No Good !
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俺の周りだけ、なんだかバタバタしていた。
「あれ? 堂河内(どうこうち)は?」
「帰りましたよ。早く寝るからって」
まだ終業から30分も経っていないというのに早すぎる。
しかも、早く寝るからだと??
「ちぇっ。仕事手伝ってもらおうと思ったのに。明日って、テニスサークルだっけ?それともゴルフ?」
「違いますよ。テニスは来週末で、ゴルフはその翌週の日曜です」
そうだよな。俺も一緒に行くんだから。
その時、後輩の吉田がニヤッと笑った。
「寝る、の意味が違うと思いますよ。堂河内さん、同行してもらった帰りにコンドーム買ってましたから。しかも僕が突っ込んだら『もう、今からスッゴイ楽しみでさあ』なんて笑っちゃってましたよ」
「彼女とお泊りかあ。いいなあ、堂河内さん、もてるから」
そんなはずはない。
昼過ぎに堂河内から「泊りに行ってもいいか」と聞かれたのだ。
けど、そんなこと言ってても仕方ない。俺は一人で仕事を片付けるしかなかった。


堂河内は週末になると俺の家に泊りに来る。
一人暮しで朝寝坊。だから、早起きをしなければならない時は必ず俺の家に来るのだ。
だが明日はゴルフでもテニスでもない。
じゃあ、やっぱりデート……か。
「彼女にでも起こしてもらえばいいんじゃねーか?」
以前、何気なくそう尋ねたことがある。
その時、堂河内はニッカリと笑って答えた。
「彼女と一緒だったら、なかなか寝れないだろ?」
俺はモーニングコールという意味で言ったのだが、堂河内の思考回路にはそういう発想はないらしい。
つくづくエロおやじなのだ。
いや、俺よりも年下だが。
「ほんと、おまえってスケベ野郎だな」
俺は、女に興味がなかったから、堂河内の思考回路にはどうやってもついていけない。そのたびに堂河内は笑って言うのだ。
「どうせ俺は海瀬(かいせ)と違うよ」
その発言がどこから来ているのかというと、入社した直後の部内旅行だった。
女子社員の一人が酔っ払って俺に絡んできた時、俺は無反応だった。
傍から見たら浴衣がちょっと肌蹴ていてかなり色っぽい状況だったらしいのだが、女に興味のない俺はもちろん無反応。うっとうしいとさえ思った。
だが、会社の連中はそんなことを知らないから、まるで俺を不能か聖人君子のように言うってわけだ。
だったらこんなに困ってないんだよな、と俺は心の中で呟くのだけれど。



何とか仕事を片付け、帰ったのが10時だった。
思ったより早く帰れてホッとしていた。
「ただいま」
念のため小さな声で言いながら部屋に入った。
思った通り、玄関には堂河内の靴があった。
明日、彼女とどこかに行くんだろうか。私服も一式、部屋の隅っこに置いてあった。
噂のコンドームは箱ごと私服の上に乗せられていた。
当の本人はすでに俺のベッドで眠っていた。
整った顔は会社にいるときと違って、幸せそうに緩んでおり、半開きの唇が少し色っぽかった。
「まだ10時だぞ??」
子供じゃないんだから、まったく。
しかも、俺んちで。
俺が帰ってきた物音にも何の反応も示さずに、すーすー寝ている。
ときどき『んー……』という小さな寝言が聞こえ、俺を欲情させる。
それを打ち消すために小さな音でテレビをつけ、ニュースを見ながら部屋を片付けた。
起こして欲しい時はいつもメモが置いてあるのに、今日は何もなかった。
泊りに来た理由もわからない。
ケータイに何か伝言されているかもと思ったが、何もない。
「……起こさなくていいのかよ?」
無防備に爆睡している堂河内の髪を手で梳いた。
短い髪が指を擽り、体の奥を刺激した。
天井を見上げて溜息をつき、気持ちを静めるために熱いシャワーを浴びた。


同期の堂河内は院卒の俺より2つ年下で、仕事のできる奴だった。
面倒見もよく、上司からも信頼され、女にももてる。
部内で唯一の同期で、住まいも近い。時には朝、昼、晩、三食とも一緒に食うほど仲がよかった。
週末もよく一緒に出かける。ゴルフやテニスやスノボや海や近所のバーや、まあ、いろいろだ。
そんなこんなでもう4年の付き合い。

ホンキになってしまったのはいつからなんだろうか。
とにかく、もう、とっくに俺の限界は超えていた。
部屋にはベッドは一つしかなく、スペアの布団もない。
仕方なくいつも同じベッドに寝る。
いくらセミダブルでも男二人だと体が触れる。
もちろん、俺は『仕方なく』なんて思ってなかったし、おかげでのっけからムラムラしてしまうので、抜いてから布団に入らなければならなかった。


そんなことを考えながら、ボディーソープを指に取り、後ろに塗りこめた。
そして指をゆっくりと挿入する。
「……ん、あっ……」
堂河内の整った寝顔、形のいい尻や胸の筋肉を思い出す。
夏場にトランクス一枚で部屋の中を歩き回る堂河内の広い背中。
動くたびにきゅっと引き締まる筋肉。
反対に俺はいつでもしっかりとゆるゆるのパジャマを着ていた。
下半身が反応してしまうのを隠すために。
堂河内は遠慮なく俺にまとわりつき、無邪気に女の話をする。
当たり前のように俺の缶ビールに口をつける。
俺のTシャツを着る。
俺のベッドで眠る。
そういうことのすべてが、俺の気持ちをいっぱいいっぱいにしてしまう。
もう、友人だからと思えなくなっている自分に気付いたとき、一度、堂河内から遠ざかろうとしたことがあった。
けれど、堂河内はそれさえぜんぜん気にせずに『電車がなくなったから』『明日、起こしてくれ』と言っては泊りにきた。
もちろんそれを拒む事なんてできなかった。
かたくなに拒否すれば、かえって怪しまれる。
そんな言い訳をして。
本当は、それでも一緒にいたかっただけだ。
「……うっ、堂河内っ……」
バスルームで声をかみ殺しながら俺はイッた。
堂河内が俺のモノを握り、扱き、後ろを突き上げる妄想の中で。
ぐったりと浴槽にしゃがみこんだ。ビュク、ビュク、と先端から白いものが溢れてきていた。
「もう、ダメかも、俺……」
放心状態で脱力しているといきなりユニットバスのドアが開いた。
「あ、海瀬」
寝ているはずの堂河内だった。
俺はあわててシャワーカーテンを閉めた。
「なになに? 一人でサカっちゃってんの?」
けど、手遅れだったようだ。
「うるせーな。出てけよ」
「やだよ。俺、トイレだもん」
「バカ、俺、風呂に入ってんだぞ??」
「いつも連れションしてるくせに、今更なんだよ?」
言いながら、遠慮なくしやがった。
思いっきり音が聞こえた。
コイツには羞恥心というものがないのか?
いや、それよりも。
ヤバい。
……また勃ってきた。
「それよか、海瀬」
「……んだよ?」
「さっき、俺の名前呼ばなかった?」
え?
き、聞かれた??
「堂河内って聞こえたような気がしたんだけど?」
「……よ、呼んでねーよ。気のせいだろ?」
「そっか」
さっさと出ていけ。
……っていうか、出ていってくれ。
頼む。
俺の願いも虚しく、堂河内はいきなりシャワーカーテンから顔を覗かせた。
焦ってタオルで前を隠した。
けど、堂河内は目ざとかった。
「溜まってんのな。また勃ってるじゃん」
「うるせーよ。早く出てけっ!!」
「舐めてやろーか? 俺、上手いぜ?」
それだけ言い放ってケラケラと笑いながら出ていった。
まったく……
けど。
堂河内にフェラしてもらっているところを妄想しながら2回目を抜いた。
末期症状だ。
はあ〜……。
ぐったり。
でもって、今夜も同じベットで眠るのか。
欲求不満で精液が脳ミソまで回りそうだ。
……俺って、マゾかも。



こんなわけで、堂河内が泊りに来る日は、穏やかでは居られない。
俺の神経はすり減りまくるのだ。
人の気なんて知らずに堂河内は遠慮のない言動で俺を振り回す。
「海瀬、ビール飲む?」
俺が風呂から出ると堂河内がキッチンからビールを持ってきた。
その光景に俺は思わず息を呑んだ。
「ど、堂河内、人ンちを、そ、そーゆーカッコで歩き回るな」
「なんで?」
黒のビキニパンツ一枚。
トランクスならまだしも、ぴたぴたのビキニだぜ??
「暑いからさ。いーじゃん、おまえだってトランクス一枚だろ?」
そう言って俺の股間に目を遣った。
「海瀬、抜いてこなかったのか?」
そう。またしても、勃ってしまったのだ。
惚れてる相手がこんなカッコしてたら、そりゃあ、勃つよなぁ……
「海瀬って、外泊しないけど恋人とかいないのか?」
「いねーよ」
「なんでだよ? 束縛されんのが苦手なタイプ?」
コイツに聞かれるたびに言いそうになる。
おまえが好きだ……ってさ。
けど、どんなに魔が差してもそれだけはNGだ。
同じ会社で同じ部署で、しかも同期だ。それはマズいだろ?
「ほっといてくれ」
「おまえ、そーゆー話だけはノリが悪いな」
「おまえみたいにオープンな性格じゃないんだよ」
堂河内がヘラヘラ笑いながら言った。
「あら、洸(こう)ちゃん、意外とウブなのねぇ〜」
「ニイさんのマネは止めろって」
ニイさんは近所のバーのマスター。本当に新居(ニイ)という名前だ。
家出少年だった俺が高校生の頃から世話になっている人だ。
ニイさんがマスターをしているのは半分ゲイバー。だけど、堂河内はそれさえ何の疑問も持たずに入り浸っている。
今や俺よりも馴染んでしまい、飲み物と乾きものくらいしか出てこないはずのバーのキッチンで自分で料理をして食って帰ってくるほどだった。
ニイさんは俺が堂河内に惚れてることを知ってる。
知ってるけど、今のところ黙って見ている。
けど、おしゃべりだからそのうちに堂河内にポロッと言ってしまうかもしれない。
それが目下の俺の心配事。

ふうっと深呼吸してトイレに向かおうとすると堂河内に呼び止められた。
「海瀬、俺、ホントにうまいよ」
「……何がだよ」
堂河内がいたずらっぽくペロンと舌を出した。
「アホ」
まったく、コイツは。
人の気も知らないで。


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