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今日はクリスマス・イブだ。
なのに、なぜか俺は今年もここ、宮添(みやぞえ)の部屋にいた。
「腹減ったな。何か食うか、久乃木(くのき)」
コンビニで買った雑誌に視線を落としたまま宮添が面倒くさそうに尋ねた。
すでに「客」と思われてないのがありありと分かる態度だが、それはまあ、お互い様だ。
「フライドチキン!」
クリスマスだしな、などと言いつつデリバリーのチラシを広げたのだが。
「ニワトリ食うの、可哀想じゃないか? おまえ、小学校で鳥とかウサギ飼わなかったのかよ」
「うさぎはいたけどなぁ。おまえだって牛肉も豚肉も食うじゃんよ」
「うまいからな」
「鳥はうまくないってことか?」
「なんかアッサリしてるだろ」
「……カワイソーだから食わないんじゃなかったのかよ。つか、フライドチキンはあっさりしてねーよ」
不毛な会話だ。
もっとも常にどうでもいいようなことしか話してないんだから今さらだが。
「なー、たまにはもっと有意義なこと話そうぜー」
そうだ。クリスマスくらいこの不毛な気持ちをなんとかせねば。
「だったら、おまえが話せよ」
「俺、頭わりィもん」
「自覚はあるんだな」
「……ひでぇ」
そうなのだ。
クリスマスというのは些細なことがやけに薄ら寂しく思えてしまう。
彼女や家族と楽しい時間を過ごせるヤツには分からないだろうが、今そのへんを一人で歩くとクリスマス特有のウィルスがビシバシ攻撃してきて恐ろしく虚しい気持ちになってしまうはずだ。
おかげで俺はバカにされながらもこんなところにいるわけで。
「あーあ。なんかヤダなぁ……」
窓の外の寒々しい曇り空を見ながらエアコンの熱風を浴びて大アクビをすると、背後で突然能天気なクリスマスソングが鳴り響いた。
宮添の携帯だ。
「ああ、どうも。いや、悪いけど友達と約束してっから。そう、夜もずっと」
相手は女だ。漏れ聞こえる声が甲高い。
しかも、明らかにクリスマス一泊デートのお誘いだ。
なのに、宮添は断りの文句だけをサクサク並べるとサッサと会話を終了させて電源を落とした。
「冷てーヤツだな。その子、好みじゃないのか?」
「いや。顔とスタイルだけならまあまあだけどな」
「性格は?」
「興味ねェ」
聞けばバイト先の女だという。
ちょっと小奇麗なカフェという体裁のせいなのか、接客スタッフはもちろんキッチンに至るまでひたすら顔採用ということで有名な店だ。
それが分かっている俺としてはやはり若干面白くない。
だいたい「約束」なんてしてないってーの。
「俺に気ィつかわなくていいぞ。ってか、使うな。恩着せがましい」
「別にそんなつもりはねェよ。クリスマスの女は面倒でイヤなだけだ」
「ほー、そーゆーモンですかね。俺には分かりませんケド」
この部屋に来てすでに三十分。
今頃激しく後悔したがもう遅い。
大学生なんて週に何コマかのどーしても外せない講義に出て、後はバイトとお遊びサークルしかヤルことがないんだから、ヒマな時間でせっせとカノジョでも作っておけばよかったんだ。
なのに、今年もこの有様。
昼に電話があって、「今日ヒマだろ」のひとことでここに呼ばれて現在に至る我が身の情けなさ。
「つか、おまえ、なんで毎年俺を呼ぶわけ?」
今さらこんな基本的な疑問まで湧いてきた。
そして答えは「やっぱり」って感じで。
「一人で退屈だろ?」
「ンなことねーよ。つか、勝手に一人って決めつけンなっての」
ムッとしたら、ニッと笑われた。
「ふうん。じゃ、誰もいない部屋で静かにテレビでも見てた方がよかったか?」
「う……うっせーよ。おまえこそ―――」
あからさまに動揺してしまった。
それもこれもクリスマスの浮かれたウィルスのせいだ。
普段なら部屋でゴロゴロテレビを見るのはむしろ気楽で最高とさえ思うのに、クリスマスだけはどうもダメなのだ。
そんな俺とは対照的に宮添は余裕の微笑み。
「俺はその気になれば女の一人や二人はすぐにできるからな。こういう時くらい厳かな気分で過ごしたいって思うけど?」
ナニがムカつくかというと、それが冗談でないところが最高にムカッとくる。
「……今日も絶好調に性格わりィな、おまえ」
俺が女だったら絶対コイツの彼女にはならない。
だが、世の中の女は見る目のないヤツが多くて、宮添は本当にそこそこモテるのだ。
「あー、ムカつく。おまえってさー、『本気で好きになった相手』とか居たことあんの?」
勢いでドドーンとそんな疑問をぶつけてみたが、その瞬間宮添はフイッと視線を逸らした。
「もちろんある。けど、好き過ぎて『好きだ』って言えねェから保留」
「……はあ?」
さらに「そろそろ『好きだ』と言ってしまいたい気持ちはあるが、おそらくこの先も言わないだろう」というようなことを真顔でつぶやくモンだから、俺はちょっとびっくりしてしまった。
「……おまえ、そういうキャラじゃねーよ」
「まあな」
そんな返事をする時の空気までがいつもと違いすぎて怖い。
「一回も言ってないのか? それよか今もその『好き』は続行中なのか?」
「そうだ」
「その子、彼氏いンのか?」
「いや」
「だったらすぐに電話しろよ。彼女からOKもらったら、俺、ソッコーで自分の部屋帰るぞ?」
親友としてそれくらいの協力はしてやるとエラそうに言ってみたが。
「そんな簡単だったらグダグダしてねェんだよ」
むしろ開き直られてしまった。
マジで本気か。
ちょっと信じられない。
「あー……じゃあ、『好きだ』は言えなくても『今からどっか遊び行かね?』って軽く誘ってみればいんじゃね?
クリスマスはちょっと時期的に重いってーなら、初詣とかは? そンくらいなら一緒に出かけるンじゃね?
だいたいオマエを振る女なんているはず―――」
女を誘うのなんて得意中の得意のはずなんだが。
惚れてる相手だとやっぱり違うモノなのか。
そうか、そうなのか。
意外とカワイイところもあるんだな。
などと思いつつ、ニヘヘと笑ったら。
「おまえのそういう鈍いところが、なんつーかさ……」
はあ、と思いっきりため息なんぞつきやがったわけで。
「なんだよ、『鈍い』ってのは。ってことは俺の知ってるヤツとか?……まさか絵梨じゃねェだろーな?」
絵梨は俺の妹だ。
兄に似ず顔も性格もやたらカワイイもんで俺の心配の種でもある。
そんなわけで、いくら親友でも絶対手は出させないぞと意気込んでみたが。
「おまえの妹に手なんて出さねェよ。つか、まだ中坊だろ」
「……そーだけど」
照れくさくなってあははと大口を開けて笑い転げてごまかした。
だが、そんな俺を見て宮添はまた先ほどの曖昧な笑みを浮かべ、ため息混じりにつぶやいた。
「ま、おまえを困らせるようなことはしないから心配するな」
しかも、やけに大人びた空気を飛ばしてたりするので、『なんか悪いモンでも食ったんじゃねーの?』と突っ込みたくなったが、ありえないほど悩んでいるようなのでサラリと流してやることにした。
「おまえのことは信用してるけどなー。ま、絵梨はなんつーか特別でさ。年離れてるからってのもあるんだけど」
言いながら、ちょっとデレデレしてしまったかもしれないと思った瞬間。
「どシスコン。キメェよ」
そんな言葉を吐き捨てやがった。
どんなに思い煩っていても容赦のカケラもないこの性格。
真剣に心配した俺がバカだった。
「おまえンとこみたいにこの年の瀬になって『最近家族と話したのは新年の挨拶だ』とかいう薄情な家とはちげーンだよ」
インテリ三白眼兄貴しかいない宮添に年の離れた妹の可愛さなど一生わかるまい。
……まあ、それはともかく。
「とりえあず俺でよければなんでも相談しろよ。一応親友だかンな」
余裕を見せつつそう言ってみたんだが、
「ああ、そうだったな」
何故か宮添はまたビミョーな顔になった。
「なんでソコでため息つくよ?」
「おまえがそーゆーヤツだからだ」
「そーゆーってどーゆーンだよ。ちゃんと説明しやがれ。つか、俺のせいにすんな」
その後はダンマリだ。何にもしゃべらねー。
あームカつく。
だが、今日はクリスマス・イブ。
そんなことくらいで怒ったりはしない。
「あーもう。じゃ、どっか出掛けっか? ヒマな女の子とか、フラついてンかもしれねーし」
大学まではどんなにゆっくり歩いても10分足らず。
最寄り駅付近を一周してくればこの辺に住んでる同じ大学の女子がいそうな気がする。
それなら後々会うのも簡単だし……などとあれこれ考えたが、宮添は全く乗り気じゃなかった。
「生憎そんな気力はない」
「あのなー……おまえ、それはあまりにも若さってモンがないンじゃね?」
だが、本人にその気がないのでは仕方ない。
「んー、じゃ、ちょっと早いけど始めるか」
それはつまり『酒・つまみ・酒・つまみ・酒……気がつくと泥酔』といういつものコースだ。
……そんなの、もうクリスマスじゃねーな。
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