コンビニから帰ってきた時にはもう臣しかいなかった。
だから、臣がテレビを見ている隙にボソッと返事をしてみた。
「……リボンだけならいいよ」
絶対にちゃんと聞こえないような小さな声だったし、実際、「え?」って聞き返されたけど。
振り返った臣の手にはもうしっかりとリボンが握られていた。
「それって、ちゃんと聞こえてたってことだろ?」
「まあな」
にぱっと笑った臣の顔はちょっと子供みたいで。
そんな様子を見るのは、やっぱり嬉しいんだけど。
「赤でもいい?」
臣の手にかかった光沢のあるリボンが揺れる。
それがどういうこだわりなのか、俺に分かるはずもない。
「……別に何色でもおんなじだろ?」
結局、そのまま臣の言うとおりになってしまういつものパターン。
「本当はホワイトデー当日がいいけど、平日じゃ、紀和はすぐに帰らないといけないだろ?」
だから、今からやろうって。
まだ心の準備ができてないのにあっさり言われて。
「じゃあ、軽くシャワー浴びたらこれだけ着ておいで」
渡されたのは臣のパジャマの上半分。
そう念を押しながら臣は当然のようにエアコンの温度を上げて、シャッと勢いよくカーテンを閉めた。
「なんでパジャマなんだよ? しかも上だけ?」
聞くまでもなく臣の趣味だ。
それは分かってるんだけど、文句は言わずにいられない。
「何も着てないわけじゃないんだからいいだろ? ほら、早く」
リボンだけって言ったことなんてもうすっかり忘れてるようだった。
能天気な鼻歌が背中に響いて。
やっぱりOKしたのは失敗だったかもしれないと思った。
リビングに戻ると臣が満面の笑みを見せた。
「うわー、可愛いな、紀和。なんかドキドキする」
そんな独り言を言いながら、またリボンをひらつかせる。
百歩譲って見るに堪えないものではなかったとしても、ただのパジャマ姿に対して大袈裟すぎる。
でも、それに対しても臣には言い分があるらしくて、
「ただ寝るために着るパジャマと、これから楽しいことをするために着るパジャマは明らかに意味が違うだろ?」
当然のように強く主張された。
「……あ、そう」
それも俺には分からない「男のロマン」なんだろう。
しかも、ベッドに腰かけている臣の隣に座ろうとしたら。
「ようこそ、子猫ちゃん」
なんていうか。
もうすっかりその気なのがちょっとイヤだ。
「俺は絶対に『ご主人様』なんて呼ばないからな」
昨日の話ではそんな感じだったことを思い出して先に断っておいたんだけど。
臣はにこやかに首を振った。
「呼び方は普通でいいよ。紀和だったら、断然いつもと同じがいい」
紀和の『臣』って呼び方がやけに可愛いんだよなぁ……なんて呟きながら、またちょっと笑って。
それだってきっと臣の中で子猫変換されているんだろうけど。
何にしても臣の価値基準は永久に理解できそうにない。
その後、何度も「可愛い」を連発した臣はおもむろに俺のパジャマの一番上のボタンを外した。
「なんでだよ? 脱がせる必要ないだろ?」
速攻で文句を言ったけど、臣からは怪しげな笑いが返ってきた。
「もちろんリボンをつけるだけだよ」
結ぶのにジャマだろって軽く言って、襟元を大きく開けると首にスルリとリボンを回した。
「きつかったら言えよ?」
「……うん」
その後の臣はやけにこだわりながら、それも何回も何回もやり直すほど真剣にリボンを結んでて。
「もう適当でいいから、さっさと終わらせろよ」
じっとしてるのに疲れた俺はまた文句を言ってしまったけど。
「ダメダメ。ちゃんと子猫ちゃんっぽく可愛く結ばないと」
ここが一番大事なんだとか、また力強く語られて、はぁっと溜め息をついた。
それから10分。
「はい、できあがり。うーん、やっぱり赤は可愛いよな。子猫っぽくて」
紀和は男の子だけど……なんて言いながら、頬に手をかけてちょっと顎を上げさせる。
それから、異常なほど楽しそうに俺の顔とリボンを見比べた。
「な、可愛いだろ?」
見せられた鏡の中に眉間にシワを寄せた俺。
もちろんリボンなんてぜんぜん似合ってない。
「……どこが?」
今、臣に見えているのは、理想的子猫年齢だった頃の俺の残像なのかもしれない。
ホントにバカだと思うけど。
そういうヤツだから仕方ない。
「臣」
「何?」
「こんなことして楽しいかよ?」
「もちろん」
即答で、揺らぎなし。実際、そう答えた顔はありえないほど楽しそうで、もう返す言葉なんて思い浮かばなかった。しかも。
「紀和」
呼ばれて顔を上げると目の前にデジカメ。
「やめろよ。絶対にやだからなっ!!」
枕で顔を隠そうとしたら、臣から真顔の質問が飛んできた。
「また今度もリボンしてくれるなら撮らないよ」
今日写真を撮るのと次回もリボン。どっちがいい、って尋ねられて。
「……写真だけは絶対にイヤだ」
悩んだ挙句そう答えた俺は臣にハメられただけなのかもしれない。
「じゃあ、次回もリボンで決まり。今度は黒いのにしような」
でも、後のことまで考える余裕なんてなかったのでさっくり聞き流した。
だってその時にはもう、「じゃ、続きしよっか?」の言葉と一緒にふわりと背中から抱きしめられてて。
臣に甘い俺は思わず「うん」って答えてしまっていたからだ。
「『赤いリボンをつけた子猫は少し恥ずかしそうにうつむいたまま、それでも主人の腕の中で大人しく座っていた』……っていう感じだろ?」
臣はまだ背中に張り付いたままだから、どんな顔でそんなヘンタイ妄想を語っているのかは見えないのが救いだけど。
下心は全開で。
それは背後からヒシヒシと伝わってきた。
「心配しなくてもいつもと一緒だから」
そう言われて一応頷いたんだけど。
よく考えたら、週末に遊びにくるたびに臣が少しずつ教えるアレコレにだって子猫ちゃん願望が思いっきり反映されてるかもしれないわけで。
そう思うとなんとなく解せない。
「紀和、なに難しい顔してるんだよ?」
「……別に」
臣は俺の背中にぴったりくっついたまま、肩にあごを乗せて耳にフッと息を吹きかける。
予期せぬ攻撃にビクッと身体が跳ねると満足そうな笑みが漏れた。
「くすぐったい?」
聞いておきながら俺の返事なんて待つこともなく、パジャマの3番目のボタンを外してスルッと中に手を滑り込ませる。
「すぐにもっと気持ちよくなるよ」
温かくて心地良いのは事実だけど。
すぐに俺の弱いところを探り当てて、軽く爪で掻く。
「やだ、臣、やめろって……っ」
身体を捩ると「痛い?」って聞かれて。
「痛くはない……けど」
強くいじられると肌がビリビリして身体の奥がザワッと波立つ。
最初の頃はくすぐったいだけだったけど、何度もされるうちにだんだん違う感覚が混ざるようになってきて、今はもうぐちゃぐちゃ。
何度も軽く引っかかれるとまた身体から変な感じが湧き上がって頭の中が白くなる。
「あ……っ、ぅ……んん……臣……やめろって」
意地悪く胸元を動く手と首筋を舐める唇。
なんとかそれを退かそうとするけど、ちょっと身体を捩ったくらいじゃぜんぜん離れそうになくて。
「……あ……や、だ……んっ、ぁ、あ」
「紀和、いい声。じゃあ、ここは?」
反対側の手がパジャマの裾から中に入って、すっかり熱を持ったそれに触れた。
でも、いろいろ聞かれるたびに顔が火照って、よけいに返事ができなくなる。
「恥ずかしがらなくていいよ。これからもっといろんなことするんだから」
もうすっかり硬くなって、先っぽがぐちゃぐちゃに濡れ始めているってことはクチュという音で分かった。
恥ずかしさと、休みなく身体に与えられる刺激のせいで、その頃にはもう頭の中もグチャグチャで。
「ん……っ、やだっ……」
「ちゃんと気持ちいいか教えて」
もう何を聞かれてもまともな言葉なんて返せなかった。
「あっ、う、んんっ……ああ」
「ここは?」
俺の顔を見つめたまま臣の手が先端の割れ目を少し強く擦る。
「あ、っ……」
「気持ちいい?」
臣はどうしても「気持ちいい」って言わせたいみたいだったけど。
もうそれ以上何かを考える事なんてできない状態だった。
「……臣……出ちゃ……う」
泣きそうになりながらそう答えると、臣はくすくす笑った。
「『いいよ』って言いたいところだけど、もうちょっと我慢して」
そして、そのままあっさりと手を止めた。
ようやく自分の服を脱ぎ始めて。
それから。
「じゃあ、そろそろ本番しようかな」
憎らしいほど楽しそうに笑う。
「もう……ヤダ」
そう答えたてはみたものの、正直言うとここで止められるのは結構困る。
「いい子だから言うこと聞いて。俺の子猫ちゃん」
「その呼び方やめろ」
第一、臣の妄想子猫は主人に文句なんて言わない。
俺とは180度違うと思うのに。
「結局、なんでもいいんじゃん」
それでも臣はにっこり笑ったまま後ろから頬にキスをした。
「文句ばっかり言ってる子猫の赤くなった耳と、ちょっと困ったような顔がたまらなく可愛いんだよ」
臣の指が首につけられたリボンを辿り、そこに唇を押し当てる。
「……かわいいわけないだろ。俺、もう高校生なのに」
自分で言いながら急に少し不安になって。
でも、臣はそんな気持ちが分かったみたいに、「いくつになっても可愛いよ」と言ってやわらかいキスをした。
そのままどんどん深いキスになって。
「う……っふ……」
なた変な気分になってしまった時、臣は俺を四つん這いにさせた。
「それって……」
「そう。子猫ちゃんごっこの続き」
もうちょっとだけ付き合ってと言われて言葉に詰まった。
部屋は薄暗いけど、全然見えないわけじゃないし。
「紀和、お尻だけ高く上げて」
パジャマは長くて後ろも隠れているはずだけど、
「う……そんなことしたら―――」
すぐに捲くれ上がって背中まで丸見えになってしまう。
グズグズしていたら、臣の指がそろりと腿の内側を撫でた。
「どうせすぐに腕が疲れてつぶれちゃうんだから同じだろ?」
俺は別に構わないけどね、なんて言いながら、手はそのまま上に滑った。
「力抜いてろよ」
後ろにトロッとしたものが垂らされて、すぐに臣の指がそこをなぞった。
「……や……っ」
指先が何度かそこを押し広げながら出入りするたび、くちゅとか、ぬぷっとか変な音がして。
「う……やだ、臣……」
振り返る勇気もないまま背中を捩っているうちに腕の力が抜けて、そのまま枕に突っ伏してしまった。
「まだ始めたばっかりなのにな」
ざわざわとした感覚が全身に広がって、触れられている場所に熱が集まる。
「気持ちいい?」
もうぐちゃぐちゃだって言われたけど返事はできなくて。
ただ枕に顔を埋めたまま首を振った。
「いつまで経っても素直に『うん』って言わないよな、紀和は」
パジャマのボタンはもう残り一つが留まっているだけ。
熱を払いたくてシーツに肌を擦り付けるたびに肩も胸もはだけていくのに、すっかり脱がされることはないまま身体にまとわりついて自由を奪う。
「いいよ。今度はこっち向いて」
枕を抱きかかえたままつぶれていると、臣の手が身体をひっくり返した。
それから、すぐに熱い肌が触れた。
「……臣、熱いよ」
「当然だろ?」
俺の都合も少しは考えろって笑われて。
耳まで真っ赤になったまま、小さく「うん」って頷いた。
臣の手がまた肌の上を滑る。
そのまま下に降りて硬く立ち上がったままのものに触れる。
先端を擦られ、くちゅくちゅと濡れた音が聞こえるとそれだけで昇りつめてしまいそうになったけど。
「紀和、そのまま力入れるなよ」
両足を高く上げられて、指で解された場所に熱いものが押し当てられた。
「あ……っ、んん」
身体の中にゆっくりと圧迫感が広がっていく。
少しだけ苦しいけれど、最初の時みたいに痛みはなかった。
自分の先端から熱があふれて滴るのを感じた。
「動くよ?」
腰を抑えた手に力が入って、そのまま一気に奥まで入れられた。
ゆるゆると中を擦る感触に肌が粟立つ。
なのに、身体の熱はどんどん上がって気持ちまで空白にする。
「あ……臣っ、あ、あ……やだ、臣ぃっ」
我慢できなくてギュッとしがみつこうとしたら、臣は溶けそうな顔で笑った。
それから、
「やっぱりその呼び方が可愛いよな」
そんな能天気な言葉を吐いた。
俺はもうそれどころじゃないのに。
臣ばっかりやけに余裕があるのがちょっと悔しい。
「う……っ、ん……ふ、あっ……」
でも、グッて突かれるたびにクッて顎が上にあがって呼吸が荒くなって。
簡単に限界が見えてしまう。
「もうダメ?」
「……う……ダメ、あ……っ、臣っ……っ」
ダメだって言ってるのに、ぐちゃぐちゃに濡れたものを弄んでいた臣の手は動きを早める一方で。
「あ、……いっ……ちゃう、臣っ……」
泣きそうになりながら訴えて、やっと臣は手を緩めたけれど。
「本当に紀和は」
まいったな、って笑いながら。
「う……ごめ……」
切れ切れに謝ったら、「そういう意味じゃないよ」って臣は俺の髪を梳いた。
「もう我慢しなくていいからな」
言葉が終わらないうちにグッと奥まで突かれて、そのまま身体を揺すられた。
「……う……ぁ、や……はっ……ぁ」
少し汗ばむほど暖かい部屋。
身体はもちろん気持ちも限界だった。
「あ……い、いっ……っ」
どんどん深く突き入れられるような錯覚の中、不意にビクビクって身体が跳ねて。
それから、頭が真っ白になった。
「あ……あ、ああっ、臣ぃ……っ!!」
ぼんやりと目を開けると臣が「お疲れ様」って笑ってた。
その後、「首に痕がつくから」ってリボンは外されたけど。
でも、臣の腕だけはずっと俺の体に回ったままゆっくりと髪を梳く。
「じゃあ、次回は黒のリボンで」
「もうヤダ」
思いっきり拒否したけど、臣は俺の顔を覗き込んでにっかり笑った。
「でも、約束だろ? リボンが嫌なら首輪は?」
それにも俺はプルプルと首を振った。
「……だったら、まだリボンの方がいい」
こんなことばっかり変にバリエーションをつけなくていい。
というか、首輪の先にはまた別の世界が待ってるような気が……。
「だよな。俺も紀和にはリボンが似合うと思う」
「そういうこと言ってるんじゃなくて」
「今度はもっと伸縮性のある生地にしないとな。紀和が苦しいと可哀想だし」
「……そういうことでもなくて」
楽しそうにあれこれ思いめぐらせる臣のニヤけた横顔に溜め息をついて。
「……俺、寝るから」
臣に抱きしめられたまま瞼を閉じた。
「起きたら車でメシ食いに行こうな。帰りに大きな手芸店とか寄って。七本揃えて曜日ごとに替えるとか―――」
「……変な夢見そうだからやめてよ」
そんなこんなで。
臣の子猫ちゃん妄想は、まだまだ続くらしい。
end
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