理想の子猫
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ぽかぽかの日曜日。 
俺は近所のアパートに住む島野臣(しまの・おみ)の部屋にいた。
朝、9時に部屋に来て、掃除と洗濯を手伝って、10時にスーパーに買い物に行って、帰ってきたところだった。
「臣、遊びに行こうよ。どこでもいいからさ」
土曜日まで出勤していた臣が大変だと思えばこそ手伝ってやったのに。
臣は出かけようなんてちっとも思っていなかった。
テレビをつけて、すっかり寛ぎモードだ。
そんでもって、いつもの話。
「可愛いなぁ」
臣が見ているのは、新しく始まるドラマの予告。
出ているのは子役の男の子。小学校5年生の役だ。
「あんな子をこんな風に膝の上に抱いてさ〜」
「ふ〜ん」
「でもって、頬ズリとかしてみちゃったり」
「へえ」
「帰ってくると玄関まで迎えにきてくれて」
「そう」
「淋しかった〜とか言って甘えられちゃったりして」
こんな会話をもう何百回しただろう。
「……臣さ」
「なんだ〜?」
「年下の恋人じゃなくて、ネコでも飼った方がいいんじゃないのか?」
ネコなら犯罪にはならないからな。
まあ、このアパートでは飼えないと思うけど。
「ネコじゃ話ができないもんなぁ。やっぱ、一緒に遊びにいったり、お風呂入ったりしたいだろ?」
夢を語る島野臣24歳。もう完璧ショタコン。
「紀和(きわ)も昔は可愛かったのになぁ。あっという間に高校生だもんなぁ……」
こんなセリフも聞き飽きた。
妙に残念そうに言うのも止めて欲しい。
「それよりさ、臣、遊びにいこうよ。天気いいよ」
俺が一生懸命誘っても、臣は自分の世界でうっとりしてた。
「臣ってば」
ノリのいいCDをガンガンにかけてドライブに行こうと思って用意までしてきたのに。
「う〜ん、じゃあ、午後になったら出かけようか。それより、紀和。ちょっとこっちに来て」
おいでおいでをされて近寄るといきなり腕を引かれて、臣の膝に乗せられた。
「臣っ!!」
「ちょっと気分だけ味わいたいなぁと……」
ベシッと頭を引っぱたいて臣の膝から脱出した。
「ケチ。昔はだっこもスリスリもさせてくれたのに。紀和、冷たくなったよなぁ」
「いくつの時の話してんだよ??」
「5つか6つくらいかな」
「俺、もう高校生だよっ!!」
臣の母さんは俺の幼稚園の先生だった。
家も近かったから、よく臣に遊んでもらった。
いいお兄ちゃんだったのに。
「なぁっ、臣ぃぃぃ! 遊びにいくの? 行かないの??」
「ん〜? どうしようかなぁ。なんか眠くなってきたから車はキケンだろ?」
「最初から行く気なんかないんじゃんか。だったら手伝いなんかしなきゃ良かった」
ふて腐れて臣のベッドでごろんと横になった。
「俺、寝ちゃうからな。もう、臣なんか知らない」
「おやすみ〜、紀和。お昼になったら起こしてあげるよ」
なでなでっと頭を撫でられて布団を掛けられた。
臣は、俺が高校生になったとたんに遊んでくれなくなった。
なのに扱いだけは子供の頃と変わらないから、余計に気に入らない。
「紀和、やっぱ、俺も一緒に寝ていい?」
臣は大きく伸びをした後、俺の返事なんか待たずに布団に潜り込んできた。
俺は決して大きい方じゃないけれど、シングルベッドで男二人はやっぱり窮屈だ。
「紀和、ホントにおっきくなっちゃったんだなぁ」
って。
溜息とか吐くし。
「臣、くどいよ」
「まあ、いいか。紀和は高校生にしたらまだ可愛い方だもんなぁ」
「いい加減にしないと怒るよ」
俺も溜息をついた。
こうやって毎週臣の部屋に遊びにくるけれど。
家事を手伝わされるだけで、ちっともいいことなんかない。
「紀和、もう寝ちゃったの?」
なのに。
俺はこのヘンタイサラリーマンのことが誰よりも好きだった。


昼寝をした後、近所で昼ご飯を食べて、これまた近所の公園で日向ぼっこ。
子供がたくさんいるからという理由で臣はしょっちゅう公園に来る。
「ふうん、これはこうやって遊ぶのかぁ」
子供相手にオモチャの遊び方を真剣に教わる臣をベンチに座って見ていた。
こうやって一時間くらい遊んで帰るのもいつものこと。
その間、俺はずっとひとりで本を読んでいる。
「紀和も一緒に遊ぼうよ」
臣が誘いにくるけど。
「やだよ。俺、子供、苦手」
泣かれたりしたら面倒だもんな。
俺は一人っ子のせいか、面倒見は最悪だった。
臣も一人っ子なんだけど、ショタコンだから楽しくて仕方ないらしい。
「ぐっちゃぐちゃに泣くのがまた可愛いんだよ」
そんなことを言って。
帰り際、子供たちに手を振る臣は満足そうだった。
「臣が子供レベルだからだろ?」
「紀和、相変わらず可愛くないなぁ」
「いいじゃん、別に」
それでも去年までは臣も遊んでくれたんだ。
けど、今年、高校に入ってからはぱったり遊んでくれなくなった。
俺が遊びにいっても、一緒にご飯を食べてテレビを見るだけ。
後はナンにもしない。
「臣、最近全然遊んでくんないよな。俺、ドライブ行きたかったのに」
ぶーぶー文句を言っても臣は笑って流すだけ。
「紀和はもう大きいからなぁ。……夕飯も食ってく?」
臣とは一緒にいたけど。
でも。
部屋でご飯を食べて、片付けをして、テレビを見て、少し話して。
きっとそれだけだ。
「ううん。帰る」
「送ってくか?」
徒歩5分の距離。送る必要なんてない。
「一人で帰れるよ」
俺がして欲しいのはそんなことじゃないのに。
「じゃあ、気をつけてな」
子供たちにするように可愛く手を振ってもくれなくて。
臣は自分のアパートに帰っていった。

そんなことばっかりで。
その度に思う。
俺、大きくなんてならなければ良かった……って。



『紀和〜、今日、来れない?』
臣から電話が入ったのは、次の土曜日。
俺はまだ朝ご飯も食べてなかった。
『ご飯食べてからなら』
先週、俺が拗ねたから、今度こそどこかに連れていってくれるのかも……って、少し期待して臣の部屋まで走っていった。
ドアを開けて驚いた。
臣の部屋に、小さな男の子。
「臣、その子……」
「へっへ〜。俺の子猫ちゃん」
……うそ。
幼稚園くらいだろうか。
けど、びっくりするほど可愛い子だった。
「お袋の幼稚園の子なんだけどさ、ちょっと預かってくれって頼まれたんだよ」
「おばさんに?」
「そう。明日の朝まで」
「で、なんで俺を呼びつけたわけ?」
「手伝ってよ。子供の世話なんてしたことないしさ。紀和、どうせ暇だろ?」
ぷっち〜ん、と頭の中で何かがキレた。
「帰る」
せっかくドライブの準備をしてきたのに。
CD持って。おやつを買って。臣が眠くなるといけないからって、ガムまで買って。
「何怒ってるんだよ。紀和??」
男の子は俺たちのケンカなんて気にする様子もなく、臣のゲームで遊んでた。
「うるさい」
「待ってよ、紀和。手伝ってくれないと困るんだから」
「やだ。友達と遊びにいく」
「ばか、俺があの子、襲ったらどうするんだよ?」
臣が変なことを言うから。
俺は耳を疑った。
「……だって、まだ子供じゃん……」
呆然とした。
臣の『理想の子猫』なんて話。
俺は冗談だと思ってたんだ。
「なんだよ、紀和。真に受けるなって」
臣は慌てて否定したけど。
実際、ショタコンなのは間違いないし。
それに、あんなに可愛い子だもんな。
「……いいよ、手伝えばいいんだろ」
心配と言うよりは不安になって。
俺は臣の部屋に残った。
5歳の子供に、嫉妬して。
ばかみたいだと思ったけど。


男の子は「ユウくん」って言う名前で。
別に、普通の子なんだ。
けど、俺は気に入らなかった。
「おみぃ〜」
子供のくせに臣を呼び捨て。
「なに〜? ユウくん」
臣の顔もゆるゆるだ。
俺は疎外感を抱えたまま、いつものように掃除と洗濯。
まるで家政婦みたいだよなって自分でも思ってた時に、ユウくんにまで。
「おみが、にゃんこのおてて、かりてきてって」
ネコの手って、俺のことか。
もう、最悪。
「じゃあ紀和、俺、ユウくんとお風呂はいるから、その間にピザ頼んで。マヨネーズ味のがいいらしい。来たら受け取って。財布、そこね」
「俺も一緒に入りたい」
そんな駄々を捏ねてもしょうがないって分かってるけど。
「紀和は大きいから一緒には入れないよ」
臣も真面目に拒否するし。
電話でピザを頼んで、30分も経たないうちに届いたけれど。
臣はなかなか風呂場から出てこなかった。
臣とユウくんのはしゃぐ声が風呂場から響いてきて、俺は黙って家に帰った。
一人でテレビを見ている時に臣から電話がかかってきたけど無視してたら、『ユウくんを寝かしつけたら、また電話する』っていうメールが来て。
でも、結局、臣からの電話はなかった。
そのまま二人で寝ちゃったんだろうって思ったら、涙が出そうだった。
もう臣の部屋になんか行かない。
どうせ俺のことなんて、猫の手としか思ってないんだから。
絶対、行かない。
そう固く誓って眠った。



翌週、臣からまた電話がかかってきた。
「なんだよ」
朝10時。
俺は朝ご飯を食べ終わったところで、リビングでぼや〜っとテレビを見てた。
『悪いけど、今、会社なんだ。俺の部屋から書類取ってきてくれないかな。急ぎなんだけど、どうしても抜け出せなくて』
臣の部屋の鍵は持っている。会社がどこにあるのかも知っていた。
けど、俺はネコの手じゃないんだ。
「やだ。面倒くさい」
ぶちぶち文句を言いたいのを堪えて手短に断わった。
『そんなこと言わないで頼むよ。明日、ドライブに連れていくから』
臣の猫なで声が本当にムカつく。
「都合のいい時だけ機嫌取ってもダメだからな」
いつもはちっとも俺の言うこと聞いてくれないくせに。
『じゃあ、紀和の欲しがってたCDも買ってあげるから。な、頼む』
俺はいい加減拗ねていたけど。
臣に頼まれるとやっぱり嫌って言えなくて。
「……明日、ホントに連れてってよね」
『ああ、もちろん』
ホッとした声が聞こえて、俺も少し嬉しくなった。
母さんに話したら、「臣くん、お休みの日まで大変ね〜」なんて呑気に笑ってた。
そりゃあ、俺だって大変だなとは思うけど。




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