Sweetish Days
〜ほのかに甘い日々〜

- 10 -



ツカサはさっきから何度も何度も欠伸をしていた。
「あんまり寝てないのか?」
疲れた瞳が瞬きを繰り返す。
「……うん。なんとなく……」
どれだけ悩んだのだろう。
なんで気付いてやれなかったんだろう。
今さら言っても仕方ない。
12も年上なのに。
俺は自分のことで精一杯だったんだよな。
「……俺も寝られなかったよ。仕事から帰ってくる時も、事故るんじゃないかって心配した」
ぼんやりしてた。
もう楽しいことなんてこの先一生ないかもしれないと思った。
……こういうところがロマンチストだって言われるんだろうけど。
「事故なんて起こしたら、僕、立ち直れなくなっちゃうよ」
それだけで目に涙が溜まっている。
言うんじゃなかった。
「……気をつけるよ」
家族を持ったら自分一人の身体じゃないなんて言うけれど、恋人だって同じなんだな。
ツカサなら、何日経ってもポロポロ泣き続けるような気がした。
「ごめんな」
もう一度謝ってツカサを抱き締めた。
絶対に泣かせるような事はしないと心に誓って。
「もう寝るよ?」
「エッチしようってことじゃないよね?」
「違うよ」
「……やっぱり……」
素直にがっかりした顔をする。開けっぴろげで笑ってしまう。
いざ本番っていう時に、色っぽい気分にならなかったら……なんて思わず考えてしまうほど。
がっかりした顔も可愛いんだけど。
やっぱりツカサの喜ぶ顔が見たかった。
「……プレゼントがあるんだけど」
本当はちゃんとデートでもした時に渡そうかと思っていた。
でも、今渡した方がいいような気がして。
隠しておいたピアスの箱を取ってきて、ツカサに渡した。
ポケットに入れていたせいでリボンが少し歪んでいる。
「わぁ、本当にプレゼントだ。リボンがかかってる」
ツカサの顔がパッと明るくなった。
「誕生日でもクリスマスでもないのに、いいの?」
「いいよ。仕事先で買ってきたんだ」
「開けていい?」
「もちろん」
丁寧にリボンを取って箱を開けた。
「あ……ピアス……?」
ものすごく驚いた顔をした。
期待外れだったんだろうか。
「なんだと思ったの?」
「……チョコレート」
思わず笑ってしまった。確かにデパートで買うようなチョコはこんな風にリボンが掛っているけど。
「してみてもいい?」
手をティッシュで拭いてから小さなピアスをつまんだ。
カバンから小さな鏡を出して小さな穴にピアスを通す。
耳につける仕草もやっぱり女の子とは違う。当たり前だけど、なんとなく大雑把な感じがした。
鏡を見に行こうとして洗面所に向かったツカサは、「あ」と言って戻ってきた。
「どうした?」
「先に幹彦さんに見てもらおうと思って。……似合う??」
小さな耳にキラリと光る涼しげなピアス。
「よく似合うよ。思ってた通りだ」
ツカサはそのまま俺の首筋に抱きついた。
「ありがと。嬉しい」
「見に行かなくていいの?」
「後で行くから。……だから、もうちょっとこのままでいさせて」
しっかりと抱き締めた体の細さはまだ少し罪悪感を抱かせる。
それでも。
「ツカサ」
「……うん」
抱きついたままなので首筋に擽ったく響いた。
「週末にまた泊まりにおいで。次の日が休みなら少しくらい無理しても大丈夫だと思うから」
首に回されていた腕が緩み、大きな目が俺を捕えた。
「それって……エッチしていいってことなの?」
「金曜に学校の近くまで迎えにいくよ。ちょっとだけドライブして、海岸沿いの店で食事をして、土曜にどこかへ遊びに行って……」
そこまで言ったら、ツカサがまたギュッと抱きついた。
首筋にふうっと呼吸がかかる。
「僕、金曜のご飯のあとはずっと幹彦さんちがいい」
「いいけど、つまらなくないかな? ゲームもないし。ビデオでも借りてこようか?」
「なんにもしなくていい。……っていうか、エッチだけいっぱいしたい」
またそうやって俺を困らせる。
「悪い子だな、ツカサは」
「ダメ……?」
零れそうなほど大きな瞳が少し潤んでいた。
ダメなんて言えるくらいなら、好きになったりはしなかったんだろう。
「いや。嬉しいよ」
そっと唇を重ねた。
何度も。

……『エッチだけいっぱい』って、どのくらいなんだろうな。
キスをしながら、心の片隅が少しだけ不安を訴えたけれど。
なるようになるだろうと思って、それは考えないことにした。



すっきりと週末を迎えるために、事務所で残りの仕事を片付けてから松浦と竹浪を食事に誘った。
先日のお礼のつもりだった。
「何食べる?」
主賓に意見を聞いたら、竹浪のリクエストで焼肉食べ放題になった。
もう食べ放題って年でもないと思うんだけど。
「悪かったな。いろいろ」
俺の丁重なお礼など聞かずに、竹浪は肉に集中していた。
松浦はひたすら飲んでいる。
「いいよ、俺は別にたいしたことはしてないしな」
ツカサが相談にきた後、松浦がそれを仕組んだらしい。
医者を誘い出すようツカサに言いつけ、ホテルで張り込んで。
ツカサは先に部屋で待たせておいて、医者が部屋に入った後、殴り込んだのだ。
いかにもツカサの新しい彼氏のような顔で。
「松浦はバカみたいに面白がっていたけどな」
「……だと思ったけどね」
一緒にいた竹浪は呆れたらしい。
相手も普段は普通の勤務医だ。そんな世界に縁はない。
黒いダブルのスーツ姿の強面の大男二人。挟まれたら、さぞかし恐かったことだろう。
「修羅場って感じが堪んなくてさ」
松浦は他人のドタバタが面白くて仕方ない。
「だいたい、幹が掲示板使った後から、松浦はワクワクしてたんだぜ? 絶対、一揉めあるって」
まあ、それでも感謝すべきだろう。
医者の後始末の件はもちろん、俺を煽ることまでしてくれて。
「礼なんて要らないぜ。俺にも松浦にもさ。お互い趣味みたいなモンだから」
肉を頬張る竹浪が頼もしく思えた。
「ま、俺たちがここまで面倒見てやったんだから、せいぜい上手くやれよ」
松浦は相変わらず意味深な笑顔。
「ああ。けど、もう大丈夫だよ」
「いきなりのろけてんだモンなぁ」
竹浪が箸を休めて苦笑した。
なんて言われてもいいんだけれど。
俺には気になっていたことがあった。
「……あのさ、おまえら、ツカサの写真、見たのか?」
何故か、つかえた。
俺の質問に松浦はニヤリと笑った。
「ほら、医療器具ってやらしいもんな。おまえのチビちゃん、あのエロジジイの事は嫌いでも、そういうプレイは大好きかもしれないぜ?」
それは見たってことなんだろうか。
……そうだろうな。多分。
「で、幹彦。初エッチを前にイマイチ浮かない顔してんのはなんでだ? ガキ相手に勃つかって心配? それともエロ医者のテクニックを超えられるかって?」
松浦は容赦ない。
「いや、そうじゃなくて」
「じゃあ、なんだよ?」
他人の心配はいいからと、いつもなら言い返すのだが。
「いや、具体的にどうとかじゃないんだけど」
……『いっぱい』なんてしたことがないんだよな。
それに。
「まだ、高校生だしな。そういうこと考え始めると、妙な道徳心とか理性とかが働いてさ……」
自分でも変なところが真面目なんだと思う時がある。
ツカサのことだって、何度も抱きたいと思ったのに。
結局、勇気がないまま今日に至っているわけで。
てっきり松浦には『カタブツだからなぁ』なんて笑われると思っていたのに。
「大丈夫だ。そんなもん、絶対働かないって」
今日に限ってこの返事だった。
「なんでそんなこと分かるんだよ?」
松浦がふふん、と笑った。それはもう意味があり過ぎて恐いくらいに。
「やっぱ幹彦もあの写真、燃やす前に見とけば良かったんじゃないか?」
「どういう意味だよ」
「別に、どうっていうんじゃないけどなぁ?」
同意を求められた竹浪が顔を赤らめた。
なんだよ、それは。俺が知らないと思って……。
「ま、頑張れよ」
そんな、すごい写真だったんだろうか。
帰り際に竹浪を引き止めてこっそり聞いたら、
「強請りのネタになるくらいだからなあ」
とまた顔を赤らめた。
なんだか、俺の心配事が増えてしまったような……
そんなこと言われたら、気になって仕方ない。



竹浪と松浦が遠慮なく飲み食いして帰った後で、フラリとカオルの店に顔を出した。
忙しい時間帯だから気が引けたが、カオルはいつもの笑顔で迎えてくれた。
「うまくいったんだ?」
「ああ。カオルのおかげだな」
「なんで僕?」
「ツカサ、慰めてくれたんだろ?」
「だって、ね」
ここでも意味ありげな言葉が返ってくる。
「あんなこと言われちゃ、放っておけないもの」
「ツカサ、なんて?」
ふふっと華やかに笑うカオルは、けれどすぐにはそれを話してくれなかった。
「ま、一杯付き合ってよ」
濃い目のハーパーをテーブルに置いて、自分も隣りに腰掛けた。
少し酔いが回った頃にやっと話してくれた。
「……どうしても幹が欲しいって言われちゃったよ」
「ツカサに?」
カオルが頷いた。
「大学生の振りをして幹に会って、付き合えないって言われてわざと目の前で次の彼氏を探して……狡いのも汚いのも分かってたけど、それでも幹が欲しかったって。どうしても欲しくて、だから気に入られるように頑張ったんだって」
いつも、思う。
ツカサはどこにそんな感情を隠しているんだろう。
あんなに無邪気に笑うのに。
あどけない顔で眠るのに。
「信じない?」
「……いや。ああ見えて、結構激しい子でね」
「みたいだね」
カオルの長い指がグラスの水滴を辿る。
「僕らの高校生の時も、そんなだったのかな……」
もう記憶の彼方で、切れ切れの場面しか浮かんでこなかったけど。
水割りを飲み干して、ツカサのことを考えた。
「けど、なんで俺なんだろうな」
カオルが思い出し笑いをしながら俺に2杯目の水割りを作った。
「さあ? 赤い糸が繋がってるんだって言ってたけど?」
あまりにも子供っぽくて笑ってしまいそうだけれど。
ツカサの中にはいろんなものが同居している。
「けどね、幹、」
「ん?」
「理由はともかく、そんなに想ってもらえるのって、幸せだよ」
「……そうだよな」
だから、素直に受け取ることにしたんだ。
ツカサの気持ち。
それから、俺の本心。


同じように、ツカサを欲しいと思ってる。



Home   ■Novels   ◇Sweetish MENU     << Back  ◇  Next >>