<バレンタイン>
「片嶋、チョコもらってきたぞ」
玄関で呼んでみたけど、返事は「お帰りなさい」の一言だけだった。
酒はもちろんだが、チョコレートも好きだったはずなのに、と思いながらリビングに行ってみたが。
「片嶋、腹減ってないのか?」
「普通です」
テレビを見ているだけでチョコの入った袋には見向きもしなかった。
当然、片嶋からのチョコなんてものはあるはずもなく。
しかも。
「『桐野は毎年腐るほどもらうから、チョコなんて欲しくないだろう』って言ってました」
「それって……」
もちろん溝口だろう。
まったく余計なことしか言わないヤツだと思うが、溝口だから仕方ない。
片嶋からもらえないのは残念だが、義理チョコは本当にたくさんもらったので、二人で楽しく食べることにした。
「片嶋、好きなの選んでいいよ」
その間に風呂に入ってこようと思っていたら。
「チョコなんて興味ありません」
なぜかツンとした顔でそう言われてしまった。
「……甘いもの、好きだったよな?」
なぜ今日に限って片嶋の機嫌が悪いのか。
思い当たることは一つだけ。
「……片嶋にもバレンタインのプレゼント買ってきたけどな」
もちろんワインなんだけど。
というか、もう一個の袋を見たら分かると思ってたんだけど。
「これは桐野さんが買ってきたんですか?」
どうやら女の子からもらったものだと誤解していたらしい。
「そう。片嶋に。これ、好きなヤツだろ?」
風呂から上がったら一緒に飲もうと声をかけたら、片嶋のご機嫌はにわかに回復した。
「ほんとに可愛いよな、片嶋」
独り言を言いつつ、風呂に入って。
寒かったからゆっくり湯に浸かろうと思ってたけど。
キリッとした姿勢のままで待ってるんだろうと思ったら、ついつい急いでしまった。
「あ、片嶋、ワインは夕飯食ってからに……」
いきなりドアを開けると、何かがガサッと音を立てた。
どうやらそれはテーブルの横に倒れないように立てかけておいた大きなサイズの紙袋の方から聞こえたようで。
「……片嶋?」
そっと中を覗き込もうとしたら、片嶋がちょっとバツの悪そうな様子で顔を出した。
「ワインに合いそうなのを選んでたんです」
そんなことを言ってたけど。
小さな手が慌てて後ろに隠したのは、チョコに添えられていたカード。
どうやらちゃんと義理チョコなのかをチェックしていたらしい。
「本命チョコだったら、桐野さんが一人で食べないといけないですから」
言い訳なのか、本当にそう思ってるのかはわからないけど。
真面目な顔で見上げている片嶋が本当に可愛くて。
「ばーか。本命のチョコなんて受け取ってこないって」
そう言ったらやっと。
「……じゃあ、どれでもいいです」
少しもじもじしながら、片嶋はちょっとだけ小さな口をほころばせた。
その後は、片嶋が研究に研究を重ねたというホットワインを二人で飲んで。
「研究過程の失敗作はどうしたんだ?」
「ちゃんと残さずに飲みました。おいしかったです」
それは本当に失敗作だったのかという疑問は残しつつも。
「そっか……体に気をつけろよ」
きりりとした瞳を見つめながら。
甘く楽しく。
バレンタインの夜は更けていったのだった。
おしまい
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