松浦が仕事に必要なモデルをいとも簡単に見つけてきたのがきっかけだった。
「男同士のカラミのモデルなんてさ、どこで見つけてくるんだ?」
俺に聞かれた時、松浦は「ケイジバン」と答えた。
「なんだ、それ?」
「事務所に戻ったら見せてやるよ。なんだ、おまえもついにダーリンご所望か?」
松浦がよしよしと言いながら俺の肩を叩く。
「ダーリンってなぁ……」
正直なところ、休日を過ごすための相手が欲しかっただけだ。
相手は男でも女でもどっちでも良かったが、できれば結婚を切り出される可能性のある相手は避けたかった。
仕事が忙しかったこともあるが、一番は俺自身にそんな気分的な余裕がなかったからだ。
「で、相手は男の方がいいってか? 安易だな、おまえも」
「まあそうだな」
本当に、最初はただそれだけだったんだ。
夜8時。
仲間六人の共同オフィスは、もう俺と松浦しか残っていなかった。
仕事に飽きてくると、帰ろうとしている松浦を強引に捕まえた。
「ああ、昼間言ってたヤツな。けど、俺だってそんなにしょっちゅう使ってるわけじゃないぞ?」
とか言いながら、いつも違う『彼氏』連れ。コレだけ仕事に拘束されているんだ。そんなに簡単に出会えるはずはない。
「いいんだよ、何でも。おまえのオススメは?」
松浦がニヤニヤしながら開いた画面に並んだ卑猥な文字列。
噂には聞いていたが、それはもうエゲツない掲示板だった。
『××××の兄貴探してます。××××で後ろから×××……』
みたいなヤツばっかりだ。
「ちょっと、即物的過ぎないか?」
俺が求めてるのはこういうのじゃないんだ。
「可愛いコイビトが欲しいんだって」
「こんなでも会ったら意外と普通だし、なによりすぐにイケるぜ?」
そりゃあ、普段は普通に学生だったり、会社員だったりするんだろうけど。
これ見たら、なんというか……。
もちろんセックスは好きだ。
ハードなのがキライとかそういうことでもない。
けど、それよりも一緒に休日をのんびり過ごしたり、テレビを見てじゃれあったりして……っていうのが、いいんだけど。
「じゃあ、もうちょっとソフトなの探すか?
ガキっぽいのとか、ソフト路線は援交の可能性大だぜ?」
「んー、それは会う時に確認すればいいんじゃないか?」
「すぐやれた方がイイと思うけどなあ。単刀直入で。ついでにセックスの趣味も確認できるし」
そう言いながらも松浦が開いてくれた掲示板の中に目に止まった書き込みがあった。
『都内在住。一緒に遊んでくれる25〜30歳の優しい人希望』
どうってことない文章だ。大抵は自己紹介代わりに身長、体重、年齢くらいは書かれているのに、『都内在住』以外はなんにも書いてない。
不親切極まりないし、自分を提示せずにリクエストだけっていうのはある意味自分勝手だ。
けど、なぜか『これだ』と思ってしまったのだ。
「俺、この子がいい」
「これじゃあ、年もルックスもぜんぜんわからんだろ? 受けかどうかも」
「いいよ。とりあえずノンケじゃないんだし」
「アホ。チビでぶハゲのオヤジかもしれないんだぞ?
そういうのでもOKならともかく、おまえ、メンクイだったろ?」
確かに40代50代なんてのも結構あった。
そんな事は無視してメールした。
「おまえご希望の『25歳前後かつ細身のかわいこちゃん』なんて絶対こんなとこじゃ見つからないぜ?」
25歳で細身で美形じゃなきゃ嫌なんてことは一言も言ってない。
前の恋人がそうだっただけだ。
おかげでみんなからメンクイと思われてるけど、別にそんなことはない。
「カワイイかどうかは顔じゃない。性格だろ?」
俺の言葉など誰も信用しないんだけど。
『掲示板見ました。一緒に買い物したり、映画を見たり、家でのんびりできる相手を募集してます。よかったらメールか電話をください』
身長・体重、メールアドレス、携帯の番号を一緒に送った。
返事はメールだった。
チャットルームにいるから来て欲しいという。
もちろん直行した。
ツーショットタイプのチャットルーム。
名前は『ツカサ』。
あくまでも真面目な付き合い希望なので、後々のことも考えて俺は本名を名乗った。
『名前は仁科幹彦です』
フルネームを名乗る必要はなかったかもしれないけど。
『幹彦さん、職業と年齢を聞いてもいいですか?』
僕は学生です、と書かれていた。
「とりあえずオヤジじゃなさそうだ」
大学院生なら俺とあんまり変わらないが、普通の大学生だと下は18歳って可能性がある。
10歳以上違うってーのも、なあ……
話、合うだろうか……?
『職業フリーのカメラマン。年は29です。ツカサくん、何年生ですか?
何学部?』
『2年生です』
『ってことは、20歳?』
その返事は『ちょっと違います』だった。
誕生日が来ていなければ、19。一浪してるなら21。
どっちにしても大差ない。
『幹彦さんはどんな写真撮ってるんですか?
興味があります』
そりゃあ、気になるだろう。松浦が連れてきたような何でもOKな子ならともかく、『エロ写真のモデルにならない?』なんて言われたら笑えないもんな。
『雑誌の関係が多いかな。依頼があればHなのも撮るよ。あんまり得意じゃないんだけど。写真に興味があったらHP見てください。俺の顔写真も載ってます』
HPのURLも書き込んだ。
『今、見てきてもいいですか?』
『いってらっしゃい。変な広告とかないから安心して開いていいよ』
『(笑)じゃあ、お言葉に甘えて行ってきます』
いい子だという気がした。
もちろん俺の願望なんだろうけど。
「なんか可愛くないか? な、松浦」
「どーだかな」
松浦は鼻で笑った。
そして、「現実は厳しいもんだぞ」と言い放った。
ツカサくんからは、しばらく返事がなかった。
HPをちらっと見てくるだけなら5分もあればいいはずだ。
どう見ても健全なHPだし、裏ページもない。
我ながらメチャクチャ爽やかだと思うのだ。
「おまえのニヤケ顔がお気に召さなかったんじゃないのか?」
松浦がニヤニヤした。人の不幸が楽しい性格なのだ。
顔写真だって、仲間6人と一緒にちらっと写ってるだけだ。
そりゃあ、矢印がついてて『これ』って書いてあるけど、普通の人間だという事が辛うじてわかる程度なのに。
けど、15分くらいしてからツカサくんは戻ってきた。
『すみません。あんまりキレイなので見とれてしまいました。海の写真、すっごくイイです!』
『ありがとう。……俺の写真は?』
『(笑)優しそうで、それにすごくかっこよかったです』
優しそうとは言われるが、すごくカッコイイと言われたことはない。
俺に気を遣っているのがわかった。
絶対、いい子だ。
「なあ、すぐに会いたいって言ってもいいものかなぁ」
「真面目な子ならしばらくはメルトモだろ」
「……だよなぁ」
なんて書こうか迷っていたら、ツカサくんが書きこんできた。
『明日もお話できますか?』
「ほらな。そんなもんだ。せいぜい気長にお付き合いしな。じゃ、お先に」
松浦はさっさと帰っていった。
「ま、いいか」
大学生だということ以外なんにもわかっていないのに、なんとなく可愛い子を想像していた。
そりゃあ、会ってみたいけど……
せめて身長と体重くらい聞いてもいいかなぁ……
迷っていたら、『嫌ですか?』と聞かれてしまった。
『いや、明日、夕方までオフなんだけど、夜、仕事があるんだ。遅くなったら悪いなと思って。昼でもいい?
それとも遅い方がいい?』
フリーの仕事に土日なんてない。恋人ができないのはそのせいだと思ってるんだけど。
『昼がいいです』
『じゃあ、11時にこのチャットルームでいいかな?』
てっきりツカサくんもそのつもりだと思っていたのに、意外な返事が返ってきた。
『直接会ってお話しませんか? できれば新宿辺りで』
ホントに??という嬉しい気持ちはちょっと隠しておいた。
がっついてると思われたくなかったからだ。
『いいよ。新宿。俺も近いし』
CDショップの3階にあるネットカフェを指定した。
『目印、何がいい?』
『大丈夫です。僕、幹彦さん、わかりますから。写真と同じなら、ですけど』
ちょっと含みを感じた。同じじゃなかったことがあるんだな、っていう感じだった。
『じゃあ、写真と同じ服で行くよ』
『ありがとうございます。CD買いたいから、早めに行って待ってます』
今時の子にしては礼儀正しいと思った。
あんな掲示板で知り合うくらいだから、最初からタメぐちなんて当たり前かと思ったのに。
約束は11時半。待ち合わせた後、一緒にお昼を食べることにしていた。
俺はドキドキしながらカフェに行った。
とにかく俺は相手の顔をぜんぜん知らないのだ。
どんなに受け入れがたい容姿だったとしても顔には出さないようにしなければ。
可愛いかどうかは、性格なんだ。
それに、チャットしてるときは可愛いと思ったんだから。
グレーのジップアップシャツとチノパンという格好で店に入った。
まず、相手を探すべきか。それともコーヒーでも買って……
と思っていたら、パソコンの前に座ってこっちを見ている男の子と目が合った。
えらくカワイイ。華奢で全体的に色素の薄そうな子だった。
多分、高校生。
一人で来てるのかな……。
店内にはそれほど客はいなかった。
男一人はこの子だけだ。
と思っていたら、椅子から降りて俺に近寄ってきた。
「こんにちは。幹彦さん」
「……ツカサ、くん……?」
だ、大学生じゃ……
「ごめんなさい。高校生なんです。高校2年生」
学部を聞かれたときに俺が勘違いしていることはわかっていたと言った。
可愛い。
けど。
さすがに高校生じゃコイビトにはできないだろう。
「やっぱり、高校生だとダメ? 子供だと思う……?」
俺の考えていることがわかったのか、がっかりしたように俯いてしまった。
開かれたパソコンの画面には俺のHP。気に入ったと言っていた海の写真。
「ダメって言うか。ちょっと、驚いた」
んー……まあ、いいんじゃないか?
高校生でも。オトモダチなら。
こんなにがっかりしてくれるんだし。
それに……
170あるかないかの身長に細身の身体。
天然に茶色の髪と茶色の瞳。
ものすご〜く、カワイイ。
俺は決してメンクイじゃないと思うが、それにしても、思わずパクッと食べてしまいたくなる。
「いいよ。とりあえず、一緒に買い物とか映画に行ってもらえるんなら」
ツカサくんの顔がパッと輝いた。
「行く。行くよ。どこでも。一緒に行く」
親戚の子が何年か前に溺愛していたゲームのキャラクターを思い出した。
「……ポケットゲームみたいだね」
「あ、トロ? 僕、子供の頃、大好きだったな」
「そうそう」
そんなことも思い出せない自分に29と言う年齢を感じた。
高校2年は16歳か17歳だ。一回り違うのか。
大丈夫かな。
会話が続くのかという心配。
それと、理性が続くのかという……。
ここまで可愛くなきゃ、なんとか普通に、友達みたいに、弟みたいに……
少し、溜息が出た。
|