-その5-
公園の隅っこ。
かまぼこが置いてあったあたりに闇医者が書いた「ぐれちゃんを預かってるから飼い主さんは来てください」って内容の張り紙があって。
ぐれちゃんはその前にしょんぼりと座っていた。
お迎えを待ってるんだって思ったけど。
でも、ぜんぜん楽しそうじゃなくて。
「ぐれちゃん!」
お姉さんが呼んだら、ぐれちゃんはちょっとびっくりして。
それから、また逃げ出そうとしてたけど。
でも、その時にはもうお姉さんはすぐ近くまで来ていて、いきなりぐれちゃんを抱き上げたから、結局そのまま掴まってしまった。
「勝手に飛び出してみんなを心配させちゃダメでしょう?」
右手にぐれちゃん。
左手に俺。
二人とも抱えたまま、お姉さんのお小言は続いてて。
なんだか俺も怒られてるような気になってしまった。
「可愛い子はすぐにつかまっちゃうんだから」とか「車にひかれたらどうするの」とか。
長いお話がやっと終わって。
「わかった?」って聞かれたけど、ぐれちゃんは「うん」とは言わなかった。
その代わり、小さな声でつぶやいた。
「……本当は、最初からわかってたんだ」
捨てられてしまったことも、迎えなんて来ないことも。
全部わかってるって言って。
ぐれちゃんは泣いていた。
「そんなことないよ。大丈夫だよ。きっと来てくれるよ」
俺は本当にそう思ってたんだけど。
ぐれちゃんは下を向いたまま首を振った。
「公園に置いていくときに、何度も『ごめんね』って謝ってた」
だから。
きっと、もうこれっきりなんだって。
その時にわかったんだって。
そう言って、ポロポロ泣くから。
がまんできなくて、俺も一緒に泣いてしまった。
俺とぐれちゃんをだっこしたまま。
お姉さんはベンチに座って「よしよし」って二人ともなでてくれて。
「ぐれちゃんの家族だって、ぐれちゃんのことを嫌いで公園に置いていったわけじゃないと思うんだ。だから、迎えに来た時に、ぐれちゃんが暗い子になってたら、きっと『自分のせいだ』って悲しくなると思うの」
だから、ぐれちゃんはお迎えが来るまで元気で楽しく過ごさないといけないんだよ、って。
お姉さんがそう言って。
「急に一人になって寂しいと思うけど、でも、マモちゃんみたいな可愛いお友達もできたし、先生だって、診療所にくる人だってみんな優しいから」
だから、みんなを心配させないように。
元気出そうねって。
そう言いながら立ち上がって。
俺とぐれちゃんを抱えたまま診療所に戻っていった。
「ただいま。お母さん、ぐれちゃん、見つかったよ」
よかったね、って言ったのはお花屋のおばさん。
「お花屋さんってお姉さんのお母さんなんだー?」
じゃあ、お姉さんもお花屋さんなのって聞いたら「そうだよ」って笑ってた。
「ちょっとびっくりだね」ってぐれちゃんに聞いたけど。
ぐれちゃんはちょっとマジメな考え事をしてたみたいで、返事をしてくれなかった。
「じゃあ、お茶にしようか?」
お姉さんの持ってたいい匂いのハンカチで俺とぐれちゃんは顔を拭いてもらって。
それから、おばさんと患者モドキが用意してくれたお茶を飲んだ。
ふうって一息ついたとき、
「どうしたの、ぐれちゃん?」
ぐれちゃんが急にテーブルに乗って。
そのあと、コップにさしてあったピンクの花を手に取った。
「これ、お花屋のおばさんにもらったんだ」
ぐれちゃんは下を向いたまま、小さな声で説明して。
「……それで、おばさんに『好きな人にあげるんだよ』って言われたから」
だから、お姉ちゃんにあげるって。
ぐれちゃんの灰色の手が花を渡した。
「もらっていいの?」
「……うん……でも、お花屋さんちの花だけど」
またそう言って、もっと下を向いて。
でも。
お姉さんはそれを受け取って「ありがとう」って言ってから、ぐれちゃんを膝の上に乗せた。
「お姉さんちの花なのに、本当に嬉しい?」
「もちろんよ」
もとはうちにあったお花かもしれないけど、でも、今はぐれちゃんがプレゼントしてくれたお花だからって、そう言って。
それから、
「うちがお花屋さんだからって理由で、私誰からもお花もらったことないの。だからね、これが生まれて初めて他の人からプレゼントしてもらったお花なんだよ」
そう言いながら、またぐれちゃんをなでなでぐりぐりした。
「ホントに?」
ぐれちゃんは耳とほっぺをもみくちゃにされながら、ちょっとだけ顔を上げた。
「うん。本当に」
お姉さんがニッコリ笑って「ありがとうね」って言ったら、ぐれちゃんは最初ちょっと困ったみたいな顔をしたけど。
でも、しばらくしてからお姉さんの顔を見て少しだけ笑った。
「……いいなぁ、ぐれちゃん、楽しそうで」
俺も交ざりたかったけど。
でも、それはいつの間にか帰ってきてた闇医者のウィンクに止められた。
「ね、ぐれちゃん、誰かにお花をあげるのって、素敵だと思わない?」
「うん」
お姉さんと、ぐれちゃん。
本当に兄弟みたいだなって思いながら。
俺も闇医者の膝に乗せてもらって静かに見てた。
「もしよかったら、ぐれちゃんもお姉ちゃんと一緒にお花屋さんになってみないかな?」
「お花屋さん?」
「そう。マモちゃんとも遊ばなくちゃいけないから、ずっとじゃなくていいんだけど。お昼とか夕方とか、たまにお店に来てお手伝いしてもらえるといいなって」
花の名前もたくさん教えてあげるし、専用のお店番台も作ってあげるからって言われて。
それでもぐれちゃんはちょっと考えていたけど。
「それにね、もしも、ぐれちゃんのお迎えの人が来て、公園で誰かに『可愛いグレーの猫ちゃんを知りませんか』って聞いても、うちでお手伝いをしてたら、きっとすぐに『そこのお花屋さんにいますよ』って教えてもらえると思うんだ」
「だから、どうかな」って聞かれて。
ぐれちゃんはお姉さんの膝の上でまた泣き出してしまったけど。
お姉さんに何度も涙を拭いてもらってから。
やっと。
「……うん」
ちょっとだけ頷いて。
それから。
「ありがとう」って返事をした。
こうして、ぐれちゃんはお花屋さんちの子になった。
今ではもうすっかりお店のお手伝いにも慣れて。
「ぐれちゃん、今日はまだ行かなくていいの?」
「あとちょっとしたら行く。今日はお昼休みの時間って言ってあるから」
まもちゃんも一緒においでよって言われて、お店番は楽しいから俺も「うん」って答えた。
「じゃあ、お昼はお花屋さん賑わって大変だねえ」
「ぐれちゃん、もう花の名前もたくさん覚えたんだって? すごいよなあ」
だから、お店にある花の名前を聞かれてもちゃんと教えてあげられるし。
それに、お客さんに頼まれるとキレイなのを選んであげられる。
「みんなぐれちゃんから花をもらいたくて、何度も店に顔を出すって言ってるもんな」
一日一回だけ気に入ったお客さんに好きな花を一本プレゼントしていいことになってるから、ぐれちゃんがお店にくる時間はいつも特別に賑やかだった。
「もうすっかり看板息子だなあ」
そうかな、ってぐれちゃんは笑って。
それから、「まもちゃんにもお花プレゼントしてあげるよ。どんなのがいい?」って聞いてくれたから。
「じゃあねー、中野が喜ぶのがいいなぁ」
そう言ってみたけど。
「……まもちゃんにあげるんだよ」
ぐれちゃんは中野に花はあげたくないみたいだった。
理由はわかんないけど。
でも、中野には花はあんまり似合わないから仕方ないかもってちょっとだけ思った。
「ぐれちゃん、マモル君、そろそろ時間だから、お昼のついでにお店まで送っていくよ」
この時間は道が混んでて危ないからねって言われて。
「はぁい」
二人で一緒に返事をして、闇医者と患者モドキと一緒に診療所を出た。
「あ、もうお客さんいっぱい来てるよ」
「本当だ。急がなくちゃ」
もうすぐお昼という時間。
裏側の道にもたくさん人が歩いてて。
「ぶつかるから、走っちゃダメだよ」
「うん。じゃあ、早歩きにするー」
笑いながらついてくる闇医者に手を振って。
ぐれちゃんと二人でお店まで競争した。
「ただいまー」
ぐれちゃんのお迎えはまだ来ないけど。
「お帰り。早かったのね。あら、マモルちゃんもいらっしゃい」
「お腹空いてない? ご飯食べてからでいいのよ」
「ううん、大丈夫。おやつ食べてきたから」
じゃあ、すぐにお店番の用意するねって言いながら。
優しいお父さんとお母さんとお姉さんのいるお花屋さんで。
ぐれちゃんは今日も楽しそうにお手伝いをしている。
おわり
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