-その4-
「ねえ、ぐれちゃん。ホームステイ先探してるならお姉さんちの子にならない?」
お茶の間、お姉さんは何回もそう聞いてたけど。
「……迎えにくるまで公園で待ってる」
ぐれちゃんは最後まで「うん」って言わなかった。
でも、ちょっとだけ「うん」って答えてしまおうかなって考えてるみたいに見えた。
それから30分くらいして。
「休憩時間がもう終わりだから」ってお姉さんが立ち上がった。
「じゃあ、調子が悪いようでしたらまた来てくださいね」
闇医者からもらった薬をカバンの中に入れて。
スリッパを脱いで靴をはいて。
「ありがとうございました。じゃあね、ぐれちゃん、マモちゃん」
「うん、またねー」
俺は元気にバイバイしたけど。
「……バイバイ」
ぐれちゃんはちょっと淋しそうで。
お姉さんがいなくなってからもずっとドアの方を見てた。
だったら、お姉さんちの子になったらいいのにって思ったけど。
でも、決めるのはぐれちゃんだから、それは言わなかった。
「ねー、これからどうするの?」
少しずつ夕方になって。
俺も公園まで戻って、中野が来るまでぐれちゃんと一緒にお迎えを待ってようって思ったけど。
「とりあえず今晩はここで寝てもらおうかな」
公園には置手紙をしてあるから大丈夫だよって。
だから、今日は診療所に泊まることになった。
「ぐれちゃん、一人でも大丈夫?」
「……うん」
でも、やっぱりちょっと寂しそうに見えたから。
「じゃあ、俺も泊まるー」
前にケガしたときに俺も泊めてもらったことがあるんだよって話をしたけど。
「マモル君は、中野さんがいいって言ったらね?」
闇医者にそう言われてしまった。
でも、いつも俺のことジャマっぽいから絶対に大丈夫だよって説明したけど。
夜になって中野が闇医者のところに来たついでに、
「だからねー、今日、ぐれちゃんと泊まってもいい?」
そうお願いしたら、ちょっと嫌な顔をされて。
しかも、中野はそのまま何も言わずに帰ってしまった。
「……キゲン悪いのかなぁ」
どうかなって闇医者に聞いてみたけど。
「ちょっと寂しいだけじゃないかな?」
寂しいとキゲンが悪くなるのかはわからなかったけど。
でも、闇医者が「心配しなくてもいいよ」って言うから、きっと大丈夫だって思って。
「じゃあ、毛布でひみつ基地作ろうっと」
安心して闇医者が用意してくれたちょっと大きめのダンボールでできた専用ベッドで遊ぶことにした。
次の日の朝、最初に来た患者モドキはお花屋さんのおばさんだった。
「こんにちは」
「あーら、マモルちゃん、早起きなのね」
お花屋さんは「最近、腰が痛くて調子が悪いのよねえ」なんて言いながら、闇医者に大きな花束を渡した。
「わー、闇医者がもらうの?」
いいなって言ってみたけど。
「これはね、大きな病院に入院してる友達に持っていってあげるんだよ」
だから、お昼までは二人で遊んでいてねって言われて。
「そのうちに小宮さんも来るから」
それからお茶にするんだよって念を押されて。
「うん。気をつけてねー」
お花屋さんとぐれちゃんと三人で「いってらっしゃい」って手を振って見送った。
闇医者がいなくなってから、お花屋のおばさんはにっこり笑って「いいものあげるね」って言った。
「あんたたちにもお花持ってきてあげたのよ」
俺とぐれちゃんがお泊りしてるってことは闇医者から聞いてたみたいで。
「はい、どうぞ」
俺とぐれちゃんにもちょうどいい感じに短い花を一本ずつくれた。
「しおれるといけないから、お水に入れておこうね。黄色いのがマモルちゃんで、ピンクのがぐれちゃんのだからね」
そう言ってコップに入れた花をテーブルに置いてくれた。
「ありがとー」
「どういたしまして。マモルちゃんもおうちに持って帰ってパパさんにあげるといいわよ」
中野はパパじゃないんだけど。
でも、「じゃあ、何なのかしら?」って聞かれてもよくわからないなって思ったから、そのまま「うん」って言っておいた。
「大事に持って帰ろうっと」
それから、「花は好きな人にあげるんだよね」ってお花屋のおばさんと話をして。
ぐれちゃんも途中まで一緒にそれを聞いてたけど。
そのあと急にしょんぼりしてしまって。
「ぐれちゃん、どうしたの?」
なにか悪いこと言ったかなって心配になったけど。
「ああ、そうね。まだもうちょっとお迎えは来ないかもしれないものね」
でも、迎えに来たらまた持ってきてあげるから心配しなくていいのよって。
おばさんがなぐさめてくれて。
俺は「よかったね」って思ったんだけど。
ぐれちゃんはもっとずっと下のほうを向いてしまった。
それから、いきなり走リ出して。
「ぐれちゃん、どうしたの? 待ってってば」
お昼まではここにいなくちゃいけないんだよって言ったけど。
窓から出て行ったぐれちゃんの姿はもう見えなくなっていた。
早く追いかけなくちゃって思ったけど。
小宮のオヤジが来るまで診療所を留守にはできないからって止められてしまった。
「ぐれちゃんが行きそうなところ、思い当たらない?」
「……公園かも」
だって、大好きなお姉さんに「うちの子にならない?」って聞かれたときも、「公園で待ってる」って言ってたから。
「そう。じゃあ、小宮さんが来たら、探しに行かなくちゃね」
すぐに来るから大丈夫よって言われて。
俺も「うん」って頷いた。
それからすぐドアが開いて。
でも、入ってきたのは小宮のオヤジでも患者モドキでもなく、昨日のお姉さんだった。
「ああ、よかった。ちょうどいいところに来たわ。ぐれちゃんが出て行っちゃってね」
おばさんはそんなに慌ててなかったけど。
「え? どこに?」
お姉さんはびっくりして、すぐに脱ぎかけてた靴をはきなおした。
「公園だと思うんだー」
答えたら、すぐに俺を抱き上げて、「探しに行くからね」って。
診療所を出ると公園まで走っていった。
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