<人型片嶋と迷惑な客>
サンタクロースから一番欲しかったものをもらった片嶋だったが、どういうわけか滅多に人型にはならなかった。
「好きな時に変われるわけではないんです」
本人がそう言うんだからきっとそうなんだろう。
まあ、ネコでも人型でも片嶋はあんまり変わらないからどうってことはないんだが。
「じゃあ、一時間くらいで帰るから、本が届いたら受け取っておいてくれよ」
「わかりました」
キリリと顔を上げた片嶋は久しぶりの人姿。
宅配の対応くらいお安い御用といった様子だった。
もっとも片嶋ならネコの時でも荷物くらい簡単に受け取るだろう。
でも、
『ドアは開いていますので中にどうぞ。ご苦労様です。荷物はそこに。印鑑はこちらに押せばいいんですね』
などとテキパキ対応するネコは世間的にはやっぱりちょっとどうかと思うので、普段は遠慮してもらっている。
「じゃあ、頼むな」
「いってらっしゃい」
にっこりと笑顔を向けられ、なんだかこのまま家に居たい気分になったが、必要な買い物だから仕方ない。
できるだけ早く戻ってこようと心に決めて家を出た。
そんなわけで、溝口が来たときインターフォンに出たのは片嶋だった。
『あれ? 桐野は?』
「あいにく外出中です。ご伝言があればお伺いしますが」
『すぐ戻るんだろ? だったら部屋に入れてくれよ。コーヒー飲みたいなんて言わないからさ』
だが、片嶋は容赦のない性格なので、そのまま受話器を置こうとしたらしい。
でも。
『待てよ。桐野が携帯は持って出てるならちょっと電話してみるから』
こうして俺に電話をかけてきた溝口は「部屋で待たせるように言ってくれよ」と頼んだのだが、片嶋はそんなに甘くない。
「その電話で用件を伝えれば済むと思いますが?」
いつにもましてシビアに現実を突きつけた。
だが。
『あはは。そりゃあもっともだな。でも、ヒマつぶしに来ただけだから用事なんてないんだ』
……溝口に正論など通用しなかった。
そして1分後。
溝口は無事俺の部屋のリビングに座っていた。
「なあ、テレビ見ていい? それと、ちょっと咽喉渇いたんだけど。なんか飲むものとかもらえたりしないのかな」
「わかりました」
そう言った後、溝口の前にドンっと置かれたのはグラスに入れられた水道水。
「いいね、その性格。名前は? 桐野とはどういう関係? 友達?」
もちろん片嶋が人型になれるなんてことを知らない溝口は目の前にいる人型片嶋に遠慮なく好奇心を向けて質問を浴びせたのだが、片嶋は無愛想ながらも正直に答えたのだった。
「片嶋です」
その返事に溝口も一瞬考えたらしいけど。
「片嶋ってネコじゃなかったっけ?」
別に驚くこともなくそう聞き返した。
「今日は違います」
そんな言葉に対しても。
「あ、そうなんだ」
溝口はそれしか言わなかったらしい。
「……で、30分潰して帰っていったのか?」
「そうです」
俺が部屋に戻った時、もう溝口の姿はなかった。
女子との待ち合わせ時間を間違えたからちょっと寄っただけだという溝口もどうかと思うが、結局最後まで水道水しか出さなかった片嶋も相当なものだ。
どうやら心の底から歓迎されていないらしい。
「まあ、アイツは変わってるからな……」
普通ならネコが人間になったなんてことは信じない。たとえ信じたとしてももっと驚くべきだと思うんだが、さすがに溝口。
「そういえばネコ姿の片嶋がしゃべった時もまったく驚いてなかったよな」
ただ単に溝口本人が変わっているせいなのか、あるいは柔軟な思考の持ち主と言ってやるべきなのか。
どう思うかと片嶋に聞いてみたら、「前者ですね」とキッパリ答えた後、じっと俺の顔を見た。
「でも、最初に会った時、桐野さんも驚いてませんでした」
言われてみればそんな気もするが。
記憶を辿ってみても片嶋がキリリとしていたことしか思い出せない。
「別に不思議な感じはしなかったんだよな」
むしろ普通にしゃべりそうな気がしたような。
「普通に名前聞かれましたし」
「そうだったな」
なんで疑問に思わなかったんだろうな、俺。
……まあ、今さらどうでもいいことだけど。
とりあえず溝口は帰ったんだから、この後は二人でゆっくり……などと考えていたら。
その一時間後。
『ピンポーン。あ、桐野? 俺、俺』
インターフォンからまたしても不吉な声が。
「さっき帰ったばっかりのくせに何しに来たんだよ?」
受話器越しに思い切り刺々しい気分を飛ばしたのだが、溝口には効き目がない。
『ショウちゃんの顔を見に。可愛いよなぁ、ずっと人間でいればいいんじゃないか? 俺、今日桐野んちに泊まって一緒にフロ入って背中流して―――』
その瞬間。
ブチッ、とインターフォンを切ったのは片嶋ではなかった。
「片嶋、今日はこのまま電源切っといていいから」
溝口は確かに友人だが、あんな危険なことを考えている以上部屋に入れるわけにはいかない。
ついでに携帯の電源も落としておいた。
「わかりました」
そんな返事に安堵して。
それから、ソファに座ったままにっこりと笑う片嶋の隣に座って肩を抱き寄せた。
「そうだよな。せっかくの休みなんだから二人でゆっくり―――」
……などと、ちょっとだけヨコシマなことを考えていたら。
ぽむっ!
いつものアレが。
「……片嶋ってどうしていつもこのタイミングで猫に戻るんだ?」
「なんか緊張するみたいで」
言い訳もいつもと同じ。
隣で俺を見上げているのはキリリとした顔。
「……まあ、いいか」
いつものことながら俺は片嶋に遊ばれているような気がするものの。
真剣そのものといった表情に少し笑った後、二人分のコーヒーを入れてテレビをつけた。
「何がおかしいんですか?」
「いや、別に」
久しぶりの晴天に恵まれた連休の真ん中の日。
片嶋の提案で今後の溝口対策を検討し、その後は片嶋を膝に乗せて天気予報を見ながら明日の予定を立てたのだった。
end
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