあ、この辺で……まだ買い物があるので失礼します」
そう言って逃げの体勢に入ったが。
「片嶋ちゃん、風邪引かないでね。あ、片嶋ちゃんのパパも」
また微妙に引き止められてしまった。
そして、片嶋の不機嫌に拍車がかかる。
『パパじゃなくて恋人です』
そう説明しろと目で合図されたが。
それには気づかない振りをして、その場をそそくさと立ち去った。




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