フツウの恋愛
-2-



なんてことだ。
断わる口実に俺を使うのはやめてくれ。
いや、それが口実なんかじゃないとしたらもっとヤバいとは思うけど。
「すっごいわね」
「だっろー?」
卓巳くんはすっきり爽やかに、しかも自慢げに言った。
「見てみたいなあ。その人」
「それはダメ。箱入りだから」
「ふうん。大事なんだ?」
「そりゃあ、ね」
卓巳くんはふふふ、と笑って目を細める。
何を考えているんだか。
女の子はちょっと溜息をついてから笑って去っていった。
男に14年間片思いで、女の子に興味があるとは思えないモンな。
それにしても、もったいない。
あんなキレイな子なかなかいないよ?


「ごめんごめん」
待ち合わせから5分遅れて卓巳くんは登場した。
ちゃんと図書館に寄ってきたらしく、本を抱えていた。
「ちょっと手間取っちゃって」
途中ですっごい美人に告られたなんてことは言わない。
「いいよ。ぜんぜん。友達にメールしてたから」
卓巳くんは俺の携帯を覗きこんだ。
「たまには俺にもメールして?」
「してるじゃん」
「用事がないときに欲しいなぁ……」
「卓巳くんだってしないじゃん」
「じゃあ、するよ。ちゃんと返事してよ?」
「うん」
外ではフツウだ。
ペタペタくっついたりもしない。
家でもそうだといいんだけどな。




翌朝、ぼんやりしながら支度をして大学に行った。
卓巳くんはもう出かけていて、部屋にはいなかった。
のんびりと大学に向かっている途中で、自分が代返の順番だったことに気付いて慌ててダッシュした。
忘れたら次から3回連続で当番をしなければならないんだ。
ぎりぎりで出席簿にサインをし、後ろの席でふうっと一息ついた時、メールが届いている事に気がついた。
タイトル『ガクちゃんって』は、卓巳くんからだ。
なんだろうと思って開いてみる。
『どこでHしてるの? もしかして彼女がいる?』
朝からなんなのさ……
『彼女なんていないよ。Hもしない』
真面目に答える俺って、なに……?
『カラダに悪いよ?』
『心配しなくても、卓巳くんとは違うから』
『一緒にしようよ。ひとりエッチ(はぁと)』
『そういうんじゃないメールがいいな』
下ネタは止めてくれ。
なのに、卓巳くんからの返事は『愛してるから、今日しようよ?』だった。
返す言葉が見つからず、考えに考えて返事を送った。
『そんなことばっかり言ってるとキライになるよ』
卓巳くんからの返事はすぐに返ってきた。
『俺はガクちゃんを愛してるよ』
やっぱり卓巳くんだなと思った。
ちょっと溜息。
でも、なんとなく少しだけ嬉しいような気持ちもあって……
俺ってば、卓巳くんに毒されてきたかも。
14年間すりこまれてきたモノだから今更といえば今更。
大丈夫かな、俺。
さすがに不安になった。


卓巳くんの彼氏がマンションを訪ねてきたのはその日の午後だった。
『増田ですが』
インターホンから聞こえた爽やかな声。
卓巳くんが付き合ってる相手に違いないとすぐに思った。
一応、ドアは開けた。
立っていたのは背の高い男の人。
日に焼けていて筋肉質。
にっこり笑って俺の顔を見ている。
「まだ帰ってないんですけど」
休講になったから一緒に昼を食べようと卓巳くんから電話があったのが20分前。
そろそろ帰ってくる頃だ。
けど、知らない人を家に入れていいのかわからなかった。
「じゃあ、その辺でコーヒーでも飲んでるから。戻ったら電話くださいって伝えてもらえる? 携帯切ってるみたいだから」
「わかりました。伝えます」
それから5分もたたないうちに卓巳くんは帰ってきた。
「増田さんって人が来たよ」
「そう」
卓巳くんの気のない返事。
「その辺でコーヒー飲んでるから電話してって」
「ふうん」
さらに気のない返事。
「卓巳くん、聞いてる?」
「うん。聞いてる。それよりガクちゃん、そのカッコでドア開けた?」
普通のTシャツと短パンだ。
「そうだけど?」
俺の答えに対して、卓巳くんにしては珍しく不機嫌な顔を見せた。
けど、何も言わず、おもむろに電話をかけはじめた。
「何しに来たんだよ?」
相手は増田さんで。
第一声がそれだ。
いくらカラダだけの関係でもヒドイんじゃない?
一応、付き合ってるのにさ。
しかも、めちゃくちゃ短い電話だった。
そのあとの卓巳くんの言葉は「うん」が二回だけ。
あっという間に電話を切った。
「今から増田とメシ食いにいくから、岳登も着替えて一緒に来て」
卓巳くんもさすがに人前では『ガクちゃん』とは呼ばない。そして、二人きりなのに『岳登』と呼ぶのは機嫌が悪い時だけだ。
「これじゃダメなわけ? 近所で食べるんだよね?」
「近所で食べるけど、それじゃダメ。脚の出ないパンツにして」
「なんで? 暑いよ」
「増田が一緒だから。暑くてもガマンして」
まあ、仮にも自分の彼氏だもんな。
たとえ俺でも軽率なカッコで近寄ってはいけないんだろう。
それとも俺の短パン姿って、そんなにみっともないのかな。
……まあ、どっちでもいいか。こだわるような事でもない。
俺は素直にチノパンに着替えて、卓巳くんの後についていった。
「卓巳くん、苗字で呼んだ方がいい?」
念のため、確認。
「いいよ、いつもと一緒で」
でも、年下の俺が彼氏の前で『卓巳くん』ってどうだろう……?


「悪いな、急に」
待ち合わせたファミレスで、ふうっと煙を着出しながら増田さんが笑う。
「タバコ吸うなよ」
卓巳くんはどうやらまだ機嫌が悪いらしい。
でも、増田さんは普通に返事をした。
「なんで? 卓巳、タバコだめなんて……」
そこまで言ってから、俺の顔を見て「あ、そうか」と言った。
「岳登くんがダメなんだ?」
なんで俺の名前を知ってるんだろ。
そういえば一緒に住んでることも内緒なんじゃなかったっけ?
「あの、俺は吸わないんで……でも、別に気にしませんから」
でも、増田さんは煙草をポケットにしまった。
なんとなく申し訳ない気持ちになった。

これに限らず卓巳くんは過保護だ。
俺はもう子供じゃないのに、今でもいろいろと世話を焼く。
さっきから、俺のパスタにタバスコかけたり、粉チーズ振ったり、いろいろしてる。
それもいつものことなんだけど、増田さんは笑った。
「あのさ、岳登くん」
「はい?」
食べながら増田さんの方に顔を向けると、卓巳くんが紙ナプキンを俺に渡した。
口を拭けということらしい。
増田さんがまた笑った。
「卓巳ってな、大学ではみんなからちやほやされてっから自分では何にもしないんだ」
そんな気がする。
昔からそうだったから。
「人のスパゲッティに粉チーズかけてる姿なんか初めて見たよ」
ふうん……そうなのか。
俺と卓巳くんの間ではこれがフツウだった。
子供の頃からの役割みたいな感じで。
やっぱ、他人から見たら変なんだろうな。
気をつけよう。
「意外と世話焼きなとこもあるんだな」
増田さんが笑顔を向けても卓巳くんは知らん顔をしていた。

大学での卓巳くんを俺は知らない。
今日もなんとなく仏頂面なんだけど、もしかしたらこれが普通なのかもしれない。
現に増田さんは卓巳くんの機嫌が悪いとは思っていないようだった。
だって、ずっと笑っていたから。


家に帰ってくるといつもの卓巳くんになった。
俺を『ガクちゃん』と呼び、狭苦しいソファにピトッとくっついて座る。
「卓巳くん外では無愛想なんだ?」
「っていうか、ガクちゃん以外にはね」
卓巳くんは俺の後ろに座ってて、両手と両足は抱きつきヌイグルミ状態で俺の腰、肩には顎が乗っている。
読み込み中のDVDはレポートのお礼だと言って増田さんが貸してくれたもの。
いわゆるエロビ。
でも男×女。
そして始まったとたんに喘ぎ声。
「ガクちゃん、俺ね、今日バイトないんだ」
「うん。知ってる」
卓巳くんがこのビデオを真面目に見ているのかどうかは俺にはわからない。
振り向こうとすると卓巳くんの手がそれを阻止するからだ。
同居人がいると、あんまりこういうビデオを見る機会もない。
久々の刺激に俺はちょっとエッチな気分になっていた。
グラマーで童顔の女優さんだった。
エロビなのでストーリーらしいストーリーもない。脅されて無理やり……みたいなヤツ。
俺はビデオより、卓巳くんが気になっていた。
卓巳くんの股間が存在表明をしていたからだ。
女の子でもOKなんだな……って、妙なところで感心していた。
でも、俺もそろそろマズイかも。ちょっと苦しい。
「卓巳くんってば、ビデオは後にしない? 晩ごはんの買い物、まだだよ?」
話を逸らせて気分を変えようと思った。
でも、卓巳くんは「うん」とは言わなかった。
「いいよ、適当に食べにいけば。それより、ちょっとだけしようよ?」
男と女の絡みを見ても、やっぱりそうなるのが卓巳くんなのだ。
「やだって。彼氏にしてもらえばよかったのに」
返事はなかった。
ファミレスで用事を済ませると、増田さんを家にも上げずに追い払ったのだ。
冷たすぎる。
「卓巳くんってば」
卓巳くんは俺の話なんてぜんぜん聞いてない。
後ろから抱きついたまま俺のTシャツをめくり上げる。
「脱いで。上だけでいいから」
「なんで?」
けれど、そう言われても俺はなぜかはっきり断われない。
上半身だけなら、風呂上りはいつもの事だし……。
それに卓巳くんは無理な事はしないし……。
……いや、それは言い訳だな……

あっという間にTシャツを脱がされた。
背中にキスが降ってくる。
両手がしっかりと俺の体に回され、指が胸の上を滑っていく。
胸の突起を細い指が押した。
「卓巳くん、そこはダメ」
「いいじゃん。ちょっとだけ」
「ダメだって」
「たまにはHなこともしないとストレス溜まるよ?」
「溜まらないから止めて」
ビデオのせいで俺の身体も反応していた。
それ以上されると、とっても困る状況だ。
「挿れて欲しいって言わないから」
「当たり前だろー?」
……まあ、いつもは言うけど。
卓巳くんはもちろん聞いてない。クニクニと乳首を弄ぶ。
「……ダメだって……」
ビデオで女優が喘いでいる。
男二人に無理やり入れられて……
「た、卓巳くん……」
うなじに息がかかる。
卓巳くんが俺の耳に舌を挿し入れる。
「ちょ……ダメって……」
首を竦めて身体を捩ると、卓巳くんは俺の頬を押さえて自分の方に向けた。
それからゆっくり唇を重ねた。
「……う、んんっ……」
俺の抗議の声も聞いてはいない。
けど、まともにキスなんてされたのは初めてで、俺はパニックに陥った。
腰を抱いていたもう片方の手が俺のチノパンのファスナーを下げる。
下着の上からモノを触った。
唇は離してくれなかった。
そのままソファに倒された。
ビデオからは延々と喘ぎ声が流れている。
唇は卓巳くんに舐めとられたままで、呼吸さえままならない。
「う、や……卓巳くん……」
下着をずらされ、直接触れられると体がビクンと跳ねた。
卓巳くんも服を脱ぎ、熱くなったものを腹のあたりに押しつける。
それからぬるっとした感触があって、俺のモノに擦りつけられた。
器用に一緒に扱いていく。
俺もガマンできずにそこを弄り始めた。
「ガクちゃん、イキそうになったら、言って」
卓巳くんの息も上がっている。
その声はビデオの女優よりもずっと俺の気持ちを高ぶらせた。
「卓巳くん……俺、も、だめ……っ」
卓巳くんの手の動きが速くなる。
「あ、っ……や、たく……」
ビュクっ……と最初のしぶきが飛び散った。
それから続いてビュクビュクと溢れ出した。
卓巳くんも少し遅れて俺の腹に放った。
「ん……ぅ、」
ちょっと涙目の俺に優しくキスをしてから、卓巳くんは「ごめんね」と謝った。
こんなことは子供の時以来だった。
つまり、俺に一人エッチのやり方を教えてくれたのは卓巳くんだったから。
でも、あの時はキスなんかしなかった。


それからしばらくの間、俺は卓巳くんと口を利かなかった。



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