理想の子猫
<その後>

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臣と付き合い始めて二ヶ月とちょっと。
それでも臣は未だにどうしても「子猫ちゃん」がいいらしくて。
「紀和〜、ひざに乗って」
「……またかよ」
おかげで仕方なくそれに付き合う日曜日。
なんでこんな奴を好きになってしまったのか、自分でもかなり疑問だけど。
すごく楽しそうに両手を差し出されると、つい膝に乗ってしまうダメな俺。
「紀和。そうじゃなくて、背中向けないでちゃんと顔が見えるように座るんだって」
両目が一直線になりそうなほど、こめかみにピキッと来ていたけど。
ユウくんがそうしてたのを辛うじて思い出して、嫌々ながら言うとおりにした。
「紀和、もっと甘えてよ」
我慢してやってるのに臣の注文は増える一方で。
「俺だったら今のままでいいって言ってたの誰だよ?」
自分の発言なんてもうすっかり忘れているのは明らかだった。
なのに、変なところだけは記憶力が良くて。
「そんなこと言うなよ。昔はいつもこうやって座ってただろ?」
「覚えてないよ」
臣が言う「昔」は本当の本当に昔のことで、それこそ俺が5つとか6つの頃の話だったりするのだ。
そのたびに、やっぱり小さい子がいいんじゃんとか、俺がすっかり大人になったらどうなるんだろうとか、嫌でも考えてしまう。
「昔は、俺の顔見ると走ってきて『だっこ』っておねだりしてくれたのにな」
「……だから、俺、もう高校生だって言ってるだろ」
この年でそんなことしてたら気持ち悪いだろ、って言ってみたけど。
「家の中だったら平気だよ」
臣は全然諦めていないようだった。
まったく、臣の『子猫ちゃん病』には手がつけられない。
でも、「いい加減にしろよ」とか言いながら、気がつくと毎週のようにこのヘンタイサラリーマンのところに遊びにきていて、「もっとこっち来て」なんて言われたら、やっぱりくっついて座ってしまう。
臣を甘やかしてしまったのは俺だから、自業自得なんだろうという気はするけど。
でも、やっぱりもうちょっと普通に付き合いたいなと思う今日この頃。


「臣、たまにはどこか出かけたりしようよ」
付き合う前よりもさらに状況は悪化していて、外出はほとんどしなくなった。
行くところと言えば近所のコンビニかスーパーかファミレス。
後は小さい子が遊んでいそうな公園。
それだけだ。
「んー、でも、外だとあんまり仲良くできないだろ?」
手もつなげないし、並んで歩くだけだってくっつくと変だし……って言われて。
「そうかもしれないけど。……でも、家の中ばっかなんて退屈だよ」
女の子と付き合ってたって、外でデートしてる時はそんなにピッタリくっついたりはしないんだし。
それと同じだって思うんだけど。
「じゃあ、ゲームするか? それともビデオでも借りてくる?」
臣は家の中が好きみたいで、公園に行く以外は外で遊ぼうなんて思わないみたいだった。
「……そういうことじゃなくて。っていうか、子供扱いするなよ」
たまには普通のデートもしてみたいよなって思っているのは、俺一人。
お互い「好き」って思ってるはずなのに。
いろんなところですれ違っているのを感じてた。
だって、もう二ヵ月。
その間に二人で出かけたのは、買い物と公園とレンタルビデオ店と臣の実家くらいで。
そんなのぜんぜんデートじゃないもんなって、やっぱり思ってしまうから。
「臣、遊びにいかないんだったら、俺もう家に帰るよ」
前にもこれでケンカしたことを忘れたわけじゃないんだけど、どうしても言わずにいられなくて。
「まあ、そう言うなよ」
自分でも「子供のわがままみたいだ」って思うから、なんだか気持ちがぐちゃぐちゃして、余計にキゲンが悪くなるんだけど。
「もういい。ホントに帰る」
やっぱり俺はどんどんふて腐れていく。
「紀和でもそんな可愛いこと言うんだな」
臣はただ笑って俺を抱きしめただけ。
いつもこうやってはぐらかして。
ずるいよなって思うんだけど。
やっぱり少し嬉しくて、ギュってしがみついてしまったその時。
「―――紀和」
「なに?」
やっと遊びにいく気になったのかなと思ったのに。
「エッチしようか?」
そう言われて、俺はちょっとあせってしまった。
臣のほっぺをビタンと引っ叩いて、膝の上から抜け出した。
「なにわけのわかんないこと言ってるんだよ!」
「だって紀和、お子様扱いが嫌なんだろ? だったら……こら、紀和、ちょっと待てって」
臣が笑いながら追いかけてきて、俺の身体を後ろから抱きしめた。
「冗談だよ。ちょっと言ってみただけ」
「普通、『ちょっと』なんて気持ちでそんなこと言わないだろ」
それよりも。
臣はいつだって「その辺のお兄ちゃん」って感じで。
いわゆるセックスアピールというものは、全くといっていいほどない。
二人でいる時だって、一緒に昼寝をするときだって、ぜんぜんそんな感じはなかったのに。
本当はそんなことも考えてるんだって思ったら、なんだか驚いてしまった。
そりゃあ、俺だっていつかはきっとそういうこともあるんだろうな、くらいの感覚は持っていたけど。
「変なことばっか言ってんなよ。それより、出かけるの、出かけないの?」
その時は何て言ったらいいのかわからなくて。
ちょっと怒った振りをしながら、でも、臣の顔をまともに見ることができないままそんな言葉にすりかえた。
でも。
「紀和は……したいと思ったことないんだ?」
急に、しかもなんだかすごく真面目な声で聞くから、ますます何て言っていいのかわからなくなって。
「……もういい。俺、うちに帰る」
心臓がバクバクして。
なんでこんな話してるんだろうって気持ちと、『結局、出かけようなんて思ってないんだよな』っていう不満がごっちゃになって、そのまま本当に帰ってしまった。


その後、いつもなら来るはずの臣からのメールもなくて。
「……なんだよ、『冗談で言ってみただけ』みたいなこと言ってたくせに、本当は断られて怒ってるんじゃん」
臣なんて、いつも調子のいいことばっかり言って。
「子供扱いが嫌なのと、そういうことするのとは関係ないだろ? あー、もうなんかムカつく」
そのまま、なんだか仲直りするきっかけがつかめなくて、あっという間に休みは終わってしまった。




その後の数日はなんだかずっとイライラしていて。
なのにそんな時に限ってゲーム機が壊れたり、ベッドの角に足をぶつけたり、母親がご飯を作り忘れて出かけたりでロクなことがなかった。
そして、その中でも最大級の不幸は、本当に死ぬかと思うような大惨事になった。
「……いってきます」
自転車のペダルに足をかけた時、靴のひもをちゃんと結んでいないことに気付いて、すでに「イライラすると注意力が散漫になる」という自覚はあったんだけど。
「もう、紀和ったら。朝からぼうっとしてると転ぶわよ」
しかも母親にそこまで言われていたのに。
「あー、もう、うるさいな」
タラタラ文句を吐きながら、自転車を飛ばして角を曲がろうとしたその瞬間。
白いワゴンがいきなり視界の中に飛び込んできて。

―――ヤバイ……っ

ブレーキの耳障りな音が響いた後はもう俺の頭の中は真っ白だった。
妙な浮遊感と、自転車ごと撥ねられて落ちてくる自分がスローモーションで映像化されているような変な感覚の中。
道路の反対側で臣が蒼白になって固まっているのが見えた。
でも、その時はもうあんまり音も聞こえなくて。
ただ口をぱくぱくさせながら、赤信号を突っ切ってくる臣だけが目に焼き付いた。

―――バカ、臣までひかれちゃうよ……

その後、俺は道端に積み重なっていたゴミ袋の上に落ちた。
そして、それを抱き起こしたのは臣の腕だった。
「紀和、しっかりしろっ!! 聞こえるかっ!?」

聞こえていた。
でも、目を開けることができなかった。
何かが繋がってない。
そんな感じで。

救急車が来た時も臣はまだ叫んでいた。
「あなたは? ご家族ですか?」
俺を車に運びながら臣に聞いた。
「恋人ですっ! 早く、紀和をっ!!」
相手が何て答えたかまではわからなかったけど、とにかく臣は病院まで一緒に来ることになったみたいだった。
「紀和、しっかりしろっ!」
サイレンも周囲の音もあんまり聞こえなかったのに、何故か臣の声だけはやけにしっかりと耳に届いた。
「大丈夫だから……治ったらどこでも好きなところに連れてってやるからっ」
だから、しっかりしろって。
救急車の中でもずっと叫んで。
しかも、呆れるほど取り乱してて、「静かにしてください」って何度も怒られてた。
相変わらずバカだなって思って。

でも、やっぱり嬉しかった。

だから、「大丈夫だよ」って言おうとして。
でも、言わないうちに俺の意識はプッツリと切れてしまったのだった。



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