Forever You
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その日、俺はたまたま安澄と一緒だった。
「よ、泗水。ちょっとそいつに話あるんだけど外してくれねぇ?」
前に伸された取り巻き連中も二人後ろに控えていた。
「ヤバイ話じゃなければ外しますけど?」
さらにその後ろにはやっぱり三年生と思われるヤツが二人。
真っ先に「全部うちの学校のヤツで良かった」と思った。
ヤバイお兄さんなんかを連れてこられたら警察沙汰だ。
どうやっても丸くは収まらない。
さて、どうしようか。
考えていたら隣から明るい声が飛んできた。
「いいよ、明之会長。俺一人で充分だから」
可愛くない一言と共にニッコリと笑う。
開いた唇から、ほんの少し八重歯が覗いた。
「んー、そう言うけどな」
できれば暴力なしで片付けたい。
……と思ったけど、それで済む雰囲気でもないか。
「大丈夫だって。4、5人くらいはイケるから」
自信家なのか、単に無邪気なだけなのか。
何にしても厭味なほど謙遜する勇吾先輩とはえらい違いだ。
「じゃあ、ここで見てるかな。安澄が疲れてきたら手伝うよ。俺もたまにはヤリたいし」
生徒会長になってから無茶な事は何一つしていなかった。
けど、もともと俺も大人しい方じゃないからな。
「行ってきます」
ニカッと零れる不敵な笑みが安澄のやんちゃぶりを覗わせた。

武下側にはその後も助っ人が加わり、総勢に7名になった。
そんな事情で結局俺も手伝うことに。
……いや、もしかしたらそれはただの口実だったのかもしれないけど。

「意外とたいしたことなかったなあ」
強かったのは2人だけで、あとは単なる頭数だったらしい。
ちょっと拍子抜けしながら、ぜーぜーと洗い息をして座り込んでいるヤツらを眺めた。
肝心の武下がどこかへ消えたのが気になる。
でも、さっさと後片付けだ。
「じゃあ、俺が職員室に行ってくるよ。水沢先生いないといいけどな」
「会長、やめてよ。その名前を出すのはっ!!」
安澄がマジに慌てていた。
どんなにケンカ慣れしていても兄貴は怖いようだった。
10歳も離れているんだから無理はない。
体格だってぜんぜん違うもんな。

職員室にいたのは、化学の和田先生と副理事長だった。
かなりいい感じのメンバーだ。
「どうしたの、泗水くん?」
ニッコリ笑って話しかけてきたのは副理事長。
理事長の息子だが、ありえないほど物わかりがよく、ケンカにも寛容だ。
「絡まれてケンカみたいになってしまいまして……一応終わったんですが、ちょっとケガした生徒もいるんで」
「そう。じゃあ、様子を見にいこうか。もしかして東門の手前の倉庫のあたり?」
妙に学校の裏事情なんかにも詳しいのが気になるが。
「そうです」
「さっき、武下くんとその腹心たちが走って行ったけど、大丈夫かな?」
「えっ?? 駄目です。安澄……一年の水沢を置いて来たんで。ちょっと失礼します」
職員室を飛び出した俺の後を副理事長と和田先生が追いかけてきた。
現場に着いたとき、安澄は俺でも見上げるほどのヤツとやりあっていた。
どう見ても勝てそうにない体格なのに、安澄が負けそうな気配は微塵もなかった。
「安澄っ、おまえはそっちだ!」
武下を指差したあと、渦中に飛び込んで安澄と代わった。
安澄が武下としっかり片を付けさせなければと思ったからだ。

副理事長が止めに入ったのは武下が潰れた後だった。
「こら、やめなさい!……って、もう終わってるね?」
副理事長が笑うと、和田先生も笑った。
「終わるの待ってたくせに」
二人とも教師なのに、そんな態度でいいんだろうか。
「ほら、こういう場合決着はつけておかないと。あとあとの事があるからね。……もちろん学校としての処分もあるけど」
副理事長はやけに楽しそうだった。
けっこう悪魔な性格だという噂は本当かもしれない。
「それにしても。噂には聞いていたけどホント強いね、水沢君。さすが水沢先生の愛弟。一緒に鍛えてるんだって?」
「たまに朝練につき合わされるくらいですよ」
答えながらも安澄は不思議そうな顔で俺と副理事長を見比べた。
副理事長なのに、なんでこんなに寛容なのか知りたいんだろう。
それについては俺だって不思議で仕方ない。
「泗水君も相変わらずだねぇ。……あ、水沢君は知らないだろうけど、去年の春の体育会の時に態度が悪かった武下君たちを静かにさせたせいで生徒会長に当選したんだよ」
「言っとくけど、暴力で片付けたわけじゃないよ」
一応念を押したのに、安澄はまったく聞いていなかったようだ。
「へえ。どーりで強いわけだなあ。部活とか何かやってんの?」
人懐っこい笑顔で問いかける。
ついついじっと見てしまい、挙句に慌てて目を逸らす。
ものすごく挙動不審になってしまいながら、なんとか言葉を返す。
「部活は、えーと、吹奏楽部でトランペット吹いてるよ」
別に受けを狙ったわけじゃなかったんだけど。
「笑わせないでよ。俺、腹殴られたのに」
安澄が大口を開けて笑う。
その左の八重歯がどうしても気になる。
「トランペットはホントなんだけど。ケンカの仕方は姉貴仕込み。俺ね、そこの道場の息子だから」
学校から自転車で5分。この辺りでは結構有名な道場だし、何よりも水沢先生と仲のいい安澄なら知っているだろうと思って話を振った。
そしたら案の定。
「……へ? 兄貴が通ってたところ?」
「そう。先生、今でもたまに来るよ。練習熱心なんだよね」
月に1、2度だけど、来ると脇目も振らずに稽古している。
「ってゆーか、多分そのお姉さんに惚れるんじゃないかと……」
「マジで? 物好きな」
姉貴の男勝りは半端じゃないから、そんなことだけはないと思ったけど。
「ホントだよ。俺、わざわざ顔を見に行ったことがあるんだ。もう2、3年前だけど」
姉貴と先生のことよりも、その頃の安澄はどんな子供だったんだろう。
そっちのほうが断然気になる。
「じゃあ、姉貴に会ったんだよな? 感想は?」
「えっらい美人だった。俺、アイスもらったんだ」
今までで最高の笑顔になった。
「美人? おまえ、食い物に釣られて幻覚を見たんじゃないのか?」
そんなことないよ、と言ってブンブンと首を振る。
少し口が尖っていていっそう子供っぽい。
「家にいるところ見たらそんな気持ちは吹っ飛ぶと思うけどな」
ジャージに寝癖にあぐらに大あくび。
年頃の娘としての恥じらいなんかカケラも備わっていない。
「まあ、俺の兄貴たちも似たようなもんだけど。みんなそこそこモテるけど、家だとただの小汚いオヤジだし。ねーちゃんも寝起きすごいし」
笑いながら俺を見て、楽しそうに話をする。
「安澄も第一印象と性格が違うな。すっごい男前だと思ってたのに」
「そっかなぁ。一度もそんなふうに言われたことないよ?」
「でも、もてるだろ?」
「ううん、ぜんぜんっ」
やけにきっぱりと言い切った。
真剣な面持ちからしても謙遜なんかじゃなさそうだった。
「水沢君、カッコいいけど恐いって思われてるんじゃないかな。そういえば、この間も外部講師を怒ったんだって?」
副理事長は本当にこの手の話に詳しい。
学内のことならなんでも知っているよと言うのもあながち冗談ではなさそうだ。
ついでに、『噂話を聞くのが大好きで、それを煽るのはもっと好き』という自己申告も本当だったりするのかもしれない。
……っていうか、それはダメだろ。
「あんまり話が面白くなかったからか、ちょっと騒がしくなったんだけど、先生がさ、一人だけ怒らなかったんだ。だから、そういうのは良くないって言っただけ。怒ったわけじゃないよ」
その説明は俺に向けてされていた。
副理事長ならそのあたりももう判っていると踏んだのかもしれない。
「それ、うちの親戚の子だったんだってね。外部の人だと余計な遠慮して特別扱いしちゃうこともあるみたいだから。でも、なぁんか困るよね、そういうの。みんなおんなじ生徒なのに」
副理事長にしては珍しくちょっと苦い表情を浮かべた。
普段がどんなに能天気でも、そういうところはとてもマトモだ。
安澄もそう思ったんだろう。
クルリと副理事長の方を向くと、あの屈託のない笑みを見せた。
その笑顔に対し、副理事長からの返事はちょっと聞き捨てならない感じだった。
「安澄君は八重歯がとても可愛いね」
俺の頬がピクリと動くほどの意味ありげなセリフだったんだけど。
無邪気な安澄にさらりと無視され、爽やかな春の空気に流されていった。


処分も覚悟していたけれど、俺たちは咎められなかった。
一方的に絡んだことを武下とその友人が認めたからだ。
それにはホッとしたものの。
「武下、休学だって」
「すっげーな、泗水と一年」
翌日には物凄い噂が吹き荒れていた。
そして、噂の的である安澄は顔に痣を作って登校した。
「どうしたんだ、それ?」
なんとなく想像はついたけど。
「兄貴に殴られた。くっそ〜っ!! いつか殴り返してやるっ!!」
やっぱりって感じだった。
どんなに腹が立っても兄貴を殴り返そうとは思わないんだろう。
そういうところが安澄はいいヤツだと思う。
手は早いが、素直で無邪気。
エリート進学校なうちには居ないタイプだ。

俺はすっかりやられてしまっていた。
そして生まれて初めての苦しい片思いに突入するのだ。
でも、それは、まだもう少し後の話。



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