フツウの恋愛
-1-



そりゃあ、卓巳くんは顔もカワイイし、性格もいい。
優しいし、面倒見もいい。
けど、俺に言わせたら、ちょっとインランなんだよな。

「な、ガクちゃん、いいじゃん、ね?」
卓巳くんはさっきからおねだりモードだった。
「挿れてって。な、もう解したあとだから大丈夫だよ?」
「そういうこと心配してるんじゃないの」
嫌いじゃない。
カワイイと思う。
けど、ついていけない。
「なあ、ガクちゃん、お願いって」
卓巳くんは俺のカラダを触りながら、一人で勝手に始めてしまった。
「ガクちゃん、すべすべで気持ちイイなあ」
Tシャツの下から滑りこんだ手が胸や背中や腰をするすると滑っていく。


幼なじみで二つ年上の卓巳くんと一緒に暮らし始めたのは今年の春。
卓巳くんと同じ大学に合格したのがきっかけだった。
「おめでとう。何かと金がかかるし、一緒に住まない?」
卓巳くんは温かく俺をルームメイトとして迎えてくれた。
……と、思っていたけど、ちょっと違ったらしい。


「卓巳くん、ちょっと、」
もうかなりでき上がっていて、俺の呼びかけになど答えやしない。
「……んんっ……あ、う、」
薄暗い部屋。
ルームライトが遠くで柔らかい光を放っている。
俺のベッドに潜りこんできた卓巳くんは、惜しげもなくそのカラダを仰け反らせていた。
均一に焼けた肌は黒すぎず、適度の引き締まりを感じさせる。
筋肉質だがマッチョではなく、あくまでも細身。
長い手足が俺に絡みつく。
呼吸が次第に荒くなる。
「ガクちゃん、……ん、触ってっ……」
あまりにも気持ち良さそうに俺の名前を呼ぶ。
仕方なく、少しだけ触ってやるとうっすらと潤んだ目を開けて俺を見上げる。
「……あ、んんっ……ダメ、イクッ……っ!!」
ビクビクとカラダが震えて、放たれた物が俺のベッドを汚す。
「あ〜もう、卓巳くんってば、またぁ……」
いつもそうだ。
そういうのは自分一人でこっそりヤルもんだろう、と俺は思う。
「ガクちゃんが見てる方が萌えるから」
しゃあしゃあとそう言い放つ。
ちょっと変態チックだろ?
俺の呆れ顔などまったくのシカトで、差し出されたティッシュで手とモノを拭く。
俺はシーツに飛んだ雫をふき取る。
「シーツ替えてやるよ」
そう言いながら卓巳くんはさっさと起き上がってシャツを羽織る。
逆光のルームライトに薄い白シャツが透けてカラダの線が浮かび上がる。
そういうのは、ちょっとドキッとしてしまう。
「今日洗ったばっかで乾いてないよ」
「じゃあ、俺の部屋で寝る?」
「卓巳くんは?」
「もちろん一緒に寝る」
……沈黙。

そりゃあ、子供の頃は一緒に寝てたさ。
高校の時も卓巳くんの家で勉強を教えてもらって、そのまま泊ったりしてた。
けど、その頃とこの状況は明かに違わないか?

「卓巳くんさ」
「なんだよ?」
「彼氏、作りなよ」
卓巳くんは少し不思議そうな顔をしてから答えた。
「いるよ」
……またしても沈黙。
「なのに俺の目の前でそーゆーことしていいわけ?」
「一緒に暮らしてるって言ってないもん」
「それってマズくないわけ??」
「さあ。どうだろ?」
卓巳くんはちょっと首を傾げた。
本気で『さあ?』と思ってるのだ。
そんなことでいいのか?
そう思う俺が間違ってるのだろうか?
「いいんだよ。お互いヤリたいだけだから」
「それでもカレシっていうの?」
「ん〜? 言わないかも」
あっさりとそう言った。
そして付け足した。
「俺、他に好きな人いるから」
「じゃ、その人と付き合えばいいのに」
「それってガクちゃんなんだけど。……俺と付き合ってくれる?」
まただ。
いつもそうやって俺をからかう。
卓巳くんは俺が困った顔をするのが楽しいらしく、うふふん、と笑って俺の顔を覗き込んでいる。
こういう時はどうしてもまともに返事をする気になれず、話を変えてしまう。
「卓巳くん、ちゃんと他に好きな人いるでしょ」
「だから、ガクちゃんだって」
「ちがうよ、写真の人」
「ナンの写真?」
「借りた本に挟まってた写真」
どう見ても社会人で、落ち着いた感じの人だ。
けど、卓巳くんとなら似合うかもと思った。
「ああ。あれね。うん。バイト先の塾のセンセ。付き合わないかって言われて、考え中」
「写真見て考えるの?」
「抱かれたら萌えるかなあって」
そりゃあ、そーゆーのも考えるかもしれないけどさ。
「でも、付き合うかどうかって、それで決めないよ」
「俺、とりあえずカラダだもん。ヤって気持ちよくないなら付き合わない」
「そのために付き合うの?」
「ちゃんと服脱いで一緒にイッてくれる人が欲しいだけ。気持ちいいだけでいいなら、ひとりでヤっても別にいいし」
「じゃあ、誰でもいいじゃん」
「好きだっていってくれる人じゃないと気持ちが盛り上がんない」
でも、好きだって言ってくれる人と、そんな気持ちで付き合っていいんだろうか?
なんかすごくヒドイことじゃないかと思うんだけど。
「なら、今のカレシでいいじゃん」
「飽きちゃった」
「俺、そういう卓巳くん、ダメかも。もっとまともな恋愛した方がいいよ?」
「ガクちゃんに言われたくないなぁ」
ちょっと真面目な顔で抗議された。
「じゃあ、もう何も言わないよ」
卓巳くんはその返事にも不満があるようだった。
でもすぐに気を取り直してニッコリ笑った。
「ガクちゃんなら飽きたりしないよ」
また話はそこに戻るのだ。
「同じだよ」
「もう14年も一緒なんだよ? 今更飽きるわけないじゃん」
ある意味、それはそうなんだけど。

物心ついたときには、卓巳くんは本当の兄のように俺の面倒を見ていた。
すべては共働きの両親が卓巳くんちに俺を預けたせいでこんなことになったのだ。
「ガクちゃんと結婚するって思ってた」
「できるわけないよ。男同士なのに」
「一緒にいられれば、同じだよ?」
って、言われてもなあ……

卓巳くんの性癖を知ったのは俺が中学生のときだった。
突然部屋に俺を呼びつけて、ナンの予告も説明もなくいきなり彼氏を紹介したのだ。
もちろん驚かなかったわけじゃない。
けど、本当に当たり前のように紹介されたせいか、それはそれでいいんだと思うようになった。
何よりも、同じ高校の先輩だというその人はとても優しそうで、卓巳くんをすごく大事にしているのがわかったから。
卓巳くんには幸せになって欲しい。
その時も思ったし、今でもそう思っている。
でも、だからといって自分自身が彼氏になれるかというと、そーゆーことではないのだ。
いや、当たり前の話なんだけど。
「だからってさ、付き合えないよ」
俺は女の子が好きだもんな。
卓巳くんがどんなに色っぽく喘ぎながら仰け反っても勃たないし。
「わかってるよ」
ほんとかなあ……
そのわりには何度も「ガクちゃんが好き」って言うし……。
この会話も何度繰り返したことか。
「ガクちゃん、もう寝ようよ」
「うん。おやすみ」
「じゃなくて、俺の部屋で」
「いいよ。ここで」
「俺の匂いが染み付いたシーツがいい?」
「じゃなくって」
「じゃ、俺の部屋で一緒に。ね?」
「う〜ん……」
「明日、シーツ替えてあげるから」
「う〜ん……」
「なんにもしないから」
そりゃあ、当然だ。
「服も脱がせないし、触ったりもしないから」
卓巳くんの中では『服を脱がせる』とか『触る』は何かしたうちに入らないのかなあ……
「離れて寝るから」
「そこまでして、なんで自分の部屋に誘うわけ?」
「隣で寝てれば、朝、ガクちゃんの寝顔でヌケるもん」
きっと口を開けてだらしない顔で寝ているだろうに。なんで、そんなので抜けるんだろ。
いや、それよりも俺をオカズにするのやめてよ……
「どうしようかなあ……」
「な、寝よ?」
「う〜ん……」
「じゃなきゃ、俺もココで寝るよ?」
「おとなげない脅し方しないでよ」
「だから一緒に寝よう、ね? ガクちゃん?」
渋る俺を後ろから抱き締めて、ずるずると引っ張っていった。
いつもそうだけど抵抗はしない。
前に『抵抗されると萌えるタチ』だと言われたせいもある。
それに、今までだってこうやってムリヤリ連れていかれても何かされたことはないし……
たぶん、大丈夫だ。
「じゃね、おやすみ」
卓巳くんは俺を抱きかかえたままベッドに入り、俺を抱き締めたまま眠ろうとしていた。
「卓巳くん、離れて寝るって言ってた」
「いいじゃん、ちょっとだけ」
背中を抱き締められてるだけだから、別に間近に顔があるわけでもない。
首筋にかかる呼吸がくすぐったいけど、まあ、そんな事でムラムラするわけでもない。
まあ、いいか……
そう思って「おやすみ」を言った。

卓巳くんを好きだろうか。
答えはイエス。
恋愛感情だろうか。
答えはノー。
じゃあ、俺は卓巳くんをどう思っているのだろう。
兄でも弟でも友達でもない。
幼なじみだ。
幼なじみに対して持つ気持ちは、普通こんな感じなんだろうか。
幼なじみと呼べる相手が卓巳くんしかいないから比較対象がない。
さらに言ってしまえば、俺は一人っ子だから兄弟に対する気持ちもわからない。
ただ、女の子と付き合った事は何度かあるから、これが恋愛感情じゃない事だけははっきりしている。
「う〜ん……」
思わず呻く。
「どうしたの? 具合悪い?」
卓巳くんがムクッと起き上がって、おれの顔を覗き込んだ。
「……知恵熱」
卓巳くんのことを考えてたなんて言った日には、どんなリアクションされるかわかんないし。
「宿題? レポート? 一般なら俺の昔のやつ見せてやるよ?」
卓巳くんは男が好きでちょっとエッチだけど、それ以外は普通の大学生だ。
勉強もできる。
家庭教師と塾の講師をバイトにする優秀な学生なのだ。
かくいう俺も卓巳くんの家庭教師のおかげでこの大学に入れたわけで。
「うん、ありがと」
ついでだから甘えちゃおうかな、宿題。
苦手な教授のレポート。
「……あのさ、迫田センセのレポートあるんだ」
「いいよ。俺、迫田先生、ぜんぶ『A』だったから」
「ホント?」
さすがなのだ。
俺はクルリンと卓巳くんの方に向き直った。
「甘え上手。ずるい、ガクちゃん」
頼む時ばっかり。自分でもそう思う。
「でも、カワイイから許す」
真正面から俺を抱き締めて頬にキスをした。
「卓巳くん、レポートは助けて欲しいけどキスはだめ」
「それもズルイ。たまには俺の頼みも聞いて」
別にイヤじゃない。
卓巳くんのキスは柔らかくて気持ちいいと思う。
けど、なんとなく。
ダメだ。
「ガクちゃん」
ほら、マズい。
おねだりモードに変身してる。
挿れてとか言われたら、ダッシュで自分の部屋に逃げなきゃ。
「もう寝るよ。卓巳くん」
まずは話を逸らしてみる。
たいていはこれで収まる。
卓巳くんは、一応、俺の気持ちを察してくれているんだと思う。
今日も大丈夫だった。
「ガクちゃん、このまま寝てもいい?」
卓巳くんの手は俺の髪を弄んでいる。
向かい合わせで真っ直ぐ前に卓巳くんの目がある。
でも、身体と身体の間には少し隙間がある。
「うん。それ以上こっちに来ないならいいよ」
「ガクちゃん、冷たい。俺が嫌い?」
「好きだけどダメ。もう、寝るよ?」
「ちぇ……じゃ、おやすみ」
「おやすみ」
こうしてたいていはナニゴトもなく眠れるのだった。
まあ、これだけでも十分変な関係だとは思うんだけど……


卓巳くんとは同じ大学で同じ学部だけど、学年も違うし、学内は広いし、滅多に会うことはない。
なのに、たまに見かけるとき、卓巳くんは告られたりしてるのだ。
「俺、好きな人がいるから」
卓巳くんが答えている相手は女の子だった。
立ち聞きもなんだかな、と思いつつ、動けずにいた。
「増田君と付き合ってるってホント?」
「ほんと」
へらへらした顔。これじゃあ、真面目に答えてるかどうかわからないよな。
「だって、遊びなんでしょう?」
「そうだよ。でも、お互い貴重な相手だから」
そんな事を言いながらも、卓巳くんは時計を気にしている。
俺との待ち合わせ時間まであと15分。部屋に置くチェストを二人で買いにいく約束をしていた。
その前に図書館に行くって言ってたっけ。
「本当に男しか興味ないの?」
「そうでもないけど。最初に好きになったのがたまたま男の子だったから」
どうでもいいけど、それはきっと俺の事なんだろう。
当時、小学一年生だった卓巳くんは、母さんたちに俺と結婚するって言い張ってたらしい。
幼稚園児だった俺は、もちろん覚えていない。
「増田君より、私の方がいいと思うけどなあ」
「増田になら勝てるよ。けど。俺の好きな人って増田じゃないんだ」
「やっぱりそうなんだ。増田君がそう言ってた。『俺たちカラダだけだから』って」
「そうだよ」
「今、好きな人も男?」
「うん。初恋にして、14年間片思い。俺って意外と一途でしょ?」



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