Sweetish Days
〜しっぽ編〜




金曜の夕方、 仕事のファイルを山ほど抱えて帰ってきた俺を見て、ツカサは露骨に落胆の表情を見せた。
「今週も仕事なの?」
「ああ、ごめんな。せっかく来てくれたのに」
「ううん……仕方ないよね」
ツカサの返事もろくに聞かずに、慌しく電話でクライアントとの打ち合わせを済ませ、その後は黙々とパソコンに取り込んだ写真の修正。
その間、ツカサはお茶を入れたり風呂を沸かしたり、散らかった新聞や雑誌を片付けたりして過ごしていたが、そのうち、どうにも退屈になったらしくて遠慮がちに俺の背中に話しかけてきた。
「ね、幹彦さん、ちょっとだけ話してもいい?」
そんな言葉にも諦めが混じる。
可哀想だとは思ったがどうにもならない。
最初の締め切りは来週の月曜で、それが片付いたら次は水曜。その後は金曜だ。
「ん〜、ごめん。……もう少し我慢してくれないかな」
今日だけじゃない。
この間の週末も、その前も、その前も。
もうかれこれ1ヶ月以上、同じ言葉を言い続けていた。
忙しいのはありがたいことだと思うけど、ツカサの淋しそうな顔を見るのは辛かった。
「この仕事が上手くいけば少し余裕ができるから。そしたら、どこかに遊びに行こうな?」
できるだけ優しく言ったものの、構ってやれないという事実に変わりはない。
それでもツカサは文句を言わずに頷いて、
「頑張ってね」
そう言った後は一人で静かに本を読んでいた。
「ツカサ、明日は家に戻って家族と過ごした方がいいんじゃないかな?」
なんだか罪悪感が込み上げてそんな提案をする俺に、ツカサは笑って首を振った。
「遊びに行けなくても幹彦さんのそばがいい」
淋しそうな笑顔が少し大人びて見えた。



仕事が一段落したのは翌週の金曜日。
ひさしぶりにゆっくりコーヒーでも飲もうと思い、打ち合わせの帰りにカオルの店に寄った。
「じゃあ、仕事は上手くいきそうなんだ? よかったね」
カウンター席に腰を下ろしてコーヒーカップに手を伸ばす。立ち上る香りにフッと息が抜けた。
「……正直ホッとしたよ」
これでようやくまともな生活に戻れる。
部屋だってツカサがせっせと片付けてなかったら、ひどい有り様だったに違いない。
「それで? 今日はデートなの?」
何気なく聞かれたけど。
「え? ああ、家には来ると思うけど」
特別な約束はしていなかった。
「幹って、可愛いコイビトくんの予定も確認しないような人だったっけ?」
その言葉にチクリと胸が痛んだ。
「今週は仕事が詰まってて、連絡取ってる時間がなかったんだよ」
いや、それだけじゃない。
何も言わなくてもツカサが毎週俺の部屋に来るのが当たり前になっていたから、予定を確認しようなんて思わなかったんだ。
「いくら忙しくてもメールの一本くらいできるでしょう?」
カオルの言う通り、「時間がない」なんてただの言い訳だ。
たった一行のメールでもツカサは喜んだに違いない。
なのに、忙しさにかまけて何の気遣いもしてやらなかった。
「俺、ツカサに甘えてるんだな……」
一ヶ月も放って置いたくせに。
無理に笑っていたツカサの顔を思い出したら罪悪感が押し寄せた。
「ねえ、幹、」
「うん?」
「実はツカサくん、月曜日にここに来たんだよ」
「え?」
俺には愚痴も言えなくて、仕方なくカオルに相談しにきたのかと思ったらなんだか無性に情けなくなった。
どんな気持ちでここに座ったんだろう。
泣いただろうか?
怒っただろうか?
「……ツカサ、何か言ってたか?」
俺の問いにカオルは少しだけ首を傾げた。
「ううん、何もしゃべらないで紅茶だけ飲んで帰ったけど」
いつもなら一人でずっと話し続けるツカサが。
「……そう言えば、俺といる時も全然しゃべらなかったな」
食事の時でさえ口数が少なかった。
「頑張ってね」とか「上手くいくといいね」とか。
そんなことしか言わなかった。
「幹、今更反省してもちょっと遅いよ」
咎められて溜息をついた時、カオルの携帯が震えた。
「噂をすれば、ってやつだね」
チラチラと光る携帯のウィンドウを見ながら、曖昧な表情で呟いた。
この一週間、ツカサからは一日一回のメールだけ。
電話は一度もかかってこなかった。
なのに、カオルには連絡するんだな。
いや、悪いのは俺なんだけど。
「遊びに来る? ……ううん、大丈夫だよ。お客さんもまだ少ないし」
どうやらすでにこっちに向かっているらしい。
電話を切ったカオルがにっこりと笑った。
「相談があるみたい。ちょっと悪趣味だけど、その辺に隠れて聞いてたら? 気になるでしょう?」
どんな顔でここに来て何を話すのか、興味がないと言ったら嘘になる。
「じゃあ、幹は向こうに座ってて」
壁にもたれれば死角になる席に深く腰掛けた。
ここなら声も聞こえるだろう。
少し気は重かったけれど、覚悟を決めてツカサを待った。


その10分後、ツカサは暗い表情で店に入ってきた。
カウンターから手を振るカオルにペコリと頭を下げて勧められた席にちょこんと座った。
「今日はツカサくんの好きなチョコレートケーキがあるよ」
ツカサの反応が見たくて、少しだけ身を乗り出した。
「わあ、ありがとう、カオルさん」
笑顔で答えていたけれど、うつむき加減の横顔にいつもの元気はない。
普段なら話しながらでもあっという間にケーキの2、3個は食べてしまうのに、今日は半分を食べるのにさえ随分と時間がかかっていた。
「元気ないね、ツカサくん」
カオルが聞き返しても短い返事があるだけ。
「そんなことないよ」
無意識なんだろうけど、ため息までついて。
「だったらいいんだけどね。相談があるなんて言うから心配しちゃった。……幹のことなんでしょう?」
「……うん」
ツカサが本題に入ろうとした時、勢い良くドアが開いた。
「よ、チビスケ。元気か?」
こんな時に。
よりによって松浦だった。
何の遠慮もなくツカサの隣りに座ると、遠慮なくピコンとおでこを小突いた。
ツカサは一瞬面倒くさそうな顔をしたけれど。
「……まあまあ」
いかにも適当な言葉を返した。
バレバレの嘘に松浦が突っ込まないはずはない。
「なんだ、幹彦とうまくいってないのか?」
「そんなんじゃないよ」
ツカサの声がはっきりわかるほど小さくなった。
「とか言ってなぁ。そんな死にそうな顔してるってことはマジでヤバイんだろ?」
「そんなことない」
冗談めかしてぷっと膨れながら答えたけど、不安そうな表情は隠せない。
数十秒の沈黙の後、コーヒーをすする松浦のシャツをクイクイッと引っ張った。
「ね、松浦さん」
「なんだあ?」
松浦の返事は随分と楽しそうだ。
「幹彦さん、他に好きな人とかできたのかな?」
いきなりそんなところまで心配しているとは思わなくて、さすがに俺も慌てたけど。
「幹彦好みの清純派のカワイコちゃんが現れて二人でラブラブってか?」
カオルがコーヒーのおかわりを出しながら、松浦を目線で咎めた。もちろんその主旨は『余計なことは言うな』だ。
だが、松浦がそんなことを気にするはずもない。
「グラビアの仕事が多いから可能性がないとは言わないが……まあ、そんなのができたら、すぐ分かるだろ。あいつは全部顔に出る」
そうでなくても不安そうなツカサに、追い討ちをかけるように次々と余計なことを言う。
「幹彦と別れたら、チビスケ好みのエロ〜いお兄さんを紹介してやるぞ。幹彦と違ってチビが大好きなことをたくさんしてくれるヤツな」
ニカニカ笑う松浦をツカサが上目遣いにチラッと見上げた。
「……僕、幹彦さんじゃなきゃヤダ」
松浦じゃ話にならないと思ったのか、今度はカオルに向き直った。
「幹彦さん、最近あんまり遊んでくれなくなったんだ。もう僕に飽きちゃったのかなぁ……」
言いながら大きな目に涙が浮かぶ。もはや泣く寸前。
すぐに出ていこうと思ったけど、カオルがさりげなく「待て」の合図をしてきた。
「まさか。仕事が忙しいだけだよ。幹もそう言ってたでしょう?」
「……うん」
「信じてあげないと幹だって可哀想だよ?」
そんなことはきっとツカサだって分かっているだろう。
「……じゃあ、僕がワガママ?」
もうそれ以上は下を向けないくらいうなだれてしまった。
「そんなことないよ」とカオルが慰めてる隣りで松浦が「ボクちゃんはお子ちゃまだからなあ」と言ってまた笑う。
どうやら、慰める気などカケラもないらしい。
「まったく、松浦のヤツ……」
もとはと言えば俺が悪いんだけど。
だからと言って今更出ていくこともできなくて、もどかしい気持ちで温くなったコーヒーを口に運んだ。
「大丈夫だって。ツカサくん、ちゃんと我慢してたじゃない」
「でも……」
「それに、仕事は無事に終わったって言ってたから、今日はゆっくりできるんじゃないかな?」
カオルに励まされて、ツカサはやっと少しだけ微笑んだ。
「じゃあ、幹彦さんちに行って部屋の掃除しようかな。きっと散らかってるよね」
ようやくいくらか元気になったツカサを見て俺もようやく安堵した。
と思ったのに。
またしても松浦が余計なことを言い出した。
「幹彦に構って欲しいなら嫌でも構いたくなるようなことすればいいんじゃないか?」
この状況をフルに楽しんでいるのがありありと分かる顔だった。
「たとえばどんなこと?」
ツカサが食いついたのを見て、さらにニッカリ。
「悩殺ファッションで玄関まで出迎えて、ディープでめちゃくちゃエロいチュウとか」
どこまでも松浦の考えそうなことなんだけど。
「それって、どんなカッコのこと?」
ツカサは何故かそういう話にしっかりと興味を示すんだよな。
「まあ、王道は裸エプロンかな。あとはセーラー服とかメイド服とか。じゃなかったらナース服で聴診器および注射器つき」
カオルに『この話を止めてくれ』の合図をしたが気付いてもらえない。
めいっぱい心配したんだけど。
ツカサは俺が思ってるほどは松浦に毒されていなかった。
「僕ね、松浦さんの趣味を聞いてるわけじゃないんだよ」
いい突っ込みだ。
カオルも笑いながらフォローを入れた。
「まあ、幹だったら素肌にざっくりセーターとかがいいかもね」
結局、『色っぽい格好でお出迎え』からは脱出していないようだが、松浦に比べたら10倍マシな意見だ。
「そんな回りくどいことしないで、ストレートに『ハメて』って言えばいいんじゃないか? あいつだってヤルのが嫌いなわけじゃないんだろ?」
まだ夕方で店には買い物帰りの主婦や女子大生が溢れているというのに、松浦は声も落とさずにそのセリフを言い切った。
さすがにカオルは苦笑していたが、ツカサは真剣な顔で首を振った。
「幹彦さん、そういうの好きじゃないよ。絶対、引いちゃう」
どうやら俺が気付いていないだけで、ツカサはいろいろ考えてアプローチしてくれているらしい。
「じゃあ、一緒に風呂にでも入って『背中を流してあげる〜』とか言ってみたらどうだ? それとも 風呂でヤルのは嫌いか?」
一緒にいるツカサの品性まで疑われそうだ。
「そんなことないけど……それは断わられちゃったんだ」
俺、ツカサに『背中を流してあげる』なんて言われた記憶がないんだけど。
忘れているだけか?
「なんだ、チビも一応努力はしてるんだな」
「うん。だって、してもらいたいもん」
『何を』の部分を言わなかったのはエライと思うが。
まだ明るいうちからそういう話はダメだよ、ツカサ……。
「けど、幹彦がチビの誘いを断わるとは。ちと意外だな。色気が足りなかったんじゃないのか?」
松浦が2杯目のコーヒーを飲み干してちょっと意地悪な笑みを浮かべた。
「……僕もそう思った」
またしてもうつむいてしまった。
構ってあげなかったせいで落ち込みモードが基本になってしまったのかもしれない。
「でも、幹にはっきり『嫌だ』って言われたわけじゃないんでしょう?」
「うん。『一緒にお風呂にはいろ?』って言ったら、『先に入っていいよ』って言われただけ」
そんな一言でも淋しい時は堪えるのか。
難しい年頃、というよりは俺に配慮が足りないんだろう。
家に帰ったらたくさん遊んであげないと。
「ね、カオルさん。幹彦さん、僕に何をしてもらったら嬉しいかな?」
ツカサが真剣な顔でカオルに問いかける。
「そうだな。ちょっと甘えてあげたら喜ぶんじゃない? 幹だってツカサくんと遊べなくて淋しかったと思うし。ね?」
カオルから視線が飛んできたから、俺は黙って頷いた。
「うん、じゃあ、そうする。ありがと。カオルさん、大好き」
俺だってカオルには感謝してるけど。
……最後の一言は言わなくていいよ、ツカサ。
「で、結局、チビは帰ったら何するつもりなんだ?」
松浦のニヤニヤ笑いなどツカサは気にしない。
にっこり笑い返してから答えた。
「制服でお出迎えして、『お帰りなさい』のあとに可愛くチュウ」
そう言って口を尖らせるツカサに松浦がバカ笑いしていた。
「カオルさん、またね」
すっかり復活したツカサはいつもの人懐こい笑顔で手を振って、松浦と一緒に店を出ていった。
それを見送ってから俺も席を立った。
「じゃあ、俺もそろそろ行くよ。事務所に寄ってファイルを置いてこないと」
もうツカサのガッカリした顔は見たくない。
「ちゃんと遊んであげなよね」
「ああ、もちろん」
カオルに礼を言って、俺も店を出た。



「ただいま」
部屋に戻るとツカサが玄関で待っていた。
松浦に言っていた通り、制服姿で「お帰りなさい」の後、可愛いキスをしてくれる。
俺の脱いだコートをクローゼットに掛けて、風呂の湯加減を確かめて。
それから突然口を開いた。
「ね、幹彦さん」
ちょっと悪戯っぽい微笑みが本当に可愛い。
そう思った次の瞬間。
「今度ね、松浦さんがプレゼントしてくれるって言うんだけど。幹彦さんは看護婦さんの服と、スチュワーデスさんの服と、セーラー服とメイドさんの服、どれが好き?」
松浦の悪趣味がこんなところで発揮されるとは。
「……ツカサには高校の制服の方が似合うよ」
そんな当たり障りのない返事をしておきながら、メイド服姿のツカサが頭を過っていった。
今朝のグラビア撮影の影響だとは思うけど。
もしかしたら俺の方が毒されてきたのかもしれない。
「ふうん……じゃあ今度はね、」
妄想を振り払っている俺に第2の質問が飛んできた。
「裸に『エプロンだけ』と『ソックスだけ』はどっちが好き?」
……松浦、いい加減にしろよ。
「あのな、ツカサ」
俺が怯んでいることにも気付かずにツカサが勢い良くバッグを開けた。
「松浦さんにもらったんだ」
フリルつきエプロンと白いソックス。
思わず、溜息。
「あいつ、完全にツカサで遊んでるよな」
「ううん。僕じゃなくてね、幹彦さんの反応が見たいんだって」
……本当にどこまでも悪趣味なヤツだ。
「でね、幹彦さん、どっちがいい? 決められなかったら両方でもいいけど」
どうしても返事をしないといけないらしくて、俺は少々苦笑い。
「制服のままでいいよ」
「えー? せっかくもらったのに」
つまらないな、という顔をするツカサをバスルームに連れていった。
「高校の制服、本当に可愛いよ。ツカサに良く似合ってる」
そう言いながらネクタイを解いてやったら、パッと顔を輝かせた。
「僕も幹彦さんの服、脱がせてあげる。……でも、その前にね?」
無邪気な笑顔でねだられて、やわらかな唇にキスを落とした。




土曜日早朝。
まだベッドの中だっていうのに、松浦から電話がかかってきた。
「……仕事なの?」
腕の中で淋しそうに見上げるツカサを笑いながら抱き締めた。
「大丈夫だよ。松浦が行ってくれるから。俺は事務所に資料を届けるだけ。……ツカサも一緒に来る?」
「行くっ!」
こんなに元気な返事も久しぶりだ。
よほど嬉しかったのか、ツカサは事務所に着くまでずっとしゃべりっぱなしだった。
「おはようございます、松浦さん」
元気よく事務所のドアを開けたると次の瞬間には松浦に小突かれていた。
「よっ、チビスケ。昨日は楽しかったか?」
「うん」
まさに満面の笑み。
余計なことは答えるなよと心の中で祈りつつ二人のやり取りを見守った。
「で、幹彦はどれがいいって?」
「学校の制服が可愛いって」
……ツカサ、頼むからそれ以上はしゃべるなよ。
俺の頭の中をネクタイを外した後のことが巡っていった。
「つまらん男だな。せっかく耳とシッポも買ってやろうと思ってたのに」
そのセリフの後、松浦はニッカリ笑って俺に聞いた。
「幹彦、ウサギとヒョウとクマと犬と猫、どれがいい?」
こんな話ばっかりしてるからツカサが妙なことを聞くようになるんだ。
「あのな、松浦……」
今日こそはきっちり言っていかなければと思ったのだが。
俺の言葉はツカサに止められた。
「耳はいいけど、シッポはダメだよ」
松浦はすでにその理由がわかってるようで笑い転げていたけど。
「だって、だってね……幹彦さんとできなくなるよね?」
その瞬間に松浦が爆笑した。
「あのな、チビ、シッポは先に使うんだよ。突っ込んどいてエロい気分が盛り上がったら抜いて本物をハメればいいんだって。まあ、それでイキたきゃイッてもいいけどな」
品性のカケラもない返事が俺の脳を素通りしていく。
これではツカサの教育上、あまりにも良くない……というか、最悪。
「ツカサ、シッポの話はもういいから」
「でもね、幹彦さん、シッポってね、」
説明してくれようとするんだけど。
俺だってそれがどんな形状をしてるのかくらいわかる。
それも、昔、松浦が説明してくれたからなんだけど。
「いいから、ツカサ。外でそんな話はしちゃダメだぞ?」
ツカサは無邪気なだけだ。
まだ半分は子供なんだから……と思いたい。
「うん。しないよ……でもね、シッポってね、パンツについてるんじゃないんだよ? 直接おしりに……」
慌ててツカサの口を押さえた。
「ツカサ、俺んち以外は全部『外』の扱いだからな? 分かった?」
「うん、わかった。でもね」
どうしても説明したいようなので、応接室に引っ張っていって聞いてやることにした。
土曜とは言え、松浦以外のヤツだって事務所に来るかもしれないし。
ツカサの可愛い口からそんな言葉が出るところなんて松浦にだって絶対に聞かせたくない。
もちろん俺がいないところでは、それ以上にものすごい会話をしているに違いないんだけど。
「……でね……なんだよ。すごいと思わない?」
ようやく説明し終わって、ツカサがほっぺを赤くしながら俺の返事を待っていた。
「すごいと思うけどな、そういうのは絶対に貰っちゃダメだよ?」
「うん。でもね、意外と可愛かったよ。耳もシッポも」
ツカサ、実はちょっとだけシッポを欲しいと思ってないか?
「ずいぶん詳しいみたいだけど、どこかで本物を見てきたのか?」
「うん。松浦さんとね、向こうにあるお店で。お店のおじさんにね、ゴムつけてあげるから挿れてみてもいいよって言われたんだけど」
それはもう、俺の想像を遥かに超えた光景で。
真剣に自分の耳を疑ってしまった。
「ツカサ、そんなのは絶対にダメだからな??」
ついつい厳しい口調になる。
「うん、そう言うと思って止めたの。でも、可愛かったよ?」
……やっぱり、欲しいんだな。
うっかり尋ねて『欲しい』と言われたら困るので、それについてはサッと流した。
「ツカサは普通にしてても十分可愛いから、耳もシッポも要らないよ」
これだけ言っておけばもう変な気は起こさないだろう。
「うん。でもね、あのね」
まだ何かあるのか??
「……話してたら帰りたくなっちゃった。……ダメ?」
ツカサがじっと俺を見上げてる。
赤くなった頬が妙に可愛い。
「ダメっていうか……今すぐ?」
「うん。すぐ帰れるなら、幹彦さんちまではガマンできる」
それって、トイレとかじゃないよな。
「ああ、すぐに帰れるよ。あと15分くらい待ってくれれば」
「うん。じゃあ、待ってる」
急いで松浦のところに戻って一気に今日の仕事の説明をした。
「なんだ、幹彦。チビスケが『おうちに帰ってアンアンしたい〜』ってか?」
「そんなこと……」
言ってなかったけど、そういう意味だとは思う。
「昨日ヤラなかったのか?」
……したんだけど。
制服を脱がせて一緒に風呂に入るところから始めて、ツカサが「もう動けない」って言うまでずっと。
俺の沈黙を松浦は正確に読み取ったらしく、ニヤニヤと嫌な笑いを浮かべた。
「相変わらずボクちゃんに振り回されてんなぁ、幹彦」
まあ、そうなんだけど。
「いいよなあ、楽しそうで」
「……まあ、楽しいからな」
言い返しながらついつい顔が緩んでしまった。
「おまえも堂々とノロケるようになったか。世の中わからんもんだな」
松浦が笑うんだけど。
それくらいじゃないとツカサにはついていけないんだ。
「……んで? シッポ買ってやる気になったのか?」
「なるわけないだろ」
ツカサなら耳だってシッポだって似合うと思うけど。
そんな気持ちを見透かしたのか松浦が意味ありげに笑ってた。
しかも。
「ボクちゃん、アダルトグッズの店で『幹彦さんがいるからバイブはいらないのっ』って力説してたからなぁ。店のオヤジもビックリ」
「え??」
松浦が笑い転げるのを聞いて、汗が流れた。
……この先、何があっても松浦とは外出禁止にしよう。
「とにかく、」
こんなところで松浦に遊ばれていても仕方ない。
「残りの仕事、頼むな」
休日に悪いとは思ったが、今日はツカサが最優先だ。
「昼飯一回で手を打ってやるよ。ま、せいぜい楽しむんだな」
それを聞いて応接室から戻ってきたツカサがニコッと笑った。
「ありがと、松浦さん」
こんな時だけ可愛く礼なんて言うから。
松浦がまたしても悪趣味を発揮した。
「じゃあ、『感謝のチュウ』をしてくれよ。糸引くくらいにねっとりディープなやつ」
「あのな、松浦」
俺の眉はつり上がっていたと思うけど。
ツカサはそれさえ笑顔で受け止めた。
「うん。いいよ」
あんまりあっさりと承諾するから、俺はメチャクチャ焦ったんだけど。
「幹彦さんがいいって言ったらね」
ちゃんと断わり文句は用意してくれていた。
「そりゃあ、絶対ダメってことだな」
「当たり前だろ」
ついムキになる俺に、ツカサがえへへと笑って抱きついた。
「そんなにイチャイチャしたいならさっさと家に帰れ」
松浦がゲラゲラ笑いながら俺たちを追い出した。



マンションの地下駐車場に着いて車を降りても、ツカサはずっと楽しそうに話していた。
「ね、幹彦さん」
「ん?」
「車の中でしたことある?」
相変わらず俺が驚くようなことしか言わないんだけど。
「ないよ」
エレベーターを待っている時もずっと俺に抱きついていて。
「どんな感じかなぁ? 見られちゃうかもしれないからドキドキ?」
こんなに可愛い唇がそんな話をしてるとは誰も思わないだろうけど。
やっぱり人目は気になる。
ようやくエレベーターが降りてきた時、俺はホッとしていた。
「とりあえずそういうことは部屋に戻ってから話そうな?」
「うん」
ゆっくりとドアが開く間もツカサは無邪気に話し続けていた。
「じゃあ、部屋に戻って、シャワー浴びて、いっぱいエッチして、もうこれ以上はできない〜って思った後にゆっくりね?」
エレベーターを降りてきたカップルが俺たちの真正面で固まっていた。
「……ツカサ、ここはまだ外だからね」
苦笑いと共に小声で注意したけど。
「うん。ちゃんとわかってるよ?」
無邪気な笑顔が返ってきた。

まあ、こんな感じで。
ツカサと過ごす時間は、いつまでたっても刺激的だ。



                                    〜 fin 〜

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