パーフェクト・ダイヤモンド

〜・かなり不自然な白うさぎ・〜



 
俺の記憶が確かなら、その日は片嶋と一緒に楽しくお茶を飲んだ後、日当たりの良いソファで「いい天気だし、たまには散歩にでも行こうか」なんて話をしていたはずだった。
だが、いつの間にか寝てしてしまったらしい。
ハッとして目が覚めたのは微妙な空気の変化に気付いたせいだった。
「……片嶋?」
目の前にいたのは、うさぎの耳をつけたネコの片嶋。
尻尾は長いままだったけど、ベストを着て懐中時計をタスキ掛けにしていた。
「どうしたんだ、その格好は?」
意外と似合うとは思うんだけど。
片嶋は本当に何をしていても可愛いよな……と、親ばか100%な発言をしそうになったが。
「ウサギのコスチュームなんて不本意です。それに懐中時計のくせにポケットに入りません」
片嶋はえらくご機嫌ナナメで思いきり目が据わっていた。
「いいんじゃないか。可愛いって」
ちょっと宮野が歓迎会に持ってきたバニーガールの耳に似ていると思ったりもしたけど。
「オヤジくさいので『バニーちゃん』とか言わないでください」
まだ一言も口にしていないうちに、釘を刺されてしまった。
微妙に見透かされているのが、やや複雑な気分だ。

「……とりあえず、現状を把握しないとな」
気を取り直して周囲を見回す。
俺と片嶋がいる場所も見慣れたマンションの一室などではなく、市松模様の床に置かれた赤いソファの上。ハイセンスなのか悪趣味なのか評価に困るような部屋の真ん中に俺と片嶋は座っていた。
「でも、桐野さんがエプロンドレスじゃなくてよかったです」
っていうか、なんでそこでエプロンドレスが出てくるんだろう。
そんな俺の疑問を見透かしたように、片嶋が複雑な表情を浮かべて小さな手で壁の方を差し示した。
そこには、『ようこそ、アリス』と書かれていた。
「どういうことだ?」
役回り的に俺がアリスってことなんだろうかと思ったが。
「……さすがにそれはないよな」
ビジュアル的に完全にアウトだ。いくらなんでも世間が許さないだろう。
と思ったのもつかの間、壁に新しいテロップが流れた。
『それでは楽しいゲームを』
目の前の付け耳からしても間違いなく片嶋は白うさぎだ。
ということは、やっぱりアリス役は俺なのか?
と思ったが、片嶋の後ろに青いエプロンドレスが丸まっているのを見て、安心した。
多分、片嶋は俺が起きる前にどっちかを着なければならないような状況に置かれて、渋々うさぎを選んだのだろう。
まあ、片嶋なら白いエプロンつきの青いワンピースも可愛かっただろうとは思うけど。
……でも、基本的にはネコだからな。
「それよりもゲームって?」
コスプレについての感想など述べている場合ではない。まずは状況を飲み込まないことには。
そう思って、ある程度はわかっているらしい片嶋に説明を求めたら、
「指示された方向に歩いていくだけみたいです。でも、これをクリアしないと桐野さんの部屋には帰れないらしいです」
キリッとした顔のままそんな返事をした。
「なんでそんなことが判ったんだ?」
俺が気を失っている間に説明があったんだろうと勝手に思っていたが。
「ポケットの中にゲームに必要なアイテムが入っていて、その一つがこれだったんです」
そう言って取り出したのは『この世の全てがわかる辞典』。
安易で仰々しくて尚且つウソ臭いネーミングのわりには小さくて薄い。まるっきり子供のおもちゃのようだった。
「そこに説明書きがあったのか?」
「はい。でも、たいしたことは書いてないです」
少し厚めの表紙と裏表紙の間に挟まっているのはせいぜい2〜3枚の紙だけだ。
片嶋の小さな手がそれをめくると1ページ目に「指示に従ってススム」とだけ書いてあった。
そのあとのページは白紙。
「でも、最初に見た時は1ページ目にも何にも書かれていなかったんです」
ということは、状況に応じて浮き出てくるとか、そういうヤツなんだろうけど。
「……ありがちだな」
「そうですね」
片嶋にまで「安直です」と言われた辞書はその瞬間になんだかちょっとヨレたように見えた。
「で、ポケットの中味、他のアイテムってなんだったんだ?」
まずは身の回りの確認をと思って聞いたところ、片嶋が無言で取り出したのは以下の5アイテム。
紙とペン。それからクッキーの缶。どこかで見たことのあるお菓子の袋。ピンク色のスタンプパッド。
「なんか、よくわからない組み合わせだな」
「全部使うとは限りませんから」
「まあ、そうだな」
わかったような、わからないような。
それでもとりあえずは前に進まなければならないんだろう。
「せっかく気持ちよく昼寝してたのにな」
「そうですね」
早く脱出して自分の部屋でもう一眠りしよう。
そう決めて、立ち上がった。
その時、ギギーッといういかにもウソ臭い音とともに目の前のドアが開いて、ドアの横に矢印が浮き出した。
『そんなところにドアなんてあったか?』という基本的な問題には触れないでおいたが、なんだか全てがわざとらしいとは思う。
「とにかく指示された通りに進めばいいんだな」
少し心細そうな片嶋を抱き上げて、笑って励ましてみる。
「遠足だと思えばいいって。歩くのが嫌ならこのまま俺が連れてってやるから」
それでもまだ少し心配そうに見上げているおでこにキスをして、俺は最初の一歩を踏み出した。

まあ、そんなふうにコレは始まったのだった。
   



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