Sweetish Days
〜Saturday〜
-1-




前日はテレビを見た後すぐに寝てくれたので安心したのに。
翌日のツカサは朝から全開だった。
「この間、松浦さんにもらった服着ていってもいい?」
そんなこと尋ねるまでもないだろうと思ったが。
「ツカサのお母さんが見ても驚かないような服だったらいいけどな」
頭ごなしに怒るのもどうかと思ったので、判断基準をご両親承認レベルにまで上げておいた。
「だったら、ダメだなぁ」
がっかりしていたけど納得はしてくれたようで、内心俺もホッとしたけど。
100%諦めてくれたわけではないらしく。
「じゃあ、それは帰ってきてからにするね?」
どうしても着てみないと気が済まないようなので。
「……外には出るなよ」
俺もそこで妥協するしかなかった。


朝食をとって、きわめて普通の衣類に着替えさせて、二人で出勤。
「幹彦さんと一緒に仕事、嬉しいなぁ」
「あんまりはしゃぐなよ」
「うん」
うちの事務所は基本的に土日祝日は休み。
とは言え、まだまだ小さな会社だから、まともに週休二日になることなどない。
今日も午前中は月末締めの仕事に関わる事務処理。
その後はマイナー誌の表紙用写真の撮影というスケジュールだった。
「僕も手伝っていい?」
ツカサがわくわくした目で俺の顔を覗き込む。
写真に興味を持ってくれるのは嬉しいし、多少マニアックだがいかがわしい雑誌ではないから、まあいいだろうと軽く承諾した。
「仕事のジャマになるようなことはするなよ」
「はぁい」
ツカサの返事はまるっきり良い子風で、その時は俺も安心していた。

……だが。


浅墓だったと気付いたのは、現場に足を踏み入れた直後。
「アシスタントの桐原です。よろしくお願いします」
ツカサの挨拶はとてもまともなものだったが、自己紹介をしたとたんに雑誌社の担当がにじり寄ってきた。
「桐原君、下の名前は? ああ、そうツカサ君ね。いい名前だね。高校生? 写真に興味があるの? そう、今日はお手伝いなんだね。写真はいいよね、面白いし。でも、どうかな、モデルとか興味ないかな?」
矢継ぎ早に質問攻め。
仕事とは言え手が早い。
というか、早過ぎる。
「ツカサ、先に準備だよ」
相手なんてしちゃダメだぞという気持ちでそう言ったら、ツカサはぺこりと頭を下げて、やんわりと断わった。
「一人っ子で家も厳しいですし、僕自身もそういうの、あんまり興味がなくて……それに写真は撮るほうが好きなんです。あと、実は受験生で勉強もあるし……だから、今日は特別に息抜きってことで連れてきてもらって」
思い付く限りの理由を並べ立てていたはずなのに。

その15分後。

「ツカサ、そっちのカメラ……あれ?」
すぐ側にいたはずのツカサの姿が見えない。
……と思っていたら。
「幹彦さん、これ、かわいい?」
そんな言葉と共に、子供の王子様のような白タイツコスプレで軽やかに再登場してくれた。
「……ツカサ、仕事中だからね。それに今日はそういう撮影じゃないから」
脚はタイツだし、襟元もハイネックのブラウスだし、他の部分も露出はないんだけど、なぜか背中にふんわりとした羽がついてたりして。
その全てに、ほのかなオタクの香りを感じてしまうのは気のせいだろうか。
というか、何に使う衣装なんだろう。
とにかく誰にも見つからないうちに着替えさせなければ、と思ったが。
「どうですか、仁科さん。かわいいじゃないですか」
主犯はどうやらツカサではないようだった。
「これ、ゲームのキャラなんだって。幹彦さん、知ってる?」
確かにそういう業界の雑誌だけど。
だからって、なんでそんな衣装がここに……
「仁科さんはゲームとかなさらないでしょう? まあ、マイナーなキャラなんですけどもね―――」
言われたタイトルが『ご主人様と××』みたいな感じで。
「天使の王子様がちょっと鬼畜なご主人様に掴まってしまったっていう設定で、調教っぽい感じで好みのプレイができるようになってるんですよ」
主人公の天使の王子様が子供っぽくて可愛いんですよ、とか言われても。
「ツカサは……もう高校生なんですが」
「ああ、もちろん天使の王子も未成年じゃないってことになってますよ。そうじゃないといろいろマズイですからねえ」
見た目はまるっきり子供ですけど、なんて笑いながら説明するんだが。
もちろん俺が言いたいのはそういうことではない。
「とにかく、ツカサにそういう服は……」
そんないかがわしいゲームキャラと分かればなおさらだ。
たとえ「チラリ」程度だったとしても、その手の趣味がある男の目には触れさせたくない。
「もったいないなぁ、こんなにカワイイのに」
しばらく愚痴を言いながらこっちの顔色をチラチラ窺っていたが。
「じゃあ、ツカサ君はどう? どうしてもモデルは嫌かな?」
俺からの許可はありえないと悟ったのか、今度は直接ツカサを口説き始めた。
まったく油断も隙もない。
今度は俺がツカサに視線を送りながら、「ちゃんと断れよ。俺にあんまり心配させるなよ」と念じていたら。
「……幹彦さんがダメって言うから」
ツカサはついに真正直にそう答えたのだった。
でも、まあ、仕事に支障が出るわけでもないから、そんな理由にしておいてくれた方がキッパリ追い払えて俺としては楽なんだが。
「え、仁科さん、実はこの子の親戚か何かですか?」
「ええ、まあ……」
こんな場合、うっかり「付き合ってるんです」なんて言ったりしたら、商売最優先の悪い大人には逆効果だろう。
それをネタに『世間に公表したら仁科さんが困るだろうね』なんて遠回しに脅すに決まってるし、そんなことを言われたら、ツカサはきっとなんでもOKしまうってことも見えている。
だから、たまたま相手が勝手に誤解してくれているのをいいことに、親戚扱いにしてしまった。
「ツカサの両親からも頼まれているので」
そういうことなのでよろしくお願いしますね、釘を刺しておいたが、相手は後でこっそり「気が変わったら連絡してね」とツカサに名刺を渡していた。
……まったく懲りない男だ。



無事に撮影を終え、帰路についたのは五時半過ぎ。
ツカサに悪い虫がつかないよう目を光らせていたせいなのか、まだ早い時間だというのに労働の疲れとは別の何かを感じてダルくなっていた。
なのにツカサは、といえば。
車の運転をしながら欠伸をかみ殺す俺の隣でなんとなくそわそわしていた。
やっぱりコスプレがしたかったんだろうかと心配になった矢先。
「それでね、幹彦さん」
「ん?」
「ちょっと休みたい」
とても無邪気にそう言われ、どうしようかなと辺りを見回した。
ファミレスか何かがあればと思ったのだが、そういうアットホームな雰囲気からは遠い感じで。
「あー……うん、すぐ家に着くからな」
そうは言ってみたものの、この道路状況からすると軽く1、2時間はかかるだろう。
ツカサの上目遣いがさらに訴える。
「幹彦さん、あのね」
「うん?」
「……ガマンできないの」
そう言った後、ツカサが口を押さえた。
よく見ると顔色も悪い。
「酔ったのか?」
「うん……ちょっと気持ち悪い」
まさか具合が悪いなんて思ってなかったから、俺は目いっぱい慌てたけど。
ツカサはちょっと涙目で窓の外を指差した。
「あそこがいいなぁ」
その先には煌びやかな城。
というか。
「……あのね、ツカサ。あれはホテルだよ?」
具合が悪くて車が辛いなら、ホテルで休んでも構わないけど。
あれは普通のホテルじゃない。
説明しようとした瞬間、ツカサからニッコリと笑顔が返ってきた。
「やだな、幹彦さん。そんなのわかってるよ。僕、もう子供じゃないもん」

そう。
高校生は100%が子供ではない。
そうは思うが、ツカサは間違いなく18歳未満だ。
『子供じゃないもん』などと無邪気に笑いながら言われても、一緒にラブホに入れるはずもなく。

「あのね、ツカサ」
なんとか宥めすかして家まで連れていこうと思ったのだが。
「お腹痛い。頭痛い。気持ち悪い」
涙目で訴えられて。

―――15分後には並んでホテルのベッドに座っていた。



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