Sweetish Days
〜ほのかに甘い日々〜

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ツカサくんは俺の隣に座ってアイスティーを飲みながら真面目な顔でこっちを見ている。
「幹彦さん、いつも掲示板使ってるの?」
やっと遠慮がちに尋ねてきた。
「いや。初めてだったからドキドキだった。初めはおもしろ半分で……あ、って言っても、真面目に恋人探すつもりで……」
二重に墓穴。
コイビト探してるってことはさ、その、いろいろ、そーゆーことを考えてるってことで……。
俺は溜息と共に、やってしまったという顔をした。
「ごめん。えっと、何て説明すればいいのかわからないんだけど……」
俺は言葉を選ぼうとしていたが、ツカサくんはそんなことは全く気にしていないようだった。
「よかった。僕、2回目だったんです。最初は、もうどうしていいのかわからないくらい、すっごいメール来ちゃって……。身長と体重と年齢。コメントは『優しくしてくれる年上の人』ってそれだけしか入れてないのに」
そりゃあ、都内の現役高校生。相手には困るまい。
「でも、エッチっぽいやつばっかで、やんなっちゃった」
『優しくしてくれる年上の人』じゃ、ね。
いいよ、オジさんがやさしくシテやるよ〜、なんて思うだろ。
俺だって思うに違いない。
「それで、ああいうカキコミにしたんだ?」
「うん。でも、やっぱりメールで年とか身長とか体重とか、誰に似てるとかそういうことばっかり聞かれて」
聞かなかったのは俺だけだったらしい。
「幹彦さんのHP、すっごく爽やかだったし。言葉遣いとか、常識ありそうだったし」
「アブナイ人だったらって思わなかった?」
「写真の通りの人なら大丈夫かなって」
見るからに垢抜けない写真だもんな。安心感という意味では十分だろうけど。
「大丈夫だった?」
「うん。写真より、ずっといいかも」
……よかった。オヤジくさいって言われなくて。
俺は高校の時、まだ30前だった従兄をオヤジくさいと思っていた。
今の俺だってそんな感じだと思うんだけど。
「ね、幹彦さん。本名、聞いてもいい?」
俺は名刺を渡した。
「え? 本名なの? それとも、この名刺がニセモノ?」
「本名だよ。免許証見る?」
財布から免許を取り出してツカサくんに渡した。
「年もホントなんだ。すごいね」
「すごいかな?」
「友達が、おんなじようにして掲示板で知り合った人と会ったんだ。そしたら、嘘ばっかりだったって」
今時の高校生って、そういう子がたくさんいるんだろうか。
俺なんて本当にドキドキしていたっていうのに。
「もともと真面目に恋人を募集する気だったから。それに、そういう架空の関係は苦手なんだ」
「僕、幹彦さんの恋人になるの?」
見上げる顔は真剣そのもので、俺はどう答えたらいいのか悩んでしまった。
でも、自分は大人なんだってことを辛うじて思い出した。
「いや。高校生じゃね。さすがの俺もそんな勇気はないよ。遊び友達でどう? あ、色っぽい遊びはナシでね」
それを聞いてツカサくんはにっこりと笑った。
「うん。そうだね」
無邪気で可愛い笑顔。
できることならこの子が大人になるまで大事に大事に『オトモダチ』を続けて、それなりの年になったら、ぱくっと……。
俺って、紳士じゃないな……
反省。
だが、ツカサくんは俺が思っているよりもずっとオトナだった。
「お友達からってコトだね」
ぶっ……
俺はあやうくコーヒーを吹き出すところだった。
いたずらっぽくキラリンと輝く瞳が俺を見つめていた。
「ね、幹彦さん。何か大事な確認、忘れてない?」
「何?」
ツカサくんは俺たちが知り合った掲示板のトップページを開けた。
そして中の一行を指差した。
『男×男限定』
「うん、それはわかってるよ」
だから、何の確認?
「僕ね、ネコ100%だから」
めまいがして思わず頭を抱えた。
ツカサくんが一気に不安そうな顔をした。
「え? 幹彦さん、タチできないの?」
「……いや。俺はタチだけどな」
この会話は、犯罪じゃないのか?
大丈夫か、俺……。
「じゃあ、いいじゃない? なんで頭抱えちゃってるの??」
「……俺、ツカサくんと寝る気はないよ」
っていうか、『高校生と』っていうか……
ツカサくん自身には何の問題もないんだけど。
俺の許容範囲は一応、大学生以上。
「え?……え〜っ? なんで??」
気まずい沈黙が流れた。
ああいう所だと、そんなことを言うヤツはいないのかな。
「……そっか。仕方ないよね。じゃあ、また探さなきゃ。優しい人、見つかるかなぁ……」
パソコンの前に頬杖をついて、ふてくされたような顔をした。
「幹彦さんがいいのになぁ……」
マウスを弄びながらページをめくる。
人差し指のシルバーリングがなんとなくワカモノって感じだ。
「でも、僕、幹彦さんのタイプじゃないんだから仕方ないよね……」
いや、タイプじゃないとかそんなことは一言も言ってないだろ?
ツカサくんは深いため息をつきながら開いた掲示板に書き込んでいった。
『168*54*17。振られたばっかりで落ちこんでいます。優しくしてくれる年上の人がいいなあ。まずはメールで』
書き込むとすぐに携帯が震え出した。しかも、ひっきりなしだ。
「止めとけよ。危ないって」
俺はツカサくんからマウスを取り上げるとすぐに書きこみを削除した。
「大丈夫。適当なところでアドレス変えちゃうから。もしかしたら幹彦さんみたいな人と会えるかもしれないでしょ」
策略だということはわかっていた。
若い子は援交目的だと言っていた松浦の言葉が脳裏を過った。
けど、放って置けなかった。
「……俺にしておけよ。すぐにどうこうってことはないと思うけど、お友達から、な?」
「うんっ、よかった」
実年齢よりも子供っぽい無邪気な笑顔。
さっきのネコ100%発言が嘘のようだ。
「なあ、聞いてもいい?」
「なんでも聞いてください」
「援交目的? それともセフレ探してるの?」
自分が厳しい顔を隠し切れていないっていうことは分かっていた。
ツカサくんも顔を曇らせた。
「……お金、ってこと?」
「そう」
ツカサくんはちょっと困ったように首を振った。
「……ううん。探してるのは、カレシ」
答えながらもどんどん暗い表情になっていく。
その顔を見ていると、なんだかとても酷いことをしたような気になった。
「あ、でも、でもね、誕生日とクリスマスはプレゼント欲しいなぁ……ダメ?」
ぜんぜんダメじゃない。
恋人なら当然の事だ。
「いいよ。喜んで」
それだけでパッと顔が明るくなった。
「やった〜。僕も誕生日とクリスマスにプレゼントあげる。バイトしてるんだ」
可愛いんだよ。文句なく。
けど、だからこそ余計に疑問に思うわけで……
「なんで、掲示板なんかさ。いくらでも恋人なんてできるだろ?」
絶対困らないと思うのに。
「僕、すっごい年上の人しか好きにならないから。学校には先生しかいないし。あとはバイト先でしょ。うまくいかないとバイト変えなきゃいけなくなりそうだし。ぜんぜん関係ないところで知り合いたいなあって。それだけ」
確かに25歳から30歳がいいと書いてあった。
他意はなさそうなんだけど、ちょっと強かそうにも見えて、手放しでは喜べずにいた。
「ねえ、お友達からだとキスもしてもらえないの?」
隣の人に聞こえるかもしれないとか、そういうことは気にならないようだった。
「人のいないとこならしてもいいよ。ただし、軽く、ね?」
俺はかなり小声であまり口も動かさずにしゃべった。
ツカサくんも俺がなんでそんな話し方をしているのかがわかったらしく、キョロキョロっとしてから、小声になった。
「うん。……人のいないとこって? エレベーター? トイレ? ホテル?」
なんか、やらしっぽいシチュエーションばっかりだな。
「……俺んち。……来てもよければ、だけど」
「どこでも一緒だってば。トロって呼んで?」
まさに『ごろにゃん』な笑みだった。

『優しくしてくれる年上の人』っていうのはつまり、『優しい年上の人』じゃなくて『優しくSEXしてくれる人』ってことだったんだな。
純情可憐な高校生と決めてかかった俺が間違ってたのだ。
高校生だって性欲はある。
いや、むしろ俺らの年代よりずっとヤリたい、イキたい年齢だとは思うんだ。
だから、それについては、別にいいんだけど。
つまり、なんだな。
俺はちょっと自信がなかった。
男をコイビトにしたのは過去一回だけ。
男と寝たのも、その彼とだけだった。
たぶんツカサくんはいろんなヤツと寝たことがあって、いろんな経験をしている。
掲示板も、本当は2回目なんかじゃない。
じゃなきゃ、あったその日に『どこでも一緒』なんて言うわけがない。
本当に、大丈夫かな……
「幹彦さん、何が好き?」
「幹彦さん、今度は映画に行く?」
「ね、幹彦さん。僕の名前、呼び捨てにして」
「カメラ、僕にも教えてよ?」
俺は学校のことやテレビのことを話し続ける可愛い唇を見ながら、自問自答した。



昼食の後、仕事場が見たいというツカサのリクエストに応えて、オフィス見学をすることになった。
「親戚の子か?」
松浦は、わかっているくせにわざとそう聞いた。
「いや」
オフィスの中を歩き回っているツカサが少し離れると、松浦は即座にこう言った。
「援交じゃなきゃ、ヤリマンだぜ? 相当遊んでる」
松浦はこういうことに慣れている。
まず、外れてはいないんだろう。
「……援交じゃないってさ」
「ふうん。じゃ、今夜ヤレるな。美味そうだが、病気にだけは気をつけろよ」
俺は無言だった。
「いいじゃないか。言っただろ? あんな掲示板で知り合っても、会えば意外と普通だって。その通りだっただけだ」
「まあ、な」
「まあ、ちょっと若すぎるが、おまえのご希望通り『可愛い恋人』には違いないんだし。……ただし、ホンキでコイビトになることを希望してるかどうかは、俺にはわからないがな。何て言ってた?」
「クリスマスと誕生日にはプレゼントが欲しいってさ」
「長期希望ってことか? リップサービスなら相当なタマだぜ?」
「トロって呼んでくれって」
「トロ?」
「昔流行ったゲームに出てくるネコ。どこへでもついてくるってコンセプトなんだ」
「ああ、それな。オジサマキラーの言いそうな事だ」
……だよなぁ。
俺だってそう思った。



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