Sweetish Days
-Friday 5:50PM-




「幹彦さん、あのね」
カオルの店でケーキを頬張りながら学校のことやテレビのことを次から次へと話し続けるツカサは相変わらず無邪気そのものなんだけど。
「悪い、ツカサ。ちょっと電話してくる。すぐ戻るから」
「はあい。いってらっしゃい」
こんなふうに5分でも目を離そうものなら、すかさず特大の悪い虫が集まってくるようになってしまった。
「カワイイね。高校生? それ、学校の制服でしょう?」
「一人? 誰か待ってるの? よかったら、こっちで一緒にどう?」
ツカサはもともと顔が可愛い。
見るからに色素が薄そうな感じで、目もくりっとしていて、肌も綺麗で、しかも柔らかそうで。小柄で華奢で子供っぽくて、素直そうで。
高校生なんて絶対に恋愛対象にしてはならないと思っていた俺でさえ、コロリと宗旨替えをしてしまった挙句、思わずパクッと食べてしまおうかと思ったくらい可愛いわけで。
その上、最近はなんだか少し色っぽくなってしまい、お茶や食事以外の用事で誘われる回数がひどく増えていた。
「彼氏に内緒でイイことしない?」
「電話番号教えてよ」
「これからどう?」
店のマスターであるカオルが接客を装って盗み聞きした範囲では、こんなのばっかりらしい。
まあ、この店は基本的にそういう場所だから、こんなところで待ち合わせた俺がいけないんだけど。
「それにしても、相手は高校生なのに」
とは言ってみたものの、そういう自分はその高校生の恋人なわけで、他人のことをとやかく言える筋合いではない。
「そりゃあね、子供っぽくて可愛いばっかりだったツカサ君もずいぶんと大人っぽくなってきたし、何よりめっきり綺麗になっちゃったし、そういう人に目をつけられてしまうのも無理ないよね」
それにしても、褒め言葉をこれほど複雑な心境で聞く日が来ようとは思ってもみなかった。
「そんな他人事みたいに言うなよな」
俺はメンクイじゃないけど、それでもやっぱり恋人が美人なのは悪いことじゃないと思う。
現にツカサは俺の自慢だし、心底可愛いと思っている。
でも、もうこれ以上人目を引くようになって欲しくはない。
そんなのは単に俺のわがままなんだろうという自覚はあるけど。
「これじゃ心配でツカサ一人にできないしな」
今のままで十分だから、とにかく悪い虫を引き寄せないでもらいたいものだと思う。
けど、ツカサは見るからに人懐っこそうで、実際に愛想もいい。
見知らぬ人にはもっと警戒心を持ったほうがいいと思うけど、それも持って生まれた性格だから俺がどんなに言っても直らない。
「せめてもう少し目立たなくならないものかな」
顔の作りが派手というわけではないんだけど、何故かツカサはどこにいても目立つ。
たぶん、何をしていても、何もしていなくても、ものすごく楽しそうなせいだと思う。
「そりゃあね、好きな人と上手くいってたら楽しそうに見えるのは当たり前でしょう?ツカサ君の場合はそれだけじゃなくて」
「だけじゃなくて?」
「ときどきポワンとしていて唇半開きだったりするでしょう? 表情が色っぽいから、ぼんやりしてる時の方が目立つよね」
……それが困るんだ。
もちろんわざとじゃないし、ツカサには自覚もないだろうけど。
「なんとかならないものかな」
こんなことで悩むのはある意味幸せなことだと思う。
けど、それはそれ。これはこれだ。
なのに。
「可愛い恋人を持ったんだから、それくらいの苦労はね」
幹が守ってあげればいいんだよ……なんて、いかにも他人事って顔で言われてしまった。
「だからといって、いつも一緒にいてやれるわけじゃないからな」
ツカサには苦い過去もある。
「間違いがあってからじゃ遅いんだよ」
こういうところに出入りさせなければいいというのも対策の一つではあるけれど、俺が忙しかったりすると、悩みを相談できる相手がカオルか松浦しかいないのだから、いたし方ない。
まあ、松浦を相談相手にさせるよりは、カオルの店に来させるほうがまだ安心だが。

そして、そんなことを考えている間にも悪い虫は寄ってくる。
「ううん、エッチは好きな人としないとイケないから」
少し離れた位置から、聞こえるツカサの声はひどく真面目だったけど。
どう考えても、人前で、しかも初対面の男に真剣に話すような内容じゃない。そういうところがツカサは少しズレている。
第一、そこまで言われたら相手も諦めればいいと思うんだけど、こんなところで高校生を口説くような男はそんなに甘くはない。
「じゃあ、とりあえず試してみない? 本当にイケないかどうか」
イケてもイケなくてもたくさんお小遣いをあげるよとか、ちょっとだけだからすぐに終わるよ、なんて言葉まで聞こえて。
今すぐ救出に向かおうと思った瞬間に、またツカサの声。
「僕、そういうこと言う人、キライだな」
もちろんツカサにしては厳しい口調だったし、顔だって真剣そのものって感じだったけど。
それが逆に男心をくすぐってしまうのか、相手は怒るどころかニヤけるばかり。
「本当に可愛いよねぇ」
こうしてツカサは日々確実に俺の心配事を増やしているのだった。


幸いその男は一般客の目線に気付いて立ち去ったものの、
「……本当になんとかならないものかな」
仕事中にこんな光景を思い出したら、おそらく俺は何も手につかないだろう。
肩を落とす俺の隣では悪友の松浦が遠慮なく笑っていた。
「仕方ないだろ。本物の高校生で、やることやらせてくれて、イクときはエロそうで、頼めばお医者さんごっこでもネコ耳でもSMでもなんでもさせてくれそうなショタ顔のカワイコちゃんなんてなかなかいないからな」
こんな思考回路の人間ばかりではないだろうけど、そう思っているヤツが明らかにここに一人いるわけで。
ってことは、他にもいるだろうと思われるわけで。
「カオル、忙しいとは思うんだけど、頼むからツカサが一人でここへ来た時は見張っててくれよ」
6時以降は一人で立ち入るなと言ってあるから、あやしげな空気の漂わない昼間の時間帯にしか来ないはずなんだけど。
健全喫茶店風味で紅茶とケーキを口にしていてもこんなふうに声をかけられるってどうなんだろう。
「わかってるって。幹は心配しすぎだよ」
カオルの目に映るツカサはそれなりにしっかりしているみたいだし、松浦に言わせれば「チビスケはちゃんと男のあしらい方を心得てる」らしいんだけど。
俺が心配なことに変わりはない。
なんとなく、また溜め息が出た。


「幹彦さん、おかえりなさい」
席に戻るとくりくりの瞳が笑いながら俺を迎えた。
ツカサはあんな遣り取りをなんとも思っていないのか、「変なお兄さんに声をかけられちゃった」なんてことはひとことも言わず、何事もなかったかのように学校の話やテレビの話に戻る。
さっきまで声をかけていたヤツらはもう他の客に声をかけていて、ツカサのことなど見てはいないことを横目で確認しながらホッとしていると、グラスを持って隣に腰掛けた松浦がニヤリと笑った。
「チビスケ、あとでいいもんやるよ」
松浦の場合、高校生は守備範囲じゃないので直接的な危険はまったくないんだが。
「なに?」
「新型バイブ」
面白がってせっせとよけいなことをツカサに吹き込むので本当に困る。
そしてツカサが呆れもせずに同じレベルでちゃんと返事をするからさらに困る。
「いらない」
こんな会話も真顔なのだ。
「なんで?」
「幹彦さんがいるもん」
よく考えると結構すごい返事なんだが、ツカサに悪気はないから、それはまあいいことにしておく。
だが、問題はこの先だ。
いつものことながら話がその程度で終わることはない。松浦はツカサのツボをしっかりと押さえていて、毎回きっちり興味を示すような誘い文句を付け足すのだ。
「白くて可愛い清純派のフワフワ尻尾つきだぞ?」
やっぱりと言うか、その言葉にツカサの表情がパッと明るくなり、チラリと俺の顔を見た。
どうやら『清純派』でくくれるものなら、俺でもOKすると思っているらしい。
たとえばそれが本物の犬や猫、あるいは縫い包みでも形容したのなら、『清純派』という言葉でも―――ちょっと変だが―――まあ、いいとしてやろう。
けど、今話題になっているのはそんなものじゃない。
「ね、幹彦さん。白いシッポ、可愛いかな?」
ツカサは本当にそういうものにはすぐに興味を示す。
クマの縫い包みを欲しがったくらいだから、あるいは単に可愛いものが好きなだけかもしれないんだけど。
「あのな、ツカサ……」
静かな店だから、こんな話もたまには隣のテーブルまで漏れ聞こえるだろう。
隣といってもここは少し奥まったところにあって、テーブルは少し隔離されている感じだけど、さっきからこっちをチラチラ見てる男どもの視線がとても気になる。
ツカサの可愛い口がそんなことを言うんだから、見たくなる気持ちも分からなくはないんだけど、それにしても、見知らぬ男にフワフワシッポつきのツカサを想像されたら不愉快なので、その話は打ち切ることにした。
「可愛いかもしれないけど、そういう物はもらうなよ。絶対駄目だからな?」
その言葉にツカサはにっこりしたまま頷いたけど。
「じゃあ、シマシマならいい?」
どうも俺の言葉の趣旨を正しく理解してくれていないようだった。
……あるいは、それもわざとかもしれないんだけど。
「とにかく―――」
これでは、そのへんの男でも「ふわふわシッポ」でツカサを簡単に釣ることができると勘違いするだろう。まったくもって危険すぎる。
「誰かがシッポをくれるって言っても、ついていったり、もらったりしちゃ駄目だぞ?」
高校生のツカサに誘拐の心配をする俺ってなんだろう。
「うん。でも、そんなこと言う人、松浦さんしかいないよ?」
それが本当なら俺も安心だし、それが正しい世の中だと思う。
そもそも松浦はツカサ本人に好意や下心があるわけじゃなくて、俺の反応を面白がっているだけなんだから実害はないのだ。
「だとしても、ちゃんと気をつけろよ?」
「うん。大丈夫」
そのあと、満面の笑みが俺の名前を呼んだ。
「ね、僕、もうそろそろ幹彦さんちに行きたいな。それでね、幹彦さんと二人でゆっくり―――」
さすがに何ヶ月も付き合ってるので、その先の言葉は俺にも分かる。
慌てて口を押さえて立ち上がった。
「……ごちそうさま、カオル」
この可愛い口から、そっち方面の男が一斉に振り返るようなセリフが出る前に、と思ったんだが。
もちろんツカサがそこで言葉を止めてくれるはずもなく。
手を離した瞬間に、
「すっごーくエッチなことがしたいなぁ」
と笑顔で言われ、俺はまた慌ててツカサの口を押さえなければならなかった。


これからが楽しい週末。
……というよりは、やっぱりどこかで一抹の不安を感じてしまう。
そんな金曜日の午後5時50分。



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