Sweetish Days
〜ほのかに甘い日々〜

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金曜にツカサの顔を見た途端、忘れていたことを思い出してしまい、ファミレスの駐車場で足を止めた。
「どうしたの? 幹彦さん?」
「いや、どんな写真だったのかなぁって……」
何気なく呟くと、ツカサが急激に顔を赤らめた。
「やだなぁ……もう、忘れてよ。お願い」
よく考えたら、本物が目の前にいて自分に抱かれたいって言ってるんだから、今更そんなものに拘る必要なんてないんだよな。
気になるのは、俺の下世話な好奇心のせいだ。
大人げない。
困った顔をしているツカサの頬にキスをして、
「ごめん。忘れるよ」
そう約束した。
「だからツカサも、今度はちゃんと俺に相談するって約束して」
ツカサは神妙な顔でコクンと一つ頷いた。
「本当に早めに相談してね? 俺に言えないなら、ご両親にでも……」
「そんなの、もっと言えないよ」
まあ、普通はそうだけど。
「心配させたくないから?」
「……うん」
別に、家族を嫌っているわけじゃないんだな。
なんだか少し安心した。
「それとさ、」
ツカサを責める気はないんだけど。
「俺にはなんで言えなかったのかな? カオルには話せるのに?」
そこだけはどうしても聞いておきたかった。
俺に何が足りないのかが知りたくて。
でも、ツカサは首を振った。
「……幹彦さんには、知られたくなかっただけ」
少し俯いてしまったツカサは居心地悪そうに瞬きを繰り返す。
「嫌われるくらいなら、ほんのちょっとでも好きでいてくれるうちに別れたいなって……。そんなの、何にもならないってわかってたんだけど」
ツカサは俺なんかよりもずっといろんなことを悩んでいたんだ。
今にして思えば、気付いてやれる場面は何度もあったのに。
俺はツカサを疑ったり、躊躇ったりしてばかりで、ちゃんと見ていてやることもできなかった。
「……僕、やっぱり、可愛くないよね」
呟きながらもっと俯いてしまった。
フワリとした前髪が落ちてきて、大きな瞳に影を作る。
なんて答えてやったらいいのかわからなくて、ツカサの顔を両手で無理やり上に向けた。そのまま、それこそ無理やりキスをした。

もう、そんなこと気にしなくていいんだと言う代わりに。



ツカサの『お泊まりセット』は月曜に着ていく制服まであって、大きなスポーツバッグが一杯になっていた。
車じゃなかったらいったん家に帰って荷物を置いてこなければならなかっただろう。
「それでね、これはお母さんから」
ちゃんと母親に承諾を貰ってきたんだと分かり、安堵する。
「俺んちに来るのに気なんか遣わなくていいよ?」
「うん。でも、お母さんがどうしてもって言うから」
ツカサが差し出したのは俺の好きなワインだった。銘柄まで誰に聞いたんだろう。
「誰だと思う?」
とは言っても、ツカサが知っているのは松浦とカオルと竹浪だけだ。
とすれば……
「カオルだよな」
「あったり〜」
竹浪がそんな気の利いたものを指定するとは思えないし、松浦がそんなまともなものを言うとも思えない。
「竹浪さんは甘くない食べ物ならなんでもいいんじゃないかって。だから、チーズも持ってきたんだ」
「松浦は?」
ツカサがうふふと意味ありげな笑いを漏らした。
「ナイショ」
そういうことを悪戯っぽく言うツカサは、松浦の言う通りちょっと小悪魔だ。
「どうせロクなことじゃないんだろう?」
「そんなことないよ」
ホントにツカサは。
松浦まで庇わなくてもいいのに。
「今日はもうご飯食べたから、ワインとチーズは明日の夜だね。楽しみだなぁ。」
うっとりした顔をするツカサに釘を差した。
「ツカサは飲んじゃダメだよ?」
「大丈夫。ジュースも持ってきたんだ。辛口だから炭酸飲料で割って飲めばいいよってカオルさんが……」
カオルまでそんなことを。
「じゃなくて。ツカサは未成年なんだから」
がっかりするかもしれないなと思ったのに。
ツカサは楽しそうに笑った。
「……カオルさんが言ってたの。きっと幹彦さんはそう言うって。だから、僕が泣き落としてもダメだったらカオルさんが代わりに説得してくれるって」
用意周到。意外と外堀から埋めるタイプなんだな。
そういうところがなんだか可笑しくて。
つい許してしまう。
「……わかったよ。ワインはほんのちょっとだけ、な」
「やった〜」
子供っぽい返事。無邪気な笑顔。
本当に抱いてしまっていいのかという気持ちはまだ俺の中で大半を占めていたけれど。
ツカサが宿題をしている背中を見ながらバスルームに向かった。念入りに身体を洗って、歯を磨いて。
出てきた時、ツカサはテレビを見ていた。
「宿題終わったのか?」
「うん。カンペキ」
しばらく一緒にテレビを見てから、ツカサもバタバタとシャワーを浴びにいった。
妙にはしゃいでいる姿が微笑ましかった。


ツカサはパジャマの上だけを着てバスルームから出てきた。
その姿に少し面食らった。
「ズボンはどうした?」
何だか色っぽく見えて、ドキッとした。
「う〜ん……忘れてきちゃったみたい」
明るい所で再びバッグの中を捜したが、やっぱり見つからなかったらしい。
「まあ、いっか。どうせ脱ぐんだもんね」
こういうところはあんまり色っぽくないんだけど。
「ね、幹彦さん。それよりも写真のこと、まだ気になる?」
ソファに座って夕刊を読んでいる俺の目の前に立ったのは、剥き出しの細い脚。
「……まあ、ちょっとね」
目を奪われていると、ツカサは突然俺の手から新聞を取り上げた。
「ツカサ??」
驚いている俺の膝を跨いで向かい合わせに座った。
俺はちゃんとパジャマを着ていたから、素肌が触れるようなことはなかったが、それにしても……
いきなり??
「もう、写真のことなんか、忘れちゃって?」
疑問形のおねだりの後、俺の首に腕を回して少し高い位置から唇を合わせた。
「……もっと、イイコト、してあげるから」
唇が触れるか触れないかの距離でそんなことを言うんだから。
「嬉しいけど、」
柔らかい頬に手を添えて唇を離すと、ツカサが顔を曇らせた。
何を心配しているんだか。
でも、そんなツカサを可愛いと思う。
松浦が聞いたら笑うだろうけど。
「いいことは、俺がツカサにしてあげるよ。なんでも言っていいからね」
微笑む俺に視線を合わせたまま、ツカサが急に泣き出した。
「ちょっ……ツカサ??」
自分が言った言葉を思い返しても、なんでツカサが泣いているのかわからない。
「どうした? ツカサ??」
考えてみると、俺はツカサが泣いている理由を今まで一度だってまともに分かってやれたことはなかった。
髪を撫でると、ツカサはギュッと抱きついてきて耳元に唇を寄せた。
「ずっと、一緒にいてくれる?」
何がそんなに不安なんだろう。
俺でも、少しは埋めてやることができるのだろうか。
「……約束、しただろ?」
ギュッとツカサを抱き締め返した。
途端にうわ〜ん、と大きな声を上げて泣き出すツカサはまるっきり子供みたいだった。


ようやく泣き止んでもツカサはずっと俺の腕の中にいた。
「僕ね、どうしても幹彦さんがよかったの。写真を見たときから、ずっと思ってた」
そんなにカッコよく撮れてるとも思えないホームページの写真を思い浮かべて首を傾げた。
でも、ツカサがいいって言うんだから、それには拘るまい。
「高校生だってことを隠して会ったのも、付き合えないって言われて掲示板で彼氏を探したのも、わざとなの。僕、幹彦さんのこと騙して……」
その言葉を途中で遮った。
「いいんだよ。そんなこと」
ツカサがそんなに俺の気持ちを欲しいと思ってくれたなら。
「ホントに、いいの?」
それくらい気にするほどのことでもない。そう思う俺は、やっぱりツカサよりも擦れてしまってるってことなんだろうか。
「いいよ、ツカサ。俺の気持ち、ツカサに全部あげるよ」
だからもう泣かなくていい。
ツカサは目に一杯涙を浮かべたままで素直に喜んだけれど、思い出したように付け足した。
「幹彦さん……でも、僕ね、」
ちょっと言いにくそうに言葉を切った。
真剣な顔だった。
「ん? なに?」
俺もその空気に緊張した。
けど。
「……幹彦さんの身体も欲しい。……今すぐ」
涙に濡れた瞳で見つめられて。

理性なんて、吹き飛ぶのはあっという間だった。
ベッドにも行かずにその場でツカサを押し倒した。
少し乱暴だったとか、そんなことを思う余裕さえなくて。
「大好きだよ、ツカサ」
辛うじてそれだけ言ったけれど。
紳士で居られたのはそこまでだった。
ここには俺を止めるヤツなんて一人もいなかったから。


その夜、松浦の意味深な笑みと言葉の意味を嫌というほど理解した。
おかげで松浦たちがあの写真を見たっていう事実がにわかに腹立たしく思えてきた。
そんなに色っぽい写真じゃないといいんだけれど。
そのことは言わないってツカサに約束したしな……


艶めいた表情があどけない寝顔に変わっても、俺は飽きることなくずっとツカサを眺めていた。
今までのこととか、これからのこととか、いろんなことを思い巡らせながら。




月曜の朝、少し怠そうなツカサを学校まで送り届けてから事務所に行った。
「で? どうだったんだ?」
朝一番で松浦が下世話な質問をしてきたが無視した。
ただ、気になっていたことは確認しようと思った。
「松浦、おまえ、俺んちに何を持ってけって言ったんだ?」
どうせロクなものじゃないんだろうけど。
ツカサがあんな顔で『ナイショ』なんて言うもんだから、聞かずにはいられない。
「……ボクちゃんはなんて?」
「教えてくれなかった」
松浦は「ふうん」と気のない返事の後で、特に焦らすこともなく答えた。
「チビスケがサービスしてやればいいんじゃないのかって言っただけだ」
そんなことだろうとは思ったけど。
「おまえなぁ……高校生だって言ってるだろ??」
まったく、もう。
「おまえの方がおこちゃまだぜ? チビは真面目に頷いてた」
だから、『イイコトしてあげる』なんて言ったんだな。
もしかして、パジャマのズボンを忘れてきたのもわざとなんだろうか?
「ツカサはすぐ真に受けるんだから、からかうな」
「ってことは、してもらわなかったのか? ナンにも?」
……もらったけど。
いろいろ。
俺の沈黙に松浦の目が三角になった。
「何をしてもらったか話してみろよ?」
「なんでおまえに」
呆れ顔の俺に構わずニヤけたままで言葉を続けた。
「二人だけの秘密ってか? いいねェ、幹彦は。あんなカワイコちゃんにズッポリ…」
松浦の脳天を引っぱたいて席についた。
俺の友達の中でもあそこまで遠慮のない奴は松浦だけだ。
20代でエロオヤジまっしぐらだもんな。
ツカサが感化されないといいけど。



今週も土日はツカサのために空けてあった。
今日、金曜の夕方にツカサが事務所まで来ることになっていたので、俺はなんとなくそわそわしていた。
「仁科が仕事も手につかないなんてな」
松浦ばかりじゃなくて、他のメンバーにも冷やかされる始末で。
「ツカサのいる前では言うなよ?」
負担に思われたら困る。
あんなにいろんなことを心配する子なんだから。

ツカサは約束の時間ピッタリに事務所に顔を出した。
「ツカサくん、いらっしゃい」
打ち合わせに来ていたカオルが出迎えた。
「あ〜、カオルさんだ。こんにちは」
無邪気な挨拶をするツカサの耳元でピアスがキラリと光った。
「ツカサくん、相変わらず可愛いよね」
カオルが俺の顔を見ながら笑った。
「そういうことは本人に言うもんじゃないのか?」
俺の問いにも意味深な笑みを浮かべて。
「そんなことしたら、幹が妬きそうだからね」
当たってるだけに返す言葉がない。
チラリと目をやるとツカサが松浦に捕まっていた。
「で、チビスケ。幹彦はどうだった? ちゃんとしてくれたのか?」
またそんなことを……。
松浦を思いっきり睨んだのだけれど。
ツカサは本当に嬉しそうに「うふふ」と笑って、少し頬を染めながら答えた。
「いっぱいしてくれた」
俺は絶句。
松浦は爆笑。
カオルは笑いを噛み殺していた。
「な? おまえの方がおこちゃまだろ?」
松浦に言われるまでもなく、そんな気はしていたんだけど。
「ツカサ、そういうことは答えなくていいんだからな?」
目線で咎めてからツカサの唇に指を当てたら、その指をパクッと咥えてしまった。
「ツカサっ!」
顔は無邪気そのものなのに、舌先はちゃんと俺の指に絡みつく。
仕方なくほっぺをムニュっと掴むと、「えへっ」と笑って指を解放した。
まったく、子供っぽいのか色っぽいのかわからないんだよな。
「それで、今日も幹彦んちにお泊りなのか?」
ツカサのお泊まりバッグを見ながら松浦が冷やかす。
「うん」
「また、いっぱいしてもらえるといいな?」
「松浦っ!!」
またコイツは、と思いながら後頭部をビタンと引っぱたいてみたけれど。
やっぱり答えたのはツカサだった。
「ううん。今日は僕がいっぱいしてあげるんだ」
「ツ……ツカサっ!」
怖いことにツカサはごく普通にそんな話をする。
学校のことやケーキのことを話すのと同じ口調で。
世代差なんだろうか。それとも、ツカサだけなんだろうか。悩む所だけれど。
俺はともかくカオルでさえ笑うしかない状況って、かなりなものだよな。
「ね、幹彦さん?」
同意を求められてもまともな返事もできない。
見上げる笑顔は無邪気そのものでこんな会話と縁がなさそうなんだけど……。
「ダメ?」
俺の沈黙を深読みして淋しそうな顔なんかするから、
「ダメじゃないけど、そういうのは松浦に言う必要はないんだよ?」
言って聞かせても。
「うん。二人の秘密ね?」
松浦が机に突っ伏して笑っている。
「まあ、幹も頑張ってね」
カオルにまでそんなことを言われて。


松浦とカオルが資料を取りに地下の貸し倉庫に行くと、ツカサの甘えたような視線が斜め下から飛んできた。
「ね、幹彦さん」
続きの言葉は暗黙の了解。
松浦なら「演技だ」と言い張るに違いないけど。
「カオルたちが帰ってくるまでだからね」
そんな言い訳をしながら、パーテーションの陰でツカサを思いきり抱き締めた。
くすぐったそうな笑い声が甘く響く。
「ずっとね?」
何度も同じことを聞くツカサの気持ちを推し測ると少し切なくなった。
「もちろん、ずっとだよ」
そんな言葉もきっと嘘にはならないから。
自然と抱き締める腕に力が入る。
「幹彦さん、」
ちょっと泣いていたのか、鼻をぐずぐず言わせながら、ツカサがもぞもぞと動いた。
ふわふわの髪がくすぐったくて笑いそうになる。
「なに?」
「……カオルさんたち、帰ってきた」
ツカサに小声で言われて。
向こうでカオルたちが笑っていた。
周りが見えていないの、俺の方だな。
それでも。
「……もうちょっとだけ、な?」
抱き締め返してくれるツカサの手を背中に感じながら目を閉じる。
触れたところから溶けていくような甘い感触だった。


カオルが咳払いをしながら目の前で資料を広げたので、ツカサを解放して隣りに座らせた。
「ツカサ、今度写真撮らせてよ」
打ち合わせそっちのけでツカサに問いかける。ツカサは俺の突然の申し出にちょっと首を傾げた。
「いいけど。僕一人で?」
「そう。事務所のデスクに飾るから」
仕事以外のものが何もない殺風景な机を指差すとツカサの口元に笑みが浮かぶ。
「外国の映画みたいだね」
にっこり笑って俺を見上げた可愛い唇が、少しの思案の後で再び動いた。
「……でも、松浦さんにまた、『幹彦はロマンチストだから』って言われるよ?」
松浦とカオルの爆笑が聞こえて、俺はまたツカサを抱き締めた。


少しの苦笑と、くすぐったいほどの甘い気持ちを噛み締めて……




                                        end

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