-2-

こうして五分後。
酒とつまみが並んだテーブルは恐ろしいほどまったく普段と変わらないというか、むしろクリスマス気分など一気に吹っ飛ぶ光景だった。
「つまみ買ってくンのはいーけど、普通はもうちょっとクリスマスとか意識しねー？」
「関係ねェだろ。やることないから飲むだけなのに。だいたい野郎二人でクリスマスデコレーションもねェだろ」
ついさっき、『厳かな気分でクリスマスを過ごしたい』などとホザいたのはどの口だ。
「これだから男同士ってのはなんだかなー。華がねーンだもんよ、華が」
「つべこべ言わずに飲め」
「あー、女の子が恋しー」
「エロオヤジか、おまえは」
コイツと過ごすクリスマスは通算五回目。
高校の時はクリスマスでさえ両親不在な宮添の家で、台所からこっそりアルコール類を調達して大騒ぎしたっけ。
「そういや、高１ン時、料理用の酒で乾杯して二人で噴き出したよなぁ」
「ああ、あの頃は俺らも若かったな」
大学になってからはお互い一人暮らしで、どっちかの部屋でくだらない話をしながらズルズルと朝まで過ごすなんてことはもう日常の一部だ。
せっかく苦労して手に入れた四年間。もっといろいろ謳歌しなければならないはずなのに。
「だいたい宮添が決まった彼女作んないから、俺も安心しちまうンだろーよ」
「人のせいにするな。そういうこと言ってると、おまえに一生彼女ができない呪いをかけてやるぞ」
「ああ、どーぞどーぞ。ご存分に。そしたら彼女がいないのもおまえのせいにできるしなぁ」
我ながら実に空しい発言だ。
もっと前向きに楽しいことを考えよう。
「つか、おまえモテるんだからクリスマスくらい女二人誘ってこい」
そうだ。今からでも遅くない。
コイツがちょっとその気になってバイト先の子にでも電話してくれたなら……。
ものすごい名案だと思ったのに。
「そりゃあ、誘うのは簡単だけどな。二人とも俺狙いになったらクリスマスに無駄な夢抱いてる誰かが一層カワイソーだろ」
「……おまえってホント性格悪ィ」
実際その通りだからこそムカつくンだが。
深く考えると滅入りそうなので酒で流すことにした。
「あーあ……もういい。死ぬほど飲んでさっさと寝るからな」
世間がクリスマスだなんてこと忘れてしまえばいいんだ。
そうだそうだ。
つか、もうどうでもいい。


宣言通りに散々飲み散らかして、酒が足りなくなって二人でコンビニに行ったが、その時の俺たちはもう立派な酔っ払いだった。
「俺、サンタ欲しー。なんでも出してくれるヤツ」
「それって青い猫型のロボットじゃねェの？」
「あはは、バカでー」
「バカはおまえだ」
酔っ払いは迷惑だ。
でも、宮添は見た目がイイ男風なので、レジのおばちゃんにはウケがよかったようだ。おかげで注意されることもなく、クスクス笑いながら見守っていただいた。
「ンじゃ、来年にそなえてサンタクロースのオッサンに欲しいモンでもねだっとくかー」
つまみを選びながら『せーの』で言った『今一番欲しいもの』は、
「井岡の単位くれー。あとゼミのレポートに『Ａ』くれー。つか、レポートの回数減らせー」
などと夢のカケラもない俺も最低だが。
「彼女なんてできる気配のない友人と来年も楽しく酔っ払えますように」
コイツはもっと最低だった。
それはちっとも楽しくないだろ……俺が。
「それはもしかして一生彼女ができない呪いか？」
「だったらどうする？」
「それじゃ、おまえもクリスマスはフリーってことだろーよ？」
「俺はいつでも作れるからな。クリスマスに彼女がいないのは金がかからなくていい。もっと言うなら相手の誕生日とクリスマスとホワイトデーは女なんて要らねェな」
「ひでー。なんでこんなヤツがモテるンだ。世の中間違ってる。くそー、俺、彼女が欲しーって言っときゃよかった」
「言ってもどうせできねェよ。ばーか」
ゲラゲラ笑いながら会計を済ませる間、男の店員には白い目を向けられたが、そんなことは気にせず、全力疾走でアパートに帰り、ゼーゼー言いながら部屋に転がり込んだ。
「うおー、ただいまー」
「誰に言ってンだよ。てか、ここ俺の部屋だろうが」
「いーの、いーの。今日からココも俺ンち。あはは」
すでにまともな会話は成立していなかったが、一度キレてしまったあとはそれがむしろ可笑しくて、わけもなくただ笑い転げて夜が更ける。
「やけに咽喉渇くなー」
「飲みながら言うな。日本酒がキツかったらビールでも飲め」
「あー、もうあと二缶しかねー。俺の限定物のビールちゃん」
「味なんて普通のと変わらねェだろ。ソレ飲んだら寝るぞ」
そんな会話をしたあとはもう記憶も途切れ途切れ。
缶に残ったビールを飲み切ったかどうかさえ分からなくなった。
「うはー、ねみー。つか、俺、今起きてる？」
叫びながらぼんやりと枕に手が伸びる。
「ここは俺ンちだ。てめェは床で寝ろ」
「ンだよ、普通はお客様がベッドだろ？ おまえにジョーシキってモンはないのかー」
「ねェな」
空き缶や空き瓶が転がった部屋でベッドの奪い合いスタート。
思いっきり酔っ払いだったからちょっと騒ぐと息も切れ切れで、あっという間に宮添に押さえ込まれてベッドの上でバッタリ。
とは言っても床に落とされることもなく、バサリと布団をかけられた。
「もっと壁の方に行け」
「ヤダ。真ん中がいい」
抵抗したが、あっさりと転がされて真っ白な壁にぎゅううと押し付けられる。
「くっそー。あとで覚えてろよ」
寝ている間に二、三発くらいケリを入れてやろうと思っていたはずなのに、ふんわりした布団はあまりにも気持ちよくて。
「洗ったばっかのシーツってイイ匂いだよなぁ」
そう言った三秒後には爆睡し、俺のクリスマス・イブは終わった。