Forever You
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入学式の日に派手なケンカをやらかしたという一年生の噂は瞬く間に全校に広まった。
相手は三年の武下。三人ほど引き連れていたが、それもあっという間に伸されたとかで、新年度一番の話題となった。
各クラスの委員を集めて春の陸上大会のミーティングをしている時にもその話が出た。
「ま、会長も行ってみてくださいよ。1Bの彼。一見の価値はありますね」
周囲が妙に勧めるから、興味本意でソイツの教室を訪ねた。
「水沢君いる?」
ドア口で近くにいた生徒に尋ねると、ちょっと離れたところで振り返ったヤツがいた。
「俺です」
どんなゴツ野郎だろうと思ったが、想像に反してわりと細身だった。
背はそこそこ高くて、手足が長く、ほどよく筋肉質。
なにより、えらく男前だった。


その顔を見て思い出したのは入学式の日のこと。
いろんな手続きがあるから新入生は親と一緒に来る。
そんな中、当然のように一人で受付を済ませた一年がいた。
制服のない学校とは言え、男子はほとんどがスーツ姿。
そうじゃなかったとしてもそこそこ改まった感じの衣服だった。
なのに、ソイツはいきなりシーンズにハイネックのTシャツおよび履き潰したスニーカー。カバンも持たず、書類を入れた封筒一つだけという恐ろしく緊張感のない格好で嫌でも目についた。
「職員室どっちですか?」
たまたま受付の手伝いをしていた俺に向けられたそいつの声はやけに落ちついていて、およそ緊張などというものからは遠い感じ。
「この廊下を真っ直ぐ行って、突き当りを右だよ。保護者の方は? 待ち合わせ?」
「はい。職員室の前で待ってるって言ってたので」
品行方正だけれど、不慣れな丁寧語に中学生の名残が見え隠れした。


今日はグレーのジーンズに無地のTシャツ。
「生徒会長でしたっけ? 俺になんか用ですか?」
素っ気ない口調ではあったが、だからといって疎ましそうな顔でもない。
少し驚きの混じった好奇心いっぱいの表情は、入学式の日と違って子供っぽく見えた。
「俺は2Cの泗水明之(しすい・あきゆき)。よろしく。武下を伸したって子を見にきたんだ」
俺よりもほんの少しだけ低い位置にある瞳が少し笑ったような気がした。
「みんな知ってんですね。俺の顔見に来たの、泗水会長で20人目くらい。やっぱ、まずかったってことなのかな」
得意気な様子も困った素振りも見せない。
むしろ「なんでこんなに興味を持たれているんだろう?」っていう感じか。
「そんなことないよ。武下、いつもあんなだから。あんまり目に余るようなら、俺がやってやるって思ってたし」
けど、担任に止められていたんだ。
『立場もあるんだからあんまり堂々と暴れるな』って。
それもひどく真顔で。
「でも、生徒会長でしょ。それ、ヤバくねーの?」
長続きしない敬語がなんだか可愛らしく思えた。
先輩後輩の上下関係が厳しいところには居たことがないという感じだった。
「だから、ガマンしてたんだけどね」
俺が笑うと、目の前でダルそうに壁にもたれていた顔もほころんだ。
それはもう、見惚れるほどの華やかさで。
「あ……2Cって水沢憲政のクラスじゃん? 別の意味でヤバイんじゃないの?」
そりゃあ、俺を止めたのは先生だけど。
「水沢先生知ってるの?」
担当の学年が違う先生には滅多に会わないと思うのに。
それだけでも「え?」という感じだったんだけど。
次の言葉にもっと驚くことになった。
「知ってるっていうか……兄貴なんだ。ケンカ強えーし。ヤバいよ。絶対」
水沢先生の弟?
ぜんぜん似てないのに?
「びっくりだな。……そりゃあ、水沢先生は君の倍くらい筋肉もあるけど、生徒を殴ったりはしないから大丈夫だよ」
先生はそんなに恐くはない。
さっぱりしていて、面倒くさいことが嫌いで、少し天然なところが可愛いと女子が評するくらいだ。
武道は得意だけど誰かを殴るなんてことは絶対にない。
……と信じてたんだけど。
「俺、殴られたよ。入学式終わってからすぐ。ケンカのこと、いきなり知ってんだからやんなるよなぁ」
ああ見えて弟には厳しいのか。
いや。多分、めちゃくちゃ可愛がってる弟だからこそなんだろう。
「ここの先生はみんな地獄耳だから。気をつけないとね」
嘘じゃないよと付け足すとまた笑った。
左の八重歯がすっかり見えるくらいに。
―――確かに一見の価値はあるな
「水沢君、名前聞いても?」
背丈はそこそこ大きいのに、なんだか可愛らしい。
年の離れた兄がいるからなのか、いかにも弟ですって感じだった。
「名前はあずみ。水沢安澄。よろしくね、泗水会長」
人懐っこい返事も元気一杯。
見た目と違って中身はまだまだ子供なんだろう。
「名前で呼んでいいよ。このクラスに弟いるし」
「え、泗水なんていたっけ?」
その弟はさっきからチラチラこちらを見ていた。
気になるのに近寄ってこないのがいかにもあいつらしいけど。
誰に似たのかえらく大人しいので、虐められやしないかとひそかに心配していた。
「なんか物静かなヤツでね。……恵実(めぐみ)、ちょっと」
手招きすると困った顔で近寄ってきた。
「これ、弟の恵実。よろしく」
一言もしゃべらずペコリと頭だけ下げた弟を見て、安澄が面白そう笑った。
「似てねー。恵実はママ似か?」
確かに兄弟に見えないと言われることが多いけど。
それにしても水沢家ほどじゃないと思うけどな。
「俺が母親似なんだよ。恵実はオヤジ似」
「ふうん。俺んちなんて誰もどっちにも似てないけどなぁ」
誰も、というからには他にも兄弟がいるんだろう。
「う〜ん……オヤジもお袋も同じなんだけどなぁ……」
先生はいかにも柔道とかをやっていたようながっしり体型。手足も首も太い。けど、安澄はどう見てもヤサ男。
「他の兄弟はどんな感じ?」
ちょっとした興味で聞いてみたら、また驚かされる発言が。
「3年にも勇吾っていう兄貴がいるんだけどさ。やっぱ、似てないんだよね」
「え? 3Aの水沢先輩?」
「うん。しかも、あいつ、憲政の弟だって隠してるし」
ぜんぜん知らなかった。
勇吾先輩は去年の生徒会長で、絵に描いたようなエリートタイプだ。
体型的には水沢先生より安澄に近いけど、ケンカなんてしそうにない。
もやしっ子というのか、ひょろっと細長くて顔もインテリくさい。
服を脱ぐと意外とがっしりしているなんて噂も聞いたことがあるが、着やせするのかパッと見ではまったくわからなかった。
なにより違うのは性格で、間違ってもこんな風に打ち解けて話をするタイプではない。
本当に三人ともびっくりするほど似てない。
だいたい水沢先生と兄弟だって隠してるっていうのはどういう理由なんだろう。
「あんま仲良くないんだ、憲政兄と勇吾は。話がかみ合わないんだって。俺と勇吾の次に仲悪いかも」
よくよく聞けば水沢家は四男一女で、先生が長男。安澄が末っ子らしい。
「ケンカっぱやいのは俺と憲政だけ。他の二人は口だけ達者っていうか。勇吾はまた別で勉強だけが人生みたいなつまんないヤツ。まあ、頭はいいみたいだけど」
ということは、先生と安澄は兄弟の中では性格が似ているってことか。
「でも、水沢先生も優秀だよな」
「えー、そうかなー。高校の時とか遊んでばっかいたけど」
弟が言うんだから本当のことなんだろう。
それにしても、先生という立場上、こうやってあれこれバラされるのは微妙なんじゃないだろうか。
「水沢先生は多分うちの先生の中で一番人気あると思うよ」
まあ、それは優秀なのとは関係ないかもしれないけど。
先生の数学は分かりやすいってみんなが言っているし。
教えるのがうまいっていうのは先生として優秀だってことだから間違ってはいないだろう。
なのに、安澄がプッと吹き出す。
「憲政が一番人気? 嘘だろ?」
「ホントに。もてまくりだ。男にも女にも」
いや、もちろん先生としてなんだけど。
「げー。なんかかゆくなってきた。それともここの先生ってヤなヤツばっかとか?」
こうして話しているとよくわかる。
安澄は本当にごく普通の男子高校生だ。
整った面差しを惜しげもなく崩して嫌な顔をしてみせた。
「厳しい先生はたくさんいるけど、嫌な先生はいないから安心していいよ」
いつの間にか安澄が武下を伸したことなんて忘れてしまっていた。
あまりにも無邪気な感じだったからなのかもしれないし、安澄の細い身体がケンカなんて荒っぽいこととは結びつかなかったせいなのかもしれない。


武下からお礼参りなんてものがなければ、そのままずっと忘れていたかもしれない。



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